麹菌に見いだされた新規Ⅲ型ポリケタイド合成酵素CsyB
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ポリケタイド(ポリケチドともいう)は,酢酸–マロン酸経路で生合成される化合物の総称であり,多様な骨格に加え,多くの生理活性物質を含む重要な天然有機化合物群である.ポリケタイド合成酵素(PKS)はアシルCoA開始基質と伸長基質(多くの場合マロニルCoA)との縮合によりポリケタイドの炭素骨格構築を触媒する酵素であり,基質の種類や縮合回数,環化様式など反応制御機構の違いにより各PKSに特有の生成物を与え,ポリケタイド化合物の構造多様性を担う鍵酵素である.PKSはタンパク質構造の特徴から三つのタイプ(Ⅰ型,Ⅱ型,Ⅲ型)に分類され,なかでもⅢ型PKSは,42 kDa程度のサブユニットから構成されるホモ二量体であり,活性中心キャビティにある3残基(Cys-His-Asn)はすべてのⅢ型PKSで保存されている1).一方,それ以外のアミノ酸配列の相同性は低く,生成化合物に多様性をもたらす要因となっている.本酵素群はフラボノイド生成に関与するカルコン合成酵素(CHS)やスチルベン合成酵素など,植物に特有のPKSと考えられていたが,現在では微生物にもその存在が確認されている2–4)
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糸状菌が持つPKSの多くは,Ⅰ型に分類される多機能型酵素であるが,2005年に麹菌Aspergillus oryzaeのゲノム配列中にCHSと相同性を示すPKS遺伝子(csyA~D)の存在が見いだされて以降2),他の糸状菌ゲノム中にもⅢ型PKS遺伝子が発見されているものの,その多くは機能不明のままである.新たな機能を持つPKSの発見と機能解明がPKSをベースとした新規化合物の生物合成系の開発へとつながるものと考え,我々は糸状菌由来PKSを中心としてその機能解析を行っている.
本稿では,糸状菌由来Ⅲ型PKSに関する研究の経緯と現状について概説するとともに,筆者らが最近明らかにした麹菌(コウジカビ)由来Ⅲ型PKSであるCsyBの新規触媒機能について紹介する.
糸状菌由来Ⅲ型PKSにおいて初めて機能が明らかにされたのは,アカパンカビ(Neurospora crassa)由来でC16以上の脂肪酸アシルCoAを開始基質とした場合,4分子のマロニル伸長基質を縮合させて2′-オキソレゾルシン酸(ORA)6を生成するORASである.しかし,ORASは他の糸状菌Ⅲ型PKS同様,p-クマロイルCoAとマロニルCoAからカルコン骨格を構築するCHS反応は触媒しない.開始基質脂肪酸アシルCoAの鎖長により,ORASは複数の化合物類縁体を生成するが,鎖長が短い(C4~C8)場合,トリケタイドであるα-ピロン1のみを,鎖長がC9より長い場合,テトラケタイドである2′-オキソα-ピロン2やレゾルシン酸3も同時に生産されるようになる(図1A)5).
クロコウジカビ(Aspergillus niger)由来のAnPKSは,α-ピロンやレゾルシノールの生成に関与するⅢ型PKSである6).ORASと同様に,AnPKSは開始基質の鎖長により2~4分子のマロニルCoAを縮合させ,1や2,レゾルシノール誘導体である4や7,を生成することができる(図1A).一方,AnPKSはORASとは異なり,ベンゾイルCoAや分岐鎖を持つ脂肪酸アシルCoAも開始基質として認識できる.
灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)由来のBPKSは,C4~C18の脂肪酸アシルCoAに加えて,ベンゾイルCoAも開始基質として認識し,α-ピロンやレゾルシノール,レゾルシン酸誘導体を生成する(図1A)7).開始基質の鎖長により,マロニルCoAの縮合数が増えるのはORASやAnPKSと同様であるが,ステアロイルCoA(C18)が開始基質の場合,BPKSは5分子のマロニルCoAを縮合させたヘキサケタイド8を生成することができる.
これら機能が明らかにされた糸状菌由来Ⅲ型PKSでは,さまざまな鎖長の脂肪酸アシルCoAを開始基質として利用することができ,開始基質の鎖長が長くなるにつれてマロニルCoAの縮合数が増加する傾向がみられた.また,炭素鎖伸長後,閉環反応によりα-ピロンやレゾルシノール,レゾルシン酸誘導体などの多彩な生成物をつくることから,細菌由来のⅢ型PKSと類似した機能も有することが明らかになってきた(図1A)4).
麹菌A. oryzae由来のcsyBは糸状菌で初めて見いだされたⅢ型PKS遺伝子の一つであり,近縁種のAspergillus flavusにもオルソログが存在しないユニークさから,筆者らは,csyBに注目して機能解析を進めてきた.麹菌の発現系を用いてCsyBの機能を調べたところ,形質転換体の誘導培養液中に新規化合物csypyrone B類の生産を見いだした(図1C)8,9).これらは3-アセチル-4-ヒドロキシ-α-ピロンの6位に脂肪酸が付加した化合物で,他のⅢ型PKS産物とは異なり,ピロン環の3位にアセチル基,6位側鎖末端がカルボン酸であるという特徴を持つ.そこで,13C標識酢酸投与実験を行った結果,CsyBは脂肪酸アシルCoAとマロニルCoA,アセトアセチルCoAもしくはアセトマロニルCoAを順次縮合して3-アセチル-4-ヒドロキシ-6-アルキル-α-ピロン(AcAP)を生成し,その後の宿主麹菌によるアルキル基末端のカルボン酸への酸化でcsypyrone B類が生じることが示唆された10).
次いで,csyBを大腸菌に導入し低温下で誘導発現させたところ,培養液中にC9~C17のアルキル側鎖もしくはアルケニル側鎖を持つAcAP類が生産されることを確認した11).この結果は,CsyBが脂肪酸アシルCoAを基質として上記のAcAP生成反応を触媒することを示すものと考えられた.
さらに,CsyBのin vitroによる解析を行った.大腸菌の分子シャペロンであるTrigger factorと融合発現,精製したTF-CsyBを用いて,鎖長がC4~C18の脂肪酸アシルCoAとマロニルCoA,アセトアセチルCoAを基質としてAcAP生成活性を調べたところ,C4~C10の脂肪酸アシルCoAより,側鎖がC3~C9のAcAPが生成することを液体クロマトグラフィー-エレクトロスプレーイオン化質量分析(LC-ESI-MS)解析等で明らかにした.また,各反応において2分子のアセトアセチルCoAが縮合したデヒドロ酢酸の生成も確認された.
以上の結果は,CsyBが2分子のβ-ケトアシルCoAを縮合し,3位アシル基と6位アルキル基の二つの側鎖を有するα-ピロン,つまりAcAP骨格を生成する新規のⅢ型PKSであることを示している.
アセトアセチルCoAの代わりにアセチルCoAを用いてもAcAPが生成されることから,CsyBは1)アセチルCoAとマロニルCoAの縮合によりアセトアセチルCoAを生成,2)脂肪酸アシルCoAとマロニルCoAとの縮合によりβ-ケトアシルCoAを生成,3)生成した2分子のβ-ケトアシルCoAを縮合してAcAPを生成,という3段階の反応を触媒するこれまでに報告のないⅢ型PKSであることが示された(図2).では,その反応機構の詳細はどうなっているのであろうか.それはCsyBタンパク質の結晶構造解析と変異体の反応解析(東京大学阿部郁朗教授グループとの共同研究)により明らかになった.
His-tagを付加して大腸菌で発現したCsyBタンパク質を精製後,結晶化し,X線結晶構造解析によりCoASH複合体の構造が得られた12).その全体構造(図3A)は,これまでに報告のある他のⅢ型PKSと同じαβαβαチオラーゼフォールドであり,CoAの結合トンネルからその奥に大きな内部キャビティを有しており,これが開始基質の脂肪酸アシル基を受け入れると考えられる.これは,N. crassaのORASなどときわめて類似しているものの,CsyBの脂肪酸アシル鎖結合トンネルの長さは~12 ÅとORAS(~20 Å)などよりも短いために,基質となる脂肪酸アシルCoAの炭素鎖長が制限を受けていると考えられる.一方,CsyBには他のⅢ型PKSにはみられない新規のキャビティが存在することが見いだされた(図3B)13).そのサイズ長は~8 Åと短く,これがもう一つの基質であるアセトアセチル基を受け入れるものである可能性が考えられた.
このCsyBに特徴的な新規キャビティのサイズを決めていると考えられたIle375に変異を導入したところ,そのサイズを減少させたI375W変異体では活性を失うのに対し,サイズを拡大させたI375F変異体ではアセトアセチル基よりも大きなβ-ケトアシル基を受け入れて,AcAPを生成することが確認された.
また,活性中心のCys残基とHis残基で水素結合されたアルドールスィッチ様求核性水分子の存在が確認された.この水分子による求核攻撃により活性中心Cys残基にチオエステル結合したアセトアセチル基がアセト酢酸中間体として遊離し,これが新規キャビティに入る.次いで,脂肪酸アシルCoAとマロニルCoAとの縮合により生成したβ-ケトアシル-S-Cys中間体へアセト酢酸中間体が反応し,チオエステルの開裂,ピロン環の閉環によりAcAPが生成するものと考えられる.この水分子のCsyB反応への関与は,18Oで標識した水を用いた実験により確認されている.
以上のように麹菌A. oryzaeのⅢ型PKSであるCsyBは,全体的にⅢ型PKSとして共通の構造を持ちながらも,新規のキャビティを有し,2分子のβ-ケトアシル基の縮合を触媒する新規Ⅲ型PKSであることを明らかにすることができた.
以上述べてきたように麹菌ゲノム中に見いだされたⅢ型PKS遺伝子の機能解析により,当初,CHS様のフラボノイド生合成に関連するかと推定されたCsyBが,これまでにない新規Ⅲ型PKSであることがそのタンパク質構造と反応触媒機構から明らかにされた.
csyB遺伝子は麹菌野生株において発現しているものの,csypyrone B類やAcAP化合物が麹菌より単離されたという報告はなく,筆者らもその検出には至っていない.一方,AcAPの構造類縁体の生理活性が報告されており14,15)
,CsyB生成物の麹菌における役割に興味が持たれる.また,CsyBの構造に基づいた機能拡張を展開することにより有用化合物の創出,生産へと研究が発展していくことが期待される.
本研究は,東京大学大学院農学系研究科北本勝ひこ教授,ならびに東京大学大学院薬学系研究科阿部郁朗教授グループとの共同研究で得られた成果であり,この場を借りて深謝申し上げます.
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