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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 87(4): 422-427 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870422

総説Review

細胞膜リン脂質のスクランブル機構Mechanisms of phospholipid scrambling on plasma membrane

大阪大学免疫学フロンティア研究センター免疫グループ免疫・生化学研究室Laboratory of Biochemistry and Immunology, Immunology Group, Immunology Frontier Research Center, Osaka University ◇ 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘3番1号3-1 Yamadaoka, Suita-shi, Osaka 565-0871, Japan

発行日:2015年8月25日Published: August 25, 2015
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生体膜を構成するリン脂質は非対称性を有しており,ホスファチジルセリン(PtdSer)は主に細胞膜の内側に,ホスファチジルコリン(PtdCho)は主に細胞膜の外側に位置している.しかしながらこの非対称性は生体内においてさまざまな局面で崩壊しPtdSerは細胞表面に露出する.血小板において表面に露出したPtdSerは凝固反応を促進するための足場として機能し,死細胞において露出したPtdSerは食細胞に貪食されるためのシグナルとして機能する.PtdSerの細胞表面への露出過程には,リン脂質を区別なく双方向に輸送する(スクランブルする)タンパク質が関わるとされていたがその分子的実体については不明であった.本稿では,最近明らかとなってきたリン脂質のスクランブルを担うタンパク質の機能について概説したい.

1. はじめに

真核生物において細胞膜を構成するリン脂質は非対称性を有しており,ホスファチジルセリン(PtdSer)やホスファチジルエタノールアミン(PtdEtn)は主に細胞膜の内側に,ホスファチジルコリン(PtdCho)やスフィンゴミエリン(SM)は主に細胞膜の外側に位置している.なかでもアミノリン脂質であるPtdSerやPtdEtnの細胞膜内側への移行にはATP依存的なフリッパーゼが関わるとされており,エネルギーを用いてこれらの脂質の非対称性を維持している1).一方で生体内においてこの非対称性はさまざまな局面で崩壊し,PtdSerは細胞表面に露出する.たとえば,出血時において血管内皮細胞が傷つき基底膜のコラーゲンが露出すると,その部位に集まってきた血小板が活性化し,PtdSerを露出する2).細胞表面に露出したPtdSerは血液凝固因子が活性化するための足場として機能し,止血反応において重要な役割を担っている.一方,細胞がアポトーシスなどにより死滅した場合にもPtdSerが細胞表面に露出する.この場合,PtdSerはマクロファージなどの食細胞に認識,貪食されるための“eat-me signal”として機能する3).その他にも赤芽球から脱核した核が貪食されるとき,リンパ球が活性化したときなどにPtdSerが露出することが知られている4,5).PtdSerが露出する際に,細胞内カルシウムレベルが上昇し,通常は外側に存在するPtdChoが細胞膜の内側に取り込まれることから,リン脂質を区別なく双方向に輸送するカルシウム依存的なスクランブラーゼの存在が古くから仮定されてきた(図1).しかしながらその分子的実体はまったくわかっていなかったことから,筆者はリン脂質のスクランブルに関わるタンパク質,特にアポトーシス時のPtdSerの露出に関わるタンパク質を同定することを目的として研究を進めた.

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図1 リン脂質スクランブル

ホスファチジルセリン(赤)とホスファチジルコリン(青)はスクランブラーゼ(緑)によって区別なく双方向に輸送される.

2. カルシウムの関与

これまでの研究においてアポトーシス時のPtdSerの露出に細胞内カルシウムの上昇が必要であると報告されている.そこでまずこの結果が追試できるのかを調べることから始めた.T細胞株であるWR19L細胞にFasを発現させた細胞をFasリガンドで刺激すると1時間程度で細胞はアポトーシスを起こしPtdSerを露出する.このとき,細胞外カルシウムをEGTAによりキレートする,もしくは細胞内カルシウムをBAPTA-AMでキレートすると,細胞は死滅するもののPtdSerを露出できないことがわかった.つまり,アポトーシス時には細胞外から細胞内にカルシウムが流入しPtdSerの露出を制御していると考えられた.次に,PtdSerの露出におけるカルシウムの一般性を調べるために,薬剤刺激によるPtdSer露出,具体的にはN-エチルマレイミド(NEM)によって誘導されるPtdSerの露出を調べた.WR19L細胞をNEMで刺激すると10分程度でPtdSerが露出するが,細胞内カルシウムをBAPTA-AMでキレートするとPtdSerの露出が完全に抑えられることがわかった.しかしながらこのとき,細胞内ATPレベルが減少しフリッパーゼ活性が減少していた.そこで次に,カルシウムレベルの上昇のみでPtdSerが露出するか調べた.細胞内カルシウムを上昇させるためにカルシウムイオノフォアA23187を用いたところ,5分以内にすべての細胞がPtdSerを露出したが15分もするとこれらの細胞は破裂して死んでしまった.一方で,細胞外カルシウムがない条件でA23187を作用させたところ,15分以内にすべての細胞がPtdSerを露出したが,これらの細胞は破裂することはなかった.そこでこれらの細胞は生きたままPtdSerを露出しているのではないかと考え,一晩カルシウムがない培地で培養したところ,次の日にはすべての細胞が露出したPtdSerを内側に局在させ増殖していた.つまり,死んだ細胞がPtdSerを露出するということに注目して始めた研究であったが,「生きた細胞が一過的にPtdSerを露出する」ことを見いだしたのである.これはPtdSerの露出を細胞の死と切り離して考えることができることを示している.また,分子同定を行うためには細胞が生きているほうが圧倒的に簡便であり,PtdSerを露出した細胞が生きていることに注目して研究を進めることにした.

3. PtdSerを露出しやすい細胞の樹立

最初に考えたのは,PtdSerを露出しやすい細胞を樹立することである.そのような細胞ではPtdSerの露出に関与する遺伝子の発現量が上昇していると予想され,遺伝子同定が比較的容易になるのではないかと考えたためである.ここでは3日で100倍に増殖するB細胞株のBa/F3細胞を用いた.Ba/F3細胞を細胞外カルシウムがない条件で1 µMのA23187で処理するとPtdSerが露出する.このとき,PtdSerを強く露出している上位5%の細胞をフローサイトメーターによりソーティングした.一晩カルシウムを含まない培地で培養したのち,カルシウムを含む通常の培地に交換し1週間程度培養した.その後,A23187で再度刺激してPtdSerを強く露出する細胞をソーティングした.この操作をA23187の濃度を段階的に下げながら19回,半年にわたって繰り返すと,親細胞ではPtdSerを露出できない125 nMのA23187で刺激したときにPtdSerを強く露出する細胞(PS19細胞)を得ることができた(図2).それではこの細胞にどのような変化が起こったのだろうか? フリッパーゼ活性が減少している可能性とスクランブラーゼ活性が上昇している可能性が考えられた.そこでどちらの可能性が正しいかを調べるために親細胞とPS19細胞をポリエチレングリコールによって融合させたのち,A23187による刺激を行った.すると融合細胞がPS19細胞と同様に強くPtdSerを露出したことから,形質としてはPS19細胞の方が優性であり,すなわちスクランブラーゼ活性が上昇していると考えられた.そこでPS19細胞からスクランブラーゼを同定するためにcDNAライブラリーを用いた発現クローニングを行うことにした.PS19細胞よりmRNAを調製後,cDNAを作製し,その後1~2.5 kbpのサイズの小さいライブラリーと2.5~6 kbpのサイズの大きいライブラリーを調製し,レトロウイルスベクターに組み込んだ.そしてスクランブラーゼは分子量が大きいだろうという想定の下,2.5~6 kbpのcDNAライブラリーを親細胞に感染させ,低濃度のA23187(125 nM)で刺激したのち,PtdSerを強く露出した細胞をソーティングした.すると,この操作を4回繰り返したところで,すべての細胞が何も刺激しなくともPtdSerを構成的に露出することがわかった.これらの細胞は生きており問題なく増殖する.それでは,この細胞にどのようなcDNAが導入されたのであろうか?

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図2 PtdSer露出細胞の樹立

(A)細胞外カルシウムがない条件でA23187処理後,PtdSerを強く露出した細胞をフローサイトメトリーを用いてソーティング.カルシウムフリー培地で一晩培養後,通常培地で1週間培養し再びA23187処理.この過程を19回繰り返す.(B)親細胞(PS0)と19回ソーティングを行った細胞(PS19)を125 nMのA23187で処理後,PtdSer結合タンパク質のAnnexinVでPtdSerの露出を観察した.

4. TMEM16Fの同定

PtdSerを恒常的に露出する細胞よりゲノムDNAを調製し,組み込まれたcDNAをPCRにより増幅後,塩基配列を読むと8回膜貫通タンパク質で機能未知のTMEM16Fであることがわかった.また興味深いことに,得られたcDNAには点変異が導入されており,409番目のアスパラギン酸がグリシンに置換していた.そこでこのD409G変異体を細胞に発現させたところ,恒常的にPtdSerが露出することを確認できた.一方で野生型のTMEM16Fに関しては,過剰発現させたのみではPtdSerを露出しなかったが,カルシウムで刺激したときのPtdSerの露出を助長した.以上よりD409G変異体は,機能獲得変異体であると結論づけた.スクランブラーゼはPtdSerだけでなく他のリン脂質も動かすことが知られている.そこでD409G変異体を発現する細胞において,通常は細胞膜の内側に存在するPtdEtnの挙動を京都大学化学研究所の梅田真郷博士より提供いただいたPtdEtn検出ペプチド6)を用いて調べたところ,PtdEtnも構成的に細胞膜外側に露出している様子が観察された.次に通常は外側に多く存在しているPtdChoやSMが細胞膜内側に取り込まれるのかを調べるために,蛍光標識したPtdChoやSM(NBD-PtdCho, NBD-SM)を細胞外から加えたところ,D409G変異体を発現する細胞においてはこれらの脂質が刺激なしに取り込まれることがわかった.同様のリン脂質の輸送は,野生型TMEM16Fを過剰発現した細胞においてカルシウム刺激されたときに助長され,ノックダウンした細胞においては抑制された.以上の結果より,TMEM16Fをスクランブラーゼそのもの,もしくはその構成要素の一つとして結論づけた.それではその生理的役割は何なのだろうか? PtdSerの露出に異常を来す遺伝病としてスコット症候群が知られている.この患者においては,出血時に血小板においてPtdSerが露出できないことにより止血反応が効率よく進まず出血が重症化する.またこの患者においては,リンパ球もカルシウムで刺激したときのPtdSerの露出に異常を来すことが知られていた.現茨城県立病院の小島寛博士がアメリカに留学中にPeter Sims博士の研究室でスコット症候群の患者,そして両親のリンパ球細胞を不死化していたことを知り,その細胞をアメリカより送っていただき解析を行った7).すると患者の両親の細胞においてはカルシウム刺激後速やかにPtdSerを露出したが,患者の細胞においてはPtdSerの露出が完全に抑制された.そこでこれらの細胞よりmRNAを調製し,TMEM16Fについて調べたところ,患者のmRNAはサイズが短くエクソン13が欠損していることがわかった.そこで今度はゲノムDNAを調製してTMEM16Fについて調べたところ,エクソン13のスプライシングアクセプターに点変異が挿入されておりスプライシングに異常を来すことがわかった.つまりスコット症候群の患者においてはTMEM16Fが機能不全になることでPtdSerの露出ができないと結論づけた8).その後,ヨーロッパのグループもスコット症候群の別の患者においてTMEM16Fの異なる変異を見いだしている9)

5. TMEM16ファミリーの解析

それではTMEM16Fはアポトーシス時のPtdSerの露出に関与しているのだろうか? この問題をはっきりさせるために,TMEM16Fノックアウトマウスを作製し,それより調製した胎仔T細胞を不死化した.カルシウム刺激によるPtdSerの露出は,TMEM16Fを欠損させることにより完全に抑制されたが,アポトーシス時のPtdSerの露出にはまったく影響がなかった10).いくつかの可能性が考えられたが,TMEM16Fは10個のメンバーよりなるTMEM16ファミリーに属しているため,他のメンバーが関与している可能性を検討した.TMEM16F欠損細胞にTMEM16ファミリーメンバーを発現させ,カルシウム刺激後のリン脂質のスクランブリングを観察した.その結果,TMEM16F以外に16C,16D,16G,16Jの四つのメンバーがリン脂質のスクランブルに関与していることがわかった.特に頸部ジストニアの原因遺伝子であるTMEM16C11)においてはPtdSerよりもPtdChoを好んで輸送することがわかった.このようにファミリーメンバーがリン脂質に対して趣向性を示したことから,TMEM16ファミリーは直接リン脂質を輸送していると考えられた.また,クロライドチャネル活性があると報告されているTMEM16Aと16B12–14)を解析するために,現名古屋大学の久場博司先生にパッチクランプの技術を教えていただき,チャネル活性を計測した.するとTMEM16A, 16Bにおいては既報どおり強いクロライドチャネル活性が観察されたがTMEM16Fを含む他のメンバーにおいてはそのような活性はみられなかった.TMEM16Fは高濃度のカルシウム存在下において,クロライドチャネル活性やカチオンチャネル活性がみられるという報告もある15–17).しかしながらこれらは,生理的に重要であることがわかっているTMEM16Aと比較すると活性は非常に弱く,活性化までの時間も数分を要する.これらの活性がどのような意味を持っているのか,リン脂質のスクランブリングと関係あるのか今後はっきりさせる必要があるだろう.少なくとも筆者は,クロライドチャネルとして強い活性を有するTMEM16A, 16Bがリン脂質をスクランブルすることはなかったことから,イオンチャネル活性を介して“未知のスクランブラーゼ”を活性化するという仮説に否定的である.TMEM16が直接的にリン脂質をスクランブルしている可能性を支持するアプローチとしては,最近,真菌類から精製したTMEM16を蛍光標識したリン脂質を含むリポソームに埋め込み,脂質二重膜外側の蛍光脂質をジチオン酸ナトリウムで脱色するという手法で脂質がスクランブルすることを観察した論文が発表された18,19).また同じ手法により,オプシンやアデノシン受容体などのGタンパク質共役受容体が恒常的に活性化されたスクランブラーゼであると報告されている20).しかしながら,同様の系を用いてスクランブラーゼであることが示されたPLSCR121)が細胞内においてスクランブラーゼとして機能しないことを考えると22),この系がスクランブラーゼ活性を評価するのに本当に正しい系なのか,この系で同定されたタンパク質が細胞内においてスクランブラーゼとして機能するのか注意深く検討する必要があるだろう.次にリン脂質のスクランブル活性を有するTMEM16ファミリーの発現を調べたところ,ほぼすべての組織に発現しているTMEM16Fと比較して16Cは脳,16Dは子宮,卵巣,16Gは胃,16Jは腸に強く発現していることがわかった.不死化したT細胞にはTMEM16Fの他にTMEM16H, 16Kが発現していたが,これらはリン脂質スクランブル活性を示さず局在も細胞質内であった(図3).ゆえに筆者が使用した不死化T細胞においてTMEM16F以外にリン脂質スクランブル活性を示すTMEM16ファミリーメンバーはなく,まったく異なる分子がアポトーシス時のPtdSer露出を制御していると結論づけた10)

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図3 TMEM16ファミリー

TMEM16ファミリーの活性を示す.TMEM16Fのクロライドチャネル活性に関しては,はっきりしないため“?”で示す.

6. Xkr8の同定

アポトーシス時に機能するスクランブラーゼを同定するためには,実際にアポトーシスを起こした細胞から分子同定できる実験系を構築するのが最善である.しかしながらアポトーシス時のPtdSerの露出にカルシウムが関与するというデータに基づき,カルシウム依存的なPtdSerの露出に関わる分子を同定することとした.筆者がTMEM16Fを同定した際には2.5~6 kbpのサイズの大きいライブラリーを用いたが,これより得られたのはすべてTMEM16Fであった.そこでこのサイズのライブラリーの中にはアポトーシス時に関わるものはないと考え,1~2.5 kbpのサイズの小さいライブラリーを用いることにした.1~2.5 kbpのcDNAライブラリーをBa/F3細胞に感染させ,低濃度のA23187(125 nM)で刺激したのち,PtdSerを強く露出した細胞をソーティングした.そしてこの操作を5回繰り返すと,すべての細胞が何も刺激しなくともPtdSerを露出することがわかった.そこで導入されたcDNAを解析すると6回膜貫通タンパク質で機能未知のXkr8であることがわかった.しかしながらTMEM16Fを同定したときとは異なり,Xkr8に変異は導入されていなかった.そこで同定された野生型のXkr8をBa/F3細胞に過剰発現させたところ刺激なしでPtdSerが露出した.これまでに6種類の細胞にXkr8を発現させたが,過剰発現によりPtdSerを構成的に露出するのはBa/F3細胞のみである.解析を続けるとXkr8はC末端の細胞質内領域がカスパーゼによって切断されることで活性化することがわかった.つまり発現クローニングのときには,Ba/F3細胞にXkr8が過剰発現された結果,本来活性化しないはずの「切断されていない」Xkr8が偶発的に活性化したことを意味している.Ba/F3細胞以外の細胞では,過剰発現によってXkr8が活性化することはなかったことから,発現クローニングのときにBa/F3細胞を用いたことでXkr8の分子同定が可能になったのであり,非常に幸運だったと思う.

次にXkr8がアポトーシス時のPtdSerの露出に関与しているのかを調べるために,PtdSerを露出できないことが知られている白血病細胞株PLB985,Raji細胞を調べてみた.すると両細胞ともにXkr8を発現しておらず,レトロウイルスベクターを用いてXkr8を導入すると,アポトーシス刺激に反応してPtdSerを露出できることがわかった.これらの白血病細胞株においてXkr8の発現がなぜ抑制されているのかを詳細にしらべたところ,プロモーター領域に存在するCpGアイランドが高頻度でメチル化されていた.そこでDNAメチル化の阻害剤である5′-アザ-2′-デオキシシチジンを用いて細胞を処理するとメチル化が外れ,Xkr8の発現が上昇しPtdSerを露出できるようになった.次にXkr8が他のリン脂質を動かすのかを調べたところ,PtdSerを露出できないPLB985細胞はPtdEtnも露出できず,また細胞外から加えたNBD-PtdCho,NBD-SMを細胞内に取り込めないことがわかった.しかしながら,Xkr8を発現させるとこれらすべての表現型が回復したことから,Xkr8はアポトーシス時にリン脂質をスクランブルしていると考えられた.この結果を確認するために,Xkr8ノックアウトマウスを作製し,胎仔T細胞を不死化した.この細胞にアポトーシス刺激を加えるとPtdSerはまったく露出しないが,カルシウム刺激によってはPtdSerが速やかに露出した.つまりカルシウム依存的なPtdSerの露出にはTMEM16Fが,アポトーシス依存的なPtdSerの露出にはXkr8がその役割を担っていることが明らかとなった.

それでは生体内においてXkr8はどのような役割を担っているのだろうか? この問題に関しては,マサチューセッツ工科大学のRobert Horvitz博士,Daniel Denning博士との共同研究で,Xkr8の線虫のホモログであるCED-8の役割を調べた.すると,CED-8欠損個体はアポトーシス時に死んだ細胞が食細胞によってきちんと貪食されないことがわかった.この貪食されなかった死細胞を調べたところPtdSerを露出していなかったことから,CED-8はアポトーシス時にPtdSerを露出することにより食細胞による貪食を促進していることが明らかとなった23)

7. Xkrファミリーの解析

Xkr8はヒトでは九つ,マウスでは八つのメンバーからなるXkrファミリーに属している.ファミリーメンバーの中ではXK(ここではXkr1と記す)が神経系に障害を来すマクロード症候群の原因遺伝子として知られているが,その詳細な機能はわかっていない.そこでXkrファミリーメンバーがアポトーシス時のPtdSerの露出に関与しているのかに注目して研究を進めた.まずHEK293T細胞に弱いプロモーターを用いてXkrを発現させ,安定株を取得して局在を調べたところ,Xkr2を除いてすべてのメンバーが細胞膜に局在することがわかった.そこでXkr8欠損細胞にXkrファミリーメンバーを発現させPtdSerの露出を調べたところ,Xkr8以外にXkr4とXkr9がアポトーシス刺激によってPtdSerを露出することがみいだされた.またXkr4,Xkr9によって露出されたPtdSerはマクロファージによって認識,貪食されるための“eat-me signal”として機能することもわかった.そこでこれら二つのメンバーがXkr8のようにアポトーシス時にカスパーゼによって切断されるか調べたところ,両タンパク質ともにC末端の細胞内領域がカスパーゼによって切断され,この切断が活性化にとって重要であるというデータが得られた.

次に,Xkrが切断されることがPtdSerの露出に十分かどうかを調べたところ,Xkr8,Xkr9に関しては,切断された変異体を発現させると細胞膜に局在せず小胞体に蓄積した.これはC末端領域に存在するER exitシグナルを欠損したためと考えられた.一方でXkr4に関しては,切断された変異体を発現させても細胞膜に局在したがPtdSerが露出することなかった.これはXkr4の活性化に自身のC末端の切断のみでは不十分なことを示しており,活性を抑制するインヒビタータンパク質が存在するのではないかと考えている.次にリン脂質のスクランブル活性を有するXkrファミリーの発現を調べたところ,Xkr8はほぼすべての組織にしているが特に精巣で強く,Xkr4は多くの組織に弱いレベルで発現しているが脳で非常に強く,Xkr9は胃,腸で強く発現していることがわかった(図424)

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図4 Xkrファミリー

Xkrファミリーの活性を示す.n.d.: not determined.

8. おわりに

筆者がこの研究を始めた当初は,どのようなタンパク質がリン脂質をスクランブルしているかわかっていなかった.総説を読んでもリン脂質のスクランブルに関してさまざまな仮説が存在し分野は混沌としていた.筆者らの仕事によって,カルシウム刺激に応じてリン脂質をスクランブルするタンパク質としてTMEM16F,アポトーシス刺激に応じてリン脂質をスクランブルするタンパク質としてXkr8が同定された.またそれぞれのファミリータンパク質もリン脂質をスクランブルことがわかってきた.今後はこれらのタンパク質が単独で機能するのか,他のサブユニット等を必要とするのか明らかにする必要があるだろう.また,リン脂質をどのようにスクランブルしているのかそのメカニズムを解析する必要がある.筆者は,リン脂質の親水基がタンパク質の中を通過し,アシル基は膜の中に埋め込まれたまま脂質分子が外側と内側を行き来していると考えている.構造解析等により脂質分子がどのようにこれらのタンパク質と相互作用をしているか示すことができればこの問題ははっきりとするだろう.さらには,リン脂質のスクランブルが活性化した血小板の凝固反応時の足場としての機能,アポトーシス時の“eat-me signal”としての機能以外にどのような生理的意味を持っているのか調べる必要がある.リン脂質スクランブルの研究は今,分子同定により具体的に解析を進めることができるスタート地点に立ったものと考えている.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した仕事は長田重一教授の研究室で長田先生の導きと同僚のサポートの中で達成された仕事です.長田研究室の皆様,そして共同研究者の皆様に深く御礼申し上げます.また生化学会では,特に脂質関連分野の方々に研究に関する貴重な助言をいただきました.心より感謝致します.

本総説は2014年奨励賞を受賞した.

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著者紹介Author Profile

鈴木 淳(すずき じゅん)

大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任準教授.博士(医学).

略歴

2007年3月大阪大学医学系研究科博士課程修了.同年4月京都大学大学院医学研究科(長田重一研究室)研究員,10年11月同助教.15年7月大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任准教授.

研究テーマと抱負

リン脂質のスクランブル機構の解明.リン脂質のスクランブルがどのように起こるのかその仕組みに迫ると共に,そこからまた別の新しい発見があることを期待している.

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