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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 87(3): 378-380 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870378

みにれびゅうMini Review

DNA複製の前後で起こる生命現象とTipinTipin solves a variety of DNA replication problems

東北薬科大学薬学部Faculty of Pharmaceutical Sciences, Tohoku Pharmaceutical University ◇ 〒981-8558 宮城県仙台市青葉区小松島四丁目4番1号4-4-1 Komatsushima, Aoba-ku, Sendai-shi, Miyagi 981-8558, Japan

発行日:2015年6月25日Published: June 25, 2015
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1. はじめに

原核・真核細胞のDNA複製機構は基本的に同じであり,読者が“半保存的複製”,“岡崎フラグメントを介した不連続複製”などの知識を有するならば,DNA複製を十分に理解していると考えてよい.一方DNA複製前後で起こる未解明の数々の生命現象(本稿では字数の節約のため「DNA複製前後問題」と簡略化する)について,専門外の読者は考えたこともないのが普通である.本稿では,「DNA複製前後問題」を列記し,それぞれの問題がどれくらい解明されているか概説する.さらに“DNA複製タンパク質の一つTipin”に関する知見から,DNA複製前後問題への解決策のいくつかを紹介する.

2. 山ほどのDNA複製前後問題

「DNA複製前後問題」は,複製前の二本鎖DNA(親鎖)が一時的に2本の一本鎖DNA(複製中)になり,その後のDNA合成を経て複製後の2本の二本鎖DNA(娘鎖)となる過程で生じる.問題の発生は次の二つの主因,ⅰ)一本鎖DNAと二本鎖DNAは,それぞれを認識する酵素・タンパク質からながめると,生物物理・生化学的に別物である,ⅱ)DNA複製前の“DNA修飾状態”や“DNAに結合するタンパク質・RNAの状態”を直接的に複製できない,で起こる.ここでは10の問題(図1;他の多くの例を割愛)を例に解説する.

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図1 代表的なDNA複製前後の諸問題

原核・真核細胞の共通問題を以下にあげる.(1)二本鎖DNA(親鎖)のシトシンにメチル化されたものがあり,それを鋳型としたDNA複製直後(DNAポリメラーゼによる合成直後)にできる新生鎖にはメチル基が導入されていない.(2)親鎖がDNA損傷を受けており,損傷のある一本鎖DNAを鋳型に複製型DNAポリメラーゼがDNA合成を行えば,新生鎖への変異の導入頻度が高まる.(3)複製型DNAポリメラーゼが停止するタイプの損傷を有する一本鎖DNAを鋳型とした場合,一時的に損傷乗越え型DNAポリメラーゼを利用して,複製が継続される.(4)一本鎖切断を有する親鎖DNAに複製フォークが衝突すると二本鎖DNA切断が起こる.

真核細胞に焦点をあてると,(5)DNA複製異常に起因する一本鎖DNA露出はチェックポイントを活性化する.(6)複製前に染色体に結合していたコヒーシンが複製後の姉妹染色分体(2本の二本鎖DNAを取り囲む)を分裂期まで束ねる.(7)DNAはヒストン八量体に巻きつきヌクレオソーム構造をとっており,複製前のヒストンは2本の娘鎖にランダムに分配される.(8)親鎖においてヘテロクロマチンあるいはユークロマチン状態を規定する“タンパク質群(転写因子・HP1・ポリコーム複合体など)”,“RNA群”,“DNAのメチル化 (問題1で述べた)”および“ヒストンの修飾パターン(問題7も内含する)”は,複製後の娘鎖上に再生される(エピジェネティックな状態の継承).(9),(10)の問題については,Tipinの新機能のところで紹介する.

3. 解決済問題と未解決問題

図1の諸問題は,DNA複製前後の時系列でDNAに結合するタンパク質群1)により解決される.真核細胞で,問題1は娘鎖に再生されたヌクレオソームを介し新生鎖のシトシンがメチル化されることで解決される2).ヌクレオソーム再生は,“DNA複製に必須なタンパク質PCNA(proliferating cell nuclear antigen)”に結合できる“ヒストンシャペロンCAF-1”によってなされるため3),PCNAは間接的に新生鎖のメチル化に関わりうる.親鎖が二本鎖の状態のときに生じた問題2や問題3の損傷は,DNA複製前ならば塩基・ヌクレオチド除去修復により修復される.また問題3において複製型DNAポリメラーゼから損傷乗越えDNAポリメラーゼへの切替えがPCNAを介して行われる4).問題4に関する“複製関連タンパク質Tipinの役割”は次節で紹介する.問題5では“一本鎖DNAに結合するRPA(replication protein A,複製に必須なタンパク質)”を介しチェックポイントが活性化され,“Tipin”や“複製関連タンパク質であるAND-1”がその活性化をさらに促進する5).TipinのRPA結合能力を介したチェックポイント促進効果が示唆される6).問題6に対してはPCNA,Tipin,AND-1が関わり7),リング状のコヒーシンが二つの娘鎖を囲うことで姉妹染色分体が接着する.しかし,複製フォーク通過時にどのようにその接着が成立するのか詳細は不明である.問題7に関しては25年前のCAF-1(ヒストンシャペロン)による娘鎖上へのヌクレオソーム形成の報告以来3),ほとんど研究に進展がない.事実,“親鎖上のヌクレオソームをDNA複製中に解体する機構”や“解体されたヒストン成分を失うことなく娘鎖に引き継ぐ機構”はわかっていない.この状況下,著者らは「親鎖ヌクレオソームの解体にはMCM(minichromosome maintenance protein,複製型DNAヘリカーゼ)と結合するヒストンシャペロンFACTが関与する」ことを示唆した8).問題8のエピジェネティクスの継承(epigenetic inheritance)とDNA複製関連タンパク質との関係については,PCNA9)やDNAポリメラーゼαの変異によりエピジェネティックな状態の継承に破綻が生じる報告があるが,その全体像が解明される状況にはない.

4. Tipinは“千手観音の一つの手”

DNA複製複合体に含まれる因子にTim/Tipin複合体がある(TimとTipinは,それぞれTimelessとTimeless-interacting proteinの略称).TipinがRPAに結合できることはすでに述べたが,最近Tim/Tipin/RPAの三者複合体の電子顕微鏡による構造解析が報告され,Tipinを含めた三者複合体の形がわかり始めている10).本節では,Tipinの問題4~6(図1)および問題9,10における役割に焦点を絞り,図2に模式化した.問題4に関し,抗がん剤カンプトテシンは,DNAトポイソメラーゼIによる一本鎖切断を受けたDNAとの中間体(Top1-ccと呼ばれる)の量を増やす.従来は,“複製フォークがTop1-ccに衝突して形成されたDNA二重鎖切断(DSB)の修復機構”や“DSB誘導性アポトーシス機構の解明”に研究が集中していた.著者らは,Tipinがフォーク前方のTop1-ccの存在を感知し,Top1-ccが前方から消失するまで複製フォークを遅らせる新規な機構の存在を示唆した11)図2).「DNA合成阻害剤はTipin依存的にDNA複製装置を停止させる」という報告12)と著者らの発見を総合すると,TipinはDNA複製前後問題処理時にDNA複製装置の速度を制御しうると想定された.実際,試験管内でTim/Tipin複合体はDNA複製装置の進行を担うMCMヘリカーゼ活性を制御できる13,14).さらに2本の娘鎖の片方のみにde novoにメチル化を導入する(インプリンティング開始)機能がTipinに見いだされた(問題9)15).問題10は問題9までの体細胞分裂時に起こる問題とは異なり,減数分裂時に生じる.減数第一分裂が起こる前のDNA複製で生成した2本の娘鎖の一方にDNA二重鎖切断(DSB)が導入される機構はわかっていなかった.このDSBは減数分裂時に特有の相同染色体の乗換え(DNAレベルでの相同組換え)を誘起する.DNA複製で生成した2本の娘鎖の一方にMer2がリクルートされるとともにTim/Tipin複合体を介してDNA複製フォークにリクルートされたリン酸化酵素がMer2をリン酸化する.“リン酸化されたMer2”を起点にDNA二重鎖切断(DSB)活性を有する酵素がDNA上にリクルートされ,それが娘鎖の一方にDSBを導入することが示されたのである16)図1,2).

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図2 TipinによるDNA複製前後問題の解決

これまでの情報から読者自身に次の想像をしていただきたい.ヒト細胞で,数万に及ぶ数のDNA複製フォークのそれぞれに図1のDNA複製前後問題が同時多発的に生じたとする.細胞はそのすべてをほぼ同時に解決する必要があり,その際に複製の現場で働いているDNA複製関連タンパク質群が,多数の問題を同時に解決する“千手観音”のように機能するのは必然となる.この視点に立てば,Tipinは最低五つの問題を同時に解決(図2)できる“千手観音の一つの手”と捉えられる.今後Tipinを含めたDNA複製関連タンパク質群に,さらなるDNA複製前後問題への解決能力が次々発見されてもまったく驚くにあたらない.

5. おわりに

RNAワールド時代を経て,二本鎖DNAを遺伝物質として採用した原始細胞は,DNA複製機構の発明に加え,DNA複製前後に起こる諸問題も解決した(あるいは進化過程で徐々に解決した)はずである.また進化上の真核細胞の成立時に,“コヒーシンによる姉妹染色分体接着”や“エピジェネティクスの継承”のような真核細胞に特有の問題も解決されたはずである.本稿で紹介した事例から,「解決済問題と未解決問題のいずれにおいても,問題が発生する現場に居合わせているDNA複製関連タンパク質群の直接的・間接的な助けを借りて,問題解決が図られる」という事実が抽出される.このことは,エピジェネティクスの継承のような重要未解明DNA複製前後問題も,将来的にDNA複製関連タンパク質群の役割を含めて包括的に説明されなければならないことを意味している.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

関 政幸(せき まさゆき)

東北薬科大学教授.薬学博士.

略歴

1962年長野県生.84年東大薬卒.89年東大院薬で博士号.89~95年ポスドク(英国Oxford等).95~2012年東北大院薬で助手・講師・助教授・准教授,13年より現職.

研究テーマと抱負

「牛に引かれて善光寺参り」ではないが,これまでDNAヘリカーゼという酵素に引かれてDNA複製・修復・組換えの研究を行ってきた.最近はさらに真核細胞の間で高度に保存されているヒストンの機能について,個々のアミノ酸レベルでの研究を展開している.ヒストンに隠された秘密を一つでも多く解き明かしたいと考えている.

趣味

散策・読書など(つまり特に無い).

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