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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 95(6): 807-811 (2023)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2023.950807

みにれびゅうMini Review

小児脳腫瘍における融合遺伝子の発がん制御Oncogenic regulation of supratentorial ependymoma-specific fusion genes

1国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター病態生化学研究部・細胞生化学研究室Department of Biochemistry and Cellular Biology, National Center of Neurology and Psychiatry (NCNP), National Institute of Neuroscience ◇ 〒187–8502 東京都小平市小川東町4–1–1 神経研究所 ◇ 4–1–1 Ogawahigashi-cho, Kodaira, Tokyo 187–8502, Japan

2信州大学大学院・総合医理工学研究科Department of Biomedical Engineering, Graduate School of Medicine, Science and Technology ◇ 〒390–8621 長野県松本市旭3–1–1 ◇ 3–1–1 Asahi, Matsumoto, Nagano 390–8621, Japan

発行日:2023年12月25日Published: December 25, 2023
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1. はじめに

小児脳腫瘍は,神経発生の過程において遺伝子変異などが原因で脳細胞の分化プログラムが破綻することにより生じる疾患である.現在,この疾患は小児がんの中で最も死亡数が多く,効果的な治療法の開発が急務である.近年の国際的ながんゲノム解読プロジェクトによって,多くのがんで特有の遺伝子変異が発見され,分子診断やがんシグナルの同定に利用されている.小児脳腫瘍においても,2010年代前半からがんゲノムが精力的に解析され,現在では個々の脳腫瘍特有のゲノムのメチル化やクロマチン状態など,そのエピゲノムも徐々に解明されつつある.特に,DNAメチル化解析は小児脳腫瘍の分子診断の第一選択として病理診断とともに世界的に広く使用されている.さらに,2016年にはブルーリボン委員会による「がん研究ムーンショット」で小児がんのがん遺伝子,特に,二つ以上の異なる機能を持つ遺伝子が融合した結果がんを生じさせる「融合遺伝子」の機能を明らかにすることが提言され,現在,小児脳腫瘍においても,がん融合遺伝子の理解が治療の足掛かりとして注目されている1)

本稿で扱う上衣腫は,脳室の表面を覆う上衣細胞に由来すると考えられている代表的な小児脳腫瘍の一つであり,大脳皮質から小脳・脳幹などの後頭蓋窩,さらには脊髄と,中枢神経系のさまざまな場所に生じることが知られている2).現在は主に外科的手術による腫瘍切除と放射線治療による残存腫瘍の除去が中心で,特に予後は前者の成否に依存する.また,分子標的薬が存在せず,有効な化学療法が確立されていないため,生物学的解析から得られたがんシグナルを標的とする新しい医療が必要不可欠である.上衣腫のうち,大脳皮質に発生するテント上上衣腫は,特徴的な融合遺伝子を発現していることが知られている3).本稿では,テント上上衣腫の主要な二つの亜群で発見されたがん融合遺伝子のメカニズムを明らかにした研究を紹介する(図1).

Journal of Japanese Biochemical Society 95(6): 807-811 (2023)

図1 上衣腫特異的なZFTA型(A)とYAP1型(B)融合遺伝子による発がん機構の模式図

(A)ZFTAのZnフィンガー型DNA結合ドメインを介してGLI2L1CAM遺伝子のプロモーター近傍に結合したZFTA–RELA融合タンパク質がRELAの転写活性ドメインにより標的遺伝子を異常に活性化する.(B)融合遺伝子を形成するYAP1とMAMLD1が結合パートナーであるTEADとNFIファミリータンパク質と結合して下流の増殖性因子のプロモーターやエンハンサーに結合して活性化を増強する.

2. ZFTA(RELA)型上衣腫

テント上上衣腫の多くは死亡率(悪性度)が高いことが知られている.この高悪性度を担うがんシグナルを解明すべく,2014年に米国聖ジュード小児研究病院で発生部位ごとに集められたヒト41検体の全ゲノムシーケンスと77検体のRNAシーケンスが行われ,20検体のテント上上衣腫のうち16検体という非常に高頻度でRELA proto-oncogene, NF-κB subunit(RELA)とC11orf95[2021年よりzinc finger translocation associated(ZFTA)に改名]の融合遺伝子が報告された(図1A4).一方で,後頭蓋窩に由来する上衣腫62検体からは一切検出されず,ZFTA–RELAはテント上上衣腫に特徴的な融合遺伝子としてその機能が着目されることとなった.

融合遺伝子の機能を考察するための手がかりの一つは,それを構成する正常なタンパク質の機能をひもとくことである.ZFTAに関してはタンパク質のドメイン解析により,四つのzinc finger型のDNA結合ドメインを持つことがわかったが,その他の機能に関する手がかりは得られていない.一方で,RELAは転写活性ドメインを介して,がんシグナルとして知られるNF-κBシグナルを活性化させることが知られており5),上衣腫の発がんや進展に関与する可能性が示唆された.実際にがん抑制遺伝子cyclin dependent kinase inhibitor 2ACdkn2a)を欠損した神経幹細胞にZFTA–RELAを強制発現したのち,免疫不全マウス脳に移植すると,マウス脳内に腫瘍を形成することが示され4),この融合遺伝子の発がん能が証明された.

上述の報告では,解析したヒト検体およびマウス腫瘍においてNF-κBシグナルの活性化が認められ,続報となる2018年の研究ではNF-κBシグナルの発がんへの重要性が検証された.この研究では,ZFTA–RELA融合遺伝子にさまざまな変異を挿入し,ウイルスベクターを用いて神経幹細胞に発現させることにより,ZFTA–RELA変異体の発がん活性が調べられた6).その結果,RELAの転写活性に必須であるSer-276のミスセンス変異はこの融合遺伝子の発がん活性を大幅に抑制した.一方で,RELA単独では腫瘍形成が誘導されないことから,NF-κBシグナルの活性化だけでは発がんに十分ではないことも示唆され,NF-κB以外のシグナルの存在も明らかとなった6).これらの結果は,RELAは融合遺伝子となることでユニークな発がん能を獲得することを示している.

次いで2021年,ZFTA–RELA融合遺伝子が持つ発がん機構に関して,我々の研究グループを含む英・米・日・独の国際研究チームが研究報告を行った.英チームはZFTA–RELAにより特異的に発現が誘導される遺伝子群を細胞株とヒト検体で比較解析した7).野生型ZFTAはDNA結合領域があるものの転写活性における機能が不明である.その一方で,ZFTA–RELA融合遺伝子はRELA由来の転写活性ドメインを持つ.興味深いことに,融合タンパク質は野生型RELAとは異なる遺伝子群を活性化することが明らかになり,これらの多くは野生型ZFTAが結合する遺伝子領域を持っていた.野生型ZFTAとZFTA–RELAのDNA結合領域は約75%重複しており,ZFTA–RELA融合タンパク質が正常では存在しない活性型転写因子であることが明らかになった.また英チームは,この融合タンパク質のzinc fingerドメインが野生型ZFTAやRELAでは結合しないクロマチン制御因子SWItch/Sucrose Non-Fermentable(SWI/SNF)複合体と結合していることを発見し,活性型転写因子としての新たな機能を示唆している.しかしながら,なぜ野生型ではなくこの融合タンパク質だけがSWI/SNF複合体と結合可能なのか,その機構はいまだ不明である.

一方,米チームは細胞株ではなくZFTA–RELAを強制発現したマウスモデルを開発して誘導された腫瘍を用い,ZFTA–RELAが制御する転写モチーフとエンハンサー領域から遺伝子発現制御機構を明らかにした8).特に,この融合タンパク質はPLAG1-like zinc finger(PLAGL)ファミリー転写因子のモチーフに結合していたことから,将来的にPLAGL遺伝子が関与する新しいシグナル経路が探索されることが期待される.

英・米の研究チームはZFTA–RELA融合遺伝子の機能解析を起点とした研究であったが,我々の日・独研究チームはヒト上衣腫1024検体のDNAメチル化解析とRNAシーケンス解析から新発見に到達した9).我々は,より詳細な亜群同定を目指し,世界最大級の検体数のDNAメチル化解析を行ったが,その過程で,ZFTA–RELA融合遺伝子の他に,ZFTAタンパク質の一部を共通してコードする複数の融合遺伝子群を発見した.この発見は我々にとって予想外であったが,興味深いことにZFTAの融合タンパク質はいずれも転写活性ドメインをコードする転写因子群であった.同定した新しいZFTA融合遺伝子群をマウス胎仔の大脳皮質で恒常的に発現させた結果,いずれの融合遺伝子も発がん能を持つことが明らかになった.さらに,いずれの融合遺伝子もがん細胞の核内に存在すること,ZFTAのDNA結合ドメインを欠損させることで発がん能を消失することから,ZFTAのzinc fingerドメインによって認識されるゲノム領域において融合タンパク質の転写活性ドメインが機能することにより,正常では起こらないがんシグナルの活性化が生じることで発がんするという仮説が考えられる.

そこで次に我々は,この仮説において活性化するがんシグナルを捉え,新しい治療標的を同定するために,ZFTA融合遺伝子群によって誘導されたマウス腫瘍のRNAシーケンスを行い,yes-associated protein 1(YAP1)融合遺伝子により誘導されたがん(次節で解説)と比較することで,ZFTA型腫瘍で共通した遺伝子セット2637遺伝子を抽出した.さらに,ヒト検体においてZFTA融合遺伝子を発現する上衣腫に特異的な3825遺伝子と比較することで,種を超えて共通する535遺伝子をリスト化した.これらの遺伝子の中には細胞増殖・分化に重要なHippoシグナル経路やWNTシグナル経路,MAPKシグナル経路に関する遺伝子が発見されたが,オミクス解析だけではまだこれらのシグナルが発がんに重要である証明にならない.そこで,ZFTA–RELAと同時にこれら標的候補となる分子のドミナントネガティブ変異体を発現させ,発がんが抑制されるかどうかを検証した.その結果,標的候補分子の一つである,SHHシグナルのエフェクター分子として知られるGLI family zinc finger 2(GLI2)のドミナントネガティブ変異体はZFTA–RELAによる発がんを完全に抑制した.さらに,GLI2 mRNAと相補的な配列を持つ短ヘアピンRNAにより,ZFTA–RELA上衣腫細胞におけるGLI2の発現を培養下で抑制した結果,細胞死が促進されるとともに細胞増殖も抑制された.この結果は,GLI2がZFTA–RELAの下流で発がんに機能する治療標的分子の候補となりうることを示している.最後に我々はこれらの発見をもとに,薬理的なGLI2の機能抑制が腫瘍形成を十分に抑えられるかどうかを検証した.その結果,GLI2の阻害剤である三酸化ヒ素(ATO)を腫瘍マウスモデルに投与すると,生存期間が有意に延長することが判明した.

我々の研究によって,近年のZFTA–RELAに代表されるZFTA型融合遺伝子の機能解析は,テント上上衣腫の予後を改善するために非常に重要であることが証明された.特に,RELAを含まないZFTA型融合遺伝子群の発見により,GLI2を含む新たながんシグナルの発見につながった.しかしながら,我々の研究ではATO投与でがんの寛解には至らなかったため,今後さらなる分子標的の同定とそれらを併用した化学療法の確立が期待される.

3. YAP1型上衣腫

YAP1型上衣腫はテント上上衣腫で占める割合は比較的少なく,予後も良好だとされる.YAP1型上衣腫では,YAP1をパートナーに持つYAP1-mastermind like domain containing 1(MAMLD1)あるいはYAP1-family with sequence similarity 118 member B(FAM118B)融合遺伝子を発現している(図1B4).YAP1はもともとがんに関わる分子としてさまざまながんで高発現することが知られていたが,YAP1型上衣腫におけるYAP1遺伝子の発現はZFTA型と比較して低く,YAP1融合遺伝子特有の発がん機能があると考えられた.

YAP1は核内で働く分子であり,その細胞内局在は厳密に制御されている.YAP1の127番目のセリン残基(Ser-127)がリン酸化されると,細胞核への移行が阻害される10).しかしながら,我々はヒトYAP1型上衣腫ではYAP1融合遺伝子はSer-127のリン酸化にもかかわらず核内に局在していることを発見した11).YAP1型上衣腫に特徴的なYAP1-MAMLD1融合遺伝子に着目し,その変異体を強制発現した結果,融合タンパク質であるMAMLD1に存在する核移行シグナルが重要であることが判明した.

次に,YAP1-MAMLD1融合遺伝子とその変異体を恒常的に発現させた結果,YAP1-MAMLD1ではがん形成が確認される一方で,MAMLD1の核移行シグナルを欠損させたものやYAP1と核移行シグナルだけのものでは発がんを誘導できなかった.すなわち,融合遺伝子の恒常的な核移行は腫瘍形成に必要であるが,核移行だけでは十分でないことが判明した.ゆえに融合遺伝子としてのMAMLD1の機能が重要であると推測された.

そこで我々は,ヒト上衣腫検体でYAP1に対するChIPシーケンスにより結合領域を特定し,さらにYAP1型とZFTA型でデータを比較することでYAP1融合タンパク質特異的な結合領域を同定し,転写因子結合モチーフを同定した.興味深いことに,YAP1のコファクターとして知られる転写因子TEA domain transcription factor(TEAD)の結合配列に加え,nuclear factor I(NFI)ファミリー転写因子結合配列が高頻度で発見された.免疫沈降実験の結果,NFIAおよびNFIBがMAMLD1と結合していることが見いだされ,NFIファミリータンパク質のドミナントネガティブ変異体をYAP1-MAMLD1融合遺伝子とともに発現させると,がん細胞の増殖能が抑制されることが明らかになった.また,NFIファミリータンパク質のドミナントネガティブ変異体はYAP1の下流分子であるcysteine rich angiogenic inducer 61(CYR61)とconnective tissue growth factor(CTGF)の発現を抑制することも証明された.

このように,YAP1型融合タンパク質はパートナーであるMAMLD1の核移行活性とNFIファミリーとの複合体形性能を利用してがんシグナルを増幅していることが明らかになった.最近,NFIファミリーによるクロマチン状態を制御する機能12)や融合遺伝子と協調して転写に働く現象13)が報告されており,この新しい機能がYAP1の下流因子の発現を促進しているのかもしれない.また,我々の研究に続いて,米国グループからYAP1-FAM118Bにも発がん能があることが示され14),これらの融合遺伝子で作られた腫瘍はYAP1-MAMLD1と同様に,YAP1とTEADの相互作用を阻害する薬剤であるベルテポルフィンに反応して増殖が抑制されることが示された.最近,別のグループよりベルテポルフィンが血液脳関門を通過することも示され15),臨床応用に向けた上衣腫モデルを用いた生体内薬理実験の推進が期待されている.

4. おわりに

本稿では,テント上上衣腫に発現する融合遺伝子に焦点を当て,そのユニークな発がん能を解説してきた.こういった機能解析から発見された標的候補が迅速に臨床に還元されることで,基礎研究者たちも高いモチベーションを保ち研究を推進している.2016年にはRELA型と表記されていたWHO脳腫瘍分類が2021年にZFTA型と迅速に改名されたのは,国際的な共同研究による基礎研究データの積み重ねの結果だけでなく,小児脳腫瘍の分野における基礎と臨床の風通しの良さによるものである.今後も国境を超えた国際共同研究が,上衣腫に関するさまざまながんシグナルを明らかにしていくと期待される.

謝辞Acknowledgments

本研究の多くは,筆者らがドイツがん研究センター小児脳腫瘍部門で行ったものです.関係した方々に深く感謝いたします.また本稿の執筆にあたり,稲田仁博士をはじめ,多くの方々から助言をいただきました.その感謝の意をここに表します.また図の作成と編集にはBioRender(Licensed, https://biorender.com)を使用しました.

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著者紹介Author Profile

川内 大輔(かわうち だいすけ)

国立精神・神経医療研究センター病態生化学研究部・細胞生化学研究室 室長.信州大学大学院総合医理工学研究科 特任准教授(兼任).博士(理学)(大阪大学).

略歴

1977年徳島県に生る.99年大阪大学理学部卒業.2003年同大学院基礎工学研究科博士課程修了.05年千葉大学大学院医学研究院助教.09年米国聖ジュード小児研究病院ポスドク.13年ドイツがん研究センターグループリーダー(18年終身在職権取得).19年より現職.

研究テーマと抱負

脳腫瘍の増殖や進展を引き起こす(エピ)ゲノム異常やがんの周りの脳細胞がもたらすがん細胞の増植メカニズムに興味を持って研究をしています.これらを明らかにすることでがんの新しい治療法の開発に繋げたいと考えています.

ウェブサイト

https://byosei-neuroscience-institute.ncnp.go.jp/kawauchi/

趣味

ロジックの美しい推理小説を読むこと.

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