生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 87(2): 205-208 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870205

みにれびゅうMini Review

発達障害の背景としての大脳皮質構築異常Abnormal corticogenesis in Marinesco-Sjögren syndrome

愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所神経制御学部Department of Molecular Neurobiology, Institute for Developmental Research, Aichi Human Service Center ◇ 〒480-0392 愛知県春日井市神屋町713-8713-8 Kagiya-cho, Kasugai-shi, Aichi 480-0392, Japan

発行日:2015年4月25日Published: April 25, 2015
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1. はじめに

胎児期(発生期)の脳では各部位で神経細胞の移動が行われるが,障害が顕著に表れるのは移動距離が長い大脳皮質である.大脳皮質における移動障害は層構造の乱れを特徴とする滑脳症の原因となる.典型的な滑脳症では,脳回の欠如,平坦化,肥厚がみられ,本来の大脳皮質6層構造が4層構造になる.これらの構造異常は重度の知的障害と難治性のてんかんをもたらす.一方,最近の研究により,大脳皮質形成障害はマクロのみならずミクロの形態異常を示しうることも明らかになっている.そのような疾患の一つにマリネスコ-シェーグレン症候群(Marinesco-Sjögren syndrome: MSS)がある.

2. マリネスコ-シェーグレン症候群(MSS)

MSSは常染色体劣性遺伝疾患で,発症頻度は10万人あたり1~2人程度の稀少疾病である.精神運動発達遅滞,幼児期発症の白内障,小脳萎縮を三徴とするが,小頭症や低身長などを伴うこともある1).死後脳解析が1例あり,大脳皮質神経細胞の微細な局在異常が報告されている2).MSS患者の約50%はSIL1遺伝子の変異を原因とし,これまでに翻訳領域における変異が20種類以上報告されている3).MSSの臨床症状は多彩であるが,アミノ酸置換,欠失,フレームシフトなどの遺伝子異常に基づくSIL1機能不全の程度の差が臨床症状の多様性や重篤度に関係すると考えられる.SIL1は小胞体に局在する熱ショックタンパク質HSPA5(別名BiP,GRP78)の補助因子である(図1A4)

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図1 SIL1の作用メカニズムとMSS病態に関連した変異例

(A)SIL1はHSPA5のヌクレオチド交換反応を触媒することでシャペロン機能を補助する.(B)MSSの原因となるSIL1変異体の性状のまとめ.

3. 熱ショックタンパク質と大脳皮質形成

熱ショックタンパク質(heat shock protein: HSP)とは,細胞がストレス(熱,化学物質,虚血など)にさらされた際に発現上昇して細胞を保護するタンパク質の一群で,ストレスタンパク質(stress protein)とも呼ばれる.HSPは進化の過程において細菌からヒトまで構造的・機能的に広く保存されている.HSPは,リボソームで合成されたタンパク質に結合してフォールディング(折りたたみ)を制御する分子シャペロン機能を持つが,分子シャペロンの多くはHSPでもある.HSPは,変性タンパク質やフォールディング障害を受けた新生タンパク質に結合し,変性を抑制したり高次構造を修復したりする5).修復が不可能なタンパク質はユビキチン化を受け,プロテアソームと呼ばれる酵素複合体へ運搬されて分解される.これまで,大脳皮質形成とシャペロンの関連性についてはほとんど注目されてこなかった.しかし最近,HSPが胎生期における環境ストレスに強く関係し,大脳皮質発達障害や精神神経疾患に関与する可能性が指摘された6).すなわち,熱ショックシグナル経路を不活性化したマウス胎仔はストレスに対して脆弱性が増し,大脳皮質の発達異常が高い頻度で生じることが報告された.

4. SIL1の機能障害と大脳皮質形成

SIL1はHSPA5のシャペロン機能を補助するシャペロン補助因子(co-chaperone)であり,HSPA5のATP/ADP交換反応を促進する(図1A).我々は,SIL1-HSPA5シャペロン系の機能不全がMSSの病態形成に果たす役割を明らかにする目的で,SIL1の変異が大脳皮質形成に与える影響を解析した.MSSの原因となることが報告されている3種類の特徴的なSIL1変異(C末端欠損型c.936dupG,1アミノ酸置換型c.1370T>C,5アミノ酸欠失型c.1230-1244del)を選び,これらの変異がマウス大脳皮質形成に及ぼす影響を解析した7)

生化学的解析により,これらの変異SIL1タンパク質は細胞内で異常な凝集体を形成し,HSPA5との相互作用が阻害されていた.次いで,マウス子宮内胎仔脳遺伝子導入法を用いて大脳皮質形成期におけるSIL1の発現抑制を行ったところ,興奮性皮質神経細胞移動が遅延した(図1B).RNAi抵抗性のSIL1はこの移動障害をレスキューしたが,変異SIL1ではできなかったことから,解析した3種類の変異はいずれもMSSの病態に関与すると推測された7)図2A).

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図2 SIL1機能不全と大脳皮質構築障害

(A)SIL1の発現抑制により興奮性神経細胞の移動障害が起こる.RNAi耐性のSIL1は,この表現型をレスキューできるが,MSSの原因となる変異体ではできない.(B)SIL1の発現抑制は発生期の皮質神経細胞の形態障害を引きこす.(C)SIL1の発現抑制は軸索の伸長障害を引き起こす.

細胞移動は細胞形態と密接な関係があるため,移動障害を起こす神経細胞の形態を解析した.その結果,皮質内で局在異常を示した神経細胞は本来の双極性の形態をとらず,不規則な突起を有していた(図2B).形態解析の一環として軸索の形態を解析したところ,胎仔期の皮質神経細胞におけるSIL1の発現抑制は対側皮質への軸索伸長も障害した(図2C7).次に,タイムラプス観察により細胞移動の障害を経時的に解析したところ,2種類の障害パターンが観察された.第一は,多極性から双極性への形態変化が阻害されて細胞が中間帯付近に滞留するパターン,第二は,双極性への形態変化がいったんは起こるものの,皮質板内で異常な形態変化を繰り返すことで放射移動(radial migration)が円滑に進まないパターンである.SIL1の発現阻害が強い場合は第一の,弱い場合は第二の表現型を示すと考えられた(図3).

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図3 ライブイメージ解析

(A)SIL1の発現が強く抑制された場合.皮質神経細胞は多極性から双極性への形態変化が障害され,中間帯を効率よく通過できない.(B)発現抑制が弱い場合.神経細胞はスムーズに双極性形態になり,効率よく皮質板に進入する.しかし,皮質板内を放射状移動する際に不規則な形態変化を示し,移動速度が低くなる.

興味深いことに,発達期のマウス大脳皮質神経細胞でHSPA5を発現抑制したとき,あるいは内在性SIL1とHSPA5の相互作用を阻害した場合も,SIL1発現阻害の場合と同様に細胞移動が障害された7).これらの結果は,SIL1によるHSPA5のシャペロン機能補助が大脳皮質形成に重要であることを裏づけている.MSSの原因となる変異が生じると,SIL1はHSPA5の「タンパク質折りたたみ」機能を補助できなくなり,神経細胞におけるタンパク質の品質管理が障害される.この結果生じる大脳皮質神経細胞の形態・移動の障害が皮質の構造・機能異常を引き起こし,最終的に知的障害の病態形成に関与すると考えられた.現在のところ,SIL1-HSPA5系の機能障害によるMSS発症の分子機構は不明である.それを明らかにするためにはHSPA5の標的因子を同定する必要がある.興味深いことに,HSPA5変異マウスでは,大脳皮質発達に必須の分子リーリンの変異マウス(リーラー)に類似した大脳皮質構築障害が認められる8).よって,リーリンはHSPA5の標的分子候補である8).しかし,HSPA5変異マウスの表現型はリーラーマウスよりも強いため,リーリン以外の分子の品質管理不全も関与していると考えられる.

フォールディング過程の異常のために不良品タンパク質が神経細胞内に蓄積すると,フォールディング病と呼ばれる疾患(神経変性疾患である筋萎縮性側索硬化症,アルツハイマー病やパーキンソン病など)を引き起こす.一方,MSS患者の臨床症状は成長の過程で進行が止まり固定化することから,MSSは神経変性疾患の範疇には入らないと考えられる.実際,マウス大脳皮質神経細胞におけるSIL1の機能阻害は神経細胞死を引き起こさない7).フォールディング障害が,不可逆的な神経変性疾患の原因になる場合とならない場合があることは,シャペロン機能の多様性や時空間的特異性を反映しているのかもしれない.

5. 動物モデルを用いたMSSの病態解析

MSSのモデルとしてSIL1欠損マウスwoozyが解析されている9).woozyは顕著な小脳低形成を呈するものの,成獣マウスでの大脳皮質構築の異常は報告されていない.この事実はRNAiによるSIL1発現抑制の実験結果と一見矛盾する.しかし,SIL1を胎仔期に発現抑制した後に長期にわたって観察すると,神経細胞は正しい局在場所に到達し,軸索も対側皮質へ進入してゆく.したがって,woozyでも胎仔期には一過性の大脳皮質形成障害が観察される可能性が高い.一過性とはいえ,発達期の重要なタイミングでの神経細胞移動や軸索伸長・シナプス形成の遅延は,成長後の脳機能障害(知的障害)の原因になりうる.MSSの臨床症状は非常に多彩であり,約半数の患者には大脳皮質低形成も認められる.SIL1のさまざまな変異により病態を異にするMSSが発症することから,woozyマウスはMSSの臨床症状の“一例”を反映しているにすぎないと考えられる.

6. まとめ

神経細胞の形態や移動は,細胞骨格関連分子やシグナル分子など多くのタンパク質が関与している.大脳皮質の興奮性神経細胞は脳の深部(脳室帯)で生み出されたあと先導突起と軸索を伸ばしながら脳表面に向かって直線的に移動する10).MSSではSIL1-HSPA5系が正常に働けないために,発生期に大脳皮質神経細胞の形態(軸索伸長を含む)・移動の障害が一過性に生じ,知的障害や運動発達障害が引き起こされると考えられる.このことは,SIL1-HSPA5系による時空間的なタンパク質品質管理が大脳皮質形成に必須であることを示す.最近,HSPA5以外にもHsp70系の機能障害が大脳皮質の発生異常を引き起こすことが報告されている6).HSPの分子多様性と標的タンパク質の多様性を考えると,HSPの機能破綻は神経変性疾患や神経発達障害の病態に広範に関与する可能性がある.

7. おわりに

脳の構造・機能障害を原因とする知的障害は人口の約2%に発症する.知的障害を示す疾患・症候群の原因遺伝子が次々同定されているが,それらの機能は転写,シグナル伝達,代謝など多岐にわたっている.これらのタンパク質は例外なく「品質管理」を受けていることから,シャペロン機能が脳の発達に重要な役割を果たすことは想像にかたくない.シャペロン系の病態機能解析を通じて,診断法や治療法の開発のみならず,脳の形成の基本的なメカニズムの一端が解明されるかもしれない.

著者紹介Author Profile

浜田 奈々子(はまだ ななこ)

学術振興会特別研究員RPD. 薬科学博士.

略歴

2000~02年岐阜大学大学院農学研究科修士課程.03~11年岐阜県国際バイオ研究所研究嘱託員.10~13年岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科博士課程.13年より現職.

研究テーマと抱負

大脳皮質形成にフォーカスし,自閉症・知的障害がどのような機構で発症するのか,その病態メカニズムを分子レベルで解明することで,新たな診断法,治療法の開発につながるよう,研究に取り組んでゆきたい.

ウェブサイト

http://www.inst-hsc.jp/d-molecular/

趣味

ネコとゴロゴロ・コーヒー・さんぽ.

稲熊 裕(いなぐま ゆたか)

愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所神経制御学部主任研究員.獣医学博士.

略歴

1978年日本獣医畜産大学獣医学科卒業,81年愛知県がんセンター研究所,90年発達障害研究所生化学部,95~97年カナダ・ラヴァル大学,98年より現職.

研究テーマと抱負

心身の発達障がいの研究成果を医療・療育の現場に還元する.

ウェブサイト

http://www.inst-hsc.jp

趣味

水泳,スキー.

永田 浩一(ながた こういち)

愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所神経制御学部部長.医学博士.

略歴

岐阜市出身.1986年岐阜大学医学部卒業.同大学院修了後,学振特別研究員,同大分子病態学講座助教授,愛知県がんセンター研究所を経て2007年より現職.この間,95~97年ロンドン大学客員研究員.

研究テーマと抱負

発達障害(特に自閉性障害と知的障害)の分子病態基盤の解析.

趣味

古陶器の鑑賞と収集(織部,古唐津).

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