酵母発現系を用いたアルツハイマー病関連プロテアーゼ(γセクレターゼ)の解析:膜内プロテアーゼ解析のモデルとして
東北大学大学院農学生命科学研究科応用生命科学専攻分子酵素学研究室 ◇ 〒981–8555 宮城県仙台市青葉区堤通雨宮町1–1
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膜に局在するタンパク質の膜貫通領域を限定的に分解するプロテアーゼとしては,γセクレターゼやsite-2プロテアーゼなどが知られている.その膜内での切断機構(regulated intramembrane proteolysis)は,RIPとも略称され,アルツハイマー病などの病態との関連から解析され理解が進んできた.
膜内切断プロテアーゼは1回膜貫通タンパク質の膜貫通領域を切断し,生じた断片による情報伝達と膜タンパク質の分解・代謝における重要な生理機能が明らかとなっている1)(図1A).本稿では,筆者らが開発した酵母発現系を用いたγセクレターゼの研究を紹介する.用いた方法は複雑な膜酵素を理解する上で優れている.
アミロイド前駆体タンパク質(amyloid precursor protein:APP)は,アルツハイマー病患者の脳内に蓄積するアミロイドβペプチド(Aβ)の前駆体であり,膜内部分が切断されることが示された最初のタンパク質である1).APPはβセクレターゼ(BACE1)によって細胞外領域を切断され,生じた断片(C99)の膜貫通ドメインをγセクレターゼによって切断され,AβとAPP細胞内ドメイン(AICD)として膜から放出される(図1B).もう一方の分解経路では,αセクレターゼ(ADAM10など)が膜に近い部位を切断するため,Aβよりも短い断片(p3)が細胞外に放出される.p3分子は発症には関与しない(図1B).
家族性アルツハイマー病の研究において,疾病の原因はプレセニリン(PS1, PS2)の変異であることがわかったが,プレセニリンがγセクレターゼのサブユニットであり,活性に必須なアスパラギン酸プロテアーゼであるとの発見は,驚きを持って受け入れられた2).その後,プレセニリンのホモログであるシグナルペプチドペプチダーゼ,site-2プロテアーゼ,ロンボイドからなる“膜内切断プロテアーゼファミリー”の存在が確認された.それぞれ,アスパラギン酸プロテアーゼ,金属プロテアーゼ,セリンプロテアーゼであり,活性残基は多様であるが,立体構造についての理解が進み,共通する形状が明らかとなってきた.
γセクレターゼは,触媒サブユニットであるプレセニリン以外に三つの膜タンパク質(ニカストリン,Aph1, Pen2)が1分子ずつ集合した,全分子量が23万を超える巨大な膜タンパク質複合体である(図2A)1).小胞体における複合体の形成後,Pen2の作用によって活性化したプレセニリンは自己消化して,アミノ末端断片(NTF)とカルボキシ末端断片(CTF)に分かれる.活性に必要な二つのアスパラギン酸はプレセニリンの二つの断片に分かれ,両者の相互作用によって活性中心が形成される2).
(A) γセクレターゼを構成する四つのサブユニットの膜貫通構造モデル.触媒サブユニットであるプレセニリン(PS1, PS2)は,複合体形成に伴い自己消化して(矢印)アミノ末端とカルボキシ末端の二つの断片となり,二つの触媒アスパラギン酸(”D”と表記)が各断片に分かれる.他のサブユニットは,ニカストリン,Aph1, そしてPen2である.ニカストリンは,糖鎖付加(丸で示す)されている.(B)低温電子顕微鏡像の3次元再構成により明らかとなったγセクレターゼの構造表面図(PDB entry 5A6310)). 馬蹄型に並んだ膜貫通ヘリックスの上に,ニカストリンの細胞外ドメインがのった配置になっている.活性中心の二つのアスパラギン酸を青色で,PALモチーフを赤色で示した.本構造では,解像度の低いTMD2は表示されていない.(C)膜貫通領域の配置図(細胞外から見た図).プレセニリンの九つの膜貫通領域を数字1~9で,Pen2, Aph1, NCTの膜貫通領域をそれぞれP, A, N, 基質をSと示した.予測される基質の導入経路を矢印で,触媒中心を★(赤色)でそれぞれ示した.
疎水的な生体膜でプレセニリンが膜タンパク質を加水分解する機構については,構造の解明に先立って,生化学的な解析から水がアクセスできる触媒活性中心周辺のポア構造が明らかになっていた3–5).低温電子顕微鏡による単粒子解析からも内部に大きな穴を持つチャネル状の構造が示され,ポア構造はプレセニリン分子の4本の膜貫通領域(TMD1, 6, 7, 9)によって形成されると考えられた.
2006年と2007年に,X線結晶構造解析によって,ロンボイドとsite-2プロテアーゼの立体構造が決定された6, 7).加水分解に必要な水が触媒ポアに近づくことのできる活性化型(open)と不活性型(closed)の二つの構造が同定され,膜内の疎水的な環境から触媒ポアに基質が導入される際に側方からのゲートとなる膜貫通ヘリックスの存在が示唆された.
その後,2013年にX線結晶構造解析から古細菌のプレセニリン様プロテアーゼPSH(単量体で機能する)の立体構造が決定された後8),2014年に低温電子顕微鏡単粒子解析による解像度4.5 Åのγセクレターゼ複合体の構造とX線結晶構造解析によるニカストリン(細胞外ドメイン)の立体構造が報告された9),そして,2015年には低温電子顕微鏡による解像度3.4 Åの原子レベルのγセクレターゼ構造が発表された10).γセクレターゼは,膜貫通領域が馬蹄形に並んだ膜貫通ドメインの真上にニカストリンの細胞外ドメインが位置する形をしていた(図2B).ニカストリンが基質タンパク質のアミノ末端と結合し,基質認識サブユニットとして機能するモデルに添う結果であり,活性中心は蹄の形の凸面に配置していた(図2B, C)10).活性中心近傍の構造は,生化学的な手法で予測された構造とよく一致していた3–5).しかし,この構造は活性中心のアスパラギン酸間の距離が約10 Åあり,不活性型の構造と考えられる.活性に必須なPAL(Pro-Ala-Leu)モチーフが活性中心のアスパラギン酸残基近傍に存在しており(図2B),PALモチーフを含めた活性中心のコンホメーションが基質の結合に伴ってどのように変化し触媒活性を持つのか,活性化機構について今後の検証が期待される.
膜内切断プロテアーゼの中でも,γセクレターゼは四つのサブユニットからなり,生化学的な解析が困難である.すぐに考えられるのは,複合体を界面活性剤(たとえばCHAPSOなど)で可溶化し,精製したγセクレターゼと基質ペプチド(C99Flag等)を反応させることである.しかし,γセクレターゼの活性は界面活性剤によって大きく影響を受けることが知られており,精製酵素の基質特異性が本来のものとは異なってしまう.
これらの方法に対して,我々は,γセクレターゼを酵母に発現させ,機能と反応機構を明らかにしてきた11–13)
.γセクレターゼの4つのサブユニットを酵母に発現させて活性を検出することには,Edbauerらが成功しており14),我々はこの系を改良して,以下のように機能を解析する方法に発展させた.
まず,四つのサブユニットを出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)に発現させ,γセクレターゼを再構成した(図3).次に,基質となるAPPまたはNotchを導入し,酵母をいわば“生きた試験管”として用い,プロテアーゼ活性を解析した.転写因子Gal4を融合した基質を用いると,γセクレターゼによる切断に伴い,転写因子Gal4が膜から遊離し,レポーター遺伝子(HIS3, ADE2, lacZなど)の発現を誘導する.レポーター遺伝子の発現を,ヒスチジンとアデニンのない条件の酵母の生育と,βガラクトシダーゼ(LacZ)活性で解析することにより,γセクレターゼの切断活性を評価する系となる(図3).
ヒトγセクレターゼの4サブユニット(プレセニリン,ニカストリン,Aph1, Pen2)と,基質(APPもしくはNotch)にシグナル配列と転写因子Gal4を融合した人工基質を酵母に導入した.基質の切断(Aβの生成)によって膜から遊離したGal4によるHIS3,ADE2,lacZ遺伝子の転写活性化を模式的に示した.
さらに,酵母から単離したミクロソーム画分を用いてアミロイドAβの生成を総合的に解析する系を構築した.生成したAβ分子種を電気泳動によって同定すると(図4A)12),ヒトの脳内と同じ酵母の細胞内でもAβ40, Aβ42, Aβ43のAβ分子種の生成が確認できた(Aβはγセクレターゼによってトリミングされて長さに多様性ができることが知られている).
(A)酵母ミクロソームを用いたAβの生成.γセクレターゼと基質APP(C55)を発現した酵母から,小胞体やゴルジ体などを含むミクロソーム画分を調製し,CHAPSOで可溶化した後に活性化剤であるホスファチジルコリン(PC)を加えて,生成したAβを電気泳動後にウェスタンブロットで検出した.反応液内の濃度はCHAPSO 0.25%,PC 0.1%である.文献12を改変.(B, C)酵母発現系を使った活性化変異体の同定.酵母の生育を指標に,ニカストリンを含まない通常では活性を持たない状態でも複合体を活性化するプレセニリン(PS1)の変異体を同定した.(B) F411Y/S438P二重変異体は,ニカストリンを持たない条件(no NCT)でも,野生株並みのβガラクトシダーゼ活性を示した.(C)同定した15個の二重変異体がいずれも持っていた重要な変異S438Pによりプレセニリンが活性化されると考えている.プレセニリンの予測構造(PDB entry 4HYG)8) 内に,S438(赤色),第二の変異部位F441(オレンジ色),活性中心の二つのアスパラギン酸(シアン色)を示した.活性化変異が活性中心近傍に存在することがわかる.文献11を改変.
酵母を用いる利点は,①ホモログ分子がないので,マウスやヒトなどの培養細胞でみられる導入したγセクレターゼに依存しない切断がない,②タンパク質の高発現が期待でき,強力な遺伝学的手法によってγセクレターゼと基質の小胞輸送を操作できる,などである.
γセクレターゼのサブユニットはプレセニリン(PS1, PS2)では2種,Aph1(Aph1aL, Aph1aS, Aph1b)では3種が知られている.γセクレターゼは四つのサブユニットが1分子ずつ集合して複合体を形成するので,合計6通りのアイソフォームの組み合わせが考えられる.実際に,マウスやヒトの培養細胞では,6種が確認されている.そこで,内在性の因子を考慮する必要がない酵母に,6通りのアイソフォームを発現させた.その結果,PS1に比べてPS2を含むγセクレターゼの活性が低かった.これは,PS2が他のサブユニットと複合体を形成する効率が低いためと考えられる13).また,3種のAph1もそれぞれ基質特異性に異なる影響を与えることが明らかになった(投稿中).
遺伝学的手法によって,変異γセクレターゼも取得できた11).プレセニリンのホモログであるシグナルペプチドペプチダーゼなど,他の膜内切断プロテアーゼは単量体で機能することから,三つのサブユニット(ニカストリン,Aph1, Pen2)を持たない状態でも活性を持つ変異プレセニリンができないか検討した.酵母の生育を指標に,ニカストリンを活性に必要としない変異プレセニリンを同定した.この重要な変異はPS1のアミノ末端から9番目の膜貫通領域(TMD9)にあるSer438のProへの置換だった.S438P変異酵素の活性は弱いが,もう一つの変異と組み合わせると,ニカストリンがない状態でも野生型とほぼ同じ活性が得られた(図4B, βガラクトシダーゼ活性による評価).この変異プレセニリンの活性は,ニカストリン破壊マウス胚の繊維芽細胞中でも確認できた.
プレセニリンのTMD9は基質が導入される経路においてゲートの役割をしており,S438P変異ではゲートが空いた状態になっているのではないかと考えたが11),明らかになったプレセニリン構造(PDB entry 4HYG8))を見ても,Ser438はPALモチーフの直後,活性中心近傍に位置し,予想は妥当なものであった(図4C).
酵母を用いた方法ではシロイヌナズナのシグナルペプチドペプチダーゼの研究が最近報告されており15),我々のアプローチが有効であることを支持している.
現在,他の複雑な膜貫通プロテアーゼについても,構造に即して反応機構を明らかにしようとしている.酵母にはロンボイドのホモログが二つ,シグナルペプチドペプチダーゼのホモログが一つ,知られている.しかし,いずれの遺伝子を破壊しても酵母は生育する.酵母はsite-2プロテアーゼのホモログを持たないので,バックグラウンドの低い解析系として期待できる.
酵母を用いた膜内プロテアーゼ研究の今後の発展として,立体構造をもとにした構造機能相関の解明とともに,薬剤のスクリーニングがあげられる.これまでに,プラズマローゲンがγセクレターゼ活性に阻害的に働くことを明らかにしている16).また,最近,家族性アルツハイマー病の変異を有するプレセニリン変異体の活性を回復させる活性化変異スクリーニングにより,毒性の高いAβ42の生成を抑制することに成功した17).アルツハイマー病の根本治療に期待されるγセクレターゼの阻害剤やγセクレターゼモジュレーター17)(毒性Aβ42の生成を抑制する薬剤)を探索する上で,酵母を用いた方法は期待できるだろう.
酵母を用いた研究の遂行にあたって大変お世話になった東京大学大学院総合文化研究科の石浦章一教授,同薬学研究科の富田泰輔教授,分子細胞生物学研究所の前田達哉准教授,東北大学大学院農学研究科の五味勝也教授,原田昌彦准教授,新谷尚弘准教授,東大と東北大の研究室メンバーの方々に深謝いたします.
1) De Strooper, B., Iwatsubo, T., & Wolfe, M.S. (2012) Cold Spring Harb. Perspect. Med., 2, a006304.
2) Wolfe, M.S., Xia, W., Ostaszewski, B.L., Diehl, T.S., Kimberly, W.T., & Selkoe, D.J. (1999) Nature, 398, 513–517.
3) Sato, C., Morohashi, Y., Tomita, T., & Iwatsubo, T. (2006) J. Neurosci., 26, 12081–12088.
4) Sato, C., Takagi, S., Tomita, T., & Iwatsubo, T. (2008) J. Neurosci., 28, 6264–6271.
5) Takagi, S., Tominaga, A., Sato, C., Tomita, T., & Iwatsubo, T. (2010) J. Neurosci., 30, 15943–15950.
6) Wu, Z., Yan, N., Oberstein, A., Yan, H., Baker, R.P., Gu, L., Jeffrey, P.D., Urban, S., & Shi, Y. (2006) Nat. Struct. Biol., 13, 1084–1091.
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8) Li, X., Dang, S., Yan, C., Gong, X., Wang, J., & Shi, Y. (2013) Nature, 493, 56–61.
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12) Yagishita, S., Futai, E., & Ishiura, S. (2008) Biochem. Biophys. Res. Commun., 377, 141–145.
13) Yonemura, Y., Futai, E., Yagishita, S., Suo, S., Tomita, T., Iwatsubo, T., & Ishiura, S. (2011) J. Biol. Chem., 286, 44569–44575.
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16) Onodera, T., Futai, E., Kan, E., Abe, N., Uchida, T., Kamio, Y., & Kaneko, J. (2015) J. Biochem., 157, 301–309.
17) Futai, E., Osawa, S., Cai, T., Fujisawa, T., Ishiura, S., & Tomita, T. (2016) J. Biol. Chem., 291, 435–446.
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