「痒み」は,上皮を掻く「掻破行動」を誘発することで,潜在的に有害な物質や生物(ダニや蚊など)を体から排除するという観点で,生体防御反応の一つと捉えることができる.一方,痒みの感覚がどのように生じるのかという点について,その分子基盤は長らく謎であった.しかし,1990年代に実験動物を用いた(痛みと区別可能な)痒みの評価系が確立され,各種遺伝子改変動物を用いた研究が可能になったことや,近年のシングルセル解析の隆盛等により,今世紀に入って痒みの研究は急速にその解像度を高めている.痒みの感覚は皮膚などの局所で産生される何らかの生理活性物質が,そこへ投射しているDRG(dorsal root ganglion,後根神経節)神経によって受容され,そのシグナルが脊髄を経由して脳へと伝達されることによって生じる.皮膚や上皮にはさまざまな種類の免疫細胞が存在するが,病態時には,それらの細胞が産生するサイトカインや神経ペプチドが感覚神経に直接作用することで痒みを誘導する.また痒み伝達の中継点である脊髄ではグリア細胞の関与が知られており,痒み感覚における免疫系と神経系の密接な連関が注目されている.本特集では,さまざまなバックグラウンドをもつ第一線の研究者に執筆を依頼し,発展著しい痒み研究の最前線を紹介する.
ペリオスチンはIL-4 やIL-13により誘導されるマトリセルラータンパク質である. アトピー性皮膚炎モデルマウスの解析により,ペリオスチンは知覚神経へ作用して 痒みを伝達することが明らかとなった.今後,アトピー性皮膚炎に対する創薬が期 待される.
春季カタルやアトピー性角結膜炎といった慢性アレルギー性結膜炎においては,結 膜組織中の記憶型病原性Th2細胞が病態の慢性化や増悪に寄与する一方で,神経-免 疫連関の一環としてIL-33-ST2-CGRP経路を介した病的痒みが誘導される.
シングルセルトランスクリプトーム解析により,痒みの感覚神経には複数の種類が 存在することが明らかとなってきた.それぞれの種類の感覚神経の活性化シグナル についても研究が進みつつあり,その現状を概説する.
脊髄は皮膚からの痒み信号伝達における重要な中継点である.脊髄に入力した痒み 信号は脊髄後角に存在する介在神経や脳からの下行性神経,グリア細胞などによる 調節を受ける.本稿では脊髄における痒み伝達神経回路や痒み調節機構について解 説する.
痒みは皮膚の炎症やバリア障害に加え,睡眠障害などをももたらし生活の質を著し く低下させる.近年痒みの発症機序が明らかとなり,コントロールが困難であった 痒みに対しても効果的な治療が望める時代に入った.本稿では,IL-31受容体抗体で あるネモリズマブをはじめとする止痒薬の作用機序を概説し,今後の創薬の展望を 述べる.
2024年7月現在,本邦では3種類の経口JAK阻害薬がアトピー性皮膚炎治療薬とし て臨床応用されている.いずれの薬剤も炎症抑制効果のみならず,優れた痒み抑制 効果を発揮し,アトピー性皮膚炎治療の重要な治療選択肢となっている.
幼児から発症するアトピー性皮膚炎は,慢性かつ再発を繰り返す難治性皮膚疾患で ある.激しい痒みは患者のQOLを著しく低下させることから,治療法開発は急務で ある.そのためには疾患モデル動物はきわめて重要であり,これを利用した痒み研 究を概説する.
痒み研究は主観的な感覚から主にヒトで行われてきたが,1990年代に動物を用いた 痒み研究が開始され,加速度的に痒み研究が発展し,多くの新規知見を得たことや 最近の痒み研究の動向を概説する.
皮膚微生物叢の乱れはさまざまな皮膚疾患で観察され,特に黄色ブドウ球菌の皮膚 への定着はアトピー性皮膚炎の発症や病態に強く関わっていることが近年大きな注 目を集めている.ここでは,黄色ブドウ球菌と皮膚の痒みの関連について最新の知 見を紹介する.
脳発達時期に発現量が多いNedd4ファミリーE3リガーゼの機能を中心に,特異的ユ ビキチン化が神経ネットワークの形成と機能の制御にどのような役割を果たすのか を分子レベルで説明する.そして,この研究分野の将来性と方向性についても議論 したい.
細胞内分解システムであるオートファジーと,シナプス後肥厚(PSD)の分子基盤 を解説し,その研究の進展を示す.
低分子化合物のヒドロキシ基,または,アミノ基にスルホン基を転移する「スルホ ン化」は,薬物や内分泌ホルモンなどの生理活性分子の機能を制御する代謝反応で ある.本稿では,α,β-不飽和カルボニル基に対する新しいスルホン化反応について 紹介する.
DNA修復機構の異常は,がんや老化,重篤な遺伝性疾患の原因となる.我々は,内 因性アルデヒドによって生じるDNA-タンパク質間架橋が転写と共役して修復され ることを見いだした.本稿では,その修復機構と生理的意義について概説する.
S-アデノシルメチオニン(SAM)は,細胞内のメチル化反応における主要なメチル 基供与体であり,核酸やタンパク質の分子修飾を介してその制御に関与する.本稿 では,著者らが近年報告したメチオニン代謝の変化による組織老化の制御について 概説する.
植物,病原菌の間では糖を巡った攻防が日々繰り広げられている.筆者らの近年の 研究を中心に,糖吸収や糖シグナルの観点から解析した植物‒病原菌間相互作用研究 を紹介する.
ミトンドリア‒小胞体接触場(MERCS)はミトコンドリアと小胞体が数十nmまで近 接した構造であり,細胞の恒常性維持に必須であると提唱されている.本稿では, 最近我々が見いだした哺乳類細胞におけるMERCS形成機構とその意義を紹介する.
This page was created on 2023-12-19T07:25:03.118+09:00
This page was last modified on 2023-12-19T07:59:28.155+09:00