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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 87(1): 101-111 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870101

総説Review

DNAの文字を増やす合成生物学—Xenobiologyに向けてExpansion of the genetic alphabet of DNA toward xenobiology

独立行政法人理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター構造・合成生物学部門Division of Structural and Synthetic Biology, Center for Life Science Technologies, RIKEN ◇ 〒230-0045 神奈川県横浜市鶴見区末広町1-7-221-7-22 Suehiro-cho, Tsurumi-ku, Yokohama-shi, Kanagawa 230-0045, Japan

発行日:2015年2月25日Published: February 25, 2015
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遺伝情報の文字である4種類の核酸塩基(A, G, C, T)は,A–TとG–Cの相補的な塩基対を形成することにより,DNA自身の複製にも重要な役割を担っている.つまり,塩基は生命の文字としてのみならず,自身が複製するための機能を持つ.これらの2種類の天然型塩基対に,人工的に作り出した第三の塩基対(人工塩基対)を加えて,生命の文字を増やす研究が急速に進んでいる.人工塩基対を組み込んだDNAが複製され,そして転写や翻訳で機能すれば,遺伝情報を拡張した新たな生命システムを作り出すことができる.すでに,複製や転写で機能する数種類の人工塩基対が開発され,最近では,人工塩基を組み込んだ高機能核酸や,さらには,人工塩基対を導入した細菌も作られるようになった.本稿では,新たな合成生物学(Xenobiology)に向けての,これまでの人工塩基対の創出とその応用研究について,開発に携わる研究チームとして,筆者らの視点から解説する.

1. はじめに

1962年のAlexander Richの総説には,3種類の塩基対の構造が記載されている1).天然型のA–TとG–Cの塩基対,もう一つは人為的に設計されたイソグアニン(iG)とイソシトシン(iC)の塩基対だ.彼は,もしiGがエノール体よりもケト体をとるのであれば,iGとiCが第三の塩基対となり,6種類の塩基からなる遺伝情報系ができると述べている(図2B参照).4種類の塩基であれば,20種類のアミノ酸の識別に3塩基のコドン(4×4×4=64とおり)が必要になるが,6種類の塩基の場合には,2塩基のコドン(6×6=36とおり)で遺伝暗号が成り立つ.この議論は,まだ遺伝暗号が解読されつつある時代のことである.

なぜ,A,G,C,T(U)の4種類の塩基が生命の遺伝子となるDNAの文字に選ばれたのだろうか? あるいは,5種類以上の塩基を用いる生物はありえないのだろうか? これらの学術的な興味から,新たな塩基(人工塩基)を作り出して生物システムを創出する研究が始まった.さらに,従来の遺伝子組換え技術に人工塩基を組み込むことによって,遺伝情報を拡張した新たなバイオ技術が生まれる(図1).

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図1 第三の塩基対(人工塩基対,X–Y)による遺伝情報の拡張

人工塩基対(X–Y)をDNAに組み込むことにより,複製・転写・翻訳からなる生命のセントラルドグマに従う遺伝情報が拡張できる.核酸やタンパク質の特定の位置に非天然型コンポーネント(非天然型ヌクレオチド:XやY,または非天然型アミノ酸:AA-1やAA-2)を導入することができる.

この遺伝情報の拡張技術により,タンパク質中に非天然型アミノ酸を導入することが可能になる.Richの考えを発展させると,たとえば6種類の塩基からなる遺伝子を用いると,3塩基からなるコドンの種類は,216とおり(6×6×6=216)にまで拡張される.新たなコドンに非天然型アミノ酸を割り振ることにより,試験管内あるいは細胞内の翻訳系で,21種類以上のアミノ酸を含むタンパク質を作り出すことができる.

創出する人工塩基対(X–Y)は,複製・転写・翻訳で選択的に第三の塩基対として機能するものでなければならない.たとえば,複製ではDNAポリメラーゼにより,鋳型鎖DNA中のXに対して,基質Y(ヌクレオシド三リン酸,dYTP)が選択的に相補鎖中に取り込まれる必要がある.もし,鋳型鎖中のXに対して基質Yが99.9%の精度(選択性)で取り込まれると(残りの0.1%は天然型塩基の基質が取り込まれた場合),30回の複製で増幅されたDNA中(230≈109倍に増幅)には人工塩基対が97%(0.99930≈0.9704)保持されることになる.天然型塩基対の選択性は,ポリメラーゼの種類にも依存するが,99.9~99.9999%である.人工塩基対を遺伝子組換えレベルで用いるためには,複製では少なくとも99.9%程度の選択性が必須条件になる.

Richの総説より約30年を経て,iG–iC塩基対は,Steven Bennerらによって調べられた2).その結果,複製や転写で機能する可能性が示されたものの,Richが危惧した水溶液中でのiGのエノール体形成により,iG–iC塩基対の選択性は第三の塩基対としては低い(93%程度)3)ことがわかった(後述,2-1)節).そして1995年以降は,複数の研究者が人工塩基対の研究に携わるようになった.

2000年以降は一気に研究が進み,試験管内の複製,あるいは,転写や翻訳で機能する人工塩基対が複数作り出されるようになってきた4–6).さらに最近では,人工塩基を組み込んだ高機能性DNA分子が開発されるようになり,また,人工塩基対を含むDNAを細菌に導入した例も報告された.まさに,人工塩基対の研究は,Xenobiology(ゼノバイオロジー:xenoは,ギリシャ語のxenosに由来し,意味はstranger,alien)7,8)という合成生物学の新領域を切り開きつつある.本稿では,開発の過程から現在の進捗までを,人工塩基対研究に携わる一研究室として,筆者らの視点から解説する.

2. 複製で機能する人工塩基対の創出

現在,複製(PCR)で99%以上の選択性を示す人工塩基対は,Steven Bennerら,Floyd Romesbergら,そして,筆者らの研究室が報告している6,9).それぞれのチームは,独自の概念に沿ってproof of concept(概念実証)型の研究を繰り返して改良を重ね,人工塩基対を作り出してきた.その過程では,ポリメラーゼの構造解析や塩基類似体を用いた研究など,複製の機構に関わる基礎研究の成果が重要な役割を果たしている.これらの点も踏まえて,筆者らが開発を始めた1997年に遡って,人工塩基対の創出研究を振り返ることにする.

1)1997年以前の人工塩基対研究

1990年初頭,Bennerらは,iG–iC塩基対以外にも,水素結合の配向性が異なる人工塩基対を数種類デザインし,そのヌクレオチド誘導体を化学合成し,複製や転写の実験を行った10)図2).水素結合は,供与体となりうる水素原子と受容体となる酸素原子や窒素原子との間で形成される.A–TとG–Cの塩基対では,この水素結合の供与→受容の配向が互いに異なるため,それぞれの塩基対が選択的に形成される.この水素結合の配向の組み合わせから,天然型の2種類の塩基対以外に,iG–iC塩基対のように,別の塩基対も設計できる.こうして,Bennerらは,X–Κなどの塩基対も考え出した.そして,鋳型DNA中に組み込んだ人工塩基に対して,複製や転写でその相補鎖に相補する人工塩基の基質が取り込まれるかどうかを調べた.その結果,これらの人工塩基対が複製や転写で第三の塩基対として機能することが確認された.彼らは,iG–iC塩基対をコドン・アンチコドンに用いた試験管内の翻訳系で,非天然型アミノ酸を含むペプチド合成も行った11)

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図2 天然型塩基対と水素結合性の人工塩基対

(A)天然型塩基対A–TとG–C.(B)Alexander Richにより提唱された第三の塩基対(iG–iC)とBennerらによって開発された水素結合性の人工塩基対の代表例(Χ–ΚやP–Z).水素結合の供与→受容の配向を,灰色矢印で示す.iGのケト体はiCと,iGのエノール体はTと塩基対を形成する.

ただし,その後の研究でこれらの人工塩基対には,いくつかの問題があることがわかってきた.iG–iC塩基対を例にとると,iG塩基は,水溶液中で通常のケト型以外に10%程度がエノール型をとる12).このエノール型は,iCよりもTと塩基対を形成する(図2B).一方,iC塩基は,ポリメラーゼによっては認識されないことがある13).これは,iC塩基の2位のアミノ基に起因する問題であった.X線結晶構造解析から,CやTのピリミジン塩基の2-ケト基が水素結合受容基として,ポリメラーゼとの相互作用に重要であることがわかった14,15).また,iCのヌクレオシド誘導体は,非常に不安定で,中性条件下であっても加水分解されやすいこともわかった16).これらの理由から,iG–iC塩基対を含むDNAを鋳型にして,20サイクル程度のPCRを行うと,ほとんどのiG–iC塩基対は,天然型塩基対(主にA–T)に置き換わってしまう.

第三の塩基対の可能性は示されたが,天然型塩基対に匹敵する人工塩基対は容易にはできないこともわかり,人工塩基対研究はいったん下火になる.しかし,Bennerらに加えて,Eric KoolやFloyd Romesberg,そして筆者らのグループが1990年代後半より人工塩基対の開発を始め,その後,競合して研究が進められるようになった.

2)1997年から2002年まで

筆者らは,1997年より人工塩基対の研究を開始した.当時は,Bennerらの研究が有名であったが,それ以外にもRappaportの研究が筆者らの興味を引いた.Rappaportらは,立体障害の概念を用いて,Gの6位の酸素原子を硫黄原子に置き換えたGS塩基とTの4位の酸素原子を小さな水素原子に置き換えたTH塩基を1988年に報告していた17)図3).酸素よりも原子半径の大きな硫黄は,Cの4位のアミノ基との立体障害により,CよりもTHと塩基対を形成しやすくなる.残念ながらこのGS–TH塩基対の選択性は,それほど高くはなかった.そこで,筆者らはもっと大きな置換基をプリン塩基の6位に導入することにした.こうして,プリンの6位にジメチルアミノ基,2位にアミノ基を導入したx塩基とその相補塩基としてピリジン-2-オン塩基(y)を作製した18)図3).xは,Tと二つの水素結合で対合する可能性があるが,6位のジメチルアミノ基がTの4位の酸素原子とぶつかる.yは,この位置が水素原子なので,xと塩基対を作りやすくなる.このx–y塩基対は,T7 RNAポリメラーゼを用いた転写で機能し,鋳型DNA中のxに相補して,yの基質(yTP)がRNA中に選択的に取り込まれた19)

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図3 筆者らの研究室で開発した人工塩基対の変遷

矢印は,人工塩基対のアイデアの流れを示す.筆者らの研究室で開発した人工塩基対を四角枠内に示す.点線枠内の人工塩基対は,水素結合性の人工塩基対,実線枠内は疎水性の人工塩基対,Rは官能基を示す.

さらに6位のジメチルアミノ基を芳香族性のチオフェンに置き換えることにより,隣接塩基とのスタッキング相互作用を高め,同時に塩基対面の向きをかさ高くしたs塩基を作製した20)図3).このs–y塩基対は,転写において,その選択性がさらに高まった21).この試験管内の転写を翻訳系と組み合わせることにより,非天然型アミノ酸を導入したタンパク質の合成にも成功した21).種々の機能性の置換基を結合したy塩基も合成し,これらの機能性y塩基基質も転写でRNAに導入することが可能になった22–25)

実は,これらの成果はきわどい判断ミスが幸いしたものであった.x–y塩基を開発した当初,複製の実験で一見よい結果が得られたので,転写実験も行った.転写の結果は正しかったが,最初に行った複製のデータは,その後の速度論的な実験から,その解釈が間違っていたことがわかった.x–y塩基対の複製における選択性は高くはなく,もしこの事実が最初に明らかになっていたら,転写実験は行っていなかったかもしれない.そして,その後に続く人工塩基対も生み出されなかったかもしれない.早とちりの実験が功を奏したようだ.

海外では,Eric Koolらが興味深い結果を報告していた.彼らは,複製における塩基対形成に,塩基間の水素結合がどれだけ重要なのかを調べるために,A–T塩基対と形は似ているが,水素結合を形成しにくい疎水性のZ–F塩基対を設計した26,27)図3).Z塩基は,Aの1位と3位の窒素を炭素に,また,6位のアミノ基をメチル基に置き換えている.F塩基は,ベンゼン環を母体とし,2位と4位にフッ素原子を組み込んでいる(水素結合受容基としてのF塩基のフッ素原子の強さは,Tのカルボニル基の10分の1程度である).そして,Klenow断片を用いた複製での取り込み実験で,Z–F塩基対は,A–T塩基対と同程度の高い選択性でDNA中に取り込まれることがわかった.後に彼らは,Z塩基のマイナーグルーブ(二重らせんの狭い方の溝)側に窒素原子を導入したQ塩基を作製し,さらに複製における取り込み効率を高めている28)図3).プリン塩基であるAやGでは,マイナーグルーブ側に位置する3位の窒素原子がポリメラーゼとの相互作用に重要である14,15)

Koolらの疎水性のZ–F,あるいはQ–F塩基対は,A–Tとの互換塩基対であるため,第三の塩基対とはなりえない.しかし,彼らの結果は,水素結合よりも塩基間の形の相補性が複製における塩基対形成に重要であることを示しており,特筆すべき実験である.こうして,人工塩基対の開発においても,疎水性の塩基対が選択肢の一つになった.

最初に第三の塩基対として疎水性の塩基対を報告したのは,Romesbergらのグループだった29).彼らは,イソキノリンを母体とする自己相補の人工塩基(PICS)を設計した(図4).Klenow断片を用いた複製において,鋳型DNA中のPICSに相補して,基質PICSがDNA鎖に取り込まれた.ただし,PICSが取り込まれてPICS–PICS塩基対が形成されると,複製はそこで止まってしまった.これは,PICS–PICS塩基対が天然型の塩基対よりも形が大きく,二本鎖中でそれぞれのPICSが重なり合ってしまうと,そこでポリメラーゼが解離してしまうためである.

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図4 Romesbergらの疎水性人工塩基対

初期のPICS–PICS塩基対から,網羅的に合成した人工塩基のスクリーニングを駆使することで,複製において高い選択性を持つ塩基対(5SICS–NaM,TPT3–NaMなど)を開発した.

3)2002年から2006年まで

筆者らのs–y塩基対の問題点は,鋳型鎖のsに対して基質yが選択的に取り込まれるものの,鋳型鎖のyに対して基質sの取り込みの選択性が低いことである.天然型塩基を排除するために,sにはかさ高いチオフェンをつけたが,yには天然型塩基を排除する仕掛けがない.特にA–y塩基対は,形の相補性がよいので形成されやすい.基質としてyよりもTの方が取り込まれやすいので,鋳型鎖のAに対しては基質Tが優先的に取り込まれる.しかし,鋳型鎖のyに対しては,基質sと競合して基質Aも取り込まれてしまう.

s–y塩基対の構造をながめていると,yのような六員環構造よりも五員環構造の方が,sとの形の相補性がよくなるように思えた.こうして設計した塩基がイミダゾールを母体とするz塩基である30)図3).T7転写で,鋳型鎖のyをzにすることで,基質sのRNAへの取り込み効率が上昇した.しかし,複製におけるs–z塩基対の選択性は,それほど高くはなかった.これは,z塩基の親水性が高いためであった.基質の塩基部分とポリメラーゼ中の芳香族性アミノ酸とのスタッキング等の相互作用により,疎水性と芳香族性の高い塩基が基質として取り込まれやすい.

五員環の人工塩基を思いつくと,これが頭から離れなくなる.KoolらのQ–F塩基対の構造をみると,必ずしも形の相補性が合っているわけではないことに気づく.塩基対の中央で,両方の塩基から水素原子が飛び出してぶつかり合っている.これについて,Koolは,水素原子は小さいから問題ないという.しかし,もしFの代わりに五員環の塩基を用いると,この水素原子のわずかなぶつかり合いも解消できる.こうして,筆者らは,ピロールを母体とし,アルデヒド基を結合させた人工塩基Paを設計した31)図3).Q–Pa塩基対は,両塩基から出ている水素原子が交互に組み合わさる.実際に,Q–Pa塩基対を含む二本鎖DNAのNMRによる解析により,この構造を確認できた31).また,五員環構造のPaは,Aとの形の相補性が悪くなり,A–Pa塩基対が形成されにくくなった.Paのアルデヒド基の酸素原子は,ピリミジン塩基の2位のカルボニル基と同様に,ポリメラーゼとの相互作用に使えることもわかった.その結果,複製において,Q–Pa塩基対は,KoolらのQ–F塩基対よりも,その選択性が向上した31)

しかし,ここで筆者らの研究は行き詰まった.Bennerらは,iCのヌクレオシドの安定化を進めていた32).Romesbergらは,PICS–PICS塩基対を複製で機能させるべく,ポリメラーゼの改変を行っていた33).さらに彼らは疎水的な人工塩基を網羅的に合成していた34–36).そんなとき,非接触ICカードのSuicaの開発に携わった研究者の講演を聞く機会があった.そこで,開発に行き詰ったとき1000ぐらいの可能性を追求すると,その中にいくつか解があるという話を聞いた.考えてみると,筆者らはこれまでに人工塩基対として相補的な2種類の塩基の組み合わせを30種類ぐらい作り,それらを試していた.これらは必ず対で設計してきたので,異なる設計の人工塩基どうしを組み合わせた実験はほとんど行っていなかった.それぞれの相補塩基が30種類ぐらいあるということは,すべての組み合わせは30×30で900種類にまで増える.その中に解があるかもしれないとふと思った.早速,研究室に戻り,この話をすると,すでにこれを試している研究員がいた.そして,s–y塩基対とQ–Pa塩基対を組み合わせて,s–Pa塩基対が生まれた37)図3).

s–Pa塩基対は,それまでのs–z塩基対と比較しても,T7転写において鋳型鎖中のPaに相補して基質sの取り込み効率が格段に向上した.これが,その後の人工塩基対開発につながるきっかけとなった.また,s塩基は,434 nmを極大とする蛍光を発する.そして,この蛍光の強度は,高次構造を形成する核酸分子の中で近傍の塩基とのスタッキングの度合いにより変化する.この性質を用いて,s塩基を転写で機能性RNAの特定部位に導入することにより,その部位の局所構造の知見を得る手法も開発できた37,38)

s–Pa塩基対の形の相補性はそれほどよくない.s塩基の2位のアミノ基とPaのアルデヒド基がぶつかってしまう.ならば,sのアミノ基を除いてしまえば,形の相補性がよくなる.さらに,Paは水素結合性の原子や置換基を環内に持っていないので,sの1位の窒素原子は必要なく,これを炭素に置き換えることにした.こうして,sを改良したイミダゾピリジンを母体とするDs塩基を設計することにより,Ds–Pa塩基対ができあがった39)図3).

このDs–Pa塩基対は,別のアイデアからも考えつく(図3).Koolらの開発したQ–F塩基対はA–Tの互換塩基対であるため,QはTと,また,FはAと塩基対を形成してしまうので,第三の塩基対にはなりえない.そこで,筆者らはFの代わりに五員環構造のPaを開発した.このPaはAとの塩基対形成能を低下させるので,QとTの塩基対形成を下げれば,第三の塩基対ができあがる.筆者らがs塩基を開発したときのように,Qのメチル基の代わりにチオフェンを導入すれば,そのかさ高さでTを排除できる.こうしてQからもDs塩基が思いつく.

Ds–Pa塩基対は,複製において高い選択性を有していた.しかし,筆者らは,ここで一つのミスを犯していた.以前にKoolらの塩基対を調べていたときに,鋳型鎖中のQに対して,芳香族性の高い基質Qも効率よく取り込まれることを見つけていた.これは,Romesbergらが開発したPICS–PICS塩基対と似ている.Q–Q塩基対は,形が大きすぎるので,二本鎖DNA中でQどうしがスタッキングして重なってしまう.そのためにその後の複製が停止してしまう.同様の問題がDs塩基にも起こる可能性があったので,当時は諦めていた人工塩基であった.しかし,しばらく時間が経って,そのことをすっかり忘れていた.実際に試してみると,鋳型鎖中のDsに相補して,基質Paとともに基質Dsも同程度の効率で取り込まれることがわかった.Dsに対してDsが取り込まれると,やはり複製はそこで止まってしまった.Romesbergらが着々と疎水性の人工塩基対の結果を蓄積している間に,筆者らは振り出しに戻ってしまった.

失敗にめげずに研究を続けていると,幸運が巡ってくることがある.以前に,研究員が今までとは違う化学合成法で基質Dsを合成しようとした.ところがその方法では,三リン酸のγ位の水酸基がアミノ基に置き換わり,Dsのγ-アミド三リン酸体が生成してしまった(図5).当時はこの化合物の重要性に気づかず,通常の基質との混同を恐れて,すべて破棄していた.ところが,それから数年後,別の研究員が,以前に合成していた基質Dsの濃度測定を行ったところ,その中のチューブの一つがおかしいことに気がついた.調べてみると,γ-アミド三リン酸体であった.こういうことを恐れて破棄したはずだったので,ストレスを感じた.しかし,思い直して,これは何かの縁ということで,この修飾基質を試しに使ってみることにした.その結果,予期せずよい結果が得られた.γ-アミド三リン酸体の基質Dsは,鋳型鎖中のPaに相補して取り込まれるが,Dsに対してはその取り込み効率がかなり下がり,結果として複製におけるDs–Pa塩基対の選択性を高めることができた39)

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図5 筆者らの疎水性人工塩基対の変遷

筆者らの疎水性の人工塩基対(Ds–Pa→Ds–Pn→Ds–Px)とPCRにおける選択性を示す.

γ-アミド三リン酸体は非常に役に立つ.Paはわずかではあるが,まだAとも塩基対を形成してしまう.そこで,Aのγ-アミド三リン酸体を合成して調べると,鋳型鎖中のPaに対して基質Aの取り込みを低下させることがわかった.そこで,AとDsの基質はγ-アミド三リン酸体を用い,それ以外の天然型塩基とPaの基質は通常の三リン酸体を用いて,試験管内の複製であるPCRを行った.10サイクルのPCRを行い,増幅したDNAの配列を調べると人工塩基対が99%以上保持されていた.人工塩基対が第三の塩基対として初めて複製で機能した瞬間である39)図5).

4)2006年から現在まで

Ds–Pa塩基対は複製で機能するものの,まだ問題もあった.この人工塩基対を含む複製効率は,天然型塩基対のみの場合と比較して,まだまだ低い.これは,γ-アミド三リン酸体の基質を用いていることにも問題がある.この修飾基質の取り込み効率が悪いことと,取り込み後,副生するアミド型のピロリン酸が複製反応を阻害することである.したがって,この修飾基質を使わなくてもよいくらいに,人工塩基対の形成効率を複製で問題となるA–PaやDs–Ds塩基対よりも高めなければならない.

まず,A–Pa塩基対に関しては,簡単に解決することができた.PaにAとの対合を排除させる機能を持たせればよい.筆者らは,Paのアルデヒド基をニトロ基に置き換えることを考えた.マイナーグルーブに位置するニトロ基の酸素原子はポリメラーゼとの相互作用に役立ち,もう一つの酸素原子は,Aの1位の窒素原子との静電反発により,A–Pa塩基対形成を抑える.こうして,2-ニトロピロール(Pn)塩基ができあがった(図5).このDs–Pn塩基対により,Aのγ-アミド三リン酸体を使用せずに,20サイクルのPCR後でも,99%以上の人工塩基対が保持されるようになった.増幅効率も飛躍的に向上した40)

次は,Ds–Ds塩基対の問題である.鋳型鎖中のDsに対して,基質Dsよりも基質Pnの取り込み効率を上げればよい.これは,プロピニル基をPnに結合させることにより,疎水性を高め,π電子の共役を広げるという研究員のアイデアで解決した.すでにRomesbergらが,彼らのPICS–PICS塩基対でプロピニル基を組み込んでいた.不飽和のプロピニル基の導入で,ポリメラーゼによる取り込み効率が向上する.こうして,2-ニトロピロールの4位にプロピニル基を結合したPx塩基を設計して,疎水性のDs–Px塩基対ができあがった41)図5).

Ds–Px塩基対は,複製においてγ-アミド三リン酸体を必要とせず,すべての塩基で通常の三リン酸体基質を用いて高い選択性を示した.最適条件下で,100サイクルに相当するPCRを行うと,1027倍に増幅されたDNA中に97%以上の人工塩基対が保持されていた42).これは,Ds–Px塩基対の選択性が99.9%以上になることを示していた[保持率(97%以上)と増幅倍率(1027≈290)から選択性を計算:0.97≈0.999790].さらに,鋳型鎖中の天然型塩基に対して人工塩基基質が間違って取り込まれる割合は,1回の複製で1塩基あたり0.005%と天然型塩基対に匹敵する選択性を有することもわかった.10年以上の歳月をかけて,筆者らの人工塩基対は完成に近づいた.

その後,BennerらとRomesbergらも複製で高い選択性を有する人工塩基対の開発に成功した.Bennerらは,以前のiG–iC塩基対に改良を重ねて,P–Z塩基対(Z塩基は,KoolらのZ塩基とは異なる)を開発した16)図2B).彼らは,iC塩基からC塩基に近い構造のZ塩基(三つの水素結合のうちの中央部分がN–Hとなり,この部分がC塩基と異なる)を設計した.2位にカルボニル基があるのでポリメラーゼとの相互作用もiCより高まる.iCのヌクレオシドは加水分解されやすかったが,Zではニトロ基を導入することにより,ヌクレオシドの安定性が高まった.Z塩基に相補するP塩基はイミノ型の水素原子がないので,ケト・エノールの互変異性がなく,iGと比較して天然型塩基と対合しにくくなっている.P–Z塩基対は複製で99.8%の選択性を示すことが報告されている43)

Romesbergらは,PICS–PICS塩基対以降,網羅的に疎水性人工塩基を合成し,それらの中から複製で機能する5SICS–MMO2,あるいは,5SICS–NaM塩基対を開発した44)図4).5SICS–NaM塩基対は,複製において,最適条件下では99.8%の選択性を示した44,45).彼らは,この人工塩基対をプラスミド中に組み込み,大腸菌に導入することにより,第三の塩基対を持つ生物を初めて作り出した46)(後述,3-2)節).実は,筆者らも同様の実験を5年前より行っていてある程度の結果を出していたので,このときは悔しい思いをした.しかし,彼らはたくさんの問題点を克服して本成果を得ており,この論文を読んだときは彼らの努力に敬服した.彼らは,さらに改良を加えて,最近では,5SICS–FEMOやTPT3–NaMなどの新たな人工塩基対を報告している47,48)図4).

3. 人工塩基対の応用研究

複製・転写・翻訳で機能する人工塩基対が開発されるようになると,その応用研究も報告されるようになってきた49–52).ここでは,それらの中から複製で機能するDs–Px,Z–P,5SICS–NaMのそれぞれの塩基対を用いた最近のトピックスを紹介したい.

1)高親和性の人工塩基核酸アプタマーの創出

核酸アプタマーは,標的物質(タンパク質など)に結合する核酸のオリゴマーで,SELEX(systematic evolution of ligands by exponential enrichment,in vitroセレクションともいう)という手法で作製される53,54).たとえば,DNAアプタマーの作製では,まずランダムな配列を含むDNA断片のライブラリを用いて,これに標的物質を加え,結合した核酸断片を何らかの方法で釣り上げて単離(セレクション)する.セレクションされた核酸断片をPCRで増幅し,一本鎖化した後にこれを新たなライブラリとして用いて,さらに結合条件を厳しくしてセレクションを行う.このセレクションとPCR増幅を繰り返すことにより,最終的に標的物質に最も強く結合するDNA断片が得られる.SELEXによりアプタマーの配列が決定されれば,その後は化学合成で大量調製ができる.

核酸アプタマーは,抗体に代わる検出・診断・治療用医薬品として,その応用が期待されている.抗体と比較して,試験管の中で短期間に作製できること,標的に対する選択性が高いこと,抗原性が少ないこと,などが長所としてあげられる.しかし,多くの場合,抗体よりも核酸アプタマーの方が標的物質との親和性が低く,医薬品として認可されたアプタマーは,加齢黄斑変性症の治療薬として,血管内皮細胞増殖因子(VEGF)に結合する修飾RNAアプタマー(マクジェン)のみである55,56).このアプタマーの解離定数(Kd)は,49~130 pMであり,核酸アプタマーの中では標的に対する親和性が非常に高い.従来のほとんどの核酸アプタマーのKdは,nM前後である.したがって,もし標的物質に対する核酸アプタマーの親和性を高めることができれば,さらなる応用への道が広がる.

一般的にタンパク質と比較して機能面で核酸が劣る理由は,その構成成分の種類が少なく,それらの化学的・物理的性質が似通っているからである.20種類の豊富なアミノ酸からなるタンパク質に対して,核酸は性質の似ている4種類の塩基のヌクレオチドしかない.また,核酸はリン酸と糖をバックボーンとするため,親水性が高く,核酸アプタマーの場合,標的とするタンパク質の疎水部分との相性が悪くなる.これまでに,天然型塩基に疎水性の置換基を結合させることにより,DNAアプタマー作製の成功率を高めた例はあるが57),標的物質との親和性を向上させることはできていない.これは,リンカーを介して天然型塩基に結合させた疎水性の置換基がアプタマーの立体構造中で固定されずに自由に動き回れてしまうためであろう.そこで,筆者らは,疎水性の高いDs塩基を組み込んだ5種類の塩基からなるDNAライブラリを作製し,これを用いて標的タンパク質に結合する新規DNAアプタマーを作り出す手法の開発に取り組んだ.Dsは第五の塩基としてDNAのバックボーンに直接結合しているので,アプタマーの立体構造中でこの疎水性塩基が特定の部位に固定されやすくなる.

人工塩基を導入したSELEXで問題となるのは,最終的にセレクションされたDNAライブラリから,どのように個々の塩基配列を決定するかである.通常は,ライブラリをプラスミドに導入してクローニングにより個々の配列に分けるか次世代シーケンサーで一気に多数の配列を解析する方法がとられる.しかし,人工塩基を含むDNAライブラリは,これらの方法が使えない.そこで筆者らは,プレデターミンライブラリという手法を開発した58)図6).

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図6 筆者らの人工塩基対Ds–Pxを利用した,親和性人工塩基核酸アプタマーの創出(プレデターミン法)

疎水性人工塩基Dsを導入したライブラリの設計とセレクションラウンド(破線ボックス内),ならびに,その後の配列の決定法を示す.

まず,天然型塩基のみをランダム化した43塩基長の配列中に,1~3個のDs塩基を特定の位置に導入する(図6).こうして,異なる位置にDsを導入した22種類のサブライブラリを作製する.これらのサブライブラリは,PCRで増幅するためのプライマー配列に加えて,サブライブラリの由来を特定する二つあるいは三つの天然型塩基のマーカー配列を組み込んでおく.これらのサブライブラリをすべてミックスし,これを用いてSELEXを行う.このとき,人工塩基(DsとPx)の基質を加えてPCRを行うが,最終的にセレクションされたライブラリは,人工塩基の基質を除いてPCRを行い,ライブラリ中の人工塩基を天然型塩基に置き換える(主にDsはAに置き換わる).ただし,人工塩基基質を除くとPCRの効率が極端に下がるので,Pxよりも精度の低いPaの基質を加えることにした.これは,鋳型鎖中のDsに対してPaが取り込まれ,取り込まれたPaに相補してAが取り込まれやすいようにするためである(前述,2-3)節).こうして,すべて天然型塩基に置換されたライブラリを用いて,次世代シーケンサーにより個々の配列を解析する(図6中のDeep Sequencing).得られた配列中のマーカー配列から最初に組み込まれたDsの位置を決定することができる.

この方法を用いて,筆者らは,ヒトのVEGF165とインターフェロンγ(IFNγ)に結合するそれぞれのDNAアプタマーを得た.最適化したVEGF165に結合するDNAアプタマーは47残基で二つのDsを含む.そのKd値は0.65 pMであり,VEGF165に対して非常に高い親和性を示した.IFNγに結合するDNAアプタマーは49残基で三つのDsを含み,Kdは38 pMであった.どちらのアプタマーも,すでに得られている天然型塩基のみからなるDNAアプタマーと比較して,その親和性は100倍以上向上していた.わずか二つか三つの人工塩基でDNAアプタマーの親和性が大幅に高まり,ここで初めて人工塩基対技術の威力が示された58)

2)人工塩基対を用いたCell-SELEX

核酸アプタマーの標的はタンパク質のみではない.金属イオン,アミノ酸や補酵素などの低分子,タンパク質などの高分子,ウイルスや細菌などの細胞も核酸アプタマーの標的物質になりうる.最近では,がん細胞などを標的に用いてアプタマーを作製するCell-SELEX法の論文が増えている.もし,がん細胞に特異的に結合するアプタマーが作製できれば,イメージングなどのがん診断やがん細胞特異的な医薬品の開発につながる.

人工塩基対技術を用いた最初のCell-SELEXへの応用が,Bennerらのグループによって2014年に報告された59).彼らは,4種類の天然型塩基に加えて彼らのZとPの人工塩基2種類の計6種類の塩基からなるランダム配列を含む全長52塩基長のDNAライブラリを用いて,ヒト乳腺がん由来のMDA-MB-231を標的細胞としたCell-SELEXを行った(図7).ライブラリ中のランダム配列は20塩基からなり,理論上のすべての分子種総数(620≈約4×1015)をできるだけCell-SELEXに持ち込めるようにしている.彼らは,5 nmol(分子数3×1015相当)の初期DNAライブラリを用いて,12ラウンドのセレクション操作を繰り返し,標的細胞に結合する分子種を濃縮した.ランダムに組み込まれたZとPの位置は,PCRでそれらの人工塩基を天然型塩基に置き換えると,それぞれの人工塩基が特有の天然型塩基への置換パターンになる,という現象から次世代シーケンサーを用いて決定している.その結果,標的細胞にKd=30 nMの強さで結合するDNAアプタマーが得られた.このDNAアプタマー中のZやPを天然型塩基に置換すると,標的細胞への結合能は低下したことから,標的細胞への結合が人工塩基に依存していることを示している.人工塩基対技術をSELEXに応用した2番目の例である.ただし,彼らの人工塩基は天然型の塩基とそれほど性質が異なるわけではないので,標的細胞との親和性は,従来法と比較して劇的には高まってはいないようである.

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図7 Bennerらの人工塩基対Z–PのCell-SELEXへの応用

6種類の塩基からなるDNAライブラリとセレクションラウンド,塩基配列の決定を示す.

3)細胞システムへの応用

人工塩基対技術の究極的な目標が細胞への応用である.人工塩基対を導入したDNAを持つ生物を作ることができれば,汎用性の高い技術につながる.DNAアプタマーの研究から,人工塩基を組み込んだDNAの機能が高まることがわかったので,細胞内のRNAやタンパク質の高機能化により,特定の機能を高めたスーパー細胞が作られる可能性も高まった.また,組み込んだ人工塩基をマーカーにして,細胞内の特定の遺伝子の発現を観測することもできるだろう.しかし,何にもまして,人工塩基対を持つ生物が創られるかどうかは,研究者にとって知的好奇心を擽るものである.

最初に人工塩基対の細胞システムを報告したのは,Romesbergらのグループである46).問題は,人工塩基の基質を細胞内にどのように供給するかである.これまでに,人工塩基ヌクレオシドを培地に加え,細胞に取り込ませた後,リン酸化酵素により細胞内で人工塩基基質にする方法が検討されてきた.しかし,人工塩基ヌクレオシドによっては,どのようなリン酸化酵素を用いたとしても三リン酸化の効率が悪いものもあり,成功に至っていなかった.

彼らは,まず,人工塩基ヌクレオシドの三リン酸体を培地から直接,細胞内に供給できるよう,藻類のプラスチド(色素体)由来のヌクレオチドトランスポーターを発現させた大腸菌改変体を準備した(図8).しかし,培地に三リン酸体を添加するにしても,大腸菌から分泌されるホスファターゼにより,大部分が分解されてしまう.彼らは,培地中に50 mMリン酸カリウムを添加することにより,分解がある程度抑えられることを見いだした.こうして,培地に人工塩基NaMおよび5SCISのヌクレオシド三リン酸体を最終濃度0.25 mMで添加することで,大腸菌内でのDNA複製に必要なレベルの人工塩基の基質を供給できるシステムを構築した.

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図8 Romesbergらの人工塩基対の細胞システムへの応用

人工塩基基質を培地から細胞内に供給できるように,ヌクレオチドトランスポーターを発現させた大腸菌を用いて,人工塩基対を組み込んだプラスミドを大腸菌に形質転換した.人工塩基基質存在下で培養を行い,増殖した大腸菌中のプラスミドに人工塩基対が保持されていることを確認した.

彼らは自らの人工塩基対の中でPCRの複製精度が最も高いTPT3–NaM塩基対を組み込んだプラスミドDNAを調製した.これを,大腸菌に形質転換し,NaMおよび5SCISの基質の存在下で大腸菌を培養した.したがって,もし細胞内でプラスミドDNAが増幅されれば,TPT3–NaMから5SCIS–NaM塩基対に置き換わる.増殖した大腸菌の中でどれだけの人工塩基対がDNA中に保持されるかを調べた結果,24世代後の大腸菌でも,86%の人工塩基対が保持されていることがわかった.これは,少なくとも1回の複製あたりの人工塩基対の精度が99.4%(0.99424≈0.865)であることを意味している.また,これだけの人工塩基対が保持されているということから,大腸菌の修復系によって,この疎水性の人工塩基対が即座に認識されて除かれてしまうわけではないことも明らかになった.この論文は世界中で話題になった.

4. おわりに

人工塩基対は,Richが提唱して以来,半世紀を経て実用化レベルに達した.第三の塩基対として機能する人工塩基対が創られるようになったことから,必ずしもA–TとG–Cの塩基対が必須ではない可能性も出てきた.もしかしたら,宇宙のどこかに6種類の文字を遺伝子に持つ生物がいるかもしれない.まさに,1961年にHarold Woosterが,“extraterrestrial biology”から“xenobiology”という言葉を提唱したように7),Xenobiologyという学問領域が現実味を帯びてきた.

塩基の種類を増やすことによって核酸の機能が向上することもわかり,さらに,人工塩基対を導入したDNAを持つ細胞システムが構築できることもわかってきた.このような進展から,新たな新種の生物を作り出すことになり,危険な技術ではないか,ということを耳にすることもある.しかし,現時点では人工塩基のヌクレオシド誘導体を細胞が作れないため,Romesbergらの研究のように,外部よりその材料を加える必要がある.したがって,人工塩基対を持つ新しい生物は自律的には増殖できず,従来の自立型の遺伝子組換え体よりも安全であるといえる8).つまり,人工塩基対技術を用いれば,遺伝子組換え体の封じ込めも可能になる.

残念ながら,国内では,これまで人工塩基対研究が理解されてきたとはいいがたい.これは,汎用的な基盤研究に対する評価として全般的にいえることかもしれない.積み木やレゴの素材が増えたときのようなワクワクする子供心が,今の研究には必要なのではないだろうか.今後も人工塩基対技術の可能性を求めて研究が進展することを期待したい.

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著者寸描

平尾 一郎(ひらお いちろう)

理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センターチームリーダー.理学博士.

略歴

1983年東京工業大学大学院博士後期課程修了,84年東京大学工学部助手,92年東京薬科大学薬学部助教授,95年インディアナ大学博士研究員,97年科学技術振興事業団ERATOグループリーダー,2006年より現職.

ウェブサイト

http://protein.gsc.riken.jp/hirao/

木本 路子(きもと みちこ)

理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター上級研究員,科学技術振興機構さきがけ研究者.理学博士.

略歴

1999年理化学研究所ジュニアリサーチアソシエイト,2002年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻修了,同年理化学研究所リサーチアソシエイト,06年理化学研究所研究員,13年より現職.

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