A型インフルエンザウイルスタンパク質PB1-F2とミトコンドリアとの相互作用
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真核細胞内に存在するミトコンドリアは,エネルギー(ATP)産生をはじめ,細胞死(アポトーシス)などの高次生命機能を担う重要なオルガネラの一つである.近年の研究から,ミトコンドリアはRNAウイルスに対する自然免疫とも密接に関係することが明らかになってきた1).その免疫における役割としては,ウイルス感染に伴い細胞内で誘引される主なシグナル伝達反応が,ミトコンドリアの外膜上で起こることに起因する2).ミトコンドリアと抗ウイルス免疫をつなぐ興味深い事例として,C型肝炎ウイルス由来のプロテアーゼ(NS3/4A)は,このミトコンドリア膜上で機能する必須タンパク質(MAVS)を切断することで抗ウイルスシグナル伝達系を阻害する3).本稿では,ウイルスタンパク質とミトコンドリアとの関わりについて,当研究室で行ったA型インフルエンザウイルス由来タンパク質の研究知見を例に紹介したい.
A型インフルエンザウイルスは,8分節の一本鎖RNA(マイナス鎖)をゲノムとして有するオルトミクソウイルス科に属するRNAウイルスであり,エンドサイトーシスにより細胞内侵入後に約10種類以上のタンパク質が合成される.その際,ウイルス由来RNAポリメラーゼ遺伝子(PB1)内の読み枠のずれにより,新たな非構造タンパク質(PB1-F2)も同時に翻訳されていることが2001年に報告された4).この報告によると,研究グループが実験に用いたウイルス株(A/PR8)では87アミノ酸からなる新生PB1-F2ポリペプチドが宿主内で合成され,その翻訳産物はミトコンドリアと相互作用し,結果的にアポトーシスを誘引する可能性が示された.その後の研究により,PB1-F2はインフルエンザウイルスの複製などに必須なタンパク質ではなく5,6),また,亜型ウイルスごとにコードされる遺伝子サイズも均一でないことも明らかになっている7)(図1).しかしながら,PB1-F2タンパク質の大きさにはある特徴がみられ,その多くが87,または90アミノ酸からなる長鎖型のポリペプチドと,そのC末端領域が欠けている57アミノ酸からなる短鎖型ポリペプチドにより占められている7).
筆者らは,PB1-F2の分子サイズの違いとミトコンドリア親和性との関連を調べるため,長鎖(87,および90アミノ酸),および短鎖(57アミノ酸)PB1-F2の細胞内局在を免疫染色法により調べた.その結果,各長鎖PB1-F2はその局在がミトコンドリア像と完全に一致し,その分布は対照実験として行った実際のウイルス(A/PR8;87アミノ酸よりなるPB1-F2をコード)感染細胞内で観察されたPB1-F2の分布結果と同様であった(図2A).一方,短鎖型PB1-F2では上記と異なり,その発現タンパク質の局在パターンは細胞質全体に広がり,ミトコンドリア像との一致は確認できなかった.この結果は,生化学的手法による細胞分画実験からの結果とほぼ一致していた8).以上のことから長鎖PB1-F2は特異的にミトコンドリア局在を示すことが明らかになった.
(A)PB1-F2は発現されるサイズの違いにより細胞内での局在が異なる.写真は,HeLa細胞にそれぞれ長鎖(87,および90アミノ酸),および短鎖(57アミノ酸)PB1-F2をコードした遺伝子を発現させ,免疫染色実験による各PB1-F2(緑色)の細胞内局在のようすを示した.長鎖PB1-F2を発現させた細胞内では,ミトコンドリア(赤色)との共局在が観察された.右図は実際のウイルス感染(A/PR8)細胞内でのようすを示している.スケールバー,10 µm.(B)ウイルス感染細胞よりミトコンドリアを分画し,界面活性剤(外膜のみ可溶化)の有無による条件下でプロテアーゼによる消化実験を行った.実験では,ミトコンドリアの局在マーカーとして,それぞれMAVS(外膜),HTRA2(膜間腔),COXIV(内膜),およびmtHsp70(マトリックス)を用いた.(C)ミトコンドリア分裂因子(Drp-1)をノックダウン系により発現抑制した細胞内では,長鎖PB1-F2(緑色)によるミトコンドリア(赤色)の形態異常は観察されなかった.(B)は文献8より一部を改変し,転載した.(カラー図は電子版参照)
そこで,長鎖PB1-F2のミトコンドリア局在様式を調べるため,A/PR8感染細胞からミトコンドリアを単離調製し,そのミトコンドリア画分を用いてプロテアーゼ消化実験を行った.発現した長鎖PB1-F2は,界面活性剤の非存在下ではプロテアーゼ処理に耐性を示したが,ミトコンドリア外膜を低濃度の界面活性剤処理した条件下においては,ウイルスタンパク質が完全に消化されていた(図2B;上段パネル).この結果から,PB1-F2はミトコンドリア表面に結合して存在するのではなく,膜間腔(ミトコンドリアの外膜と内膜の間)に輸送されていることが示唆された.一方,PB1-F2のミトコンドリア内への輸送には,外膜透過装置のTom40複合体が必須であることも明らかになった8).
筆者らがPB1-F2のミトコンドリア内への局在について解析していく過程で,長鎖PB1-F2が発現した細胞ではミトコンドリアの形態が著しく断片化していることを見いだした.通常,細胞内におけるミトコンドリア形態は,絶えず融合と分裂を繰り返し綱様構造を形成している9).ところが,長鎖PB1-F2を発現した細胞内のミトコンドリアの形は,この動的平衡が極端に分裂側に傾いていた(図2A).一方,短鎖型PB1-F2の発現している細胞では,上記のような特異的なミトコンドリアの形態異常は観察されなかった.長鎖PB1-F2蓄積によるミトコンドリア断片化の原因として,筆者らはミトコンドリア分裂現象と関係が深いミトコンドリアの内膜電位(Δψm)に着目した.事実,長鎖PB1-F2が局在しているミトコンドリア内Δψmは,周囲のものと比較して有意に低下していることが確認でき,その後の実験により輸送されたPB1-F2のミトコンドリア内膜上への蓄積がΔψmの低下を誘引していることが明らかになった8).また,PB1-F2によるミトコンドリアの断片化は,ミトコンドリア分裂に関与するタンパク質(Drp-1)に依存した経路であることも示され(図2C),その作用機序としてPB1-F2が分裂過程における初期段階で関与していることが予想された.
これまでの研究により,ミトコンドリアを介した抗RNAウイルス自然免疫(RIG-I経路)の作動においては,Δψmが必須であることが明らかになっており10),Δψmを消失,または弱めた細胞ではウイルス感染に伴う転写因子(interferon regulatory factor-3: IRF-3)の活性化やその下流のinterferon β(IFN-β)産生が損なわれることが知られていた.そこで,PB1-F2のミトコンドリア内局在に伴うΔψmの低下もこのような自然免疫への影響をもたらすのか調べた.IFN-βレポーター遺伝子を用いて,PB1-F2がIRF-3転写活性に与える影響を調べた結果,予想どおり細胞に長鎖PB1-F2を用量依存的に発現させた場合のみ,上流からのシグナルであるRIG-I過剰発現に伴うレポーター遺伝子の活性化効果は著しく抑制された(図3A).RIG-Iの下流で働くアダプター分子MAVSの過剰発現系においても同様の結果が得られたことからも8),PB1-F2のミトコンドリア局在と抗ウイルスシグナル応答の抑制効果は相関していたことが示唆された.
(A)ミトコンドリア局在型のPB1-F2は,用量依存的にRIG-I経路を抑制する.(B)HEK293細胞を用いた再構成系によるNLRP3インフラマソーム活性化の実験.NLRP3活性化に伴う炎症性サイトカイン(IL-1β)の分泌量が,長鎖PB1-F2の発現により,有意に減少している.(C)PB1-F2はミトコンドリアを介した自然免疫を抑制する.(A)および(B)は文献8より一部を改変し,転載した.
次に,近年ミトコンドリアとの関係が議論されている生体内の炎症応答,NLRP3複合体を中心としたインフラマソームの活性化11,12)において,PB1-F2によるΔψm低下の影響も考察した.上述RIG-I経路と同様に,短鎖型PB1-F2発現細胞ではNLRP3活性化に伴う正常な炎症性サイトカイン(IL-1β)の分泌が行われていたのに対して,長鎖PB1-F2では有意にその産生量が減少していた(図3B).また,インフラマソーム活性化に依存したNLRP3のミトコンドリア局在12)も,長鎖PB1-F2発現細胞内では減少していた8).したがって,筆者らはPB1-F2のミトコンドリア内局在によって誘引されるΔψmの低下は,その後のミトコンドリアを介した自然免疫応答を抑制する効果があることを見いだした(図3C).
前述,A型インフルエンザウイルスは亜型ウイルスごとにミトコンドリア局在,または非局在性のPB1-F2を感染細胞内で発現している.特筆すべきは,高病原性ウイルスとして知られるH5N1型トリインフルエンザウイルスは,非常に高い割合で長鎖PB1-F2をコードしており,一方低病原性ウイルス(H1N1型)はそのゲノム内に主として短鎖PB1-F2を有している7).さらに,過去にパンデミックを引き起こしたスペイン風邪(1918~1919年;H1N1型),アジア風邪(1957年;H2N2型),および香港風邪(1968年;H3N2型)のもとになったインフルエンザウイルスもすべて長鎖PB1-F2をコードしていたことも明らかになっている(図1).おそらくこれらのウイルスに感染した際には,ミトコンドリアを介した自然免疫機能の低下がその後の症状悪化に影響した可能性は十分に予想される.事実,PB1-F2によるミトコンドリア機能の低下は,細菌による二次感染との関連性を示す報告もなされている13,14)
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最後に,ウイルス由来のタンパク質が宿主の免疫系を標的にする例はいくつか報告されているが2,3,15)
,特定のオルガネラに輸送され,その機能を低下させることで免疫忌避する戦略はほとんど明らかになっていない.今後の新たなウイルスタンパク質の機能解析の進展に期待したい.
初めに,一戸猛志准教授(東京大学・医科学研究所),三原勝芳特任教授(九州大学),川畑俊一郎主幹教授(九州大学),および本研究の共同研究者には多くの実験に関する御助言などを賜りましたことをここに深く感謝致します.また,本研究で用いた研究試料に関しては,東京大学・河岡義裕教授より快く分与していただきまして,この場をお借りしまして御礼申し上げます.最後に本研究は,科学研究費補助金をはじめ,上原記念生命科学財団,武田科学振興財団,内藤記念科学振興財団,花王芸術・科学財団,など多数の研究支援を賜り行われた成果であります.
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