Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
SEIKAGAKU: Journal of Japanese Biochemical Society 87(1): 1 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870001

アトモスフィアAtmosphere

50年の研究生活を振り返って

1千葉大学名誉教授Professor Emeritus, Chiba University

2株式会社アミンファーマ研究所Amine Pharma Research Institute Co., Ltd. ◇ 〒260-0856 千葉県千葉市中央区亥鼻1-8-15 千葉大亥鼻イノベーションプラザ402Chibadai Inohana Innovation Plaza 402, 1-8-15 Inohana, Chuo-ku, Chiba-shi, Chiba 260-0856, Japan

発行日:2015年2月25日Published: February 25, 2015
HTMLPDFEPUB3

私はどちらかというと天邪鬼で,定説を素直に信じない癖がある.しかし,それによりいろいろ新知見を得ることができたので,一部の若い人の参考になることを願いつつ,ここに私の50年の研究生活を振り返ってみたい.

私が大学院修士課程を修了した1960年代はアメリカの方が遥かに研究レベルが高かったため,アメリカで研究生活を送るためにペンシルバニア大学医学部の梶研究室の門を叩いた.梶先生は,Nirenbergらがgenetic codeの決定でノーベル賞を受賞された際の基礎となるリボソームへのアミノアシルtRNAの結合を見出した研究者である.私が実験室に加わった当時は,開始アミノアシルtRNAを含むすべてのアミノアシルtRNAが最初にリボソームのAサイトに入り,その後Pサイトに移るという考え方が一般的であった.しかし,私が実験してみると,開始アミノアシルtRNAは直接Pサイトに入ることが明らかとなった.これは現在すべての生化学の教科書に記されている.このことが明確になった為,タンパク質合成を,開始アミノアシルtRNAのリボソームのPサイトへの結合,次のアミノアシルtRNAのAサイトへの結合,ペプチド結合形成,AサイトからPサイトへのペプチジルtRNAのトランスロケーションに分離して測定することが可能となり,多くのリボソームに作用する抗生物質の作用機作を明らかにできた.エリスロマイシンを開発したアボット社の研究所をセミナーで訪れた際には,これらの知見がとても喜ばれたのを今でも鮮明に覚えている.

1980年代には,大阪大学微生物研究所時代の恩師である竹田美文教授(当時東京大学医科学研究所)がアメリカの研究者に「ベトナム戦争でアメリカの兵士が食中毒で大変なので,その毒性成分を調べてくれ」と依頼され,竹田先生と当時日本ではほとんど知られていなかった大腸菌O157株の毒素の研究を行った.ヘビ毒のように多くの毒素は核酸分解酵素であるが,このO157株の毒素はリボソームの28S rRNAのA4324の塩基のみを除くN-グリコシダーゼ活性を有することを見出した.これはカビ毒素と作用が同じく,著しく毒性の強いものであった.やはりこれも当時の一般的な考え方と異なるものであり,アメリカのNIHにセミナーに行った際は歓待された.

千葉大学では,人があまりやっていない細胞増殖因子ポリアミン(2価のプトレスシン,3価のスペルミジン,4価のスペルミンより成る)の研究を行った.ポリアミンはDNAと結合し,転写レベルで作用すると考えられていた.しかし,ポリアミンはDNAよりもRNAに強く結合し,細胞増殖・分化・生存率維持に重要な役割を果たす特定タンパク質合成を促進することを見出した.現在までに大腸菌で20種類,真核細胞で8種類のタンパク質合成が翻訳レベルで促進を受けること,並びにその促進機序を分子レベルで明らかにした.2000年にBiochem. Biophys. Res. Commun.誌に総説を執筆したところ,2001年にこの総説の引用数が全体のtop 1%に入り,トンプソン社より表彰された.

ポリアミンは細胞内で生合成されるだけでなく,外部からも取り込まれることが知られていたので,ポリアミン輸送系遺伝子のクローニングに取り組み,大腸菌で4種,酵母で9種のポリアミン輸送タンパク質を見出し,現在は哺乳動物のポリアミン輸送系遺伝子のクローニングを行っているところである.また,記憶形成に重要なグルタミン酸受容体の一種であるNMDA(N-methyl-D-aspartate)受容体がポリアミンにより活性化されることが1990年代にペンシルバニア大学医学部のWilliams教授により報告されたので,私は2か月間留学して基礎実験方法を修得し,ポリアミン輸送タンパク質のポリアミン結合部位に準じて,NMDA受容体のポリアミン結合部位を決定した.その結果,ポリアミン結合部位はアゴニスト(グルタミン酸及びグリシン)結合部位より更にN末端側の外側に位置することが明らかとなり,非常に驚かされた.このモデル図はMol. Pharmacol.誌の1999年下半期の表紙となった.

次いで,老齢時の脳梗塞等の細胞障害について研究した.一般的には細胞障害は活性酸素によると考えられているが,ポリアミンから作られ,二日酔いの成分であるアセトアルデヒドより毒性の強い不飽和アルデヒドであるアクロレイン(CH2=CH–CHO)が細胞障害の主たる成分であることを見出した.現在,この知見に基づき,血漿中のアクロレイン,IL-6,CRPを測定することにより小さい無症候性脳梗塞を発見し,早期に治療して重症にならないようにしようという事業を展開しており,受診者の皆さんに非常に喜ばれている.

これらの知見により,2007年4月に米国生化学・分子生物学会名誉会員に推薦された.

以上のように,私自身は現在も研究を楽しんでいる.私の少しユニークな研究生活が,これから研究を行う若い人の参考になれば幸いである.

This page was created on 2014-12-12T19:09:55.872+09:00
This page was last modified on 2015-02-18T16:29:22.292+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。