修士の学生として研究を始めてから50余年,その間に印象に残った出来事のいくつかを紹介します.
生物は,地球の自転や公転,潮汐といった周期環境の中で進化し,それらに適応するために時間計測機構を獲得してきた.約24時間周期の概日時計をはじめ,概潮汐・概半月・概月・概年リズムまで,生物リズムは多様である.本特集は,「時間」に対し生物が選択してきた戦略を,分子から個体,社会環境との相互作用に至るまで,統合的に理解することを目的とする.まず,シアノバクテリアにおけるKaiCのリン酸化制御は,転写に依存しない時間発振機構の独自性を示す.緑藻や植物では,多様な環境適応を反映した概日時計機構が展開されている.ショウジョウバエでは,強力な遺伝学的手法を背景に,時計神経ネットワークの構造が明らかにされつつある.また,無脊椎動物における概潮汐・概月リズムは,概日時計との関係性や独立性という新たな視点を創出する.哺乳類では,リン酸化制御やcAMPを介した中枢時計の調節機構が分子レベルで深化し,非ヒト霊長類の季節トランスクリプトーム解析は,季節変動の全身的統合像を提示する.さらに,明暗周期の撹乱による内的脱同調は,現代社会における時間秩序の破綻が疾患リスクに直結することを示している.本特集が,時間生物学の多層的理解を発展させ,基礎と応用を架橋する新たな議論の出発点となることを願う.
シアノバクテリアの時計タンパク質KaiCは,あえてリン酸化活性を自ら抑制し,KaiAとの相互作用によって潜在的な活性を発揮する自己阻害型オートキナーゼであり,活性部位の精緻な立体構造および静電環境の調節に基づく自律的な活性制御機構を有する.
緑藻は,概日時計によって光合成や細胞分裂などの生理機能を時間的に制御している.クラミドモナスを中心に時計遺伝子や光応答経路の解析が進み,その多様性が明らかになりつつある.
動物の中央集権的な概日時計ネットワークに対し,植物は各細胞が自律的な時計を持つ「分散協調型」システムを進化させた.本稿は,その分子機構から,器官間の情報伝達による個体統御,さらには花を咲かせる複雑な戦略までを概観する.
キイロショウジョウバエは概日時計研究のモデル生物として広く用いられている.本稿では,時間生物学の歴史をひも解きながら,キイロショウジョウバエ概日時計の脳神経細胞ネットワークの最新研究動向を紹介する.
多様な無脊椎動物,特に軟体動物,節足動物,環形動物の概日リズム(約24時間),概潮汐リズム(約12.4時間),概半月リズム(約15日),概月リズム(約30日)とそれらのメカニズムについて最新の研究を交えて紹介する.
ヒトのさまざまな生理機能や疾患は季節によってダイナミックに変化する.雄雌のアカゲザルの全身80組織の年間時系列試料を使ったトランスクリプトーム解析から,さまざまな生理機能や疾患に関連する遺伝子の発現が季節変動していることが明らかになった.
約24時間周期で繰り返されるリズムは概日リズムと呼ばれ,概日時計が自律的に時をカウントしている.ここでは,その分子メカニズムとして時計遺伝子の発見から転写フィードバック仮説,そして時計タンパク質のリン酸化制御に関する最新知見までを紹介する.
哺乳類の概日時計中枢では,神経ペプチドを介して細胞内cAMPの概日リズムが調節される.このcAMPリズムは時計遺伝子による概日時計機構に入力し,個々の細胞のリズムの同期や周期を制御することで,睡眠や代謝など多様な生理機能の時間秩序を維持する.
明暗周期のシフトを繰り返して概日時計の乱れを誘導した社会的時差ぼけマウスおよび慢性的時差ぼけマウスにおける最近の知見を紹介する.特に,概日時計システムの内的脱同調機序,ならびに性依存的な影響と性ホルモンとの関連に焦点をあてて概説する.
ヒトの体内時計や,クロノタイプと呼ばれる朝型夜型傾向,心身のパフォーマンスの日内変動には強い個人差・年齢差がある.体内時計の位相は光環境等によって調整できるが,各個人の特性に合致した時間帯での生活や就労・就学の重要性も示唆される.
NAD代謝における腸内細菌の重要性が注目されている.本稿では,腸内細菌を介したNAD前駆体の代謝経路を概説し,腸内細菌叢の変化がNAD代謝に及ぼす影響,ならびにNAD前駆体が腸内細菌叢に与える影響について,近年の知見を整理した.
糖鎖を加水分解により切断するグリコシダーゼの反応機構について詳しく解説する.近年発見されたシステイングリコシダーゼと,中性子結晶構造解析と前定常状態動力学解析によって示されたアノマー保持型加水分解酵素の新規な触媒因子について紹介する.
糖鎖構造は複雑多様であるため,我々は糖鎖に作用する酵素の多様性の全貌を依然として理解できていない.β-1,2-グルカンに作用する酵素群はそのような未開拓領域の一つであり,本稿ではこの酵素群の近年の発見を中心に紹介する.
タウオパチーはタウ異常凝集を特徴とする神経変性疾患であり,T細胞などの免疫細胞が病態形成に関わることが示されている.本稿では,タウオパチーにおけるT細胞の役割を概説し,我々が見いだしたT細胞動態制御が病態に及ぼす影響について紹介する.
ポリオール代謝経路は解糖系の側副路として最上流に位置し,糖尿病合併症への関与が長らく示唆されてきた.本稿では同経路の生理学的役割に加え,糖尿病合併症の病態解明と治療戦略,さらに近年同定された遺伝性ニューロパチーへの関与について,最近の知見を概説する.
細胞老化は多様なストレスにより誘導される安定的な細胞周期停止状態である.我々は細胞膜損傷に起因する新たな老化細胞サブタイプを見いだした.これにより実際に人間の体の中で,メカニカルストレスにより老化細胞が蓄積するメカニズムを説明できる.
血液脳関門の機能制御に重要な傍血管アストロサイトエンドフット(PV-AEF)について,その構造と機能に関する基礎的知見に加え,新規単離精製法とプロテオーム解析により明らかとなった脳血管領域依存的な多様性について紹介する.
オートファジーは細胞内物質の分解を通して,品質管理やストレス応答の制御に関わり重要である.本稿では,植物における近年のオートファジー研究を紹介するとともに,筆者らが取り組んできた接木の傷害修復に関わるオートファジーの内容を概説する.
小胞体におけるタンパク質品質管理の多層的制御機構について概説する.特に,タンパク質の構造形成と分解の運命決定機構,液液相分離を介した品質管理,小胞体オートファジーに関する近年の進展を取り上げる.
病態形成や免疫応答に関わる新たな細胞間コミュニケーションの一つとして,近年細胞間ミトコンドリア伝播が注目されている.本稿ではがん微小環境におけるその影響についての概説と,我々が解明したがん由来のミトコンドリア伝播による新規免疫逃避機構について詳述する.
d-アミノ酸代謝酵素異常,腫瘍によるd-アミノ酸利用,微生物由来D-アミノ酸の変動という三つの視点から,d-アミノ酸が細胞増殖や腫瘍形成に関与しうる仕組みと病態への意義を概説する.
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