Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 87(3): 342-347 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870342

総説Review

腫瘍抑制因子MeninによるT細胞老化の制御The critical role of Menin for regulating T cell senescence

愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻病因・病態領域免疫学講座Department of Immunology, Division of Pathogenesis and Pathophysiology, Program for Medical Sciences, Graduate School of Medicine, Ehime University ◇ 〒791-0295 愛媛県東温市志津川Shitsukawa, Toon-shi, Ehime 791-0295, Japan

発行日:2015年6月25日Published: June 25, 2015
HTMLPDFEPUB3

老化細胞における炎症性因子の高発現は,senescence-associated secretory phenotype(SASP)としてさまざまな細胞において報告されている.SASPが誘発する前炎症状態は,インフラメージング(inflammaging: inflammation+aging)とも呼ばれ,加齢に伴って増加する自己免疫疾患や発がんの増加と密接に関連している.インフラメージングの誘導には,免疫担当細胞の老化が関与し,特に,T細胞老化が大きな影響を及ぼすことが予想されている.しかしながら,T細胞老化の定義はいまだ十分ではなく,その分子機構についても不明な点が多い.筆者らは,T細胞老化の分子メカニズムを解明する目的で研究を行い,腫瘍抑制因子Meninが,CD4 T細胞の老化のエピゲノム調節に関与していることを新たに見いだした.

1. はじめに

加齢に伴う免疫機能の変化は,免疫老化と呼ばれている.免疫老化における最も特徴的な変化は,抗原特異的な獲得免疫の低下である.獲得免疫に関わる細胞の中でも,T細胞は特に顕著に老化の影響を受けると考えられている.なぜなら,T細胞の分化の場である胸腺は,加齢に依存した組織変化を示し,ヒトでは,胸腺上皮組織は思春期をピークとして徐々に萎縮し,老年期になるとほとんど脂肪組織に置き換わってしまうからである.老年期における新たなT細胞の供給減少を補うため,末梢T細胞を抗原非依存的にホメオスタティック増殖(homeostatic proliferation: HP)させることで,個体はT細胞プールを維持する.しかしながら,過剰なHPは,T細胞老化や炎症疾患発症を誘導する可能性があり,HPによるT細胞増殖は諸刃の剣である1)

加齢に伴った免疫応答変化の一つの特徴は,免疫応答時の炎症性反応の増大である2–4).一般的に,細胞老化を来した細胞は,炎症性サイトカイン・ケモカインの産生や血管新生誘導因子,細胞外マトリクスリモデリング因子の産生増加を特徴とする,senescence-associated secretory phenotype(SASP)と呼ばれる形質を獲得する5,6).免疫担当細胞におけるSASPが誘発する前炎症状態は,インフラメージング(inflammaging: inflammation+aging)とも呼ばれ,加齢に伴って増加する自己免疫疾患や発がんの増加と密接に関連していると考えられている.T細胞老化は,当然のことながら細胞老化の一種であり,細胞老化を来したT細胞でも炎症性サイトカイン等の産生亢進が認められるが,インフラメージング誘導における役割は明らかになっていない.

また,獲得免疫のなかでも液性免疫は加齢に伴って著しく低下することが知られている2,4).一方,細胞傷害性T細胞(CD8 T細胞)の機能は,比較的保存される.このことから,ヘルパーT細胞(CD4 T細胞)が,CD8 T細胞に比べより老化の影響を受けると推察されている.しかしながら,CD4 T細胞とCD8 T細胞の老化に対する感受性の違いが何に起因するのかについては,明らかになっていない.

本稿では,我々が,最近見いだした腫瘍抑制因子MeninによるCD4 T細胞老化制御に関する研究7)をSASP誘導の分子機構を中心に紹介するとともに,T細胞老化の生理的意義と慢性炎症疾患への関与の可能性について議論したい.

2. 加齢に伴う免疫機能の変化

免疫システムは,自然免疫と獲得免疫の二つの系に大別できるが,加齢に伴って獲得免疫がより大きな影響を受ける.獲得免疫の特徴は,特異性と免疫記憶の形成にあるが,免疫記憶の形成能が加齢とともに低下することが報告されている.免疫記憶形成能の低下は高齢者におけるワクチン効率の低下を引き起こし,感染症の増加を招くことから,いかにして高齢者の獲得免疫能を維持するのかは重要な課題である.現在使用されているワクチンの多くは,防御抗体誘導を介して侵入した病原体を中和することにより,疾患の発症を防ぐことを目的としてデザインされている.抗体の産生を効率的に誘導するためには,CD4 T細胞とB細胞が正しく機能することが必要である.CD4 T細胞は,コグネートな相互作用を介してB細胞を補助し,高親和性中和抗体の産生を誘導するとともに,記憶B細胞の形成においても重要な役割を担っている.さらに,自身も記憶CD4 T細胞へと分化し,獲得した機能を記憶したまま長期間生体内に存在する.高齢者は,若年者に比べ,中和活性などの低い抗体しか作り出せないことが知られているが,B細胞自身の機能は高齢者においても比較的保たれている.このことは,CD4 T細胞の質の低下(機能低下)が,高齢者における質の高い抗体の産生能低下を引き起こす可能性を示唆している.

生体内では,加齢に伴いナイーブCD4 T細胞(抗原と出会ったことのないCD4 T細胞)の割合が減少し,記憶CD4 T細胞の割合が増加する.この原因の一端は,加齢に伴う胸腺の退縮にある.加齢に伴って増加する記憶CD4 T細胞は,通常の記憶CD4 T細胞とは異なり,炎症性のサイトカインを多く産生する.さらに,ナイーブCD4 T細胞の性質も加齢に伴い変化することがわかっている.加齢マウスのナイーブCD4 T細胞は,インターロイキン-2(IL-2)産生が減少し,クローン増殖能も低下する.また,in vitroにおける解析の結果,免疫シナプスの形成低下により,T細胞抗原受容体(TCR)を介して伝えられるシグナルが,量的にも質的にも変化することがわかっている.さらに,B細胞に対する補助活性や記憶CD4 T細胞への分化能も低下することも報告されている.これらの結果は,加齢に伴ってナイーブCD4 T細胞自身が老化することを意味している.我々は,加齢に伴うナイーブCD4 T細胞の機能低下は,細胞老化によって誘導されると考え,CD4 T細胞老化の分子機構を明らかにすることを目的に研究を開始した.

3. 腫瘍抑制因子Menin欠損はCD4 T細胞老化を引き起こす

我々のグループは,これまで末梢CD4 T細胞機能と分化のエピゲノム制御に興味を持ち研究を行ってきた.その一連の研究で,末梢CD4 T細胞分化や獲得した機能の維持には,エピジェネティックな遺伝子発現制御が重要であることを見いだした8).たとえば,ヒストンH3K4メチル基転移酵素の一つであるMll1(mixed-lineage leukemia 1)は,ヘルパーT(Th)細胞サブセットの一つ,Th2細胞記憶の維持に必要である9).次に,我々は,Mll複合体の構成分子の一つであるMeninに着目し,Menin-floxedマウスをCD4 Creトランスジェニック(Tg)マウスと交配することで,T細胞特異的Menin欠損(T-Menin KO)マウスを作製し解析を開始した.

Meninは,多発性内分泌腫瘍症1型(multiple endocrine neoplasia type1: MEN1)の原因遺伝子として知られている腫瘍抑制因子である10).MEN1は,原発性副甲状腺機能亢進症,膵消化管内分泌腫瘍,下垂体腺腫を主徴とする常染色体優性遺伝性疾患である.Meninの模式図と特徴を図1に示した.Meninは,知られている他の分子とは,有意なアミノ酸配列の相同性は見いだされてはいないが,核移行シグナルをC末端領域に有している11).前述したように,Meninは,ヒストンH3K4メチル基転移酵素の一つであるMll1複合体に含まれ,Mllの転座によって引き起こされる白血病の発症に関与している.また,Meninは,JunDやNF-κB,Smad3,Ppar-γ,β-catenin,RNAポリメラーゼⅡなどと相互作用することも報告されている11,12)

Journal of Japanese Biochemical Society 87(3): 342-347 (2015)

図1 Meninの構造と機能

NLS: nuclear localization signal.

T-Menin KOマウスでは,ナイーブCD4 T細胞数が減少するとともに,記憶CD4 T細胞の割合が上昇するという,加齢マウスに類似したCD4 T細胞組成の変化が認められた.in vivoにおける免疫応答を検討した結果,Menin欠損CD4 T細胞では,記憶CD4 T細胞への分化が著しく低下することが,活性化CD4 T細胞移入モデル,マウスアレルギー炎症モデル,リステリア感染モデルで認められた.続いて,in vitroにおけるMenin欠損ナイーブCD4 T細胞の表現型の解析を行った.Menin欠損ナイーブCD4 T細胞は,in vitroでTCR刺激を受けることで,野生型のCD4 T細胞よりやや早く増殖・分裂を開始した.しかし,TCR刺激後4日目ごろから増殖は徐々に低下し,6日目以降は細胞数の増加が認められなくなった(図2A).これに対し,野生型のCD4 T細胞では,抗原刺激7日目においても細胞の増殖能は保たれていた.その原因を解析した結果,Menin欠損ナイーブCD4 T細胞では,細胞死が亢進していること,また,生き残っている細胞も細胞周期がG1期で停止しているものが多いことがわかった.生存しているMenin欠損CD4 T細胞は,CD62L/CD27ダブルネガティブ細胞の出現,PD-1をはじめとした抑制性受容体やNK細胞マーカーの上昇,IL-2産生の低下(図2B)など,T細胞特異的な細胞老化の特徴を示した.それに加え,湊らが細胞老化を来したCD4 T細胞の特徴として報告している13)オステオポンチン(OPN)の高産生(図2B),C/EBPαの発現誘導とSatb1発現の減弱(筆者ら,未発表データ)もMenin欠損エフェクターCD4 T細胞において認められた.さらに,SA-βgalactosidase活性の上昇(図2C)やRelAの遷延した活性化,IL-6や炎症性ケモカイン,炎症性因子の発現上昇というSASP様の表現型など,細胞老化の一般的特徴が認められたことから,Menin欠損によりCD4 T細胞は,早期に細胞老化を来すことが考えられた.このことは,正常のCD4 T細胞において,Meninは細胞老化を負に制御していることを意味している.

Journal of Japanese Biochemical Society 87(3): 342-347 (2015)

図2 Menin欠損マウスにおける細胞老化の特徴

(A)T細胞抗原受容体刺激後のCD4 T細胞の増殖.(B)Menin欠損エフェクターCD4 T細胞におけるIL-2とオステオポンチン(OPN)の産生.(C)Menin欠損エフェクターCD4 T細胞におけるSA-βgalactosidase活性の上昇.

4. Meninは,転写抑制因子Bach2の発現維持を介してSASPの誘導を抑制する

我々は,加齢に伴う炎症性形質の誘導に関与することが予想されるSASPのMeninによる制御機構に興味を持ち,続く研究を行った.まず,Meninの下流分子を同定するためDNAマイクロアレイ解析と機能的スクリーニングを行い,最終的に,転写抑制因子Bach2[BTB and Cap 'n' collar (CNC) homology 1]を候補分子として見いだした(図3A).Meninは,Bach2発現の維持を介してSASPを抑制していると考えられた.Bach2は,もともとはB細胞に選択的に発現している転写抑制因子として同定され,体細胞高頻度突然変異やクラススイッチ組換えの制御14,15),そしてIgG陽性記憶B細胞の分化16),B細胞の初期分化への関与17)が示されている.近年,Bach2は,T細胞にも発現していることが見いだされ,制御性T細胞を介したT細胞免疫システムの恒常性維持への関与が報告された18).また,全身性のBach2欠損マウスでは,呼吸器や腸管に強い炎症が誘導されたことから,Bach2と炎症抑制との関連も示唆されている.さらに,Bach2のホモログであるBach1は,p53に会合し,p53依存的な細胞老化の制御に関わっていることも,Bach1欠損MEF細胞を用いた研究から明らかになっている19)

Journal of Japanese Biochemical Society 87(3): 342-347 (2015)

図3 Bach2の構造とBach2タンパク質の発現 論文7)を改変

(A~C)詳細は本文参照.BTB: BR-C, ttk and bab, POZ: Pox virus and zinc figure, CNC: Cap 'n' collar, bZip: basic leucine zipper.

Menin欠損エフェクターCD4 T細胞において,Bach2の発現は,mRNAレベル,タンパク質レベル(図3B)でともに低下することから,Meninは,Bach2の発現を転写レベルで制御していると考えられた.一方,Menin欠損ナイーブCD4 T細胞においては,Bach2 mRNAの発現は低下しておらず,MeninはBach2遺伝子の転写には必須ではないこともわかった.Menin欠損CD4 T細胞におけるSASPの誘導に,Bach2が関与しているかを検討するため,Menin欠損活性化CD4 T細胞にレトロウイルスベクターを用いてBach2を導入したところ,IL-6やOPNなどの炎症性サイトカイン,CCL3/CCL4/CCL5/CXCL2などの炎症性ケモカイン,グランザイム群の発現がコントロールの野生型CD4 T細胞のレベルにまで低下した.さらに,PD-1やNK細胞マーカーの発現も著しく減少した.これらの結果は,Menin欠損CD4 T細胞におけるSASP様形質の早期誘導の原因の一端がBach2の発現低下にあることを意味している.

それでは,実際の老化したT細胞でも,Bach2の発現は低下しているのであろうか? 正常マウスの個体から,老化したCD4 T細胞を単離することは困難であるため,我々は人為的CD4 T細胞誘導システムを開発して検討を行った.具体的には,マウスよりCD4 T細胞を単離後,in vitroでTCR刺激を行いIL-2存在下で最大限に増殖させる.増殖したCD4 T細胞(primary-stimulated CD4 T細胞:pTh細胞)を,胸腺のないヌードマウスに移入することで,前述のHPを誘導し,in vivoでさらに細胞を増殖する.移入4週間後,レシピエントマウスより移入したCD4 T細胞を単離し,再びTCRを加えIL-2存在下でさらに増殖を誘導し,最終的に細胞老化の表現型を持つ老化CD4 T細胞(senescent CD4 T細胞:sTh細胞)を作製した.予想どおりsTh細胞では,pTh細胞と比べ,Bach2の発現がmRNA,タンパク質レベル(図3C)でともに低下していたが,その一方でMeninの発現低下は認められなかった10)図3C).筆者らは,Bach2遺伝子座にMeninが結合し発現を制御している可能性を考え,pTh細胞とsTh細胞のBach2遺伝子座におけるMenin結合についてChIP-シーケンスを用いて解析した.pTh細胞において,MeninはBach2遺伝子の転写開始点付近に広範囲にわたって結合していたが,sTh細胞ではMeninの結合は顕著に減少していた.この結果は,Meninの発現はsTh細胞でも維持されているが,何らかの原因によりBach2遺伝子座に結合できなくなることを示唆しているが,現在のところ,Meninの結合がどのように制御されているのか,その分子機構は不明である(図4).

Journal of Japanese Biochemical Society 87(3): 342-347 (2015)

図4 MeninはBach2の発現維持を介してSASPを抑制する

5. Meninは,Bach2遺伝子座のヒストンアセチル化の維持に必要である

では,Meninは,どのようにしてBach2の発現を維持しているのだろうか? 前述したように,Meninは,ヒストンH3K4メチル化(H3K4me3)に関与するヒストンメチル基転移酵素,Mllと複合体を形成することが知られている.そこで,Menin欠損エフェクターCD4 T細胞におけるBach2遺伝子座のH3K4me3パターンをChIP-シーケンスにより解析したところ,予想どおりBach2遺伝子座の転写開始点におけるH3K4me3レベルは,半分程度に低下していた.さらに,ヒストンH3K27トリメチル化(H3K27me3)レベルの上昇とともに,ヒストンH3K27アセチル化(H3K27ac)レベルの著しい低下が認められた.続いて,Menin欠損CD4 T細胞において,TCR刺激による活性化後,Bach2遺伝子座転写開始点付近において,これらのヒストン修飾がどのような経時的変化を示すのかについて検討した.Menin欠損ナイーブCD4 T細胞のH3K4me3レベルは,野生型CD4 T細胞とほぼ同レベルであったが,H3K27acレベルはやや減少していた.TCR刺激後,3日目においてもMenin欠損CD4 T細胞におけるBach2遺伝子座のH3K4me3レベルはほとんど変化しなかったが,H3K27acレベルは著しく低下した.このとき,H3K27me3レベルの上昇は認められなかった.活性化刺激後,5日目のMenin欠損CD4 T細胞において,ようやくH3K4me3レベルが低下し,H3K27me3レベルの上昇が認められた.さらに,活性化5日後のMenin欠損CD4 T細胞のBach2遺伝子座には,Ezh2やSuz12などのポリコーム群タンパク質のリクルートがみられ,遺伝子座が閉じた状態になっていることがわかった.この結果は,Menin欠損によりBach2遺伝子座においてヒストンH3K27acレベルが最も早期に影響を受けることを示している.そこで,Bach2発現維持におけるヒストンアセチル化の役割を明らかにするため,Menin欠損活性化CD4 T細胞をヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤で処理したところ,Bach2 mRNAの発現が再誘導された.この細胞では,Meninがないにも関わらず,HDAC阻害剤のトリコスタチンA(TSA)処理によりRNAポリメラーゼⅡがBach2転写開始点付近にリクルートされた.さらに,sTh細胞においても,TSA処理によりRNAポリメラーゼⅡがBach2遺伝子座にリクルートされ,Bach2の転写が回復することが示された.しかしながら,sTh細胞をTSA処理してもMeninのBach2遺伝子座へのリクルートは認められなかった.これらの結果は,Meninがヒストンのアセチル化を維持することで,Bach2遺伝子座にRNAポリメラーゼⅡのリクルートを持続させ,Bach2の転写を維持している可能性を示唆している.

そこで,我々は,Meninを介したヒストンアセチル化制御に関与するヒストンアセチル化酵素のスクリーニングを行い,PCAF(p300/CBP-associated factor)をその候補として見いだした.活性化T細胞ライゼートを抗Menin抗体で免疫沈降したところ,PCAFが共沈してくること,Bach2遺伝子座の転写開始点付近にはPCAFの結合が認められるが,Menin欠損CD4 T細胞では,その結合が消失することなどの実験結果から,Menin複合体の中にPCAFが含まれている可能性が示されている.

以上の結果から,我々は,MeninによるBach2発現維持のエピゲノム制御に関して図5に示すような機構を想定している.面白いことにBach2遺伝子上流のMenin結合領域とほぼ一致する遺伝子領域がヘルパーT細胞分化におけるスーパーエンハンサーとして機能していることがごく最近報告された.(doi:10.1038/nature14154)この結果からMeninはスーパーエンハンサーの制御分子である可能性が考えられる.

Journal of Japanese Biochemical Society 87(3): 342-347 (2015)

図5 MeninはBach2遺伝子座のヒストンアセチル化を介してBach2の転写を維持する

PolII:RNAポリメラーゼⅡ.

6. Menin-Bach2経路とヘルパーT細胞サブセット分化

ナイーブCD4 T細胞は,活性化後,存在するサイトカインの影響を受けながら,Th1,Th2,Th17細胞などのエフェクターTh細胞サブセットや制御性T細胞(Treg)細胞に分化する(図6).これらのTh細胞サブセットは,互いにバランスをとりながら免疫反応を制御しており,そのバランスの崩れが免疫疾患の発症を引き起こすと考えられている.加齢個体(ヒト)のナイーブCD4 T細胞では,IL-1R1の発現が上昇しており,Th17細胞への分化が亢進することが報告されていおり,加齢に伴う炎症性疾患の増加との関連が注目されている20).一方,加齢個体では,Treg数は変化しないかやや増加すると考えられているが,機能については検討されていない.また,Th1とTh2分化には,報告ごとにばらつきがあり,統一した見解は得られていない.

Journal of Japanese Biochemical Society 87(3): 342-347 (2015)

図6 Thサブセット分化におけるMeninの役割

Menin欠損CD4 T細胞を解析する過程で,筆者らは,in vitroで抗原刺激を受けたMenin欠損CD4 T細胞は,Th1細胞やTh2細胞への分化が亢進することを見いだした(図6).Menin欠損CD4 T細胞をTCR刺激した後,IL-2存在下で培養すると,IFN-γ産生とIL-4,IL-5,IL-13といったTh2サイトカインの産生がともに増加した.面白いことに,Menin欠損エフェクターCD4 T細胞の約1/4の細胞は,IFN-γとIL-4の両方を産生する細胞へと分化した.Menin欠損マウスにおける,Th2細胞分化の亢進は,Bach2の導入により抑制されたことから,Bach2の発現低下が関与している可能性が示唆された.また,Bach2欠損CD4 T細胞においてもin vitro培養系で同様の現象が認められることを筆者らは確認している.さらに,他のグループからもBach2欠損マウスにおけるTh2細胞への分化亢進が報告されている21)

一方,Th17細胞への分化はMenin欠損マウスで低下することが報告されている22).Meninは,IL-17A遺伝子座に結合し,遺伝子座を開いた状態に維持することで,IL-17の産生を促進している(図6).筆者らは,Bach2欠損マウスにおいてIL-6依存的なTh17細胞分化が減少することを見いだしており(筆者ら,未発表データ),Menin-Bach2経路は,いくつかの異なったメカニズムでTh17の分化を制御している可能性がある.

Tregの分化に関しては,Bach2欠損マウスで低下するという報告があるが,Menin欠損マウスではそれほど大きな変化は認められない.Bach2欠損マウスの解析は,全身性にBach2を欠損したマウスを用いての解析であるため,T細胞特異的欠損マウスを用いた解析が待たれる.

7. おわりに

筆者らの解析から,腫瘍抑制因子Meninが,CD4 T細胞老化を負に制御していることが示された.また,筆者らの最近の解析により,Menin欠損CD8 T細胞においても,早期に細胞老化の特徴が現れることがわかってきており(筆者ら,未発表データ),今までその実態がほとんどわかっていなかった,T細胞老化の分子機構の一端が明らかになりつつある.今回紹介したように,Meninによって発現が制御される転写抑制因子Bach2が,CD4 T細胞においてSASPの誘導を抑制していることから,少なくともCD4 T細胞の老化に伴った炎症性因子の発現は,Menin-Bach2経路を介して調節されていることはわかった.しかしながら,Bach2欠損CD4 T細胞では,Menin欠損CD4 T細胞で認められる活性化後の細胞死の亢進や細胞周期の停止がほとんど認められないことから,Meninは,Bach2とは別の分子の発現調節を介して,これらの現象を制御していると考えられる(図7).今後,MeninによるT細胞周期調節機構や細胞死抑制機構を明らかにしていく研究が必要である.また,最近,mTOR(mammalian target of rapamycin)の阻害により高齢者における免疫老化が抑制され,免疫機能が改善されるという報告がなされており23),MeninとmTOR経路のクロストークの可能性も予想される.このような研究を継続し,T細胞老化の実態を明らかにすることで,加齢に伴う,がんや自己免疫性の慢性炎症疾患などの増加理由と病態の理解に新しい知見を加えことが可能だと考えられる.

Journal of Japanese Biochemical Society 87(3): 342-347 (2015)

図7 MeninはCD4 T細胞の老化,細胞死,分化を制御する

引用文献References

1) King, C., Ilic, A., Koelsch, K., & Sarvetnick, N. (2004) Cell, 117, 265–277.

2) Haynes, L. & Lefebvre, J.S. (2011) Aging Dis., 2, 374–381.

3) Shaw, A.C., Joshi, S., Greenwood, H., Panda, A., & Lord, J.M. (2010) Curr. Opin. Immunol., 22, 507–513.

4) Maue, A.C., Yager, E.J., Swain, S.L., Woodland, D.L., Blackman, M.A., & Haynes, L. (2009) Trends Immunol., 30, 301–305.

5) Rodier, F. & Campisi, J. (2011) J. Cell Biol., 192, 547–556.

6) Tchkonia, T., Zhu, Y., van Deursen, J., Campisi, J., & Kirkland, J.L. (2013) J. Clin. Invest., 123, 966–972.

7) Kuwahara, M., Suzuki, J., Tofukuji, S., Yamada, T., Kanoh, M., Matsumoto, A., Maruyama, S., Kometani, K., Kurosaki, T., Ohara, O., Nakayama, T., & Yamashita, M. (2014) Nat. Commun., 5, 3555.

8) Nakayama, T. & Yamashita, M. (2009) Semin. Immunol., 21, 78–83.

9) Yamashita, M., Hirahara, K., Shinnakasu, R., Hosokawa, H., Norikane, S., Kimura, M.Y., Hasegawa, A., & Nakayama, T. (2006) Immunity, 24, 611–622.

10) Brandi, M.L., Gagel, R.F., Angeli, A., Bilezikian, J.P., Beck-Peccoz, P., Bordi, C., Conte-Devolx, B., Falchetti, A., Gheri, R.G., Libroia, A., Lips, C.J., Lombardi, G., Mannelli, M., Pacini, F., Ponder, B.A., Raue, F., Skogseid, B., Tamburrano, G., Thakker, R.V., Thompson, N.W., Tomassetti, P., Tonelli, F., Wells, S.A. Jr., & Marx, S.J. (2001) J. Clin. Rndocrinol. Metab., 86, 5658–5671.

11) Kaji, H. (2012) J. Bone Miner. Metab., 30, 381–387.

12) Matkar, S., Thiel, A., & Hua, X. (2013) Trends Biochem. Sci., 38, 394–402.

13) Shimatani, K., Nakashima, Y., Hattori, M., Hamazaki, Y., & Minato, N. (2009) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 15807–15812.

14) Muto, A., Ochiai, K., Kimura, Y., Itoh-Nakadai, A., Calame, K.L., Ikebe, D., Tashiro, S., & Igarashi, K. (2010) EMBO J., 29, 4048–4061.

15) Muto, A., Tashiro, S., Nakajima, O., Hoshino, H., Takahashi, S., Sakoda, E., Ikebe, D., Yamamoto, M., & Igarashi, K. (2004) Nature, 429, 566–571.

16) Kometani, K., Nakagawa, R., Shinnakasu, R., Kaji, T., Rybouchkin, A., Moriyama, S., Ikebe, D., Yamamoto, M., & Igarashi, K. (2013) Immunity, 39, 136–147.

17) Itoh-Nakadai, A., Hikota, R., Muto, A., Kometani, K., Watanabe-Matsui, M., Sato, Y., Kobayashi, M., Nakamura, A., Miura, Y., Yano, Y., Tashiro, S., Sun, J., Ikawa, T., Ochiai, K., Kurosaki, T., & Igarashi, K. (2014) Nat. Immunol., 15, 1171–1180.

18) Roychoudhuri, R., Hirahara, K., Mousavi, K., Clever, D., Klebanoff, C.A., Bonelli, M., Sciumè, G., Zare, H., Vahedi, G., Dema, B., Yu, Z., Liu, H., Takahashi, H., Rao, M., Muranski, P., Crompton, J.G., Punkosdy, G., Bedognetti, D., Wang, E., Hoffmann, V., Rivera, J., Marincola, F.M., Nakamura, A., Sartorelli, V., Kanno, Y., Gattinoni, L., Muto, A., Igarashi, K., O’Shea, J.J., & Restifo, N.P. (2013) Nature, 498, 506–510.

19) Dohi, Y., Ikura, T., Hoshikawa, Y., Katoh, Y., Ota, K., Nakanome, A., Muto, A., Omura, S., Ohta, T., Ito, A., Yoshida, M., Noda, T., & Igarashi, K. (2008) Nat. Struct. Mol. Biol., 15, 1246–1254.

20) Lee, W.W., Kang, S.W., Choi, J., Lee, S.H., Shah, K., Eynon, E.E., Flavell, R.A., & Kang, I. (2010) Blood, 115, 530–540.

21) Tsukumo, S., Unno, M., Muto, A., Takeuchi, A., Kometani, K., Kurosaki, T., Igarashi, K., & Saito, T. (2013) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 10735–10740.

22) Watanabe, Y., Onodera, A., Kanai, U., Ichikawa, T., Obata-Ninomiya, K., Wada, T., Kiuchi, M., Iwamura, C., Tumes, D.J., Shinoda, K., Yagi, R., Motohashi, S., Hirahara, K., & Nakayama, T. (2014) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 12829–12834.

23) Mannick, J.B., Del Giudice, G., Lattanzi, M., Valiante, N.M., Praestgaard, J., Huang, B., Lonetto, M.A., Maecker, H.T., Kovarik, J., Carson, S., Glass, D.J., & Klickstein, L.B. (2014) Sci. Transl. Med., 6, 268ra179.

著者紹介Author Profile

山下 政克(やました まさかつ)

愛媛大学大学院医学系研究科免疫学・教授.薬学博士.

略歴

1966年富山県に生まれる.89年筑波大学第二学群農林学類卒業.91年大阪大学大学院医学研究科医科学修士課程修了.88年薬学博士取得.千葉大学,かずさDNA研究所を経て2012年より現職.

研究テーマと抱負

代謝リプログラミングによるT細胞分化・機能の制御.T細胞活性化に伴うエネルギー代謝経路のリプログラミングと代謝産物の細胞老化における役割を明らかにしたいと考えている.

ウェブサイト

http://www.m.ehime-u.ac.jp/school/immunology/

趣味

旅行.美味しいものを食べること.人間観察.

This page was created on 2015-04-21T18:40:19.454+09:00
This page was last modified on 2015-06-19T11:30:33.425+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。