
発見と論文競争の記録
滋慶医療科学大学大学院医療管理学研究科教授
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大阪大学医学部・米田悦啓先生の研究室で助手を務めていた頃,エールリッヒ腹水癌細胞の細胞抽出液を大まかに分画し,その一つに輸送基質(NLS-BSA)を加えると,核膜孔にターゲットする活性を持つ安定な複合体を形成することがわかった.ビオチン標識した輸送基質を用いてアビジンアガロースでプルダウンすると,約60 kDaと90 kDaの二つのタンパク質が検出され,これらが輸送基質を核膜孔にターゲットすることが明らかになった.私たちはこの複合体をnuclear pore-targeting complex(PTAC)と名付けた.その構成要素のうち,小さい方がImportinα,大きい方がImportinβだった.
最初に投稿したPTACの論文は,大御所によって数か月留め置かれた.彼のグループも運搬体タンパク質を追っていた.1994年に投稿した論文では,NLS基質が二つの細胞質因子と複合体を形成することで核膜孔にターゲットされることを報告した.遺伝子クローニングの結果,小さい分子は酵母のSRP1ホモログ,大きい分子は機能未知の新規因子であることが判明した.
1994年10月,英国の学会でDirk Görlichと初めて会った.当時,彼はRon Laskeyラボのポストドクで,同じ因子を追っていた.彼はXenopus卵抽出液からNLS基質を核に輸送する因子を精製し,「Importinα」と名付けていた.我々もマウスのSRP1ホモログがPTACの構成因子であることを伝えたが,90 kDa因子も必要だと主張し,データを示した.Dirkは自身の解析系で調べ直し,その必要性を確認すると,すぐに「90 kDa因子を見つけたので論文を投稿する.お前たちの論文はどうなっているのか?」と連絡してきた.彼はImportinαの論文(Cell)を1994年12月に発表し,「note added in proof」に,「ImamotoとYonedaが同じ因子を見つけている」と追記していた.留め置かれていた我々のPTACの論文は,1994年12月末にようやくリバイスを送った.その結果,PTACの論文(JBC)は1995年4月に出版された.一方,Dirkの90 kDa因子(Importinβ)の論文(Curr Biol)も1995年4月に出版され,我々のJBC論文がin pressとして引用されていた.
しかし,我々の論文を留め置いた大御所のグループが,Importinβ論文(PNAS)を1995年2月に,Importinα論文(PNAS)を1995年3月に発表した.しかも,NLS基質が二つの因子と複合体を形成し核膜孔にターゲットされるという内容は,我々の論文と酷似していた.大御所自身がこのPNAS論文のcontributorだった.我々のImportinα論文(EMBO J)は1995年8月に,Importinβ論文(FEBS Lett)は1995年7月に出版されたが,論文発表の観点からは惨敗だった.
1995年初夏のCold Spring Harborミーティングでは,同定されたばかりの輸送運搬体(Importin, Karyopherin)がメインの話題になっていた.この因子に関する日本の研究グループの仕事も広く知られていた.論文発表では惨敗だったが,Importin発見を通じてDirk Görlichをはじめとする研究者と知り合い,議論の楽しさ・素晴らしさを実感できたことは,将来に繋がる有意義な経験だった.
Importin発見後,分野内では激しい競争が繰り広げられた.我々がImportinβが単独で核膜孔を通過すると主張した報告は,最初は受け入れられなかった.精神的に消耗する時期もあったが,米田先生の提案で制御された輸送メカニズムの解析に学生と取り組むうちに前に進めるようになった.独立後は輸送経路の機能分担や,新規運搬体Hikeshiの発見などで独自色を出した.運搬体同定に関わった研究者の多くが研究の現場を退く一方,Dirkは輸送分野を牽引し,FGゲルを発見することで,核膜孔複合体の選択的輸送バリアの仕組みを説明する概念を作り上げた.
Importinの発見は私のキャリアにとって重要だったが,それ以上に,研究者たちとの交流はかけがえのないものだった.研究を進めるには莫大なエネルギーを費やすことがあるが,その原動力は研究者それぞれのCuriosityにある.そして,交流がそのCuriosityを深め,支えてくれる.研究Curiosityを枯らさない社会であってほしい.
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