動物は各臓器によって代謝酵素や輸送体の発現が異なり,代謝機能の点からも臓器の役割が異なっていることは知られている.一方,代謝が細胞や個体にもたらす変化の機構の理解は困難な点が多かった. しかし,解析技術の格段の進歩,ゲノム情報の充実などの背景から,代謝状態によって細胞や個体の性質が変化する機構の詳細が次第に明らかになってきた. 細胞の分化や免疫細胞の維持に糖代謝やアミノ酸が大きく貢献し,代謝から影響を受けるエピゲノム変化は脂肪細胞の形質や骨格筋細胞の線維型に影響を与えている. また,従来のワールブルグ効果の概念を超えてがん細胞での代謝変化の機構が明らかになり,腸内細菌叢と個体の相互作用の理解も深まってきた.代謝変化の誘導は疾患の治療標的でありうる. 代謝機構の高い可塑性がさらに多くの細胞の機能分担や形質変化に貢献していることが予想される.また,この示唆から個体の代謝のバランスを良好に保つ食事療法の理解も進むことが期待できる.最近の研究を通して,代謝の新たな理解への展望を紹介したい.
体細胞が多能性幹細胞(iPS 細胞)へと初期化する過程にはダイナミックな代謝変化が起こる。多能性の獲得・維持と代謝の密接な関係について最近の知見を踏まえて記述する。
制御性T細胞(Treg)は過剰な免疫応答を抑制するT細胞のサブセットである。Tregは周囲の栄養環境から強く影響を受け,生体内で高い増殖能を示すが,詳細な機序は不明である。本稿では分枝鎖アミノ酸と制御性T細胞の維持について筆者らの研究を中心に概説する。
エピゲノムは環境の変化に伴い塩基配列を変えず遺伝子発現を変える環境への適応機構である。急性慢性の寒冷環境に,個体は褐色脂肪組織,白色脂肪組織のクロマチン構造,エピゲノムをそれぞれダイナミックに変化させて細胞の形質を変化させ環境へ適応する。
ヒストン脱メチル化酵素LSD1は,ヒストンH3K4脱メチル化を介して筋分化過程の代謝リプログラミングを誘導する。LSD1はホルモンによる制御を受けることから,環境に応じた骨格筋表現型の形成に寄与していると考えられる。
ワールブルグ効果は,がん代謝の象徴ともいえる現象であるが,その意義はよくわかっていない。今回,新たな遺伝子改変マウス群の解析により,定説を覆す,ワールブルグ効果の以外な一面がみえてきた。
本稿では,がん代謝およびエピジェネティクス変化の制御に関与する,mammalian target of rapamycin(mTOR)複合体の重要性について概説し,がんの新規治療開発につながりうる病態の解明を目指す,近年の研究成果を紹介する。
腫瘍細胞ではチミジンホスホリラーゼ(TP)の発現によって,チミジンの異化がペントースリン酸経路と解糖系の活性化を介して腫瘍の悪性化と低栄養下での代謝的優位性に寄与している機構を最近見いだした。TPについてこれまでの知見を交えて概説する。
ゼロカロリー甘味糖アルロースは,GLP-1分泌−求心性迷走神経シグナリングを駆動して中枢神経に作用し,摂食抑制と耐糖能向上を引き起こす。高脂肪食肥満マウスに明期7:30に連日投与すると,明期特異的過食(摂食リズム障害),肥満,糖尿病を改善する。
腸内細菌叢由来代謝物質は,宿主の恒常性維持のみならず,疾患発症や増悪にも関与することが近年の研究で明らかになってきた。本稿では,これまでに報告されている腸内細菌叢由来代謝物質が及ぼす宿主への影響を,最新の研究成果を交えながら紹介する。
生細胞イメージングにより,ERK MAPキナーゼ活性の時間的・空間的なダイナミクスが細胞増殖や細胞集団運動に重要な役割を果たすことがわかってきた。本稿では,ERK活性の動態を生み出す分子機構とその役割について紹介する。
ブレオマイシンと鉄イオンから得られる活性ブレオマイシンは,DNAの切断・損傷を引き起こし,その機構としてラジカル説が有力であるが,最近の研究結果に基づいてこれとは異なるDNA損傷機構と,ブレオマイシンの抗腫瘍作用についても新しい視点を示す。
翻訳因子EF-Pは遺伝暗号の翻訳開始反応を促進する因子として発見された歴史の古いタンパク質である。詳細な働きは不明であったが,近年細胞内での機能が解明されるとともに翻訳後修飾に関しても興味深い知見が次々報告されており,その最新情報についても解説したい。
我々の体を構成するさまざまな細胞のユニークな性質は,各細胞に特異的に発現する遺伝子により生み出されている。では,それら遺伝子は,なぜ組織特異的に発現するのか? 血管内皮細胞を題材にした研究から,新しい制御メカニズムが明らかになった。
哺乳類大脳新皮質の形成メカニズムに関して,我々は大脳皮質で最初に誕生,成熟するサブプレートニューロンが,後から生まれるニューロンに一過的なシナプス構造を介してグルタミン酸シグナルを伝達することで,その移動を制御していることを見いだした。
FOXA1は遺伝子発現を制御するクロマチン制御因子であり,エストロゲン応答を促進し乳がん細胞の増殖に関わることが知られている。本稿では,近年明らかになってきた,乳がん細胞におけるFOXA1の多面的な分子機能について概説する。
アクチン線維の分解を担うコフィリンは,無数にあるアクチン線維の役割の多くに必要不可欠である。このコフィリンの機能と制御を,クライオ電子顕微鏡法で決定された3.8 Å分解能構造を主に用いて解説する。
肺がんの約6割を占める肺腺がんでは,EGFR変異やALK融合遺伝子といったドライバーがん遺伝子の発見と対応する分子標的薬の発展により顕著な治療効果がみられるが,獲得耐性が大きな問題となっているため,本稿では多様な耐性メカニズムを紹介する。
ユビキチン修飾系は経時的にダイナミックな挙動を示すことが特徴である。ここでは,ポリユビキチン鎖を動的かつ鎖特異的に可視化できる蛍光タンパク質再構成法(BiFC)を用いた技術について概説する。
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