16SリボソームRNAの水平伝播実験からみえてくるリボソームの可塑性
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2 東京大学大学院新領域創成科学研究科生命科学研究系メディカル情報生命専攻 ◇ 〒277-8561 千葉県柏市柏の葉五丁目1番5号
3 東京大学大学院新領域創成科学研究科 ◇ 〒277-8561 千葉県柏市柏の葉五丁目1番5号
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生体内翻訳装置であるリボソームはRNA(rRNA)とタンパク質からなる巨大分子である.細菌では16S rRNA,23S rRNAがその構造の中心を占め,その周りを50あまりのタンパク質が取り囲んでいる.このように多成分からなりかつ複雑な構造を持つリボソームは,緊密に張り巡らされた相互作用を壊さぬよう,各成分が一体として進化してきたと考えられている.細菌の分子系統解析に16S rRNAの遺伝子配列が使われるが,これは原則的に16S rRNAが「種に固有」な分子としてみなされているからである.しかし興味深いことに,一部の細菌にはこの原則に従わないものがある.ゲノム内に配列相同性の低い2種の16S rRNA遺伝子を併せ持つものや,キメラ様16S rRNA遺伝子を持つものなどが知られているのである.水平伝播や遺伝的組換えを示唆するこれらの事例はどのように解釈すればよいのだろうか? 分子の骨格を変えてしまうような劇的な変化に対してリボソームはどのようにその機能を維持しているのだろうか? 我々は,リボソームの柔軟性を「16S rRNA遺伝子の水平伝播実験」により探った.
小型で単純なゲノムを持つ細菌は,分裂のたびにクローン増殖し進化してきたと考えられてきた.しかし最近の知見によると,細菌はゲノム解析の進展とともに,単なるコピーではなく,よりダイナミックにゲノムを変えながら進化してきたことがわかってきた.すなわち,異種細菌の遺伝子を取り込んだり,取り込んだ遺伝子を自らの遺伝子と組み換えたり,コミュニティの中で遺伝子を交換しながら進化してきたらしい.むろん,水平伝播や組換えがむやみに起きるわけではない.水平伝播や組換えにより移入される形質が無害であれば高頻度,有害であれば低頻度になるであろう.James A. Lakeらのグループは,種々の遺伝子の水平伝播頻度を解析し,アミノ酸合成やエネルギー代謝などに関わる‘Operational gene’は,転写・翻訳など,セントラルドグマに関わる‘Informational gene’よりも格段に高頻度であることを示した1).さらに彼らは,Informational geneにおいて水平伝播頻度が低いのは,その遺伝子産物が「巨大かつ複雑なシステム」の中で動作するからであると解釈し‘Complexity Hypothesis’を提唱した1).たとえば翻訳は,リボソームに加え,開始・伸長・終結因子,tRNAなど,100以上もの遺伝子産物等が関与するプロセスである.このように多くの因子が巧妙な連携プレーをしてはじめて成り立つ「翻訳」という一大事業が,構造的にも機能的にも中核を担う16S rRNA,23S rRNAなどに水平伝播など起きようものなら,たちどころに事業は破綻するであろう.分子内,分子間に無数に張り巡らされた相互作用ネットワークが崩壊することなど許されるはずもないというのが‘Complexity Hypothesis’による説明である.
遺伝子が水平伝播しないということは,それが「種に固有」であることを意味する.こうした遺伝子を比較解析すれば,生物進化の歴史をたどり,種の系統関係を解き明かすことも可能となろう.16S rRNA遺伝子はそうした遺伝子の代表格であり,細菌分子系統解析の‘Ultimate Chronometer’とも呼ばれている2)
.Woeseは16S rRNA[正確にはSSU (small subunit) rRNA]の配列比較から,原核・真核という従来の分類に,古細菌という新たな分類群を加え,生物の三界説を唱えた.形体上,見分けのつかない微生物を含め,近縁のものから遠縁のものまで,あらゆる生物を統一基準で比較できる本評価法は瞬く間に広がり,今日まで続いている.
一方,この方法の根幹を揺るがす「例外」も知られている.たとえば,一つの染色体上に互いに相同性の低い複数の16S rRNA遺伝子を併せ持つ微生物や,複数の細菌由来の16S rRNA遺伝子がモザイク状になっているものが見つかっている3–7)
.これらの報告は,「種固有」という16S rRNAの進化的な特性や‘Complexity Hypothesis’に相反するように思える.なぜこのようなことが許容されるのか? リボソームはどのようにして構造・機能を成り立たせているのか? 数の上では一部の「例外」にすぎないが,系統分類の立脚点を揺るがす問題ではないか? そこで我々は,16S rRNA遺伝子の水平伝播の可能性とリボソームの柔軟性の問題を実験により検証することとした.
1999年Catherine L. Squiresらのグループは,大腸菌の16S rRNAを異種生物のものに入れ替えることに成功した8).大腸菌の染色体上の七つのrRNAオペロンの完全欠損株(Δ7株)の生育を,サルモネラ(大腸菌16S rRNA遺伝子との配列相同性97%)やプロテウス(同93%)といった腸内細菌目由来の16S rRNA遺伝子が相補しうることを報告した8).しかし,そもそも大腸菌の16S rRNA遺伝子七つ(rrsA, B, C, D, E, G, H)は完全に同一ではなく*,はじめからリボソームには「あそび」があることが知られている.Squiresらの結果は,この「あそび」が腸内細菌目にまで広がることを示したが,我々は「あそび」の範囲をより徹底的に探ることとした.
実験の流れは基本的にはSquiresらの方法に準じた.すなわち,大腸菌Δ7株に異種由来の16S rRNAを供給し,生育の可否から16S rRNAの機能を調べた(図1).まず我々は,スクリーニング規模の拡大を図るため,16S rRNA遺伝子の供給源としてメタゲノムを活用した.微生物はあらゆる環境に生息しているが,その大半は実験室での単離・培養が困難である.そこで,さまざまな環境(土壌,堆肥,発酵食品など)から抽出したメタゲノムを鋳型として利用し,難培養性の微生物由来の16S rRNAを含めた解析を行った.16S rRNA遺伝子の両端は微生物間で高度に保存されているため,これを鋳型にユニバーサルプライマーを使ってPCR増幅すれば,多種多様な16S rRNA遺伝子断片を容易に獲得できる.得られた断片をpRB103(ゼオシン耐性,pSC101 ori)に組み込みライブラリー化した.
メタゲノムを鋳型に多様な微生物由来の16S rRNA遺伝子をPCR増幅し,pRB103にクローニングする.ゲノム内の七つのrRNAオペロンを欠損した宿主株大腸菌KT101株をpRB103により形質転換する.KT101株には,一過的にpRB101とpRB103が共存した状態になる.この後,pRB103の薬剤耐性(ゼオシン)とショ糖によるカウンターセレクション(対抗選択)で,pRB101を脱落させる.異種生物種由来の16S rRNA遺伝子が大腸菌の生育を相補する場合,コロニーが得られる.
機能相補実験の宿主には,Δ7株であるKT101株9)を用いた.KT101株は,染色体上のrRNAオペロンを欠失している分,その生育をプラスミド(pRB101,アンピシリン耐性,pSC101 ori)にコードされた自身のrRNAオペロンにより補っている.pRB101はカウンターセレクションマーカーsacBも含むため,ショ糖存在下で脱落させることができる.KT101をpRB103により形質転換すると,一過的にpRB101とpRB103が共存するが,ゼオシンとショ糖を含む寒天プレートで選択すればpRB101を脱落させることができる.異種16S rRNAが機能すれば相補株のコロニーが得られ,機能しなければ得られないという仕組みである.
我々は,数万規模の異種16S rRNAライブラリーを作製し,スクリーニングに供した.その結果,33種の独立相補株を獲得した10).16S rRNA遺伝子の塩基配列解析,BLAST解析の結果,その大半が大腸菌の属するγ-プロテオバクテリア綱由来であったが,大腸菌と近縁の腸内細菌「目」ばかりでなく,シュードモナスなど,より上位の「科」レベルで異なる分類群のものも含まれていた.それどころか,β-プロテオバクテリア「綱」に帰属される16S rRNA遺伝子も見いだされた.最も配列相同性の低いものは81%程度であった10).変異株の増殖速度は大腸菌16S rRNA遺伝子と挿入されたメタゲノム由来の16S rRNA遺伝子との相同性が低いほど遅くなるという大まかな傾向はみられたが,必ずしもよい直線関係にはなかった.
以上,生育速度に若干の差はみられるものの,非常に広範な16S rRNAが大腸菌を生かすのに必要な翻訳活性を与えうることがわかった.では,異種生物の16S rRNAはどのように大腸菌のリボソームに受け入れられるのか? これを明らかにするために,RNAの二次構造を解析した.一例として,ヘリックス21領域の配列・二次構造を示す(図2).これをみて明らかなとおり,塩基配列が大きく変化した場合でも,二次構造は保たれている.生物種固有と思われていた16S rRNAであるが,機能発現には配列そのものではなく,二次構造が重要であることがわかった.さらに,リボソームの分子表面では,より大規模な配列変化も観察されている.ヘリックスの伸長,短縮すら許容されるらしい.リボソームの「あそび」は相当大きいことがわかった.
大腸菌を宿主とした16S rRNA遺伝子の水平伝播実験により,種の壁を越え,配列相同性80%ほどの16S rRNA遺伝子でも大腸菌リボソームに組み込まれて機能することがわかった.ただし,機能的な互換性の範囲は存在するようだし,水平伝播を阻む「防衛機構」も備わっているらしい11)
.いずれにせよ,機能的に最も重要な部類に入るリボソームが意外に可塑的で,分子改変の余地があるということは興味深い.
生物が「システムとして」生きている以上,翻訳装置リボソームの変化は細胞内の全タンパク質生産に影響する.リボソームの変化が翻訳活性にどのように影響し,それが代謝システムにどのように影響するかなど,生命のロバストネスという観点からも現在研究を進めている.
1) Jain, R., Rivera, M.C., & Lake, J.A. (1999) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 3801–3806.
2) Woese, C.R. (1987) Microbiol. Rev., 52, 221–271.
3) Wang, Y. & Zhang, Z. (2000) Microbiology, 146, 2845–2854.
4) Schouls, L.M., Schot, C.S., & Jacobs, J.A. (2003) J. Bacteriol., 185, 7241–7246.
5) Acinas, S.G., Marcelino, L.A., Klepac-Ceraj, V., & Polz, M.F. (2004) J. Bacteriol., 186, 2629–2635.
6) Eardly, B.D., Nour, S.M., van Berkum, P., & Selander, R.K. (2005) Appl. Environ. Microbiol., 71, 1328–1335.
7) Miller, S.R., Augustine, S., Olson, T.L., Blankenship, R.E., Selker, J., & Wood, A.M. (2005) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 850–855.
8) Asai, T., Zaporojets, D., Squires, C., & Squires, C.L. (1999) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 1971–1976.
9) Kitahara, K. & Suzuki, T. (2009) Mol. Cell, 34, 760–766.
10) Kitahara, K., Yasutake, Y., & Miyazaki, K. (2012) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109, 19220–19225.
11) Kitahara, K. & Miyazaki, K. (2011) Nat. Commun., 20, 616–622.
*大腸菌MG1655株の場合,rrsBとrrsEは完全に同一であるが,それ以外は互いに少しずつ異なる.rrsBと比較すると,rrsAは1塩基,rrsCが6塩基,rrsGが8塩基,rrsDが9塩基,rrsHが10塩基異なる.
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