生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
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Journal of Japanese Biochemical Society 87(2): 159 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870159

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生化学会一筋50年をふり返って

兵庫県立大学大学院生命理学研究科Graduate School of Life Science, University of Hyogo ◇ 〒678-1297 兵庫県赤穂郡上郡町光都三丁目2番1号3-2-1 Koto, Kamigori-cho, Ako-gun, Hyogo 678-1297, Japan

発行日:2015年4月25日Published: April 25, 2015
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学生時代を含めると,おおよそ50年間,生化学会を研究発表の場としてきたことになる.昨年の大会が87回であるため学会とのつき合いは生化学会の歴史の半分以上になる.多くの研究者が経験することだが,研究への強い関心は,指導を受けた恩師の影響を強く受けている.私が生化学に魅せられたのは,学生時代に受けた箱守仙一郎先生(その後ワシントン大学の教授となられた)の講義と,先生が総説に書かれた一文“私共はこれらの諸現象のうちから、何が重要であるかを注意深くえりわけ、英知と勇気を持って核心をつかねばならない、癌それは人類幸福のための世紀の課題であり戦いであるから”に触れたことが大きい.私はその後,医学部と理学部の教壇に立つ機会に恵まれ,共同研究者および学生と共に薬物代謝酵素としての小胞体電子伝達系とグルクロン酸転移酵素遺伝子複合体の研究を行い,国際的にも高く評価される成果を挙げることができた.生命科学の研究を通して学んだことは“失敗”はあり得ないということである.生命現象は私たちの持つ能力を遥かに超えたところにある.謙虚に研究対象と会話する努力を重ねていけば,必ず結果はついてくるものと確信してきた.いまでは動物を直接実験材料にする機会は少なくなったが,私たちの時代には安価に入手できる屠殺場に通いその現場を見てきたり,自らの手により動物の命をたったりすることもあった.それに報いるためには,いい成果をあげなければと思い,強い決意で研究に挑んできた.若いころは研究費がなかなかとれなかったが,そのことが一つのテーマに専念できる機会を与えてくれた.私の経験によれば,いい仕事には必ずしも多額の研究費を必要としない.

話は少しかわるが,研究を通して気になるものの一つに“遺伝病”という医学用語がある.遺伝子解析が発達し将来の疾病リスクの予見さえ可能になりつつある現在,これについての間違った理解によって新たな差別偏見が生じる可能性が否定できない.我が国においてらい菌感染症であるハンセン病や有機水銀中毒(公害)である水俣病についての科学的根拠に関する無知が招いた差別偏見,間違った国の施策のために患者が長年にわたり不当な扱いを受け,その過ちの是正に対して科学者が無関心で消極的であったことへの反省にたって,現代の生命科学研究に携わる私たちは“遺伝病”を正しく理解し,そのための教育を行わなければならない.研究者人生を通して,この問題に社会的な責務を果たせなかったことが,いまも心に深く刻まれている.

最後に,学会について一言述べさせていただきたい.大学院の時代にご指導いただいた山崎勇夫先生(現在北大名誉教授,アメリカASBMB名誉会員)から“生物化学は個人の力により生命現象を解明できる分野である”といわれた一言が,交通事故により足にハンディを負っていた私に,自分の手により新しいことが開拓できるのではないかという,大きな期待感を与えてくれた.長く学会に参加してきたが,ハンディを負った方々に出会う機会はあまり多くはなかった.とくに女性の方については殆ど記憶にないのが現状である.私は,65歳で定年退職し,その後自宅の近くの研究所で3年ほど働く機会に恵まれ,また外国との共同研究により生化学会では76歳まで発表し続けることができた.このような成果は,私の努力だけでは成し遂げられるものではない.特に女性の方々には,もっと積極的に学会に参加されることを期待している.実験を伴わない理論化学や計算科学は新たに生命現象の解明に挑戦できる分野でもある.ハンディを負った方々が安心して発表・参加できる機会を準備されることが,いま生化学会に強く求められている.

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