生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 87(1): 129-132 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870129

みにれびゅうMini Review

栄養状態による細胞休眠の遺伝学的制御Nutritional regulation of cellular quiescence in animals

東京大学大学院薬学系研究科生理化学教室Laboratory of Physiological Chemistry, Graduate School of Pharmaceutical Sciences, The University of Tokyo ◇ 〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-17-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan

発行日:2015年2月25日Published: February 25, 2015
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1. はじめに

我々の生体内では,幹細胞や前駆細胞,卵母細胞といった未分化な細胞群が,可逆的に細胞分裂や分化などの活動を一時停止した「休眠状態(quiescence)」で存在し,これらの細胞群は必要に応じて「活性化(activated)」され増殖や分化を開始することが知られている1).休眠制御の破綻が不妊や老化,腫瘍形成の一端を担う可能性が示唆されているが2–4),どのような生理状態の変化で休眠あるいは活性化状態への移行が促進されるのか不明な点が多い.

近年,主にマウスの造血幹細胞を用いた研究によりFoxOやmammalian(あるいはmechanistic)target of rapamycin(mTOR)といった細胞(レベル)での栄養センシングに関与する遺伝子群や特定の代謝酵素が幹細胞の休眠の維持に重要であることが報告されている5).しかしながら,個体の栄養状態に最も影響を与える外的要因と考えられる食餌環境と幹細胞や前駆細胞の休眠・活性化サイクルの関係については不明な点が多い.

筆者らは線虫の幹・前駆細胞の休眠と活性化が培地条件によって容易に誘導・観察できる点に着目し,インスリン/インスリン様成長因子シグナリング経路(以下,IIS経路)やマイクロRNA(miRNA)を中心とした遺伝子ネットワークが,幹細胞や前駆細胞の栄養状態に連動した休眠からの活性化に重要であることを見いだしてきた6–8).線虫と同様にキイロショウジョウバエにおいてもIIS経路が神経前駆細胞における栄養状態に応答した休眠からの活性化を制御することが近年報告されている9,10).そこで本稿では,筆者らがすすめてきた線虫における知見を中心に,栄養状態に応答した細胞休眠制御機構を概説する.

2. 線虫における幹・前駆細胞の栄養状態による休眠制御機構

線虫ではすべての個体で同じ細胞系譜を示すことから,特定の発生ステージにおける幹・前駆細胞の数や位置がすでに記述されている.孵化直後の1齢幼虫では,将来精子や卵子を産生する生殖幹細胞や,神経前駆細胞,主に体壁筋を産生する中胚葉性前駆細胞などすべての幹・前駆細胞が休眠状態で維持されている.線虫は食事制限に比較的耐性を持ち,孵化直後の1齢幼虫は,貧栄養条件下で幹・前駆細胞の休眠状態を維持しつつ1週間以上生存できる.また,これらの細胞群は餌である大腸菌を与えることにより再現性よく活性化し,細胞分裂や細胞移動を開始することができる.筆者らがこのような幹・前駆細胞の休眠制御機構の研究を開始した当時,線虫に唯一存在するインスリン受容体をコードする遺伝子であるdaf-2図1)の機能減弱型変異体が,餌が豊富にある培養条件下でも1齢幼虫期で発生停止することが以前から知られていた.しかしながら,同様の表現型は咽頭の運動阻害による摂食不全を示す変異体でも報告されており,daf-2変異体でみられる発生停止の表現型が,摂食不全によるものなのか,幹・前駆細胞の再活性化が直接妨げられているものによるのかは判然としていなかった.そこで筆者らは,IIS経路が恒常的に活性化していると考えられるPTENやFoxOをそれぞれコードするdaf-18およびdaf-16遺伝子(図1)の欠失変異体を,野生型では幹・前駆細胞が休眠維持される貧栄養条件下に孵化直後に曝露し,幹・前駆細胞の活性化がみられるか検討した.その結果,daf-18変異体では生殖幹細胞と神経前駆細胞,中胚葉性前駆細胞が再活性化することを見いだした6)(福山ら,現在投稿中).また,興味深いことにdaf-16変異体では生殖幹細胞は休眠状態で維持されるものの,神経前駆細胞と中胚葉性前駆細胞は再活性化した.daf-16変異体に関しては,ほかのグループも同様の結果を見いだしており11),貧栄養条件下ではdaf-18daf-16といったIIS経路を負に制御する因子が重要な働きを持つことが示唆された.また,線虫は40ものインスリン様ペプチドをコードする遺伝子群を有するが,そのうちのいくつかは1齢幼虫に餌を与えることにより転写が促進されること12),インスリン様ペプチドの分泌やプロセシングに必須である遺伝子群を阻害するとdaf-2変異体と同様に発生停止の表現型を呈することなども考えると13,14),IIS経路の活性化が栄養状態に応答した幹・前駆細胞の再活性化,ひいては個体の成長を促進するモデルが強く支持される.

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図1 線虫におけるインスリン/IGF-1シグナリング(IIS)経路

括弧内は哺乳動物での名称を示す.一部のIIS経路構成因子は割愛している.

3. 神経前駆細胞と中胚葉性前駆細胞の休眠制御機構

ではどの組織のIIS経路が幹・前駆細胞の休眠からの活性化を制御しているのであろうか.生殖幹細胞に関しては,これまでの知見を考慮すると生殖幹細胞内のIIS経路が重要であると筆者らは考えているが,いまだ明確な答えは得ていない7).一方で体細胞性前駆細胞に関しては,1)恒常活性化体AKT-1を神経前駆細胞と隣接する表皮にて発現誘導できるプロモーターに過剰発現すると,貧栄養条件下にも関わらず神経前駆細胞および中胚葉性前駆細胞を活性化させる,2)同様の実験で,表皮と一部の神経前駆細胞で恒常活性化体AKT-1をモザイク的に発現する線虫では,恒常活性化体AKT-1を発現している神経前駆細胞のみが活性化する,3)恒常活性化体AKT-1を神経前駆細胞あるいは中胚葉性前駆細胞のみで過剰発現させると,後者のケースでのみ中胚葉前駆細胞が活性化される,といった知見を得ている(福山ら,現在投稿中).よって,表皮におけるIIS経路の活性が細胞非自律的に両前駆細胞群の休眠解除に関与する一方で,それぞれの前駆細胞におけるIIS経路も細胞自律的に活性化に関与していることが示唆される(図2).

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図2 線虫とキイロショウジョウバエにおける神経前駆細胞の活性化機構

詳細は本文参照.

4. IIS経路の下流で前駆細胞群の休眠を制御するマイクロRNA

それではIIS経路がどのようなメカニズムを介して線虫の幹・前駆細胞の休眠を維持するのであろうか.マイクロRNA(miRNA)は約22塩基からなる低分子量RNAであり,標的mRNAの3′側非翻訳領域に存在する相補配列を認識し,その翻訳の抑制や分解を促進する.ここでは詳細は述べないが,我々は,daf-18欠失変異体を用いて,貧栄養条件下における神経前駆細胞の異常活性化を抑圧するRNAiスクリーニングを行い,IIS経路によって抑制的に制御され,神経前駆細胞の休眠を促進するmiRNAが存在する可能性を数年前に着想した.そこで,線虫でその当時同定されていたものの80%以上をカバーするmiRNA欠失変異体群を取り寄せ,daf-18daf-16欠失変異体のように貧栄養条件下で神経前駆細胞が再活性化するものを探索した.miRNAをコードする合計105遺伝子をスクリーニングしたところ,唯一ヒトmiR-92のオルソログであるmiR-235を欠失した変異体のみが貧栄養条件下で神経前駆細胞の再活性化を示した.mir-235変異体の貧栄養条件下での詳細な解析を行ったところ,生殖幹細胞は休眠状態を維持していたが,中胚葉性前駆細胞は神経前駆細胞と同様に再活性化していた.このような前駆細胞群の再活性化は,mir-235遺伝子を含むゲノム断片を導入するとほぼ完全に抑制された.また,一般的に,miRNAの標的mRNAの認識には5′側より2から7番目の塩基配列が重要とされ,シード領域(seed region)と呼ばれているが,miR-235のシード領域のうち2塩基を置換したゲノム断片では,先ほど述べた表現型の抑制効果がまったくみられなかった.以上より,貧栄養条件下のmir-235変異体における前駆細胞の異常活性化は,mir-235活性の喪失によって引き起こされるものであると結論づけられた8)

miR-235が貧栄養条件下における前駆細胞の休眠維持に必須であることから,miR-235は貧栄養条件下で機能すると考えられる.実際にノザン解析を行ったところ,miR-235の発現は孵化直前から検出され,孵化後に貧栄養条件下におくと1週間にわたって比較的高い発現レベルで維持された.一方,孵化後に餌を与えると,miR-235の発現は顕著に減少する.この摂食による発現減少は,daf-2変異体ではみられないこと,貧栄養条件下においてもdaf-2変異体では野生型と比較してdaf-16依存的にmiR-235の発現が亢進することから,IIS経路がmiR-235の発現を負に制御することが示唆された.また,mir-235遺伝子のプロモーター領域に緑色蛍光タンパク質(GFP)のcDNAを融合させたレポーター遺伝子を作製し,その発現組織を調べたところ,表皮と神経前駆細胞,それに加えて感覚神経を取り囲むグリア細胞で発現が確認できた.mir-235欠失変異体でみられる神経前駆細胞や中胚葉性前駆細胞の貧栄養条件下でみられる再活性化は,組織特異的プロモーターを用いてmiR-235を表皮でのみ発現させるとほぼ完全に抑制することができた.一方で,miR-235をグリアや神経前駆細胞特異的に発現させても,mir-235変異体でみられる神経および中胚葉性前駆細胞の活性化は,表皮で発現させたときほど完全ではないものの,抑制されうる.よって,表皮,神経前駆細胞,グリアでのmiR-235が何らかの細胞間シグナルを介して神経前駆細胞や中胚葉性前駆細胞の休眠を促進すると考えられ,その分子実体を現在探索中である.

5. miR-235はnhr-91の発現抑制を介して前駆細胞群の休眠を維持する

miRNAの標的遺伝子群は,ウェブ上で公開されているアルゴリズムを用いて予測することができる.そこで我々は,予測されたmiR-235標的遺伝子群のうち,貧栄養条件下での相対発現量が,野生型と比較してmir-235変異体で顕著に増加しているものを探索した.そのような遺伝子群のうち,哺乳動物において神経幹細胞の分化を促進する核内受容体GCNF(germ cell nuclear factor)のオルソログをコードするnhr-91に着目した.nhr-91遺伝子のプロモーターを,PEST配列を導入し不安定化させたGFPのcDNAに融合させたレポーター遺伝子を作製したところ,そのレポーター遺伝子は摂食後にmiR-235の発現減少と逆相関する形で表皮や神経前駆細胞で発現の亢進がみられた.また,nhr-91 mRNAの3′側非翻訳領域をGFP cDNAの下流に融合させたレポーター遺伝子の発現は,mir-235遺伝子を同時に過剰発現すると顕著に抑制された.この発現抑制効果はnhr-91 mRNAの3′側非翻訳領域上に存在する2か所のmiR-235認識配列に点変異を加えると著しく緩和される.このことからmiR-235はこの認識配列を介してレポーター遺伝子の発現を抑制することが示唆された.さらに,mir-235変異体でみられる貧栄養条件下における神経前駆細胞や中胚葉性前駆細胞の活性化は,nhr-91の欠失変異を導入すると顕著に抑制されることから,mir-235変異体でnhr-91の発現が亢進し,前駆細胞群の活性化が促進されることが示唆された.以上の結果より,貧栄養条件下ではmiR-235がnhr-91の発現を直接抑制することにより前駆細胞群の休眠を維持することが示唆された8)

6. キイロショウジョウバエにおける神経前駆細胞の休眠制御機構

線虫と同様に,卵から孵化した直後のキイロショウジョウバエの1齢幼虫も,休眠状態の神経前駆細胞を有しており,アミノ酸を含む餌を摂食することで活性化することが知られている15)図2).餌に由来するアミノ酸は哺乳動物の肝臓に機能的に相同的な組織である脂肪体で検知され,実体は不明であるが脂肪体由来増殖因子(FBDM: fat body-derived mitogen)が放出されると提唱されている15).FBDMは,神経前駆細胞近傍のグリア細胞でのインスリン様ペプチドの生合成を亢進し,神経前駆細胞でIIS経路が活性化され休眠から活性化への移行が促進されると提唱されている9,10)

7. おわりに

哺乳動物においては,栄養状態が幹細胞機能に影響を与える報告が散見されるものの,栄養状態に応答して休眠と再活性化のサイクルを繰り返す幹細胞や前駆細胞が存在するのか否か,実は詳細に調べられていない.しかしながら,太古の昔より地球上におけるすべての動物種が飢餓ストレスを経験してきたはずであり,栄養制限下では,哺乳動物を含めた多くの動物種が,適応的に(?)成長を一時停止することが知られている.IIS経路は線虫でも哺乳動物と同様に成長を促進する生理機能を有することも考えると,miR-235のように栄養制限に応答して幹・前駆細胞の活性化,ひいては個体成長を抑制するメカニズムも多くの動物が有していると推測される.よって,線虫やキイロショウジョウバエの幹細胞や前駆細胞における栄養状態に応じた休眠制御の研究が,ほかの動物種における幹・前駆細胞の休眠制御機構や栄養応答機構を理解する一助となることが期待できる.

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著者寸描

福山 征光(ふくやま まさみつ)

東京大学大学院薬学系研究科生理化学教室助教.Ph.D.

略歴

1994年京都大学農学部卒業.96年京都大学大学院農学研究科にて修士課程修了,2002年カリフォルニア大学サンタバーバラ校にてPh.D. 取得後,同校とミネソタ大学にてポスドク.05年より現職.

研究テーマと抱負

細胞や個体レベルでの飢餓ストレス応答機構の解明.

ウェブサイト

http://www.f.u-tokyo.ac.jp/~seiri/

趣味

名(居)酒屋巡礼.

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