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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 87(5): 597-600 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870597

みにれびゅうMini Review

遺伝性リソソーム病に対する化学シャペロン療法Chemical chaperone therapy for lysosomal storage diseases

鳥取大学生命機能研究支援センター遺伝子探索分野Division of Functional Genomics, Research Center for Bioscience and Technology, Tottori University ◇ 〒683-8503 鳥取県米子市西町86番地Nishi-cho 86, Yonago-shi, Tottori 683-8503, Japan

発行日:2015年10月25日Published: October 25, 2015
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1. はじめに

遺伝性リソソーム病は,リソソーム加水分解酵素などの機能欠損により,脂質や糖脂質などの基質がリソソーム内に蓄積することで引き起こされる先天代謝異常症である1).患者でみられる変異リソソーム酵素タンパク質の多くは,タンパク質折りたたみ構造の異常により,小胞体で合成後速やかに分解される.この変異タンパク質に対し,小胞体に局在し,タンパク質の構造補正を促す役割を担う分子シャペロンタンパク質(熱ショックタンパク質など)の機能を調節することで,変異酵素タンパク質の分解を抑制し,効果を得る方法が示されてきた.しかし,この方法では標的タンパク質に対する特異性が低いことから,不要なタンパク質の蓄積により細胞障害性が生じる,という問題点が指摘されている.

これらの治療戦略に対し筆者らの開発した化学シャペロン療法は,標的とするリソソーム酵素タンパク質に特異的に結合できる低分子化合物を用いることで,標的変異酵素タンパク質のみを構造安定化し,リソソームへの輸送を促進することで酵素活性を上昇させる方法である.このような機能を持つ化合物は,分子シャペロンと区別するため,化学シャペロン(chemical chaperone)や薬理シャペロン(pharmaceutical chaperone),またはシャペロン化合物と称される.この方法は,日本で最初に開発された画期的な治療法であり,ここでは筆者らが中心となって開発してきた,GM1-ガングリオシドーシスに対する化学シャペロン療法を中心に概説する.

2. 遺伝性リソソーム病

リソソームは真核生物の細胞内小器官で,内部は酸性に保たれ,多くのリソソーム加水分解酵素が存在し,複合糖質や脂質などの細胞内基質の分解反応を担っている.このリソソーム酵素やリソソーム酵素が機能するために必要な補酵素の産生異常などリソソーム機能の遺伝的欠損により,本来分解されるべき基質がリソソーム内に異常蓄積することで引き起こされる疾患がリソソーム病である.リソソーム病は,約40種類の原因の異なる疾患からなり,障害を受ける代謝経路,細胞・組織によりさまざまな臨床症状を示し,約半数以上は新生児期から小児期に進行性の重篤な中枢神経障害を主症状として発症する神経難病である.また,個々の疾患の患者数は少ない希少疾患である.リソソーム病の細胞病態は,リソソーム内の基質蓄積が引き金となり,オートファジー異常,小胞体ストレス応答,ミトコンドリア機能異常,カルシウムシグナル異常や炎症反応などさまざまな異常を伴うことが明らかになっている2)

3. リソソーム病の治療法

リソソーム病は,酵素補充療法の確立により,現在,先天性代謝異常症のなかで最も治療が成功している疾患とされている3).この方法では,欠損している酵素を薬剤として体外から投与することで,細胞内の欠損酵素を補充し,リソソーム内の蓄積基質の分解を促進する.また,造血幹細胞移植も臨床応用されているが,これらの手法では,酵素タンパク質が血液脳関門を通過できないことから,中枢神経障害の治療が困難である.遺伝子治療法や幹細胞治療法も研究が進んでいる4).化学シャペロン療法は,血液脳関門を通過できる低分子シャペロン化合物を用い,脳障害に有効な新しい治療法として開発されてきた.

4. シャペロン療法の原理

一般的に,リソソーム病の重症度(発症時期と臨床経過)は,遺伝子変異型と残存酵素活性に相関する.新生児期に発症する重症型の活性はほぼ完全に欠損しており,正常活性の数%でも活性が残っていると遅発型,成人発症例では正常活性の10%程度の活性を示す.よって,正常レベルの10%以上の活性があれば,リソソーム内で基質は十分に分解され,疾患発症を抑えることができると考えられる.また,数%程度の酵素活性上昇でも,十分な治療効果が得られると考えられる5)

小胞体で合成された変異を持たない正常リソソーム酵素タンパク質は,正しい折りたたみ構造を形成し,ゴルジ体で修飾を受けた後,マンノース6-リン酸経路を介してリソソームに輸送される.それに対し,変異酵素タンパク質の多くは折りたたみ構造の異常により,小胞体で合成後速やかに分解される.この変異酵素タンパク質に対し,シャペロン化合物を結合させ,構造異常を補正し,小胞体分解を逃れ,リソソームへの輸送を促進しすることで酵素活性を上昇させるのが化学シャペロン療法の原理である(図1).また,リソソームに運ばれたシャペロン化合物は,酸性条件下で変異酵素タンパク質から解離することで,酵素タンパク質の基質加水分解反応が促進される.

Journal of Japanese Biochemical Society 87(5): 597-600 (2015)

図1 リソソーム病に対する化学シャペロン療法の原理

小胞体で合成後,折りたたみ構造の異常により分解される変異酵素タンパク質に対し,細胞外から低分子化合物(シャペロン化合物)を結合させることで,構造を正常化し,リソソームへの輸送を促進することで,酵素活性を上昇させる.また,化合物はリソソーム内で解離し,酵素の基質分解を促進する.

5. ファブリー病に対するシャペロン化合物の開発

化学シャペロン療法は,鈴木義之博士(現・東京都医学総合研究所)らにより,日本で最初に開発された.初期の研究は主にファブリー病(α-ガラクトシダーゼA欠損症)に対し行われ,最初に基質ガラクトースが変異α-ガラクトシダーゼの安定化活性を示すことが報告された6).次に,ガラクトース類似構造を持つ低分子化合物1-デオキシ-ガラクトノジリマイシン(1-deoxy-galactonojirimycin: DGJ)が,ヒトα-ガラクトシダーゼAに対する強力な阻害剤として同定された.また,ヒト変異α-ガラクトシダーゼAを発現させたモデルマウスに低濃度のDGJを経口投与することで細胞内の酵素タンパク質の発現を上昇させ,心筋,腎などにおける酵素活性の上昇効果を認めた7).現在,DGJは臨床試験が行われており,近くファブリー病のシャペロン治療薬として市販される見込みである8)

6. GM1-ガングリオシドーシスに対するシャペロン化合物の合成

GM1-ガングリオシドーシスは,常染色体劣性リソソーム病の一つで,リソソーム加水分解酵素β-ガラクトシダーゼをコードするGLB1遺伝子変異により起こる5).発症頻度は1/10万~20万人で,臨床型は発症時期により,乳児型,若年型,成人型に分類される.患者は,β-ガラクトシダーゼ酵素の欠損により,基質ガングリオシドGM1などが全身性に蓄積し,進行性の中枢神経症状を発症する.一方,同じGLB1遺伝子異常で起こるモルキオB病では,骨組織にケラタン硫酸が蓄積し,骨・関節異常を示す.ヒトGLB1遺伝子は第3染色体短腕3p21.33に存在し,16エクソンからなり,677アミノ酸をコードする.β-ガラクトシダーゼ酵素タンパク質は小胞体で前駆体として合成後,ゴルジ体で修飾を受け,マンノース6-リン酸受容体によりリソソームに輸送され,リソソーム内でリソソーム性保護タンパク質カテプシンAとノイラミニダーゼと複合体を形成する.現在まで,160種類以上のGLB1遺伝子変異が報告され,そのうち約80%がミスセンス変異である.また,日本人患者に比較的多い変異として,I51T(成人型),R201C(若年型)が知られている.本疾患の中枢障害に有効な治療法は確立されていない.

GM1-ガングリオシドーシスに対するシャペロン化合物の開発にあたって,ファブリー病の例に従い,基質ガラクトースの類似化合物の探索を行った.試験管内基質競合阻害活性を指標にしたスクリーニングの結果,慶応大学理工学部の小川らが合成したカルバ糖アミン誘導体の一つN-octyl-4-epi-β-valienamine(NOEV)が,ヒトβ-ガラクトシダーゼに対する強力な阻害活性を示すことがわかった9).次に,セビリア大学(スペイン)との共同研究により,DGJ誘導体sp2-イミノ糖の一つ,5N,6S-(N′-butyliminomethylidene)-6-thio-DGJ(6S-NBI-DGJ)を同定した10).また,共結晶構造解析により,化合物とヒトβ-ガラクトシダーゼ酵素タンパク質との詳細な結合様態が明らかになった11)

7. シャペロン化合物の試験管内・培養細胞における効果

NOEVと6S-NBI-DGJはともに低分子化合物(分子量287.40, 260.4)で,試験管内で正常ヒトβ-ガラクトシダーゼに対する特異的な基質競合阻害活性を示す(図2A).また,阻害活性は,酸性条件下で中性条件下より約10倍低く,化合物はリソソーム内で酵素タンパク質から容易に解離することが示唆される.

Journal of Japanese Biochemical Society 87(5): 597-600 (2015)

図2 ヒトβ-ガラクトシダーゼに対するシャペロン化合物と効果

(A)ヒトβ-ガラクトシダーゼに対するシャペロン化合物の化学構造.(B)シャペロン化合物の培養線維芽細胞に対する酵素活性上昇効果.NOEV,6S-NBI-DGJは患者細胞に対し,変異型特異的に有意な酵素活性上昇効果を示す(点線は正常活性の10%値を示す).

変異R201Cβ-ガラクトシダーゼを持つ患者由来培養線維芽細胞を,化合物を含む培地で培養すると,細胞内のβ-ガラクトシダーゼ酵素活性を有意に上昇(3~5倍以上)させる効果がみられた(化学シャペロン効果,図2B).同様の効果は,さまざまなGLB1遺伝子変異を含む50種類のGM1-ガングリオシドーシス患者皮膚由来培養線維芽細胞のうち17種類の細胞で認められた12).このことは,シャペロン効果は変異型に特異的であること,すなわち化合物と酵素タンパク質の構造依存的であることを示す.そこで,実際ヒト変異GLB1 cDNA発現細胞系により異なる変異型の効果を調べた結果,NOEVでは22種類,6S-NBI-DGJでは24種類の変異型に有効であることがわかった10,13).また,二つの化合物で効果のある変異が異なり,両化合物で合わせて約40%程度の変異型に有効性を示すことが判明した.この結果は,約60~70%の患者がこの療法に適応する可能性を示唆している.

8. モデルマウスに対する効果

シャペロン効果の脳病変に対する効果を検証するため,マウスGLB1遺伝子ノックアウトマウスにヒト変異GLB1 cDNAをトランスジェニックしたモデルマウス(R201Cマウス)を作製した.このマウスは正常の約5%の残存酵素活性と脳神経細胞内の基質GM1蓄積を示し,ヒト若年型GM1-ガングリオシドーシスのモデルマウスである.

NOEVを1週間飲水投与したR201Cマウスでは,脳組織を含む全身臓器で酵素活性の上昇効果が認められ,神経細胞内の基質蓄積の軽減効果を示した9).長期投与試験では,有意な神経症状の改善効果を認め,発症早期からの投与により,延命効果を認めた14).投与化合物の体内分布を組織内化合物量の質量分析技術を用い検討した結果,NOEVは血液脳関門を通過し,脳組織内に取り込まれることがわかった.また,経口投与停止後数日で組織内から消失し,尿中に排出された15).一方,6S-NBI-DGJの1週間投与試験でもNOEVと同等の効果を認め,脳組織でオートファジー異常の改善効果も認めた10).以上の結果から,経口投与されたシャペロン化合物が腸管から吸収後,脳組織に到達し有効性を発揮することが示された.

9. シャペロン療法の今後の展開

筆者らの成果は,化学シャペロン療法のリソソーム病脳病態に対する有効性を示した,世界で初めての報告であった9).その後,さまざまなリソソーム病に対するシャペロン化合物が開発されている.一方で,シャペロン化合物の多くは基本的には基質競合阻害剤であり,高濃度で使用すると酵素阻害活性を示す問題点が指摘されている.また,シャペロン効果は変異型特異性があり,すべての変異型に有効ではない.最近,標的酵素活性中心以外に結合しアロステリックにシャペロン効果を示す,阻害活性を示さない新しい化合物が開発された16).変異特異性に関しては,さまざまな化合物を開発することで,より多くの有効な変異型を得ることが可能となる.今後,化合物構造デザインの他にも,インシリコ結合解析,タンパク質動態イメージングなどの新しい手法を駆使することで,新規化合物を効率的に探索することが重要と考える.

化学シャペロン療法は原理的に,タンパク質折りたたみ異常を伴うさまざまな疾患に応用することが可能である.今後,多くのシャペロン化合物が開発されることで,それらの疾患の治療薬開発が進展することが望まれる.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

檜垣 克美(ひがき かつみ)

鳥取大学生命機能研究支援センター遺伝子探索分野准教授.博士(生命科学).

略歴

1994年鳥取大学医学部生命科学科卒業.01年博士(生命科学,鳥取大学).01年米国コロンビア大学研究員.03年鳥取大学生命機能研究支援センター助手.04年より現職.

研究テーマと抱負

遺伝性神経変性疾患の分子病態の解明と治療法の開発研究.

難波 栄二(なんば えいじ)

鳥取大学生命機能研究支援センターセンター長,教授.博士(医学).

略歴

1981年鳥取大学医学部卒業.88年米国ノースカロライナ大学研究員.95年鳥取大学遺伝子実験施設助教授.03年鳥取大学生命機能研究支援センター教授.09年より現職.

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