Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 87(3): 389-392 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870389

みにれびゅうMini Review

CD133シグナルにおけるチロシンリン酸化の意義The role of tyrosine phosphorylation of cancer stem cell marker CD133 in malignant tumor progression

1千葉県がんセンター研究所発がん研究グループDNA損傷シグナル研究室Division of DNA Damage Signaling, Carcinogenesis Research Group, Chiba Cancer Center Research Institute (CCCRI) ◇ 〒260-8717 千葉県千葉市中央区仁戸名町666番地の2666-2 Nitona-cho, Chuo-ku, Chiba-shi, Chiba 260-8717 Japan

2千葉県がんセンター研究所がん治療開発グループがん遺伝創薬研究室Division of Cancer Genetics, Cancer Therapeutic Group, Chiba Cancer Center Research Institute (CCCRI) ◇ 〒260-8717 千葉県千葉市中央区仁戸名町666番地の2666-2 Nitona-cho, Chuo-ku, Chiba-shi, Chiba 260-8717 Japan

発行日:2015年6月25日Published: June 25, 2015
HTMLPDFEPUB3

1. はじめに

長年にわたる発がん研究の成果から,がんは,遺伝子変異の蓄積などに起因する細胞周期や細胞死の制御機構が破たんした正常細胞から生じることが明らかにされた.それゆえに,がん組織は増殖の旺盛な単一クローン細胞から構成されると考えられてきた.ところが,実際のがん組織は組織幹細胞に類似した「がん幹細胞」を中心とする階層性を有し,不均一な細胞の集団となっていた1).この「がん幹細胞」は治療抵抗性を示すことから,がんの再発ならびに転移にも深く関わっていると考えられている2).したがって,がん幹細胞の細胞生物学的特性を明らかにすることは,がんの発生および進展過程の理解のみならず,難治性がんの克服に向けた新たな治療開発への発展が期待される.

さまざまながん種においてがん幹細胞が探索される中で,細胞膜タンパク質の一つであるCD133はがん幹細胞を同定しうるマーカー分子の有力な候補の一つである.しかし,CD133のがん幹細胞での機能には不明な点が多く残されている.本稿ではがん幹細胞マーカー分子CD133のがん進展における機能とその制御機構について,筆者らの最近の知見を中心に紹介したい.

2. がん幹細胞マーカー分子CD133

CD133(Prominin-1)は,骨髄に存在するCD34陽性細胞を認識するマウスモノクローナル抗体AC133が認識する抗原として同定された五つの細胞膜貫通ドメインを持つ細胞膜タンパク質である(図1A).さらに,CD133陽性(CD133+)の骨髄細胞はさまざまな血球細胞に分化したことから,CD133+骨髄細胞は造血幹細胞そのものであり,CD133はその新たなマーカー分子であることが示された3).その後の研究から,CD133はヒト第4染色体(4p15.32)に座位するPROM1遺伝子にコードされ,当該遺伝子のミスセンス変異の有無と家族性網膜変性症との関連が報告された4).この形質はCD133ノックアウトマウスにおいても観察されたことから,網膜組織の維持はCD133の生理的機能の一つであることが示された5)CD133 mRNA発現は,脳,網膜,心臓,肺,腎臓,肝臓,小腸,大腸,ならびに胎盤などでも検出され,たとえば,マウス小腸陰窩底部に局在するCD133+ Lgr5陽性腸上皮幹細胞は,微絨毛を構成するさまざまな腸上皮細胞に分化する.興味深いことに,当該細胞のWnt/β-catenin経路を実験的に活性化させると細胞系譜を同一にする腫瘍組織の発生が認められた6).すなわち,微絨毛陰窩底部のCD133+細胞は腸上皮幹細胞であると同時に,大腸がんの発生母所である可能性が示唆されたことになる.一方,さまざまながん組織においてもCD133の発現は検出されており,たとえば,神経膠腫組織に含まれるごく少数のCD133+細胞亜集団は,高い腫瘍形成能に加えて分化能および放射線治療抵抗性を有することが報告された7).したがって,正常組織の幹細胞と同様に,CD133はがん幹細胞の有力なマーカー分子の一つである可能性が想定される.

Journal of Japanese Biochemical Society 87(3): 389-392 (2015)

図1 CD133からのシグナル伝達経路

(A)CD133は五つの細胞膜貫通ドメインを持つⅠ型細胞膜タンパク質である.三つの細胞内ドメインと三つの細胞外ドメインから構成され,そのアミノ末端(N)は細胞外に存在し,カルボキシ末端(C)は細胞内に存在する.CD133はホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)/AKT経路あるいはp38MAPKを介して細胞増殖を促進し,あるいは細胞分化ならびに細胞死を抑制する.(B)ヒストン脱アセチル化酵素6(HDAC6)は細胞膜直下でCD133と相互作用して分解代謝の抑制に作用する.さらに,CD133はHDAC6およびβ-cateninと相互作用し,β-cateninの安定化に寄与することで細胞増殖を促進する.

3. CD133からのシグナル伝達経路

腫瘍組織から分離されたCD133+腫瘍細胞は,CD133陰性(CD133)腫瘍細胞と比較して,がん幹細胞様の性質を示すことが報告されている8).それでは,CD133はどのような仕組みを介して腫瘍細胞にがん幹細胞様の性質を賦与するのだろうか.Maらは,セルソーターを用いてヒト肝芽腫由来細胞株からCD133+細胞あるいはCD133細胞を分離し,さまざまな観点で両者を比較検討した.その結果,抗がん剤に対する感受性の低下を示したCD133+細胞では,AKTの活性化およびBadの不活性化につながるリン酸化レベルの亢進に加えて,Bcl-2の発現量の上昇が観察された(図1A9).しかし,セルソーターによって分離されたCD133の発現量が異なる腫瘍細胞の性質を比較検討しても,CD133の機能とは独立した性質を検証している可能性を排除することはできない.そこで次に筆者らはshRNAを用いたノックダウンによってCD133の機能解析を試みた.その結果,ヒト神経芽腫由来細胞株において,CD133は細胞増殖能および免疫不全マウスにおける腫瘍形成能の増強に関与し,加えてAKTおよびp38MAPKのリン酸化の誘導を介して,神経芽腫細胞の分化を制御していることが明らかになった(図1A10).一方,Makらは,独自に開発した酵母ツーハイブリッド法を用いて細胞膜直下でCD133と結合するタンパク質を探索し,その候補の一つとしてヒストン脱アセチル化酵素6(HDAC6)を同定した.彼らの実験結果によれば,HDAC6と結合したCD133はエンドソーム・リソソームへの移行が阻害され,その分解が抑制された.さらに,CD133はHDAC6に加えてβ-cateninとも相互作用し,β-cateninの安定化に伴う転写調節能の活性化を促進することによって,腫瘍細胞の細胞増殖能および腫瘍形成能を亢進させることも明らかになった(図1B11).以上の実験結果から,CD133はp38MAPK,AKTおよびβ-cateninの機能制御を介して,腫瘍細胞の生存ならびに増殖を促進する役割を担う可能性が示された.

4. CD133のチロシンリン酸化の意義

腫瘍の進展を促進するCD133の機能が明らかになったことから,次の研究課題として,CD133が前述した増殖シグナルを活性化する分子機構に興味が持たれる.Boivinらは,ヒト髄芽腫由来細胞においてCD133が,カルボキシ末端部の細胞内ドメインに存在する828番目(Y828)と852番目(Y852)のチロシン残基でリン酸化による化学修飾を受けていることを見いだし,その反応をSrcファミリーキナーゼ(SrcとFyn)が触媒することを示した(図2A).また,彼らはこの報告の中で,そのリン酸化されたY828周辺のアミノ酸配列は多くのアダプター分子に認められるSH2ドメインと相互作用しうる可能性を指摘した12).さらにWeiらはヒト神経膠腫組織から樹立した腫瘍細胞株を用い,PI3Kの調節サブユニットでありSH2ドメインを持つPI3Kp85がリン酸化されたY828と結合し,その下流のシグナル伝達経路を活性化することが明らかにした(図2A).この研究においてWeiらはリン酸化Y828を含むCD133に対する抗体を独自に作製したが,この抗体はヒト神経膠腫検体中のリン酸化CD133を検出し,また,興味深いことに,ヒト神経膠腫の病態の進展に伴いCD133のリン酸化レベルが上昇することが報告された13)

Journal of Japanese Biochemical Society 87(3): 389-392 (2015)

図2 CD133リン酸化による下流シグナルの活性化制御

(A)CD133の828番目と852番目のチロシン残基(Y828およびY852)はSrcによってリン酸化される.PI3Kp85調節サブユニットはリン酸化されたY828と結合してPI3Kの活性を高める.その結果,AKTの活性が誘導され,がんの進展につながることが示唆されている.また,上皮増殖因子(EGF)刺激はCD133リン酸化を上昇させる引き金の一つである.(B)受容体型タンパク質チロシン脱リン酸化酵素κ(PTPRK)はCD133と相互作用し,カルボキシ末端の二つのチロシン残基を脱リン酸化する.

一方で,筆者らはヒト大腸がん細胞においてEGF刺激がCD133のリン酸化を誘導することを見いだした.さらに,ヒト大腸がん由来細胞株に野生型CD133を強制発現させた結果,AKTのリン酸化,がん幹細胞の形質の一つとして注目されているスフェア形成能および異種移植腫瘍形成の増強が認められた.そこで,Y828とY852のリン酸化を模倣するグルタミン酸に置換した変異体を作製したところ,CD133に依存的なAKTのリン酸化,スフェア形成能および異種移植腫瘍形成はすべて増強される結果となった.一方,当該チロシン残基をフェニルアラニンに置換した非リン酸化体のCD133では上記のCD133依存的な細胞の挙動はすべて抑制される結果となった.これらの実験結果から,CD133のチロシンリン酸化はPI3K/AKTシグナル経路の活性化を引き起こし,さらに腫瘍細胞の生存や腫瘍形成の促進に貢献することが示唆された(図2A14)

5. 受容体型タンパク質チロシン脱リン酸化酵素κ(PTPRK)によるCD133の機能制御

前述したように,CD133のリン酸化はがんの進展に密接に関与する可能性が示唆される.したがって,その制御機構の解明はがん治療の開発研究を進める上でも重要な課題である.そこで,筆者らも酵母ツーハイブリッド法を用いてCD133からのシグナル伝達に重要な細胞内ドメインに結合するタンパク質を探索し,その候補の一つとして受容体型タンパク質チロシン脱リン酸化酵素κ(PTPRK/R-PTPκ)を同定した.PTPRKは非共有結合によって会合したヘテロ二量体として細胞膜上に発現し,標的タンパク質に含まれるリン酸化チロシンの脱リン酸化反応を触媒する.また,細胞外ドメインとなるPTPRKのE-サブユニットは細胞間接着に作用し,一方で細胞内ドメインとなるP-サブユニットはホスファターゼドメインを含み酵素活性を発揮する.実際にin vitroでの実験条件下において,PTPRKはP-サブユニットを介してCD133の細胞内ドメインと結合し,CD133のY828とY852の両者を脱リン酸化することが明らかになった(図2B).したがって,PTPRKはCD133の脱リン酸化を介してその機能を抑制的に制御している可能性が示唆された.そこで,筆者らはヒト大腸がん組織中における遺伝子発現の網羅的解析結果と当該患者の臨床情報をもとに,CD133およびPTPRKの発現量と大腸がん患者の予後を調べた.その結果,CD133の発現量が高い患者群では,PTPRKの発現量が高い患者の無再発生存期間(RFS)はPTPRK低発現群に比べて有意に長かった.一方,CD133の発現量が低いグループでは,PTPRKの発現量はRFSの長さに影響を与えなかった.したがって,CD133陽性腫瘍細胞においてPTPRKは腫瘍の進展を抑制する機能を有することが示唆された14)

6. おわりに

本稿では,腫瘍細胞におけるCD133の機能およびそのシグナル伝達経路,ならびに大腸がんの進展におけるCD133/PTPRK経路の意義を概説した.CD133のリン酸化は腫瘍細胞の増殖につながる下流シグナル活性化の起点になることから,その制御機構の解明はCD133に起因するがん幹細胞性の理解につながる重要な研究課題であると考えられる.ところが,CD133をリン酸化するSrcは,他方でCD133自身によって活性化されるという報告もある15).EGFはSrcも活性化するので,CD133のリン酸化における両者の役割については,EGF以外のCD133リン酸化誘導因子の同定,あるいはCD133からp38MAPKの活性化につながる分子機序の解明も含めて,今後の詳細な検討が望まれる(図3).一方,PTPRKの基質タンパク質としても知られるEGF,Src,β-cateninならびにCD133はそれぞれがんの進展に重要な機能を担っている.したがって,PTPRKがこれらの制御における中心的な調節因子となっている可能性も考えられ,それらの相互作用および制御の解析は精力的に議論されるべき今後の課題として,当該研究のさらなる進展が期待される(図3).

Journal of Japanese Biochemical Society 87(3): 389-392 (2015)

図3 PTPRKによるCD133依存的細胞増殖の抑制と今後の課題

謝辞Acknowledgments

本稿の執筆にあたりご協力をいただいた東邦大学理学部生物分子科学科・松下雅司氏,ならびに千葉県がんセンター研究所DNA損傷シグナル研究室およびがん遺伝創薬研究室に所属する皆様に御礼申し上げます.

引用文献References

1) Reya, T., Morrison, S.J., Clarke, M.F., & Weissman, I.L. (2001) Nature, 414, 105–111.

2) Dean, M., Fojo, T., & Bates, S. (2005) Nat. Rev. Cancer, 5, 275–284.

3) Yin, A.H., Miraglia, S., Zanjani, E.D., Almeida-Porada, G., Ogawa, M., Leary, A.G., Olweus, J., Kearney, J., & Buck, D.W. (1997) Blood, 90, 5002–5012.

4) Zhang, Q., Zulfiqar, F., Xiao, X., Riazuddin, S.A., Ahmad, Z., Caruso, R., MacDonald, I., Sieving, P., Riazuddin, S., & Hejtmancik, J.F. (2007) Hum. Genet., 122, 293–299.

5) Zacchigna, S., Oh, H., Wilsch-Brauninger, M., Missol-Kolka, E., Jaszai, J., Jansen, S., Tanimoto, N., Tonagel, F., Seeliger, M., Huttner, W.B., Corbeil, D., Dewerchin, M., Vinckier, S., Moons, L., & Carmeliet, P. (2009) J. Neurosci., 29, 2297–2308.

6) Zhu, L., Gibson, P., Currle, D.S., Tong, Y., Richardson, R.J., Bayazitov, I.T., Poppleton, H., Zakharenko, S., Ellison, D.W., & Gilbertson, R.J. (2009) Nature, 457, 603–607.

7) Bao, S., Wu, Q., McLendon, R.E., Hao, Y., Shi, Q., Hjelmeland, A.B., Dewhirst, M.W., Bigner, D.D., & Rich, J.N. (2006) Nature, 444, 756–760.

8) Vermeulen, L., Todaro, M., de Sousa Mello, F., Sprick, M.R., Kemper, K., Perez Alea, M., Richel, D.J., Stassi, G., & Medema, J.P. (2008) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 105, 13427–13432.

9) Ma, S., Lee, T.K., Zheng, B.J., Chan, K.W., & Guan, X.Y. (2008) Oncogene, 27, 1749–1758.

10) Takenobu, H., Shimozato, O., Nakamura, T., Ochiai, H., Yamaguchi, Y., Ohira, M., Nakagawara, A., & Kamijo, T. (2011) Oncogene, 30, 97–105.

11) Mak, A.B., Nixon, A.M., Kittanakom, S., Stewart, J.M., Chen, G.I., Curak, J., Gingras, A.C., Mazitschek, R., Neel, B.G., Stagljar, I., & Moffat, J. (2012) Cell Reports, 2, 951–963.

12) Boivin, D., Labbe, D., Fontaine, N., Lamy, S., Beaulieu, E., Gingras, D., & Beliveau, R. (2009) Biochemistry, 48, 3998–4007.

13) Wei, Y., Jiang, Y., Zou, F., Liu, Y., Wang, S., Xu, N., Xu, W., Cui, C., Xing, Y., Liu, Y., Cao, B., Liu, C., Wu, G., Ao, H., Zhang, X., & Jiang, J. (2013) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 110, 6829–6834.

14) Shimozato, O., Waraya, M., Nakashima, K., Souda, H., Takiguchi, N., Yamamoto, H., Takenobu, H., Uehara, H., Ikeda, E., Matsushita, S., Kubo, N., Nakagawara, A., Ozaki, T., & Kamijo, T. (2014) Oncogene, in press.

15) Chen, Y.S., Wu, M.J., Huang, C.Y., Lin, S.C., Chuang, T.H., Yu, C.C., & Lo, J.F. (2011) PLoS ONE, 6, e28053.

著者紹介Author Profile

下里 修(しもざと おさむ)

千葉県がんセンター研究所DNA損傷シグナル研究室上席研究員.博士(医学)

略歴

1971年神奈川県に生る.93年東邦大学理学部生物分子科学科卒業.99年順天堂大学大学院医学研究科修了.99年米国留学(Lab. Experimental Immunology, NCI-Frederick).2001年より現職.

研究テーマと抱負

「がん幹細胞」をキーワードとして,腫瘍細胞が治療抵抗性を獲得する分子機構を明らかにしたいと考えています.さらに,その成果に基づいた新しいがん治療法の開発を目指しています.

ウェブサイト

http://www.pref.chiba.lg.jp/gan/kenkyujo/soshiki/dnasonsho/index.html

趣味

剣道.サッカー.

This page was created on 2015-04-30T18:39:06.367+09:00
This page was last modified on 2015-06-22T13:33:07.205+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。