生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 87(5): 539-546 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870539

特集Special Review

創薬標的としての受容体型プロテインチロシンホスファターゼその生理的役割とシグナリング機構Receptor-type protein tyrosine phosphatases as drug targets: Their physiological functions and signaling mechanism

大学共同利用機関法人自然科学研究機構基礎生物学研究所統合神経生物学研究部門Division of Molecular Neurobiology, National Institute for Basic Biology, National Institutes of Natural Sciences (NINS), Japan ◇ 〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38番地Myodaiji-cho Nishi-Gonaka 38, Okazaki-shi, Aichi 444-8585, Japan

発行日:2015年10月25日Published: October 25, 2015
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受容体型プロテインチロシンホスファターゼ(RPTP)には21分子が存在し,これらは八つのサブファミリーに分類される.RPTPは,受容体プロテインチロシンキナーゼ(RPTK)と同様に,細胞外領域に結合する分子によって細胞内の酵素活性が制御されると推定されているが,その詳細がわかっているものは少ない.またRPTPはRPTKに比べて,その基質分子の解析が困難で同定が遅れたことも理由となり,創薬研究も進んでこなかった.本稿では,R5 RPTPサブファミリーの一つPTPRZについて,内因性リガンドによる活性制御機構,ならびに多発性硬化症などの脱髄疾患に対する創薬標的としての可能性について解説する.また最近,筆者らは,R3 RPTPサブファミリーがインスリン受容体シグナルを抑制制御していることを見いだした.R3 RPTPは肥満・糖尿病に対する新たな創薬標的となるであろう.

1. はじめに

受容体型プロテインチロシンホスファターゼ(RPTP)は,構造的類似性から八つのサブファミリーに分類される1)図1).その細胞外領域は,免疫グロブリン様(Ig)ドメイン,フィブロネクチン様(FN)ドメイン,炭酸脱水酵素様(CAH)ドメイン,Meprin-A5-PTPμ(MAM)ドメインなど多彩なドメインで構成され,細胞内には二つ,ないし一つのチロシンホスファターゼ(PTP)ドメインが存在する.タンデム型のRPTPでは,細胞膜近位側のD1のみがホスファターゼ活性を有しており,D2には酵素活性がない(例外的にR4 RPTPサブファミリーのD2には若干の活性が認められる).本稿ではR5サブファミリーのPTPRZとR3サブファミリーに属するRPTP分子について最近の知見を紹介する.

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図1 RPTPファミリーの構造

Cad:cadherin-like juxtamembrane sequence,CAH:carbonic anhydrase-like,FN:fibronectin type III,HG:heavily glycosylated,Ig:immunoglobulin,KIM:kinase-interactioin motif,MAM:Meprin/A5/μ,PTP:protein tyorsine phosphatase(細胞膜近位側D1と遠位側D2),RDGS:RDGS-adhesion recognition motif.括弧内は各PTPタンパク質の名称.

2. PTPRZの分子構造

PTPRZは,細胞外のCAHドメイン,FNタイプⅢ様ドメイン,コンドロイチン硫酸鎖結合領域(Ser-Gly/Gly-Serに富む)と,細胞内の二つのPTPドメイン(D1およびD2)で構成されている(図2A).また,細胞内のC末端のPDZドメイン結合配列(Ser-Leu-Val)を介してPSD95などのPDZドメイン含有タンパク質に結合するという特徴を持つ2).哺乳類のPTPRZには,受容体型のPTPRZ-AとPTPRZ-B,そして分泌型PTPRZ-Sの3種類のスプライシングバリアントが存在する3–5)図2A).他のRPTPと大きく異なる特性として,細胞外領域にコンドロイチン硫酸やケラタン硫酸などの硫酸化グリコサミノグリカンと呼ばれる硫酸化多糖修飾が認められる.PTPRZの主要発現部位である脳組織では,すべてのバリアントがコンドロイチン硫酸プロテオグリカンとして発現している3–5).コンドロイチン硫酸やケラタン硫酸は,脳組織における細胞外マトリックスの主成分であり,脳視覚野における眼優位性6)や恐怖記憶の固定化7)に関わっており,また脊髄損傷などで形成されるグリア瘢痕では神経軸索再生を阻害することが知られている8,9)

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図2 PTPRZの構造と生理的基質

(A)PTPRZアイソフォームの構造.PTPRZ-Bの細胞外領域は,PTPRZ-AとPTPRZ-Sに存在するSer/Glyに富む領域の大部分を欠く.CS chain:コンドロイチン硫酸鎖.(B)PTPRZの基質分子.yeast-substrate-trapping systemで単離されて脱リン酸化部位が同定された基質分子(破線より上側の4分子).PTPRZで脱リン酸化される(リン酸化)チロシン残基を中心に左側をN末端側として配列を記載した.破線より下側の分子はデータベース検索で新たに見つかった基質候補であり,paxillinに関しては培養細胞レベルで脱リン酸化が確認されている.表の最下段はPTPRZの基質モチーフを示した.文献21より引用,一部改変.(C)リガンド結合によるPTPRZの活性制御モデル.pleiotrophinなどの抑制性リガンドは,細胞膜上で単量体・二量体平衡状態にあるPTPRZの二量体形成を促進する.PTPRGのタンパク質構造をもとにしたhead to toe dimerization modelでは,D1の活性中心にD2が覆いかぶさるように会合することでホスファターゼ活性が抑制されると説明されている35)

PTPRZは中枢神経系において,神経細胞およびグリア細胞(アストロサイトおよびオリゴデンドロサイト)の両方に発現している10).末梢組織では,発現量は低いものの胃粘膜や軟骨などの組織において非プロテオグリカン型のPTPRZが発現している.胃では胃潰瘍の原因となるピロリ菌から分泌されるタンパク質毒素の受容体となることが判明している11).また,脳腫瘍の一種で最も悪性度の高いグリオブラストーマにおいて,PTPRZの発現が顕著に増大しており,細胞増殖や浸潤能の亢進を誘導することが示されている12,13)

これまで3系統のPTPRZノックアウトマウスが報告されているが,すべて見かけ上正常に発育する10,14,15).この3系統のうち,最初に作出された系統は,筆者らのPtprz遺伝子由来のタンパク質をまったく発現してない欠損マウスである4,10).筆者らのPtprz欠損マウスの解析から,神経細胞とグリア細胞のそれぞれにおけるPTPRZの生理的役割が見いだされている.Ptprz欠損マウスには海馬依存性学習の低下や海馬におけるシナプス伝達の可塑的変化とともに,PTPRZの基質分子のリン酸化制御に変化が認められている16,17).PTPRZは,p190RhoGAPやGIT1などのリン酸化動態を制御することで,神経伝達に直接的に関わるチャネル,受容体,トランスポーターなどの輸送やシナプスの形態変化を調節しているものと考えられる17,18).筆者らは,特にシナプスの生後発達,機能成熟という観点からその役割に注目している.

3. PTPRZの生理的基質分子

筆者らは,酵母ツーハイブリッドスクリーニングを応用した基質同定法(yeast-substrate-trapping system)を開発し,細胞接着・運動に関わるGIT1,アクチン制御に関わるp190RhoGAPやPIST,細胞–細胞間接着に関わるMAGI1など,さまざまなPTPRZの基質分子を同定した19,20).これら分子の生理機能はまったく異なるもののPTPRZが脱リン酸化するリン酸化チロシンの周辺配列は非常に類似しており,脱リン酸化部位の変異解析から,PTPRZによって効率的に脱リン酸化されるモチーフ配列が判明した21)図2B).このモチーフを持つ分子は上記の分子以外にも存在するが,その一つpaxillinの118番目のチロシンリン酸化部位については,実際に培養細胞レベルでPTPRZによって脱リン酸化されることが確認されている21).PTPRZの生理的基質候補を探す上で,このモチーフ配列は有力な指標になると考えられる.一方,このモチーフからはずれている(あるいは,有していない)MAGI1(Y858)およびErbB4が脱リン酸化されるには,PTPRZのC末端のPDZ結合モチーフを介するPDZタンパクとの複合体形成を必要とする21,22).これら以外のTrkA23),β-catenin24),Naチャンネル25)などの基質分子についても,PDZドメインタンパク質などを介したタンパク質相互作用によって基質認識が補助されている可能性が高い26)

4. リガンドによる活性制御

RPTKと同様に,RPTPの細胞内PTP活性が細胞外領域に対する分子結合によって制御されている可能性は,最初にEGF受容体(EGFR)の細胞外領域とCD45(PTPRC)の細胞内領域とのキメラ分子を用いて示された27).すなわちEGFR-CD45キメラにEGFを擬似リガンドとして作用させると,CD45の細胞機能は阻害される27).その後,PTPα(PTPRA)のD1ドメインのX線構造解析から,D1ドメインどうしが互いのPTP活性中心をふさぐように会合するwedge抑制モデル(wedge-mediated dimerization model)が提唱され,リガンド結合でRPTPの二量体化が誘導され,その結果ホスファターゼ活性は抑制されると考えられた28).しかしPTPRF(LAR)とPTPRC(CD45)の細胞内領域タンパク質のX線構造解析から,タンデム型RPTPのD2はwedgeモデルの配置を立体障害すると指摘されている29,30)

このようなRPTPの活性制御を証明する上で,RPTP分子に対する内因性リガンドの探索は大きな課題であった.PTPRZのリガンドであるpleiotrophinおよびそのファミリー分子であるmidkineは,PTPRZのコアタンパク質に対しても十分な親和性を示すが,コンドロイチン硫酸鎖の存在によって,より高い親和性で結合する31–33).PTPRZの発現細胞をpleiotrophinで刺激すると,基質タンパク質のチロシンリン酸化レベルは上昇し,それに伴い細胞膜上でPTPRZのクラスター化が観察される19,34).これらの知見は,内因性リガンドの発見によってPTPRZにおいて初めて実証されたものである.

PTPRZの場合,wedge抑制モデルで必須とされる酸性残基は保存されておらず34),リガンド結合によってホスファターゼ活性が抑制される仕組みは長く謎であった.最近,これを解決する構造モデルがオックスフォード大学のグループから提唱された.PTPRZと同じR5サブファミリーに属するPTPRGのタンパク質構造をもとにした新たな抑制モデル(head to toe dimerization model)である35)図2C).PTPRZは細胞膜上で単量体と二量体の平衡状態にあると考えられる.その細胞外領域には,先ほど述べたpleiotrophin/midkine以外にも,増殖因子(βFGF, IL-34),細胞外マトリックスタンパク質(tenascin),GPIアンカー型分子(contactin),細胞接着分子(neural cell adhesion molecule)といった多彩な分子が結合する26,36).pleiotrophin/midkineやIL-34などの抑制性リガンドは,その結合によって二量体形成を促進すると考えられるが,細胞膜結合タンパク質や細胞外マトリックス分子などの場合は,むしろ単量体状態の維持に寄与している可能性がある.

5. PTPRZによるオリゴデンドロサイト分化の抑制

神経軸索を取り巻くミエリン鞘は,オリゴデンドロサイトによって形成されており,神経伝達の跳躍伝導や神経軸索への栄養供給に関わっている.多発性硬化症に代表される脱髄疾患では,このミエリン鞘が損傷されることでさまざまな神経症状が引き起こされる.脱髄疾患の新たな治療薬として,脱髄部位に存在するオリゴデンドロサイト前駆細胞を積極的にオリゴデンドロサイトに分化・成熟させることによって,ミエリン鞘の再形成を促すような薬剤の開発が期待されている37)

ミエリン鞘の主要な構成タンパク質であるミエリン塩基性タンパク質(myelin basic protein: MBP)の発現を,ミエリン鞘形成が開始される生後10日のマウス脳内で調べてみた.Ptprz欠損マウスにおけるMBP発現量は,野生型マウスに比べて有意に増加しており,Ptprz欠損マウスの神経繊維のミエリン化は,この時期,野生型マウスよりも早いことが判明した(図3A38).初代培養細胞系においてもPtprz欠損の新生仔由来の細胞はより早くオリゴデンドロサイトへ分化する38).成体になると両マウス間のMBPの発現やミエリン鞘などの差異は消失する38).未分化状態のオリゴデンドロサイト系譜細胞には,コンドロイチン硫酸の結合したPTPRZが強く発現しているが,その発現は細胞の分化・成熟に従って大きく低下する.これらの結果は,PTPRZが適切な発達期になるまで,オリゴデンドロサイトを前駆細胞の状態にとどめておくストッパーとして働いていることを示唆している.

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図3 PTPRZによるオリゴデンドロサイト分化の制御

(A)発生期のMBPの発現増加.生後10日齢(上側)および成熟した3か月齢(下側)の野生型マウス(+/+,WT)およびPtprz欠損マウス(−/−,KO)の脳梁部位における抗MBP抗体染色.(B)EAEに対するPtprz欠損マウスの抵抗性(臨床的評価).ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質(MOG)由来のペプチド抗原による免疫感作後の症状の経過観察.* P<0.05,** P<0.01.(C) EAEに対するPtprz欠損マウスの抵抗性(組織学的評価).MOGペプチド抗原で免疫感作した35日後(EAE誘導群)と正常対照群の脊髄組織におけるMBPの免疫染色.(D) EAE誘導時におけるp190RhoGAPのチロシンリン酸化.(C)と同様の処置を行ったマウス脊髄組織抽出物のウエスタン解析(上側3パネル).全タンパク質のチロシンリン酸化(pY),p190RhoGAP,FYNの発現量に差異は認められない.一方,脊髄抽出物から免疫沈降したp190RhoGAPの1105番目のチロシン残基のリン酸化は,EAEを誘導したPtprz欠損マウスで亢進している(下側2パネル).(E)オリゴデンドロサイトの分化および髄鞘形成に関わるPTPRZの役割.PTPRZは,FYNによってリン酸化されたp190RhoGAPを脱リン酸化して,その働きを抑えることで,オリゴデンドロサイトへの分化/髄鞘の形成を抑制している.一方,PTPα,CD45, SHP-1といった他のチロシンホスファターゼはFYNを活性化し,オリゴデンドロサイトの分化を促進する.すべての図は文献38より引用,一部改変.

成体マウスを用いて多発硬化症(MS)の実験モデルとしてよく用いられる実験的自己免疫性脳脊髄炎(experimental autoimmune encephalomyelitis: EAE)に対する応答性を比較すると,四肢麻痺などの神経症状や髄鞘損傷の程度がPtprzの欠損によって軽減されることが判明した38)図3B, 3C).一方,脱髄領域内への炎症性細胞浸潤に差異は認められず,この脱髄病態の軽減は免疫応答の差異に起因するものでないと判断される.ごく最近,筆者らは,脱髄を誘導したマウス脳内の神経細胞ではpleiotrophinの発現が一過性に誘導されることを発見した39).またpleiotrophinの存在下では,オリゴデンドロサイトへの分化は促進することが判明した39).傷ついた神経軸索からpleiotrophinが分泌され,周囲のオリゴデンドロサイト前駆細胞のPTPRZに作用して,オリゴデンドロサイトへの分化を促進することによって,再ミエリン化を促していると考えられる39)

PTPRZの生理的基質分子として同定されたp190RhoGAPは,SRCファミリーに属するFYNキナーゼによってリン酸化されることで活性化し,オリゴデンドロサイトの分化・成熟を促すことが知られている40).p190RhoGAPの1105番目のチロシン残基は,FYNによってリン酸化され,PTPRZにより脱リン酸化される.このp190RhoGAPの1105番目のチロシン残基のリン酸化は,EAE誘導時のPtprz欠損マウスの脊髄組織において亢進しており(図3D),PTPRZによる分化抑制はFYNのカウンターパートとしての働きと説明できる38)図3E).

6. R3 RPTPサブファミリーの基質となるRPTKの探索

R3 RPTPサブファミリーは,PTPRB,PTPRH,PTPRJ,PTPROおよびPTPRQの五つのメンバーによって構成される.このうちPTPRQは脂質を基質とするホスファターゼであるため41)本稿では扱わない.このサブファミリーのRPTPは,細胞外に複数のFN III型リピートを持ち,細胞内に一つのPTPドメインを有する(図1).筆者らは2006年,PTPROがRPTKであるEph受容体の活性化を制御することによって,視神経の投射形成において重要な役割を果たしていることを報告した42).また,上述のようにR5サブファミリーに属するPTPRZがErbB4とTrkAを基質とすることを見いだしている22,23).このように,いくつかのRPTPはRPTKを基質とし,生体内においてその活性の制御を行っていることが明らかになってきた.

筆者らは,R3 RPTPサブファミリーが基質分子とするRPTKを同定するために,独自に開発した哺乳類細胞を用いたツーハイブリッド法を用いてスクリーニングを行った.その結果,インスリン受容体(IR)やEph受容体,線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR)などの,RPTKとの間に酵素-基質関係のある34の組み合わせを同定した.そのうち29は,これまで報告されたことがない新規な組み合わせであった43,44).IR,EphA4,EphB2,TYRO3は,R3サブファミリーのすべてのRPTP分子に基質として認識されたが,ROS,PDGFRaはPTPRBのみが,そしてVEGFR1/2はPTPRHのみが基質として認識した.一方,PTPRJもしくはPTPROのみが基質とするRPTKは同定されなかったが,両者の基質認識プロファイルは非常に似ていた.以下に,これまでに明らかになったR3 RPTPによるIRの活性制御について詳述する.

7. R3 RPTPサブファミリーによるインスリン受容体の制御

インスリンは,膵臓のランゲルハンス島(膵島)から分泌されるペプチドホルモンの一種であり,骨格筋や脂肪組織におけるグルコースの取り込みと利用促進,肝臓における糖新生の抑制やグリコーゲンの合成促進・分解抑制作用を通して,主に血糖値を下げる働きをしている.またインスリンは,脂質とタンパク質の合成促進と分解抑制などの作用を通じて,体内の細胞に脂質やタンパク質を貯蔵させる同化ホルモンとして働くことが知られている.

インスリンはα2β2のヘテロ四量体構造をしているIRに結合する.細胞膜に存在するRPTKであるIRのαサブユニットにインスリンが結合すると,IRはβサブユニットの細胞質に存在する複数の特定のチロシン残基を自己リン酸化することで活性化する.次いで,細胞膜近傍のリン酸化されたチロシン残基にインスリン受容体基質(IRS)がリクルートされることでIRSもチロシンリン酸化され,さらにIRSが多くのシグナル伝達分子を活性化することでインスリンによる主要な情報伝達が起こる.

R3サブファミリーに属するすべてのRPTPは,IRを基質として脱リン酸化する44).IR細胞内領域の主要なリン酸化チロシン残基を含むペプチドを用いた脱リン酸化実験により,R3 RPTPサブファミリーは膜貫通領域近くの960番目(マウスのアミノ酸番号,ヒトの場合は972番目)のチロシン残基と活性化ループの1146番目(ヒトの場合は1158番目)のチロシン残基を選択的に脱リン酸化することが判明した(図4).IRの活性化には活性化ループの三つのチロシン残基のすべてのリン酸化が必須である45).また,960番目のチロシン残基のリン酸化は,IRSの活性化に必須である45).このように,R3 RPTPサブファミリーには,IRの活性化と情報伝達に必須のチロシン残基の脱リン酸化を通して,生体内のさまざまな臓器でインスリンシグナルの抑制的制御を担う可能性が推定された.

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図4 R3 RPTPによるインスリン受容体の脱リン酸化

R3 RPTPサブファミリーは,マウスインスリン受容体(IR)の960番目と1146番目のリン酸化チロシン残基を好んで脱リン酸化する.1146番目のチロシン残基のリン酸化はIRの活性化に必須であり,一方,960番目のチロシン残基のリン酸化は,インスリンの情報伝達を担うインスリン受容体基質(IRS)の活性化に必須の役割を果たしている.R3 RPTPサブファミリーはこれらのリン酸化チロシン残基を主要な脱リン酸化部位とすることで,効率的にIRの活性化と情報伝達を負に制御していると考えられる.

8. Ptprjの遺伝子欠損マウスを用いた動物個体レベルの解析

なかでもPTPRJは,インスリンの標的器官である肝臓,筋肉,脂肪組織においてIRと共発現している44)Ptprj遺伝子欠損マウスにおいては,PTPRJによるIRに対する抑制が欠損しているために,IRの活性化が亢進していることが予想された.実際に,マウス腹腔内にインスリンを投与し,肝臓におけるIRの活性化について調べると,Ptprj遺伝子欠損マウスでは野生型マウスに比べて,IRとその下流で情報伝達を担うAktの活性化が亢進していた(図544).マウスの腹腔にグルコースを投与し血糖値の変化を調べると,Ptprj欠損マウスの血糖値はより速やかに低下した(図6A44).また,Ptprj欠損マウスの血糖値は,同量のインスリンの腹腔投与によって,野生型マウスに比べてより低下することが判明した(図6B).このように,PTPRJは確かに動物個体内でIRの活性(化)を抑制していると思われる.

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図5 Ptprj欠損マウスにおけるインスリンシグナルの亢進

(A)IRの活性化.マウスの腹腔にインスリンを投与し,肝臓におけるIRのチロシンリン酸化を調べると,Ptprj遺伝子欠損マウス(KO)では,野生型(WT)マウスに比べて,IRのチロシンリン酸化(活性化)が亢進している.(B)AKTの活性化.リン酸化AKTを調べると,Ptprj遺伝子欠損マウス(KO)では,野生型(WT)マウスに比べて,AKTのリン酸化(活性化)が亢進している.* p<0.05,** p<0.01.文献43より引用.

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図6 Ptprj欠損マウスにおける耐糖能ならびにインスリン感受性の増強

(A)糖負荷試験の結果.マウスの腹腔にグルコースを投与し,血糖値の変化を調べると,Ptprj欠損マウス(KO)において,より速やかに血糖値が低下する.この結果は,Ptprj欠損マウスにおいて耐糖能が増強していることを示している.* P<0.05,** P<0.01.(B)インスリン負荷試験の結果.マウスの腹腔にインスリンを投与し血糖値の変化を調べると,Ptprj欠損マウス(KO)において,より血糖値が低下することがわかった.これらの結果は,Ptprj欠損マウスにおいてはインスリンに対する感受性が増強していることを示している.* P<0.05,** P<0.01.文献43より引用.

9. 創薬ターゲットとしてのR3 RPTP

健康な人では,食後に血糖値が上昇してもインスリンの作用によって血糖値が正常値まで下降する.一方,糖尿病患者では,インスリンの分泌不足やIRの機能低下によって血糖値が高いままとなっている.高血糖は,糖尿病性神経障害や網膜症,腎症や動脈硬化などの合併症を引き起こす原因となる.糖尿病の治療薬として,インスリンそのものや膵島からのインスリンの分泌を促進する薬,腸管からの糖の吸収を阻害する薬などが開発・使用されている.今回,R3 RPTPサブファミリーがIRを基質分子として,その活性を負に制御することが明らかになったことにより,R3 RPTPサブファミリーに対する阻害剤は糖尿病の治療薬となると考えられる.すなわち,R3 RPTPサブファミリーの活性を阻害すると,少ないインスリンであってもインスリン受容体が十分に活性化するため,高血糖を改善することができると推定される.今後,R3 RPTPサブファミリーメンバーを標的とする糖尿病治療薬が開発されるであろう.

10. おわりに

これまでRPTPファミリーには,細胞膜近傍でチロシンリン酸化された基質タンパク質を非特異的に脱リン酸化しているというイメージがあったが,PTPRZに見いだされた細胞外リガンド分子による活性制御や基質特異性は,RPTPファミリーがRPTKファミリーと同様に,選択的に細胞内シグナルを制御する受容体であることを示している.筆者らは,こうしたRPTPの有するシグナル特異性から,RPTKと同様RPTPファミリーも重要な創薬標的となりうると考えている.PTP標的薬の開発においては,阻害剤の特異性や細胞膜通過性などが問題点として認識されている.最近,これまでにないアロステリック阻害様式を持つ化合物も発見され,乳がん動物モデルにおける有効性が報告された46).筆者らのグループも,PTP創薬研究を目指して産学連携を進めようとしている.

謝辞Acknowledgments

ここで紹介した筆者らの研究成果は,発表論文からもわかるように国内外の数多くの研究者との共同研究の成果であり,ここに深く謝意を表します(当部門のホームページ,http://niwww3.nibb.ac.jp/)。

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著者紹介Author Profile

藤川 顕寛(ふじかわ あきひろ)

自然科学研究機構基礎生物学研究所統合神経生物学研究部門研究員.博士(工学).

略歴

1998年広島大学大学院工学研究科博士課程(後期)工学博士取得.同年より現在,基礎生物学研究所統合神経性生物学研究部門研究員.

研究テーマと抱負

タンパク質チロシンリン酸化による細胞内シグナルの制御の分子機構全般,現在,受容体型タンパク質チロシンホスファターゼPTPRZによる神経シナプス機能の制御とその生理的意義の解明を目指している.

趣味

ドライブ.

新谷 隆史(しんたに たかふみ)

自然科学研究機構基礎生物学研究所統合神経生物学研究部門准教授.博士(理学).

略歴

1989年京都大学農学部卒業.1997年総合研究大学院大学博士課程修了.1998年基礎生物学研究所助手,2007年同助教を経て,10年より現職.

研究テーマと抱負

神経系の発生並びに機能発現に重要な役割を果たす新規シグナル伝達系の同定とその生理機能の解明.特にRPTPsの生理機能と細胞骨格の制御機構を分子・細胞レベルから動物個体レベルの研究から明らかにして行きたい.

趣味

サイクリング.

野田 昌晴(のだ まさはる)

自然科学研究機構基礎生物学研究所統合神経生物学研究部門教授.博士(医学).

略歴

1983年京都大学大学院医学研究科博士課程修了.91年より現職,基礎生物学研究所 統合神経性生物学研究部門教授.

研究テーマと抱負

研究テーマは多岐にわたっているが(http://www.nibb.ac.jp/sections/neurobiology/noda/参照),最近は研究成果を社会に役立てることを考えている.

ウェブサイト

http://niwww3.nibb.ac.jp/

趣味

囲碁,将棋,散策.

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