分岐鎖アミノ酸の分解制御機構とその重要性についてImportance of the regulation of branched-chain amino acid metabolism
名古屋大学大学院生命農学研究科Graduate School of Bioagricultural Sciences, Nagoya University ◇ 〒464–8601 名古屋市千種区不老町 ◇ Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464–8601, Japan
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哺乳動物の必須アミノ酸であるロイシン,イソロイシン,バリンは,それぞれ側鎖に分岐構造を有していることから,分岐鎖アミノ酸(branched-chain amino acid:BCAA)と総称される.BCAAはタンパク質の構成成分として15~20%含まれており,多くのBCAAは骨格筋などのタンパク質として体内に保有されている.動物はタンパク質を食べることで多くのBCAAを摂取することができる.体内に取り込まれたBCAAの多くはタンパク質の材料として利用されるが,細胞内外にタンパク質に取り込まれない遊離の状態でも存在する.BCAAは古くからタンパク質の合成を促進し,分解を抑制することが明らかにされている.特にロイシンは,mTORC1(mammalian target of rapamycin complex 1)を介してタンパク質の合成(翻訳)を促進すると同時に分解(オートファジー)を抑制することが明らかにされている.また,哺乳動物にとってBCAAは必須アミノ酸であることから,体内に分解系のみ存在しており,本稿ではBCAA分解制御機構とその重要性について,ヒトの疾患およびノックアウトマウスの研究から得られた結果をもとに紹介する.
BCAAは主にミトコンドリア内で6~10ステップの反応により分解され,最終的にアセチルCoAもしくはスクシニルCoAとなるが,最初の2ステップの反応は三つのBCAAに共通である(図1)1).第1ステップでは,BCAAアミノ基転移酵素(branched-chain aminotransferase:BCAT)によりBCAAのアミノ基がα-ケトグルタル酸(α-ketoglutaric acid:αKG)に転移され,分岐鎖α-ケト酸(branched-chain α-ketoacid:BCKA)になるとともに,グルタミン酸を生成する.この反応は可逆的なアミノ基転移反応であり,BCATには二つのアイソザイムが存在する.一つはミトコンドリアに局在するBCATm,もう一つは細胞質に局在するBCATcである.このうちBCATmがBCAA分解の主要な酵素であると考えられており,ほぼすべての体組織で発現しているが,肝臓での発現量はきわめて低いため,BCAAは他の必須アミノ酸とは異なり肝臓で分解されない.一方,BCATcの発現は限定的で,主に脳神経系で発現している.最近の研究により,BCATcの発現が増殖の盛んな細胞(活性化したT細胞や一部のがん細胞)で増加することが報告されている2).以上のことから,BCATmはBCAAの分解に働くのに対し,BCATcは細胞質でグルタミン酸の生成に働き,神経伝達や細胞増殖において重要な役割を担っていると考えられている.
BCAA: branched-chain amino acid, BCAT: BCAA aminotransferase, BCKA: branched-chain α-keto acid, BCA-CoA: branched-chain acyl-CoA, αKG: α-ketoglutaric acid, KIC: α-ketoisocaproate, KMV: α-keto-β-methylvalerate, KIV: α-ketoisovalerate, BCKDC: BCKA dehydrogenase complex, BDK: BCKDC kinase, BDP: BCKDC phosphatase, IV-CoA: isovaleryl-CoA, MB-CoA: α-methylbutyryl-CoA, IB-CoA: isobutyryl-CoA.
第2ステップでは,分岐鎖α-ケト酸脱水素酵素複合体(branched-chain α-ketoacid dehydrogenase complex:BCKDC)によりBCKAが分岐鎖アシルCoA(branched-chain acyl-CoA:BC-CoA)に変換されるとともに,CO2とNADHが生成される.この反応はBCKDCを構成する三つのサブユニット,E1(branched-chain α-ketoacid decarboxylase),E2(dihydrolipoyl transacylase),およびE3(dihydrolipoyl dehydrogenase)による不可逆的な酸化的脱炭酸反応であり,第1ステップの反応に比べて基質に対する反応性はかなり高い.そのため,この第2ステップがBCAA分解系の律速段階として考えられており,BCATmにより生成されたBCKAはBCKDCにより速やかに分解される.このBCKDCは,特異的リン酸化酵素であるBDK(branched-chain α-ketoacid dehydrogenase kinase)により不活性化され,脱リン酸化酵素であるBDP(branched-chain α-ketoacid dehydrogenase phosphatase)により活性化される.第3ステップ以降は,それぞれ別々の経路を経て分解されるが,最終的にアセチルCoAもしくはスクシニルCoAを生成し,TCA回路に供給され,ATP産生や糖新生などの材料に利用される.BCAA分解系の代謝中間体およびそれらから生成される代謝物の中にはさまざまな生理機能を有するものが存在することが知られており,ロイシンの分解産物であるKIC(α-ketoisocaproate)から生成されるHMB(β-hydroxy-β-methylbutyric acid)はタンパク質合成を促進する作用がある3).また最近,バリン分解系(図2)の代謝中間体であるHIBA(β-hydroxyisobutyric acid)が血管内皮および骨格筋の脂肪酸の取り込みを活性化し,骨格筋で異所性脂質を蓄積させ,インスリン抵抗性を引き起こすこと4),methylmalonate semialdehydeから生成されるBAIBA(β-aminoisobutyric acid)は白色脂肪細胞のベージュ化,肝臓でのβ酸化を誘導し,その血中濃度が心疾患のリスクと反比例することなどの報告がある5).
古くからBCAA分解異常症の一つとしてメープルシロップ尿症(maple syrup urine disease:MSUD)が知られているが,これはBCAA分解の第2ステップを触媒するBCKDCのE1, E2サブユニットの変異によって引き起こされる先天性遺伝疾患である6).MSUD患者では,BCKDC活性が低下し,BCKAを分解できないため,BCKAが血中に蓄積し,尿中にも漏出するため,尿がα-ケト酸特有のメープルシロップのような甘い匂いを放つ.最近,常染色体劣性疾患でケトアシドーシスを伴うLeigh様脳症の原因として,バリン分解系(図2)のHIBCH(3-hydroxyisobutyryl-CoA hydrolase)の変異が同定されている6, 7).
また近年,遺伝子改変マウスを用いた解析により,BCAA分解系の重要性が次々と明らかにされつつある(表1).BCATmを全身で欠損させたマウス(BCATm-KOマウス)ではBCAAの分解ができず,コントロールマウスに比べて血中BCAA濃度が10倍以上に上昇する8).このマウスでは体内のBCAA濃度の上昇に伴い,全身でタンパク質の合成が促進されると同時にタンパク質の分解も促進され,全身のエネルギー代謝が亢進する.そのためBCATm-KOマウスでは,高脂肪食摂取による肥満,インスリン感受性の低下がみられない.さらに,BCATm-KOマウスは持久運動能力が著しく低下することから,持久運動におけるエネルギー供給においてBCAA分解系が重要であることが示唆されている9).また,頭痛を伴う軽い記憶障害を持つ患者の家系において,BCATmの変異(BCATmの活性が低下し,血中BCAA濃度が上昇する)が発見されている10).
遺伝子 | マウス表現型,ヒト疾患 |
---|---|
BCATm | BCAA上昇(マウス,ヒト)8, 10) |
タンパク質合成・分解促進(マウス)8) | |
運動能力低下(マウス)9) | |
脳神経系異常(記憶障害)(ヒト)10) | |
BCKDC(E2) | BCAAおよびBCKA上昇,MSUD(マウス,ヒト)6, 11) |
BDP | BCAAおよびBCKA上昇,MSUD(軽度)(マウス,ヒト)12) |
心疾患(マウス)13) | |
BDK | BCAA低下,脳神経系異常(てんかん)(マウス,ヒト)14) |
筋線維タンパク質低下(低タンパク質食)(マウス)15) | |
運動トレーニング適応能低下(マウス)16) | |
HIBCH | ケトアシドーシス,Leigh様脳症(ヒト)6, 7) |
MSUD: maple syrup urine disease. |
BCKDCのコア領域を構成するE2サブユニットの欠損マウスは,MSUD様の表現型を示し11),BCKDCを脱リン酸化して活性化するBDPの欠損マウスも軽度のMSUD様の表現型を示す12).また最近,BDP欠損マウスで心機能が低下して心不全を誘発することが見いだされている13).一方,BCKDCをリン酸化して抑制するBDKの欠損マウスでは,BCAAの分解が促進し,血中BCAA濃度が約50%,特に脳においては約30%にまで低下するため,体重がコントロールマウスよりも低下する.このマウスでは生後6か月ごろよりてんかん(癲癇)を発症するなど,脳神経系での異常が認められた14).また,てんかんと知的障害を伴う自閉症などが認められるヒトの家系において,BDKの変異が見つかっている15).
我々はBCAA濃度の低下が骨格筋に及ぼす影響について解析するため,Cre-loxPシステムを用いて骨格筋特異的(muscle-specific)BDK欠損マウス(BDK-mKOマウス)を作製した16).BDK-mKOマウスでは,絶食時のBCAA濃度がコントロールマウスに比べて骨格筋で40%程度まで低下したが,全身BDK-KOマウスが示したような体重低下,脳神経系の異常は認められず,骨格筋重量にも変化はみられなかった.しかし,BCAAを一過的に投与すると,コントロールマウスに比べてBDK-mKOマウスの骨格筋のmTORC1活性が有意に上昇した.これはmTORC1のBCAAに対する感受性が上昇し,慢性的なBCAA不足に対する適応機構が働いたものと考えられる.一方,タンパク質含量を20%から8%に減らした食餌(低タンパク質食)で飼育すると,BDK-mKOマウスの骨格筋におけるmTORC1活性,筋線維タンパク質濃度が,コントロールマウスに比べて有意に低下したが,3%BCAAを含む飲水を与えると,低下が抑えられた.これらのことから,BCAAが不足した際にBCAA分解を抑え,正常なBCAA濃度を保つことが,筋線維タンパク質を維持するのに重要であることが示唆された.一方,トレッドミルを用いた走運動試験により,BDK-mKOマウスの持久運動能力について解析したところ,運動トレーニングを負荷していない状態ではコントロールマウスと同程度であったが,1日1時間の走運動トレーニングを2週間負荷して上昇した持久運動能力は,コントロールマウスに比べてBDK-mKOマウスで有意に低下し,同時に筋グリコーゲン量も低下していた17).以上のことから,BCAA分解系を正常に保ち,体内のBCAA濃度を低下させないことは,筋グリコーゲン量を保ち,運動トレーニングの効果を十分に発揮するために重要であることが考えられる.
以上のようにBCAAの分解機構の重要性は,ヒトの疾患における遺伝的解析,および遺伝子改変マウスの解析から明らかにされつつあり,近年,メタボローム解析などにより,その代謝関連物質の新たな機能についても明らかにされつつある.この組織特異的BDK欠損マウスは,各組織におけるBCAA分解系の重要性をin vivoで解析するための研究ツールとして有用であると考えられ,さまざまな組織における新たなBCAAの機能解明が期待される.
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