生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 87(2): 249-253 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870249

みにれびゅうMini Review

生物の相似性を保証する濃度勾配のスケーリングScaling of Dorsal-Ventral patterning by Embryo size

1独立行政法人理化学研究所多細胞システム形成研究センター体軸動態研究チームLaboratory for Axial Pattern Dynamics Team, Center for Developmental Biology, RIKEN ◇ 〒650-0047 兵庫県神戸市中央区港島南町2-2-32-2-3 Minatojima-Minami-machi, Chuo-ku, Kobe-shi, Hyogo 650-0047, Japan

2独立行政法人科学技術振興機構さきがけ「細胞機能の構成的な理解と制御」研究領域Research Area ‘Design and Control of Cellular Functions’, Precursory Research for Embryonic Science and Technology (PRESTO), Japan Science and Technology Agency (JST)

発行日:2015年4月25日Published: April 25, 2015
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1. グラデーションが作る生物の形

静置した水の中に静かにインクを一滴垂らすと,撹拌など特別な操作を行わなくてもインクは自ら拡散し同心円状のグラデーションを作り出す.これは,イギリスの植物学者ブラウン(1773~1858)が花粉の中の微細粒子を用いて観察した不規則なブラウン運動に由来する.ブラウンは当初この微粒子の運動に生命の根源を想定したが,細かく砕いた岩石や金属などでも同様の運動が観察されることを見いだした.さらにアインシュタイン(1879~1955)はブラウン運動を定式化し原子の存在を予言した1).実は,このブラウン運動が作り出す単純なグラデーションが発生過程における生物のさまざまな形をも作り出している.

胚の三次元構造は生物固有の三つの軸,背腹軸・頭尾軸・左右軸を用いて表記される.背側と腹側を分ける背腹軸も先ほどの単純なグラデーションから作られる.発生の初期段階では胚全体に腹側を誘導するBMP(bone morphogenetic protein)タンパク質が細胞間隙に充満しており,胚全体は腹側化している(図1a2,3).しかし,発生が進み原腸胚初期になるとChd(コーディン)タンパク質が胚の中を拡散しグラデーション(濃度勾配)を作り出す4).このChdが湧き出す特別な領域をシュペーマン・オーガナイザー(以下,オーガナイザー)と呼ぶ.ハンス・シュペーマン(1869~1941)とマンゴルド(1898~1924)はオーガナイザー領域を外科的に切り出し,他の胚のオーガナイザーとは反対の領域に人工的に移植した5).すると,移植したオーガナイザーから本来の背側とは違うもう一つの背側が作り出され,二つの背側領域を持つ二次軸胚が誕生した.この研究により,オーガナイザーが背側領域の起点として機能することが示された.オーガナイザーから拡散したChdは腹側化因子BMPに直接結合して腹側化を阻害し,その濃淡に応じて異なる領域を作り出す(図1a6).オーガナイザー近傍のChd濃度が高い領域では「背側」が形成され,オーガナイザーから少し離れた領域では「側方」が誘導される(図1b).また,オーガナイザーから離れたChd濃度が低い領域では腹側化因子BMPが「腹側」を誘導する.このように,Chdのグラデーションは閾値に応じて胚の位置情報を付与する重要な役割を担っている.

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図1 アフリカツメガエルの背腹軸形成

(a)背腹軸形成に関わる分泌タンパク質.(b)Chd勾配依存的に形成される背側・側方・腹側.(c)Chdの勾配形状を規定する四つの要素(産生・拡散・分解・胚サイズ).

2. 勾配形状を規定する三つの要素

発生過程においてChdの勾配形状を適切に形づくることは,再現性の高い背腹パターンの構築に不可欠である.先述したようにChdはオーガナイザーと呼ばれる局所の特異的な細胞集団から産生・分泌され,細胞間隙を拡散しながら胚内にグラデーションを形成する.しかし,水の中にインクを滴下し続けると水全体がインクで染まりグラデーションが失われるように,胚という閉鎖的な空間においてChdが産出され続けると胚はChdで充満してしまう.したがって,胚の中で安定なChd勾配を作り出すためには分解が重要な要素となる.産出されるChd量と分解されるChd量のバランスが適切に保たれると,Chdは安定した勾配形状を胚内に維持することができる.

このように,濃度勾配の形状は主に産生・拡散・分解の三つの要素によって制御されている(図1c).ChdにもChd分解酵素と呼ばれる分泌型のメタロプロテアーゼが胚全体に発現しており,Chdの勾配形状を制御している(図1a7,8).これらChd,BMP,Chd分解酵素による背腹軸形成は昆虫(ショウジョウバエ)から哺乳類(マウス)まで広く保存されている9).したがって,背腹軸形成の制御機構を明らかにすることによって,多くの生物に共通の進化的に普遍性の高い発生システムを理解することが期待できる.

Chdの産生量は主にBMP活性によって制御されており,BMP活性が低いほど産生量は上昇し,逆にBMP活性の高い領域では産生量が低下する.産生量を変化させると,勾配の傾きは変化せずに濃度勾配は上下に平行移動する.また,拡散速度が速いほどChdは遠方まで拡散し緩やかな勾配を形成する.逆に分解速度が速いと,Chdは遠方まで拡散する前に分解されてしまい急な勾配となる.このように,産生・拡散・分解を制御することによってさまざまな形の勾配を作り出すことができる.

3. 胚サイズに影響される濃度勾配とスケーリング

実は,先ほどの3要素以外に勾配形状に大きな影響を与える要素がある.それは,胚のサイズである.等量のインクを一滴水の中に滴下すると,入れ物の大きさによってその後の状況は大きく異なる.大きな器の中ではインクは奇麗なグラデーションを描くが,小さな入れ物ではインクは瞬く間に水全体に浸透しインクで満たされてしまう.したがって,入れ物の大きさ(胚のサイズ)はグラデーションを決める重要な第四の要素といえる.

当然ながら生物は胚サイズを厳密に制御する必要がでてくる.ところが少なくとも一部の生物では他の手法によりこの問題をクリアしているようである.アフリカツメガエル(Xenopus laevis)は南アフリカ原産のカエルであり,飼育が容易で一度に大量の卵を産卵することから発生学のモデル動物として活躍してきた.しかし,卵の直径は約1~1.5 mmの範囲でぶれている.さらに,これらの卵が発生しオタマジャクシになっても大きさは補正されることなく,大きな卵からは大きなオタマジャクシが小さな卵からは小さなオタマジャクシが誕生する.重要なことは,これらのオタマジャクシが大小に関わらず皆“相似形”を保っていることである.どうやら,発生システムは胚のサイズに応じて頭部や体節など各組織のサイズが適切に拡大・縮小し,相似形を維持する機構を備えているようにみえる.このような,胚サイズの擾乱に対するパターン形成の相似性を“スケーリング”という.

スケーリングの存在は1975年にクックによって行われた奇妙な実験からも示されている10).彼は発生初期(胞胚期)のアフリカツメガエル胚を用いて外科的に背側と腹側で半割にし,胚サイズを人工的に半分に減少させた.すると,半割腹側胚からは腹側のみの組織が発生したが,半割背側胚は半分のサイズの相似形を維持したオタマジャクシが誕生したのである.半割という非常に強い外乱に対してもしなやかに対応する発生システムに驚嘆させられる.

ここで,Chdの濃度勾配の観点からもう一度上記の半割実験を再考する.胚サイズの変化はChd勾配の形状に大きな影響を与える.適切な背腹パターンを形成するためには,胚サイズに適応した勾配形状を作る必要がある.背側・側方・腹側を分ける閾値が一定であるとすると,胚サイズが大きな場合には緩勾配を,小さな場合には急勾配を形成する必要がある(図2).したがって,発生システムは胚サイズの変化に応じて産生・拡散・分解を変動させ,濃度勾配の傾きを適切に制御していると考えられる.

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図2 濃度勾配のスケーリング

スケーリングが保証されるためには,胚のサイズに応じてChd勾配の傾きが適切に制御される必要がある.野生胚は緩勾配,半割胚は急勾配を形成する.

4. 発生システムの単純化とin vivoにおける定量

我々はスケーリングが保証される機構としてSzl(シズルド)タンパク質に注目した(図1a11,12).Szlは分泌型のタンパク質であり,細胞外でChd分解酵素に直接結合し分解活性を阻害することが知られている13,14).また,Szlの発現はBMP活性によって正に制御されており,BMP活性の高い腹側領域に限局して発現する.

半割実験の結果から,発生システムは胚のサイズ変化に応じて産生・拡散・分解を制御し,適切なChd勾配を作り出していると予想される(図2).しかし,これら三つの変数が同時に変化すると,勾配の形状変化が主にどの要素によるものか解析することが困難である.そこで,Chdの産生量がBMP活性または胚サイズに影響されることなく一定量である胚を人工的に作り出した(背腹軸再構成系).これにより,3変数のうち1変数を固定でき発生システムを単純化することが可能となる(詳しくは文献11,12を参照).実際にこの手法を用いてChdの産生量を変動させたところ,産生量を適切な量から4倍増強させても背側・側方・腹側の3領域が形成されることがわかった.このことから,拡散または分解がChdの勾配形状の決定に重要な役割を果たしていることが予測された.

さらに,ChdとSzlの拡散・分解の定量を胚内で試みた.拡散速度の計測には光褪色後蛍光回復法(FRAP)を用いた.ChdおよびSzlを可視化するために高感度緑色蛍光タンパク質(EGFP)を付加し,自由に拡散するコントロールとして分泌シグナルを持つ分泌型EGFPを用いた.その結果,Chd,Szlいずれも分泌型EGFPと同程度に速い拡散速度を示した.このことから,Chd,Szlが積極的に拡散制御を受けている可能性は低いと予想された.一方,in vivoにおける分解速度に関しては各々のタンパク質を精製し,等量の精製タンパク質を胞胚期の胞胚腔(分泌タンパク質が存在する細胞外領域に相当)に微量注入し時間依存的な分解量の計測を行った.すると,Szlタンパク質は3時間後も安定であったが,Chdタンパク質は30分以内に半量が分解されることがわかった.さらに,この分解はChd分解酵素の阻害因子であるSzlによって完全に抑制されることから,胚内でのChd分解は大部分がChd分解酵素に依存していることが示された(図1a).

そこで,Szlが濃度依存的にChdの勾配形状を制御することが可能か背腹軸再構成系を用いて検討を行った.先述したように,この系を用いることによってChdの産生量を一定量に固定することができる.すると,コントロール胚では野生型と同様に背側と側方が適切に形成されるが,Szl過剰発現下ではChdの産生量は一定にも関わらず背側・側方が胚全体を覆い背側化した.一方,Szlの機能をモルフォリノアンチセンスオリゴ(MO:標的のmRNAに直接結合し翻訳を阻害する)により阻害させると,逆に背側・側方は非常に小さな領域しか形成されなかった.このことから,Chdの勾配形状はSzlの濃度に応じて緩勾配から急勾配まで変動することが示された.

5. スケーリングモデル

Szl濃度が胚サイズ依存的に制御されると,Chdはサイズに適応した勾配を構築できる.以上の結果をふまえて,我々が提案しているスケーリングモデルを半割実験を例に簡単に紹介したい(詳しくは文献11,12を参照).半割は胞胚期の胚全体が腹側化しているときに行う.半割により,腹側のSzl発現領域が大きく取り除かれる.発生が進行し原腸胚初期になると,半割胚と野生胚は同じ大きさのオーガナイザーを形成するため,半割胚は野生胚に比べ相対的に背側(オーガナイザー)が大きく腹側(Szl発現領域)が小さくなる(図3a).Szlの発現はBMPによって誘導されるため,発生が進行しChdが胚内に拡散するとBMPを抑制しSzlの発現領域を抑制する(図1a).したがって,SzlはChdの分解を抑制しChdがより遠方まで拡散できるようにするが,拡散したChdは逆にSzlの発現を抑制する.野生胚に比べ半割胚はオーガナイザーと腹側の間隔が短く,拡散したChdはすぐに腹側領域にまで到達しSzlの発現を効果的に抑制してしまう(図3b).一方,野生胚ではオーガナイザーから分泌されたChdが腹側領域に到達するまでより長い時間を要する.このとき,SzlはChdに比べ安定であるため分解されずに胚の中に徐々に蓄積される.野生胚はSzlの発現を抑制するまでに長い時間を必要とするため,半割胚と比較するとSzlの蓄積量が多くなる(図3b, c).この結果,胚サイズが大きい場合(野生胚)はSzlの蓄積量が多くなり,胚サイズが小さい場合(半割胚)はSzlの蓄積量も低くなる(図3d).

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図3 スケーリングモデル

胚のサイズに応じてSzlの蓄積量が変化する.野生胚(大きい胚)はSzlの蓄積量が多く,半割胚(小さい胚)はSzlの蓄積量が少ない.

Szlの濃度は先述したようにChdの勾配形状に大きな影響を与える.Szlの濃度が高い野生胚の場合は,SzlがChd分解酵素の活性を効果的に抑制しChdは緩勾配を形成する.一方,Szlの濃度が低い半割胚はChdの分解が促進され急勾配を形成する.これにより,Chdは胚サイズ依存的に適切な勾配形状を形成しスケーリングが保証される(図2).

本モデルの基軸は,胚サイズという幾何学的な情報がSzlを介してChdの安定性という分子レベルに変換されることにある.そこで,背腹軸再構成系を用いてスケーリングモデルの検証を行った.この系はBMP活性,胚サイズに影響されることなく一定量のChdタンパク質を産出する.したがって,野生胚,半割胚いずれも等量のChdタンパク質が細胞外に存在するはずである.しかし,実際には野生胚に比べ半割胚ではChdタンパク質の量が有意に減少する(図3e).これは,Chdタンパク質の安定性が胚サイズ依存的に変動していることを示している.さらに,Szlの機能をMOにより阻害すると先ほどの現象が消失することから,胚サイズ依存的なChdの安定性制御がSzlを介していることを強く示唆している.

6. スケーリングの意義と今後の展望

本稿ではスケーリングの分子メカニズムについて解説してきた.最後に,スケーリングの意義と今後の問題点について簡単にまとめたい.スケーリングは胚サイズの擾乱に対する頑強性を生物に付与する非常に重要な機構である.一方,スケーリングの崩壊は生物に形状の多様性を誘発してきた可能性がある.実際にSzlの量を人工的に変動させると,さまざまな背腹比を持つ胚を容易に作り出すことができる11).Szlのような分子はスケーリング分子として機能し,スケーリング分子の濃度変化が進化的にさまざまな形状の生物を作り出しているかもしれない.また,Pheidole instabilisと呼ばれるアリの一種は与えられる餌の量に応じてさまざまなサイズの幼虫が発生し,胚サイズに応じて形状の異なる兵隊アリと働きアリが誕生する.これは,スケーリングをあえて崩壊させ,同一種間内にさまざまな形状を積極的に作り出す発生システムかもしれない.

本稿で解説してきたスケーリングモデルにはいくつかの問題点が残されている.たとえば,閾値は一定としてよいのか,相対成長(成長に伴い全体のサイズが大きくなるとき,各組織の成長速度を相対的に比較すること.たとえば,人間の場合は頭部の成長速度に対して胴体の成長速度が速いため,成長とともに頭部の比率は小さくなる)はどのように制御されているのか.さらには,本モデルでは発生場を静的なものとしてモデルを構築したが,実際には動的に変動・変形している.このような動く場において濃度勾配はどのように適切に構築されるのだろうか.

近年の分子生物学,顕微鏡技術の発展に伴い,生物学はよりミクロなレベルでの解析が進んでいる.一方,スケーリングなどマクロな視点で成り立つ法則を明らかにすることも重要である.将来,これら二つの両輪が一つの軸でつながるとき,我々はより詳細に生物の妙技を知ることになるであろう.

謝辞Acknowledgments

本研究は理化学研究所QBiCの柴田達夫博士との共同研究に基づく.また,理化学研究所CDBの笹井芳樹博士には多くの助言をいただいた.本研究は理化学研究所および科学技術振興機構さきがけの助成による.末筆ながら,ここに記して謝意を表する.

著者紹介Author Profile

猪股 秀彦(いのまた ひでひこ)

理化学研究所多細胞システム形成研究センター体軸動態研究チームチームリーダー.理学博士.

略歴

1974年石川県に生まれる.2003年東京工業大学大学院生命理工学研究科博士課程修了.11年さきがけ研究者兼任.14年より現職.

研究テーマと抱負

発生システムが有するマクロな法則(擾乱に対する頑強性,発生場の変形・変動)を明らかにする.今後は発生システムのマクロ則とミクロ則を繋ぐ研究を行いたい.

趣味

スキー,アクアリウム.

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