翻訳後修飾による酵素の多機能性を探る―質量分析技術
大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻 ◇ 〒560-0043 大阪府豊中市待兼山町1番1号
タンパク質を構成するアミノ酸の種類は限られていると考えられていた.しかし最近になって質量分析技術が向上したおかげで,タンパク質はさまざまな翻訳後修飾を受けて,多機能性を発揮していることが明らかになってきた.本稿では,リシン残基のアシル化の翻訳後修飾についてプロテオーム解析を行うとともに,タンパク質の立体構造情報を活用すると,それら翻訳後修飾による多機能性が数多く示唆されるようになったので,その現状について報告する.
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2003年に完了したヒトゲノム計画を皮切りにして,多くの生物種においてゲノム解読が行われ,いまやゲノム情報を利用したさまざまな包括的解析が盛んに行われている.これらのトップダウン的な解析が進歩する一方で,酵素の生化学的解析をはじめとした,従来のボトムアップ的手法による化学的理解も充実しつつある.特にタンパク質の立体構造情報が充実したことによって,タンパク質主鎖の構造が約75%の成功率で予測できる時代になったことは,これに大きく貢献している1–4)
.こうした状況になると,トップダウン的解析とボトムアップ的解析を融合し,細胞全体のサブシステムを化学的に理解する学問的基盤が形成されつつあるものと感じられる.そこで我々は,「サブシステムを細胞全体で理解する」学問領域の構築を目指して研究を始めた.研究対象としては,シンプルでありつつ,生命に基本的なサブシステムを備えたモデル生物であり,遺伝子数が少ない高度好熱菌Thermus thermophilus HB85)を選択した6,7)
.タンパク質の立体構造解析を進めて分子レベルの情報を蓄積する8)一方で,サブシステムとしての各DNA修復系システムの研究9)や生体内mRNAの変動解析(トランスクリプトーム解析)による各RNaseの役割分担の研究10)などを進めてきた.さらに,質量分析技術を用いて細胞内タンパク質の翻訳後修飾の包括的解析を行い,多くの修飾タンパク質の存在を明らかにした11–15)
.その結果,T. thermophilusでは,48タンパク質に52か所のリン酸化部位12,13),127タンパク質に197か所のアセチル化部位14),183種類のタンパク質に361か所のプロピオニル化部位15)が同定された.これらのことから,従来研究が進められてきた非修飾状態でのタンパク質の機能に加えて,翻訳後修飾されたことによって,タンパク質は別の機能を発揮しうることがわかってきた.本稿では,代表的な翻訳後修飾であるリシン残基のアシル化の中のアセチル化と,最近,生体内のタンパク質に広く存在することを明らかにしたプロピオニル化について紹介する.
生体内においてタンパク質はさまざまな翻訳後修飾を受ける(図1).翻訳後修飾には,小分子が結合する修飾や,それより比較的大きなユビキチン様タンパク質による修飾が存在する.これらの可逆的な修飾・脱修飾によって,タンパク質の機能は影響を受ける16)
.たとえば,真核生物の核内において,DNAを巻きつけてクロマチンを形成するヒストンではアセチル化,メチル化,ユビキチン化,リン酸化などの修飾・脱修飾によって遺伝子発現を直接的(シス)に,あるいは,間接的(トランス)に制御しており,これは遺伝子発現のエピジェネティック制御の一つとしてよく知られている.
その他にも,真核生物と原核生物の両方で,これまでに多くの翻訳後修飾が報告されており,現在,翻訳後修飾データベースUnimod(http://www.unimod.org/)には,500種類以上の翻訳後修飾が登録されている.翻訳後修飾は,タンパク質の活性,コンホメーション,相互作用や安定性に影響を与える可能性がある.したがって,細胞内全体でのタンパク質の機能を明らかにするためには,in vitroでの非修飾タンパク質の機能だけでなく,生体内で起こる修飾によってタンパク質がどのような影響を受けるのかを調べる必要がある.そのためには,まず,細胞内で各タンパク質がどのような種類の翻訳後修飾を受けているのかという情報を得なければならない.
そのための細胞内翻訳後修飾の包括的な同定には,質量分析技術を用いた解析が有効である(図2).近年,盛んに行われている質量分析技術を用いたプロテオーム解析では,まずタンパク質をトリプシンなどのプロテアーゼによって,ペプチド断片にまで消化する(図3).次に,このペプチド混合物をナノ液体クロマトグラフィーで分離しつつ,質量分析計で測定する.さらに質量分析計内でペプチドを断片化し測定する(タンデムMS, MS/MS)ことによって得られたスペクトル(図2)から,翻訳後修飾されたアミノ酸残基およびその修飾基の種類を明らかにできる.
細胞から抽出したタンパク質をトリプシンなどのプロテアーゼでペプチド断片に消化したのち,ペプチド混合物中から修飾ペプチドを単離して質量分析計で解析する.図はアセチル化リシン認識抗体を用いた免疫沈降法によって,アセチル化ペプチドを単離した例.K:リシン,Ac:アセチル基.
翻訳後修飾をターゲットとしたプロテオーム解析では,トリプシン消化産物中に多く含まれる非修飾ペプチド断片により,修飾ペプチドの同定が困難になる.そのため,質量分析の前段階で修飾ペプチドの単離を行う必要がある(図3).近年,質量分析技術と,修飾ペプチドの単離技術の向上により,同定できる翻訳後修飾の種類や数が飛躍的に増加しつつある17).
リシン残基のアセチル化は,真核生物のヒストンで発見された翻訳後修飾の一つである.その後,がん制御に関与するp53など,転写に関わるいくつかのタンパク質でアセチル化による機能制御が明らかにされた.ヒストンを含む真核生物のタンパク質のアセチル化は,アセチルCoAをアセチル基供与体としてヒストンアセチル化酵素(HAT)が行い,脱修飾はヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)が行っている.アセチル化修飾はエピジェネティック制御に働く翻訳後修飾の一つとして遺伝子発現の調節に関わっていることがわかっており,医療分野においてもがんの薬物療法の分子標的としてHDACの阻害剤が研究されるなど,注目を集めている18).
近年の質量分析技術を用いたプロテオーム解析は,核内に存在するタンパク質だけでなく,細胞質に存在する多くのタンパク質のアセチル化を明らかにした.さらに,細菌においても多くのアセチル化タンパク質の存在が報告され,リシン残基のアセチル化は,真核生物と細菌に共通して存在する翻訳後修飾の一つであることが知られ始めている.同定されたアセチル化タンパク質には,代謝や翻訳に関連するものが多く,従来よく知られていた転写制御のみならず,多様な細胞機能にアセチル化が関与している可能性が示唆されている.
前述のとおり,質量分析技術を用いたプロテオーム解析によって細胞内修飾ペプチドを同定するためには,修飾ペプチドの単離ステップが必要である.アセチル化ペプチドの単離方法としては,アセチル化リシン認識抗体による免疫沈降法を利用する(図3).我々は,この方法を用いることで,T. thermophilus HB8において127種類のアセチル化タンパク質に,197か所のアセチル化部位を同定した(図4)14).
こうしたトップダウン的解析を開始する以前から,我々はタンパク質の立体構造を数多く解析してきた8).そこで,同定されたアセチル化部位をProtein Data Bankに登録されているタンパク質の立体構造にマッピングしたところ,22か所のアセチル化部位がタンパク質の機能に影響を及ぼしうる位置にあることが明らかになった(図5)14).これらのアセチル化部位は,反応中間体としてのシッフ塩基形成部位(図5A),基質結合部位(図5B),RNAとの結合部位(図5C),サブユニット界面(図5D)の4種に大別できた.いずれのリシン残基も,基質やサブユニットとの間に,共有結合,あるいは静電相互作用や水素結合を生じうる位置にあり,アセチル化されることで,タンパク質の機能に影響を与えることが示唆された.また,質量分析技術を用いた翻訳後修飾の包括的同定の一つとして,我々の研究室で行ったセリン,トレオニン,チロシン残基のリン酸化プロテオーム解析12)と比較したところ,アセチル化とリン酸化の両方が活性部位近傍に存在する酵素も見つかっており(図5D),翻訳後修飾による多機能性の各論的研究が楽しみである.
(A)酵素反応の中間体として,シッフ塩基共有結合を形成するリシン残基の例.図はSulfolobus tokodaiiのホモログの立体構造(3R1M).(B)基質との結合部位近傍のリシン残基の例.図はSalmonella entericaのホモログの立体構造(1OPR).(C)RNAとの結合部位のリシン残基の例.図はT. thermophilusで解かれた立体構造(1OPR).(D)サブユニット間に存在するリシン残基の例.また,基質近傍にアセチル化部位とリン酸化部位が存在する例.図はT. thermophilusで解かれた立体構造(2PRD).マゼンダでアセチル化部位のリシン残基を,赤でリン酸化残基を示した.図はアセチル化を受けていないもの.
前節のアセチル化修飾の研究過程では,アセチル化より炭素鎖が一つ多いアシル化であるプロピオニル化(図1)を受けたペプチド由来と考えられるMS/MSスペクトルも得ることができた.これは予想外の結果だったので,次にこの修飾に着目した.
リシン残基のプロピオニル化は,近年になって存在が報告された新しい翻訳後修飾である19).アセチル化がアセチルCoAをアセチル基の供与体とするのと同様に,プロピオニル化はプロピオニルCoAを供与体とする.真核生物においてはヒストンの他,転写因子であるp53など,いくつかのタンパク質でプロピオニル化の存在が報告されていた20–23)
.細菌ではプロピオニルCoA合成酵素でのみ報告があり,プロピオニル化が酵素活性を制御していることが知られていた24).しかし,アセチル化とは異なり,プロピオニル化が細胞内に豊富に存在することを報告した研究はこれまでになかった.
そこでまず,化学的にプロピオニル化したBSAを抗原として,プロピオニル化リシン認識抗体を調製した.免疫沈降法を利用してプロピオニル化ペプチドの単離を行い,質量分析計によって調べたところ,T. thermophilusの細胞内に多くのプロピオニル化タンパク質が存在することを明らかにできた15).
次に,T. thermophilus HB8の対数増殖期と定常期から得たサンプルを詳しく解析したところ,プロピオニル化部位の数は,両増殖期を合わせて183種類のタンパク質で361か所に及んだ(図4).n≥2のbiological replicatesが得られたプロピオニル化部位について,二つの増殖期の間での重複を調べたところ,両増殖期で同定された箇所が47か所あったのに対して,定常期でのみ特異的に同定されたものが192か所,対数増殖期のみに特異的なものが24か所あった(図6).この結果は,対数増殖期と定常期という二つの生育状態で,タンパク質のプロピオニル化状態が変化していることを示している.また,両方の増殖期でプロピオニル化が同定された40種類のタンパク質では,定常期では65か所,対数増殖期では10か所のプロピオニル化部位が各増殖期特異的に同定された.こうした結果は,同じタンパク質であっても,増殖期によってプロピオニル化を受ける部位が変化することを示唆している.
同定されたプロピオニル化タンパク質の関わる機能は多岐にわたるものであり,リシン残基のプロピオニル化が,アセチル化と同じく多様な細胞機能に影響を与えていることを示唆した(図7A).特に,代謝関連のタンパク質は多くプロピオニル化されており,その中には,解糖系,糖新生,TCA回路に関わるタンパク質群が含まれていた(図7B).
プロピオニル化はアセチル化と同じくリシン残基の側鎖に起こり,アセチル基に炭素鎖が1個付加した化学構造も酷似している.修飾を受けたリシン残基は,アセチル化より大きな疎水性を持つことになる.ここで疑問となるのは,アセチル化とプロピオニル化というT. thermophilus HB8の生体内で豊富に存在する2種類のアシル化が,比較的広い認識特異性を持つ同じ修飾・脱修飾酵素群によって調整されているのか,それとも,異なる特異性を持つ酵素群によって制御されているのかということである.たとえば,細菌のタンパク質アセチル化酵素PatはプロピオニルCoA合成酵素を基質として,アセチル化活性もプロピオニル化活性も持つことが知られている24).それに対して,真核生物のTip60タンパク質は,p53タンパク質をアセチル化するがプロピオニル化は行わないことが報告されている21).そこで我々は,定常期で同定されていたアセチル化部位と,同じ定常期で同定されたプロピオニル化部位を比較した(図8).同じ酵素が触媒している反応であるのなら,二つのアシル化部位に重複がみられるはずである.しかし実際には,63か所の重複がみられる一方で,プロピオニル化のみみられる部位が260か所,アセチル化のみみられる部位が134か所という結果になった.また,両方のアシル化がみられるタンパク質でも,その修飾部位が重複しているのは63か所であり,プロピオニル化では108か所,アセチル化では65か所が各アシル化に特異的であった.こうした結果からは,T. thermophilusの細胞内でプロピオニル化とアセチル化という二つのよく似た翻訳後修飾を触媒する酵素群の中には,両方のアシル化を触媒するものもあれば,どちらか一方に特異的な反応を示すものも存在することが推測された.
質量分析技術を利用した翻訳後修飾アシル化のプロテオーム解析によって,生体内で起こる翻訳後修飾によって各タンパク質が得ている制御機能の側面の手がかりを得ることができた.新たな翻訳後修飾が明らかになったタンパク質群については,これまでの各論的な分子機能解析法を駆使して,翻訳後修飾の前後の分子機能を解析すれば,各タンパク質の多機能性が明らかになる.さらに,今後の技術の発展と,それらを用いた研究の進展によって,細胞全体のアシル化調節機構が明らかになることを期待したい.
指導教官の倉光成紀教授および増井良治准教授(現大阪市立大学教授)に謝意を表します.
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