生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
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Journal of Japanese Biochemical Society 87(5): 591-596 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870591

みにれびゅうMini Review

がんに強いマウスを作るがんの分子標的予防医学の開発に向けてProduction and characterization of cancer resistant mouse: Toward development of molecular preventive medicine of cancer

1神奈川歯科大学大学院歯学研究科Graduate School of Dentistry, Kanagawa Dental University ◇ 〒238-8580 神奈川県横須賀市稲岡町82番地Inaoka-cho 82, Yokosuka-shi, Kanagawa 238-8580, Japan

2神奈川歯科大学口腔難治疾患研究センターOral Health Science Research Center, Kanagawa Dental University ◇ 〒238-8580 神奈川県横須賀市稲岡町82番地Inaoka-cho 82, Yokosuka-shi, Kanagawa 238-8580, Japan

受付日:2015年5月7日Received: May 7, 2015
発行日:2015年10月25日Published: October 25, 2015
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1. はじめに

ヒトにがんができる確率は非常に低い.日本において国民の1/2が一生のうちにがんに罹患し,1/3ががんで死亡することを考えると意外に思われるかもしれない.しかし,遺伝子の変異率の観点から考えると,実際に臨床的にがんと診断されるヒトの数は非常に少ない.

60兆個の細胞から構成されている我々の身体では,毎日およそその1/10の細胞の複製が行われている.遺伝情報を持つDNAの複製は非常に正確に行われるが,それでも10億回に1回くらいの複製のミスがあり,遺伝子の変異を生じる.その結果1日6000個の異常な細胞ができると考えられている.ヒトの一生をおよそ80年とすると,一生のうちに80年×365日×6000個,およそ1750万個の異常な細胞ができることになる.通常がんは1個の異常な細胞が増殖してできる.したがってヒトが臨床的にがんと診断されるのは平均すると一生のうちに1回以下であることを考えると,生体内で生成した異常な細胞から臨床的にがんができる確率は,1/1750万以下である.これは,異常な細胞の多くが増殖できないこと,および我々の身体にはがん細胞の増殖,進展を抑制する多くの機構が存在することを示唆している.

我々は頭頸部がん(口腔がん)に対して副作用のない治療法の開発を目的として,身体に存在する細胞外で働くがん抑制分子を探索し,白血球の遊走に関与すると考えられているケモカインファミリーのCXCL14が移植がんの増殖を抑制する分子であることを見いだした.一般的にがんは多段階で進行することが明らかになっているが,野生型(Wt)マウスの10倍程度のCXCL14を発現するトランスジェニック(Tg)マウスを用いた我々の解析から,CXCL14は発がん,がんの増殖,転移の段階を抑制する多段階抑制分子であることが明らかになった1)

2. がんの多段階進展機構

上皮増殖因子(EGF)は細胞膜上の受容体(EGFR)に結合し,その細胞内シグナルはRasや,MAPキナーゼ系のMEK1/2,ERK1/2へと伝えられ,細胞増殖や細胞分化に必要な遺伝子の発現が活性化されることが知られている.多くのがんは,上記の過程に関与する分子をコードする遺伝子の変異によるその分子の機能欠失あるいは過剰発現など,一つの細胞の増殖機構の異常(イニシエーション)によってはじまるが,異常な細胞の大部分は増殖できないか,免疫系などによって排除される.この段階で生き残った細胞はさらに他の遺伝子変異やDNAのメチル化,ヒストンの化学修飾等のエピジェネティック変化,炎症等によって供給されるサイトカインなどのシグナルによって増殖が促進(プロモーション)され初めて臨床的に認識されるがん組織となる(図1).このがん細胞のプロモーション過程は周囲の微小環境を形成する細胞や,細胞外マトリックスからのシグナルによっても制御されている2,3).1個のがん細胞が100万個のがん細胞からなる1 mm程度の細胞塊(がん組織)になるのに10年程度かかると考えられている.多くの場合この状態でとどまっていることが多い(休眠状態).この休眠状態も我々の身体に存在する免疫系などによって維持されていると考えられる.実際に米国における60歳以上の事故死等の剖検例により,半数以上に,男性の場合は微小な前立腺がん,女性の場合微小な乳がんが見つかることが報告されていることから,臨床的にがんと診断されていないヒトにも微小ながんが存在し,そのまま寿命を全うする場合が多いと考えられる.

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図1 がんは多段階で進展する

がんは1個のがん細胞の種々の遺伝子変異,タンパク質活性の異常により進展する.それぞれの段階は促進因子と抑制因子の活性のバランスによって保たれている.ケモカインCXCL14はがん化,がん細胞の増殖,転移のすべての段階において抑制因子として機能している.1個のがん細胞が106個の微小がんになるのに10年くらいかかる.その後腫瘍血管の侵入により2~3年以内に肉眼でみえるがん組織となる.治療が有効でないと数か月で個体の致死となる.赤字のRas,Raf,VEGF(血管内皮細胞増殖因子),ANGP1(アンジオポエチン1),CXCL12(ケモカインSDF-1)は腫瘍形成・転移促進作用を示す.青字のp53,Rb,PTEN,AGST(アンジオスタチン),ENDST(エンドスタチン)は腫瘍形成抑制作用を示す.CXCL14はすべての段階で抑制作用を示す.

さらにがん組織が大きくなると,悪性化し,浸潤,転移をする(プログレッション).すべての段階は促進因子と抑制因子のバランスによって成り立っており,1個のがん細胞はこれらの段階を乗り越え,さらに免疫系等の防御系との戦いに勝って初めて臨床的ながん組織となりうる2,3)

3. ケモカインCXCL14は種々のがんの多段階がん抑制分子である

頭頸部がんを含む多くのがんにおいてEGF活性レベルとEGFRの活性化異常が観察される.そこで我々は,生体内に存在していると考えられるがん抑制分子を見いだすために,モデルとしてHSC-3(舌がん)細胞の無血清培養系を用いた.この培養系にEGFを添加して発現が変化する遺伝子を遺伝子チップ法で調べたところ,多くのがんでみられるようにコラゲナーゼ(MMP1)とビメンチンの発現上昇を見いだした(表1).

表1 上皮増殖因子(EGF)による舌がん由来細胞の遺伝子発現の制御
分子名コントロール
Cy3標識
+EGF
Cy5標識
Cy5/Cy3コントロール
Cy5標識
+EGF
Cy3標識
Cy5/Cy3Cy3/Cy5
MMP12240104704.6757926730.224.61
ビメンチン4596168773.67189651700.372.73
TIMP3275521130.7714046312.220.45
IGFBP3608113610.2216434014.090.24
CXCL14717420890.2946376547.090.14
無血清培養したHSC-3細胞にEGFを添加するとMMP1,ビメンチン遺伝子の発現が上昇し,TIMP3,IGFBP3,CXCL14の遺伝子発現が低下する.EGF無添加の培養細胞由来のcDNAとEGF添加培養細胞のcDNAをそれぞれCy5またはCy3で標識し,遺伝子チップで解析し,それぞれの蛍光の発現比を示した.遺伝子名は本文参照.

MMP1はがん細胞の周囲の細胞外マトリックス(ECM)を分解してがん細胞の増殖を促進し,ビメンチンは主に間葉系細胞に発現している細胞内中間径フィラメント分子であるので,これらの発現上昇はがんによる上皮間葉転換による細胞運動の亢進を示唆していると考えられた.一方,三つの遺伝子の発現が有意に低下していた.TIMP3(tissue inhibitor of metalloproteinase 3)はMMP1等のマトリックス分解酵素の活性を阻害し,ECMの分解を防ぐ役割がある.IGFBP3(insulin-like growth factor-binding protein 3)はインスリン様増殖因子(IGF)−1と−2に結合し,IGFがその受容体と結合するのを阻害し,結果として細胞増殖を抑制すると考えられる4,5).よって,これらの遺伝子の発現低下はがんの進展を促進すると思われる(図2A).一方,CXCL14は最初に乳房と腎臓(breast and kidney)での発現が見いだされたタンパク質なのでBRAKと呼ばれていた白血球などの遊走を促進するケモカイン(chemotactic cytokine)ファミリーの一つである6).現在は分子のN末端領域に二つのシステインを含むCXC配列を持つことから統一名としてCXC型ケモカインの14番目のリガンド(CXCL14)と命名されている7).ここでは以後CXCL14を使用する.

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図2 上皮増殖因子(EGF)とCXCL14による遺伝子発現の変化と細胞機能変化の模式図

(A)EGFによる細胞の遺伝子発現と機能の変化:舌がん由来のHSC-3細胞を無血清下で培養し,EGFを添加するとMMP1,ビメンチンの発現が上昇し,TIMP3,IGFBP-3,CXCL14の発現が低下した.生体内におけるこれらの遺伝子変化による細胞機能の変化の模式図を示した.略称と説明は本文を参照.(B)CXCL14発現による細胞機能の変化:がん細胞にCXCL14を発現させると,細胞運動の抑制,腫瘍血管新生の抑制,NK細胞機能の活性化が起こる.

ケモカイン受容体は種々のがんにおいて発現されており,リガンドである種々のケモカインを発現する組織に転移を促進する分子と考えられていたが7),CXCL14はヒトの頭頸部がんでも低下していることが報告されているので,正常細胞で発現しているがん抑制分子の可能性が考えられた.ヒト舌がん細胞(HSC-3)をT細胞機能が欠損しているヌードマウス4)あるいはT細胞,B細胞機能がともに欠損しているSCIDマウス8)の皮下に移植すると1か月後には大きな腫瘍が形成されるのに対して,CXCL14分子を強制発現させた細胞はin vitroの培養系では親細胞と増殖速度に差がみられないが,マウスに移植すると腫瘍が縮小あるいは消滅したので,この分子は生体内で腫瘍抑制分子として機能していると考えられる.

そこで,頭頸部がん以外のがんにおける機能を調べるために,C57BL/6マウスを使用してCXCL14を高発現する(血中のCXCL14の発現量がWtマウスの10倍程度)Tgマウスを3系統作製し,発がんとがんの進展の各段階に対する作用を調べた1)

アゾキシメタン(AOM)を腹腔に注入後,デキストラン硫酸ナトリウムを含む水で間欠的に処理すると,大腸炎関連がんが発生する.Tgマウスではこの実験系での大腸がんの発生頻度がWtマウスの1/10以下であり,有意に発がん率が低かった(図3A, B).また,C57BL/6マウス由来の悪性黒色腫細胞,ルイス肺がん細胞の皮下移植腫瘍においても,TgマウスはWtマウスに比較して腫瘍の増殖速度が有意に遅く,増殖抑制を示した(図3C~F).マウスをあらかじめNK細胞活性を阻害する抗アシアロGM1抗体で処理すると,Wt,Tgともにがんの増殖が促進されたので,移植がんの増殖抑制にはNK細胞が重要であり,特にTgマウスではNK細胞活性に依存する傾向が強いことを示している(図3E, Fにおいて抗asialo GM1抗体処理前後における比(Rの値)はWtよりTgで大きい).

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図3 CXCL14は発がんおよびがん進展の種々の段階を抑制する

Wt:野生型マウス,Tg:CXCL14を多く発現するトランスジェニックマウス.(A)アゾキシメタン/デキストラン硫酸ナトリウムによる化学物質による炎症性大腸がんの誘導系.56日後の大腸のヘマトキシリン染色像.Wtマウスでは腺の融合像,核の異型像(矢印)が観察されたがTgではその頻度が低かった.(B)がんの数はWtの大腸の方が10倍多かった(P<0.001).(C)悪性黒色腫,(D)ルイス肺がん細胞の増殖曲線.□四角,■四角はWt,Tgマウスに腫瘍細胞を移植した場合,○,●はWt,Tgマウスに抗アシアロGM1抗体を注射してNK細胞を除去したマウスに移植した場合.(E)悪性黒色腫,(F)ルイス肺がん細胞移植25日後の腫瘍の大きさの比較.RはWt/Tgの比率,あるいはAnti asialoGM1抗体で処理前/後の比率を示す.(G)悪性黒色腫細胞をマウスの尻尾から注入18日後の肺の写真.転移巣(黒い点)の数はWtマウスの方が圧倒的に多い.(H)マウスに抗アシアロGM1抗体を注射してNK細胞を除去したマウスでは肺全体に黒色種細胞が転移・増殖している.(I)α-ガラクトシルセラミドでNKT細胞を活性化すると,悪性黒色腫細胞の肺転移抑制に対してCXCL14と相乗的に作用する.RはWt/Tgの比率,あるいはα-ガラクトシルセラミドでNKT細胞を活性化前/後の比率を示す.(J)異なる数の悪性黒色腫細胞を注入した場合のWtとTgマウスの生存曲線.常にTgマウスの方がWtマウスより生存率が高く,3×103細胞では3か月後のWtマウスの生存率は50%であったが,Tgでは同条件で100%生存した(文献1の図を改変して引用).* P<0.05, ** P<0.01, *** P<0.001, **** P<0.00001.

がんの進展における腫瘍細胞の急激な増殖には栄養を供給する腫瘍血管の新生が重要な働きをしていることが明らかにされている.そこでこの過程に重要な働きをする血管新生促進分子であるVEGFががん抑制の標的として注目され,VEGFに対する阻害剤が抗がん剤として開発された.しかし臨床的に使用してみると,原発がんは縮小したが,患者の生存期間は延長しない例の存在が判明した.原因を調べると,確かに抗がん剤処理により原発がんは縮小するが,副作用としてがんの浸潤,転移を逆に促進していることが判明した9).この事実はがんの増殖と浸潤・転移が異なる原因で起こるというがんの多段階進展説を支持しているとともに,抗がん剤の副作用として薬剤耐性がんの発生という大きな問題を提起した.

ルイス肺がん細胞の皮下移植の際にがんの肺への転移を調べるとTgマウスにおいてWtより転移巣の数が減少していた.この現象はCXCL14が実際に肺転移を抑制しているのが原因なのか,あるいは移植腫瘍の増殖の抑制による間接的な影響であるのかを調べるために,悪性黒色腫細胞,ルイス肺がん細胞を尾静脈から注入する肺転移モデルを用いて調べた.Tgマウスにおいて肺転移はWtより有意に抑制され,この転移抑制もNK細胞依存的であった(図3G, H1).NK細胞とT細胞の性質を併せ持つナチュラルキラーT(NKT)細胞の機能が最近注目されている.α-ガラクトシルセラミド(α-GalCer)はNKT細胞の特異的リガンドであり,NKT細胞の活性化因子でもある.Wtマウスに悪性黒色腫細胞を注射する前にあらかじめα-GalCerで処理しておくと,NKT細胞は活性化し,悪性黒色腫細胞の肺転移を有意に阻害した.CXCL14 Tgマウスをα-GalCerで処理すると,肺転移はさらに抑制され(図3I),α-GalCerの作用とCXCL14の作用は悪性黒色腫細胞の肺転移を相乗的に抑制した(図3I).また,悪性黒色腫細胞を注入したマウスの生存率に対しても相乗的に作用した1).さらに,注入する悪性黒色腫細胞数を3×103から2×105に変化させてマウスの生存率を調べると,注入腫瘍細胞数が減少するほどTgマウスとWtマウスの生存率の差は大きくなり,注入細胞数3×103では3か月後のWtマウスの生存率が50%に対してTgマウスでは100%であった(図3J).

先に述べたようにがんの進展は複数の遺伝子の変異,修飾,機能の変化,細胞外マトリックスとの相互作用等多くの分子の変化によると考えられているが,CXCL14は発がん,がんの増殖,転移のすべての段階を抑制する多段階抑制分子であることが明らかになった1).抗がん剤のゲフィチニブはEGFRに特異的に結合し,ERK MAPキナーゼの活性化を阻害してがん細胞の増殖を阻害すると考えられている.ERK MAPキナーゼの活性化阻害は同時にCXCL14の発現を促進する10).ヒトの頭頸部がん細胞においてゲフィチニブ処理によるCXCL14の発現の有無は,in vivoにおける移植においてがんの増殖抑制の有無と相関したので10),CXCL14の発現は抗がん剤の効果をあらかじめ調べることができるがん治療の標的分子として有効であると考えられる.

4. 多機能分子としてのCXCL14

CXCL14はほとんどすべての正常細胞で合成されている分子であり,種々の機能が報告されている5).細胞のトランスフォーメーション,あるいはがん化によってCXCL14の発現が低下することから,我々は腫瘍抑制作用を推測し,実際に移植がんにおいて腫瘍増殖抑制作用を明らかにした4–6,10,11).上記に述べたようにEGFにより細胞のがん化に伴う種々の細胞機能変化が起こる(図2A).CXCL14をがん細胞で発現させるとin vitroでは両者の増殖速度は変化しないが4),細胞の動きが抑制された12)in vivoではがん細胞のアポトーシスを促進し10),がんの定着を阻害し11),腫瘍血管の形成を阻害し13),NK細胞の活性を促進する1)と考えられる(図2B).これらの多くの機能が,がんの各段階の抑制に関与していると考えられるが,これがCXCL14と一つの受容体との結合シグナルで説明できるのか,あるいは他の新しい制御機構が存在するのか,今後の興味ある問題である.

5. 分子標的予防医学の開発に向けて

これまでがんに抵抗性のTgマウスには4例の報告がある.Par-4(prostate apoptosis response-4)のSAC領域を発現したTgマウスは自然発がんと腫瘍遺伝子による発がんを抑制するが,このような分子の断片が実際に細胞内で機能している証拠はない.また,ホスファチジルイノシトール3,4,5-トリスリン酸の3位の脱リン酸酵素であるPTENのTgマウスは3-メチルコラントレンによる発がんを抑制するが,マウスの正常細胞の増殖を抑制するため小さなマウスである.また,これまでのがん耐性を示すトランスジェニックマウスの報告はすべて細胞内で機能する分子の過剰発現によるものであり,これらの分子をすべてのがん細胞に過剰発現させて実際に治療に用いることは方法論として難しいと考えられる1)

一方,CXCL14は正常細胞で大量に合成されて細胞外で機能する分子であり,がん細胞そのものでなくとも,周囲の細胞で発現したCXCL14 Tgマウスががん抑制作用を示すことから,すべてのがん細胞にCXCL14を発現しなくとも周囲の細胞にCXCL14を発現させれば発がん,がんの増殖・転移を抑制すると考えられ,将来CXCL14を治療に用いることは可能であると考えられる.

ヘテロのTgマウスとWtマウスを掛け合わせるとTgとWtは同じ比率で生まれ,雌雄の比率も同じであり1),また,Tgマウスは2年間飼育しても異常を示さないこと13),さらに健康人でも常にCXCL14をTgマウスレベルで発現しているヒトが存在することから14),CXCL14の高い発現により大きな副作用は起こらないと考えられる.

現在のがん治療における大きな問題は抗がん剤の副作用と,抗がん剤に耐性を持つがんの再発,および転移である.CXCL14は発がん,がんの増殖,転移を抑制すること,頭頸部がんのような扁平上皮がん,大腸がんのような腺がん,悪性黒色腫と種々のがんを抑制することから多様ながんや耐性がんに効果があることが期待される.

Tgマウスの手法はヒトにはすぐには応用できないが,CXCL14の構造は系統発生的に維持されており,ヒトとマウスのCXCL14タンパク質の相同性は高い.また,CXCL14遺伝子の発現はERK MAPキナーゼの活性化シグナルにより低下し,p38δ MAPキナーゼの活性化により促進することが明らかにされている15)

抗がん剤のようにがん細胞を殺さなくとも,CXCL14の発現を促進する薬,あるいは分子を見つけることができればがんにならない方法,またはかかりにくくする予防法の開発,あるいはがんを休眠状態にするための分子標的としての利用する分子標的予防医学の開発が可能となる.それにより,生涯現役の社会の実現と,社会の活性化,さらに医療費,介護費用を削減することも今後可能となるのではないか?

謝辞Acknowledgments

本研究の遂行に際してご協力いただいた共同研究者の方々に感謝する.また,本ミニレビューで引用した研究は文部科学省ハイテクリサーチセンタープロジェクトおよび科学研究費によって行われた.

引用文献References

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4) Ozawa, S., Kato, Y., Komori, R., Maehata, Y., Kubota, E., & Hata, R. (2006) Biochem. Biophys. Res. Commun., 348, 406–412.

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15) 畑隆一郎(2011)生化学,83, 731–736.

著者紹介Author Profile

畑 隆一郎(はた りゅういちろう)

神奈川歯科大学大学院特任教授,口腔難治疾患研究センター長.医学博士.

略歴

1944年中国上海に生まれる.67年東京都立大学(現首都大学東京)理学部卒業.69年同大学院理学研究科修士課程修了.73年東京医科歯科大学大学院医学研究科修了.同大学難治疾患研究所成人疾患研究部門助教授を経て2000年神奈川歯科大学口腔化学講座教授,後に生体機能学講座教授,10年から現職.

研究テーマと抱負

30年間細胞外マトリックスの研究に従事.2004年,がんで発現が抑制されている分子であるケモカインCXCL14/BRAKの腫瘍抑制作用を見出し,以後この分子の発現制御と腫瘍抑制機構の研究に従事.がんの分子標的治療法,予防法の開発により「生涯現役の社会」と「健康寿命の延長」の実現に貢献したい.

趣味

水泳,アクアビクス.

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