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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 87(3): 381-384 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870381

みにれびゅうMini Review

糖鎖合成遺伝子GnT-IXの脳特異的な発現メカニズムの解析Mechanism of brain-specific expression of a glycogene, GnT-IX

国立研究開発法人理化学研究所グローバル研究クラスタ理研-マックスプランク連携研究センターシステム糖鎖生物学研究グループ疾患糖鎖研究チームDisease Glycomics Team, Systems Glycobiology Research Group, RIKEN–Max Planck Joint Research Center for Systems Chemical Biology, Global Research Cluster, RIKEN ◇ 〒351-0198 埼玉県和光市広沢2番1号2-1 Hirosawa, Wako-shi, Saitama 351-0198, Japan

発行日:2015年6月25日Published: June 25, 2015
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1. はじめに

糖鎖付加は哺乳動物細胞で最も多くみられるタンパク質翻訳後修飾である.糖鎖の構造はO結合型N-アセチルグルコサミン(O-GlcNAc)単糖のような単純なものからグリコサミノグリカンのような巨大なものまでさまざまであり,糖鎖の機能も多岐にわたる1).本稿で取り上げるO-マンノース糖鎖は,セリン/トレオニンに,マンノースを根元に持つ糖鎖が結合した哺乳類ではまれな糖鎖修飾で(図1),特定のタンパク質にしか起こらない.O-マンノース糖鎖を持つ分子の中で最もよく研究されているのはαジストログリカンと呼ばれる糖タンパク質で,αジストログリカン上のO-マンノース糖鎖の形成不全は重篤な筋ジストロフィーを引き起こすことがよく知られている2)

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図1 O-マンノース糖鎖の構造とGnT-IXによる分岐鎖の生合成

PomT1,2はタンパク質にマンノースを転移する酵素.PomGnT1はマンノースにβ1,2結合でGlcNAcを転移する酵素.PomT1,2とPomGnT1の作用ののち,GnT-IXによってβ1,6GlcNAc分岐が形成される.PomT1,2,PomGnT1をコードする遺伝子の変異は先天性の筋ジストロフィーを発症することが知られる.

一方,O-マンノース糖鎖は筋組織以外にも発現しており,たとえば脳ではO-マンノース糖鎖はαジストログリカン以外の糖タンパク質に結合し,αジストログリカン上のO-マンノース糖鎖とは異なる機能を持つと考えられている.脳のO-マンノース糖鎖は構造的にもユニークであり,根元のマンノースからβ1,6結合で伸びたGlcNAc分岐鎖を持っている(図1).このような構造のO-マンノース糖鎖は他の臓器では検出されない.この脳特異的なGlcNAc分岐の生合成を触媒するのが,本稿のターゲットであるGnT-IX(N-acetylglucosaminyltransferase-IX,別名GnT-Vb)と呼ばれる糖転移酵素である3,4).GnT-IX(Mgat5b遺伝子)の欠損マウスは,薬剤で誘導した脱ミエリン症状が野生型マウスほど強く現れず,アストロサイトの活性化が弱いことから,GnT-IXが合成する分岐型O-マンノース糖鎖は,脳におけるグリア性炎症の制御や脱髄疾患に関わると考えられる5)

興味深いことに,GnT-IXは脳にのみ存在しており,この酵素遺伝子の組織特異的な発現は,O-マンノース糖鎖の分岐が脳にしかみられないこととよく一致する.さらにGnT-IX遺伝子欠損マウスではO-マンノース糖鎖の分岐がほぼ完全に消失している5,6).このことから,GnT-IX遺伝子の発現の有無がこの糖鎖の発現を規定しているといえる.一般に糖鎖は遺伝子の一次産物ではないが,糖鎖の発現はその生合成に関わる糖転移酵素などが鍵になっており,すなわちそれら酵素遺伝子(糖鎖遺伝子)の発現によって制御されている.しかしこれまでの研究では,約200ある糖転移酵素遺伝子のうち,組織特異的な発現メカニズムが明らかにされたものはごく少ない.筆者らはGnT-IXに焦点を絞り,その脳特異的な発現を可能にする分子メカニズムの解明を試みた.

2. GnT-IXプロモーターを活性化する転写因子

まず常法に従って,GnT-IX遺伝子の転写開始部位近傍から上流5 kbpのプローモーター活性をレポーターアッセイによって解析した.その結果,転写開始部位ごく上流の27 bpの領域が転写活性に重要であることが判明した.このシスエレメントに結合しうる転写因子をデータベースで検索し,ゲルシフトアッセイによって候補因子の絞り込みを行った結果,インスレーターとして知られるCTCF(CCCTC-binding factor)と神経細胞分化に関わるNeuroD1という二つの核タンパク質を見いだした.同定したエンハンサー領域に対するこれら二つの転写因子の結合は,クロマチン免疫沈降法(ChIPアッセイ)によっても確認され,その結合は脳において強いことがわかった.また,これらの因子を神経芽腫細胞(neuroblastoma)でノックダウンすると内在性のGnT-IX mRNAの発現量が減少したことから,これら二つの転写因子はin vivoでGnT-IXプロモーターに結合して遺伝子発現を正に調節していることが明らかになった7)

一方,これらの転写因子を3T3-L1細胞など,本来GnT-IX遺伝子を発現しない線維芽細胞に強制発現させても,神経系の細胞でみられるようなGnT-IX遺伝子の発現上昇は確認できなかった7).このことから,これら転写因子はGnT-IX遺伝子を活性化するものの,それだけでは不十分で,遺伝子発現の活性化にはさらなる因子が必要であることが示唆された.

3. 脳特異的なヒストン修飾によるGnT-IX遺伝子の制御

CTCFとNeuroD1がGnT-IX遺伝子を活性化させるのに必要な因子としてエピジェネティクスによるクロマチンの制御が考えられた.エピジェネティクスによるDNA配列の変化を伴わない遺伝子発現制御の重要性は周知の事実であるが,糖鎖関連遺伝子のエピジェネティックな制御機構については不明な点が多い.事実,3T3-L1細胞をヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤のトリコスタチンA(TSA)で処理すると,それまで発現の認められなかったGnT-IX遺伝子の発現が誘導され,そのときのCTCFのGnT-IXプロモーターへの結合量は大きく上昇した.またGnT-IXの発現する臓器とそれ以外の臓器とでは,GnT-IX遺伝子のエンハンサーと転写開始部位付近のヒストン修飾状態がまったく異なっていた.一方DNAのメチル化阻害剤の添加ではGnT-IXの発現誘導はほとんどみられず,またGnT-IX遺伝子を発現しない臓器でもCpGアイランドのメチル化はほとんど起きていなかったことから,DNAのメチル化は生理的なGnT-IX遺伝子の発現制御にはあまり寄与していないと考えられた.これらのことから,ヒストンのアセチル化によるクロマチンの活性化が脳特異的なGnT-IX遺伝子の発現の鍵であり,その後に転写活性化因子のエンハンサーへの結合によって転写が促進されると考えられる(図27)

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図2 クロマチン活性化によるGnT-IX遺伝子の制御

GnT-IXが発現する神経系の細胞(上)では,GnT-IX遺伝子の転写開始部位付近のクロマチンが活性化され,ヒストンがH3K9Ac(ヒストンH3の9番目のリシン残基のアセチル化)などの特徴的な修飾を受けている.これによりCTCF,NeuroD1がプロモーターに結合することでGnT-IX mRNAの転写が活性化される.一方GnT-IXを発現しない細胞(下)では,ヒストンがH3K27me3(ヒストンH3の27番目のリシン残基のトリメチル化)などの修飾を受け,クロマチンが抑制されている.Kizuka, Y., et al. (2011) J. Biol. Chem., 286, 31337–31346より改変.

4. GnT-IX遺伝子のヒストンを修飾する因子の同定

次に,GnT-IX遺伝子のクロマチン活性化がどのように組織特異的に制御されているのか,そのメカニズムの探索を試みた.GnT-IX遺伝子はHDAC阻害剤であるTSAで誘導され,その誘導は他のGnT遺伝子等では観察されないことから,GnT-IX遺伝子は特異的にHDACによって抑制されうると考えられた.哺乳類ではHDAC1からHDAC11までのHDACが知られているが,その機能の特異性はあまりよくわかっていない8).そこで11種類のHDACをGnT-IX遺伝子を内在的に発現するneuroblastomaに一つずつ強制発現させたところ,HDAC11によってGnT-IX遺伝子の発現が抑制されることがわかった.逆にHDAC11のノックダウンによりGnT-IX遺伝子の発現レベルとヒストンアセチル化の亢進がみられた.またこれらの効果はユビキタスに発現する糖転移酵素であるFut8遺伝子ではほとんどみられないことから,HDAC11はヒストンの脱アセチル化を通してGnT-IX遺伝子のクロマチンを選択的に抑制する因子であると考えられた9)

次に,GnT-IX遺伝子のクロマチンを活性化する因子の探索を試みた.そこで注目したのがクロマチンのO-GlcNAc修飾である.O-GlcNAcは細胞質,核内で起こる糖修飾として近年注目を集めており,ヒストン上のO-GlcNAcが遺伝子の転写を調節することが明らかにされている.さらに種々のエピゲノム因子もO-GlcNAcによって機能調節されていることから,エピジェネティックな遺伝子の発現調節にきわめて重要な役割を果たす糖修飾であるといえる10).最近,O-GlcNAcを生合成するO-GlcNAc転移酵素(OGT)が,TETと呼ばれるメチルシトシン水酸化酵素と複合体を形成することでクロマチンに局在することが明らかにされた11).そこで,これらエピゲノム因子がGnT-IX遺伝子のクロマチン制御に関わるかどうかを調べた.TETはTET1, 2, 3の三つの分子からなるファミリーであるが,そのうちTET3のノックダウンによってGnT-IX遺伝子の発現が特異的に抑制されることがわかった.さらにTET3がOGTと複合体を形成していること,OGTのノックダウンによっても同様にGnT-IX遺伝子の発現が抑制されることが確認された.さらに,これらの因子をノックダウンすると,NeuroD1のGnT-IXプロモーターへの結合と転写活性化効果が低下することがわかった.またOGTのChIPアッセイにより,OGTのGnT-IXプロモーターへの結合は脳特異的であることも明らかになった.これらのことから,脳ではOGT-TET3複合体によってGnT-IX遺伝子のクロマチンが活性化され,その結果NeuroD1がGnT-IXプロモーターへ結合しやすくなり,転写が活性化されていると考えられる(図39)

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図3 GnT-IX遺伝子のHDAC11によるクロマチンの抑制とOGT-TET3複合体による活性化

GnT-IXが発現していない細胞では,HDAC11によりGnT-IX遺伝子のヒストンが脱アセチル化され,GnT-IX mRNAの転写が抑制されている.GnT-IX遺伝子のDNAに結合したTET3はOGT(O-GlcNAc転移酵素)をリクルートし,複合体を形成してGnT-IXクロマチンにO-GlcNAc修飾を起こす.これによりクロマチンが活性化し,NeuroD1などの転写因子がプロモーターに結合してGnT-IX mRNAの転写を活性化する.Kizuka, Y., et al. (2014) J. Biol. Chem., 289, 11253–11261より改変.

5. おわりに

本研究により,脳特異的な糖転移酵素遺伝子の一つ,GnT-IXの発現制御機構が明らかになりつつある.一方他の糖転移酵素遺伝子に関しては組織特異的な制御やエピジェネティックな制御についてあまり明らかにされていない.また,miRNAなど他のエピゲノム因子による糖鎖発現制御もまだほとんど明らかにされておらず,興味深いトピックである.糖鎖の発現はがんを含むさまざまな疾患で変化することがよく知られているが,その分子機構・機能的な意義についてはいまだに不明な点が多い.今後さらなる解析によってさまざまな糖鎖の発現制御機構が明らかにされ,疾患の発症過程における糖鎖発現変化の意味が解明されることを期待している.

謝辞Acknowledgments

本研究は理化学研究所システム糖鎖生物学研究グループ疾患糖鎖研究チームで行ったものです.研究を遂行するにあたり終始御指導いただきましたグループディレクターの谷口直之先生,副チームリーダーの北爪しのぶ先生に深く感謝致します.また数多くのご助言をいただきました理化学研究所ケミカルゲノミクス研究グループディレクターの吉田稔先生に感謝致します.

著者紹介Author Profile

木塚 康彦(きずか やすひこ)

理化学研究所疾患糖鎖研究チーム基礎科学特別研究員.博士(薬学).

略歴

2004年京都大学薬学部卒業.09年同大学院薬学研究科博士課程修了.同年4月より理化学研究所疾患糖鎖研究チーム特別研究員.12年10月より現職.

研究テーマと抱負

動物細胞がいかにして複雑な糖鎖を作りあげるのか,そして個々の糖鎖がどのようにして物理的に機能しているのか,糖鎖が関わる生命現象の全てに興味を持って研究しています.

ウェブサイト

http://www.riken.jp/research/labs/grc/riken_max_planck/sys_glycobiol/dis_glycomics/

趣味

フットサル,読書.

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