ヒトを含めた多くの動物は集団を形成して生活を営んでおり,集団の中では養育行動や協力行動などの親和的な関係から,攻撃行動や逃避行動など敵対的な関係まで多様な社会関係が観察される.社会適応のためには,集団内で同種他個体に遭遇した際,相手との関係性を理解し,適切な振る舞いを意思決定する必要があり,この意思決定に関わる脳機能に異常が生じると社会適応障害になると考えられている1).社会適応するための脳機能は一般に「社会脳」と呼ばれており,ヒトやサルの研究からその情報処理は前頭前野が担うことが示唆されてきた1,2)一方で,魚類は構造的に明確な前頭前野を持たない点から,高度な社会認知能力や記憶力は持たないと考えられてきた3,4)- 3) Brown, C., Laland, K., & Krause, J.(2006) in Fish Cognition and behavior, pp.1–9, Blackwell Publishing Ltd., Oxford, UK.
- 4) 伊藤博信(2002)魚類のニューロサイエンス(植松一真,伊藤博信,岡良隆編),pp.1–8, 恒星社厚生閣.
.しかし1990年代から行動生態学が発展し,魚類も社会認知能力を持つことが報告された.たとえば,アフリカのタンガニイカ湖に生息する熱帯魚の一種であるシクリッド(Astatotilapia burtoni)は個体間の強弱に従って集団内の順位を厳密に形成する(順位制).シクリッドは各個体とその社会的順位を記憶する能力があり,上位の個体に対しては逃避行動,下位の個体に対しては接近行動を示す.さらに他者どうしの闘いの結果を「観察」することで,集団における自分の社会的順位を推察する能力を有することも報告されている5).つまり,魚類も,他個体を記憶・識別し,相手との社会関係を理解して,適応的に行動を決定するという,きわめて「人間(ヒト)らしい」社会行動を示すのである.しかしながら,魚類の「社会脳」の分子神経基盤はほとんど解明されておらず,ヒトの社会脳と進化的に共通なルーツを持つのかについてはほぼまったくわかっていなかった6).
我々はこの問題を解く上で分子遺伝学のモデル生物であるメダカに着目した.メダカは明治時代から遺伝学の研究材料として使われてきたが,近年,遺伝学的解析に必要なリソースも急速に整備された.メダカバイオリソースプロジェクトは自然変異体系統を含めて約300種類の変異体系統やゲノムライブラリー・cDNAライブラリーを維持しており,また全ゲノム情報解読後,クリスパーなどの最先端のゲノム編集法や遺伝子改変技術も適用できる7).他方,行動生態学については,1950年代からメダカの性行動8)- 8) Ono, T. & Uematsu, T. (1957) J. Fac. Sci. Hokkaido. Univ., 13, 197–202.
や群れ行動のようすが国内の学術誌に記載されているが,再現性のよい定量的な行動実験系は確立されていなかった.我々はメダカの行動を分子遺伝学的手法で解析する目的で,2006年からメダカの社会行動として,メスの配偶者選択9)- 9) Okuyama, T., Yokoi, S., Abe, H., Isoe, Y., Suehiro, Y., Imada, H., Tanaka, M., Kawasaki, T., Yuba, S., Taniguchi, Y., Kamei, Y., Okubo, K., Shimada, A., Naruse, K., Takeda, H., Oka, Y., Kubo, T., & Takeuchi, H. (2014) Science, 343, 91–94.
,オスの配偶者防衛10)- 10) Yokoi, S., Okuyama, T., Kamei, Y., Naruse, K., Taniguchi, Y., Ansai, S., Kinoshita, M., Young, L.J., Takemori, N., Kubo, T., & Takeuchi, H. (2015) PLoS Genet., 11, e1005009.
,集団採餌における社会的学習11)- 11) Ochiai, T., Suehiro, Y., Nishinari, K., Kubo, T., & Takeuchi, H. (2013) PLoS ONE, 8, e71685.
,視覚刺激によって誘起される群れ行動12)- 12) Imada, H., Hoki, M., Suehiro, Y., Okuyama, T., Kurabayashi, D., Shimada, A., Naruse, K., Takeda, H., Kubo, T., & Takeuchi, H. (2010) PLoS ONE, 5, e11248.
などを定量的に解析する手法を確立し,その神経メカニズムにアプローチしてきた.本稿では配偶者選択行動を切り口に,魚類の「社会脳」の分子神経基盤と社会的意思決定モデルについて概説したい.
次にメダカの配偶者選択に関わる分子基盤を解明する目的で,変異体系統の行動検定を行った.神経発生や性決定に異常があるいくつかの変異体系統を入手し,メスの受け入れの程度を定量化したところ,お見合していないオスに対しても受け入れの亢進を示す変異体系統として,CXCR4,CXCR7変異体を同定した.両遺伝子はサイトカイン受容体をコードしており,ゼブラフィッシュでは当該変異体はGnRH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)を合成するニューロンの発生期の細胞移動に異常があるという報告があった13).メダカのGnRHは3種類のパラログ遺伝子(gnrh1~3)によってコードされており,それぞれ脳内で別々の箇所に発現している14,15)- 14) Okubo, K., Sakai, F., Lau, E.L., Yoshizaki, G., Takeuchi, Y., Naruse, K., Aida, K., & Nagahama, Y. (2006) Endocrinology, 147, 1076–1084.
- 15) Karigo, T. & Oka, Y. (2013) Front. Endocrinol., 4, 177.
.CXCR4,CXCR7を機能喪失させた際のGnRH1~3ニューロンの発生過程を観察した結果,GnRH3ニューロン(終神経GnRHニューロン)のみが細胞移動に異常を示し異所的な軸索伸張が観察された.そこで当該変異体の原因遺伝子ではなく,GnRH3ニューロンに着目した研究を開始した.先に同定した変異体ではGnRH3ニューロン以外の細胞において発生異常が生じている可能性があったので,GnRH3ニューロンの破壊実験を行い,特異性の検証を行った.GnRH3ニューロンがクラスターを形成する発生時期に蛍光タンパク質を指標にレーザー破壊を行ったのち,成体で行動実験を行ったところ,CXCR変異体と同様に,お見合したオスに対しても受け入れ亢進をするという行動異常を示した.以上より,GnRH3ニューロンが受け入れの程度を制御している可能性が示唆された.
細胞体が終神経(大脳前部腹側)に存在するGnRH3ニューロンは,軸索を脳内に広く伸ばしており,ペプチドホルモンであるGnRH3を脳全体へ放出することで脳全体の機能を修飾する働きがあると予想されていた15).また神経生理学的特徴として,10 Hz以下の規則的な発火パターンを示すが,その行動生態学的な意義は不明であった15).そこでまず,お見合い相手(オス)の視覚情報がGnRH3ニューロンに入力されているかどうかを検証する目的で,ルースセルパッチクランプ法によりex vivoでの発火頻度の計測を行った.その結果,お見合いをしていないメスのGnRH3ニューロンは2 Hz程度の遅いリズムを示す一方で,お見合い後のメスでは4~5 Hz程度まで発火リズムが有意に速くなることを見いだし,お見合い相手(オス)の情報がGnRH3ニューロンに蓄積され,通常状態から活性化状態へスイッチするモデルが想定された(図1).
GnRH3ニューロンから放出されるGnRH3ペプチドは,軸索末端からの傍分泌経路と,細胞体からの自己分泌経路があると考えられており,GnRH3ニューロン自身の細胞体に発現するGnRH受容体で受容することで自発発火頻度上昇が誘導されることが報告されている.さらに,自発発火頻度とGnRH3ペプチド放出との間の正の相関が示唆されていた点と合わせて,自己分泌を介した正のフィードバックループ構造がスイッチとして機能しうる神経メカニズムが垣間みえる.そこで,GnRH3ペプチドが活性化状態への遷移に必要であるかを検証するため,ティリング法を用いて,メダカ変異体の精子ライブラリーからgnrh3遺伝子に変異が入った系統を検索・同定した.gnrh3遺伝子変異体を作製し,行動検定をした結果,gnrh3変異体のメスはお見合い相手のオスへの受け入れ亢進を示さず,さらにgnrh3変異体のGnRH3ニューロンはお見合い後も発火頻度は低いままであり,お見合いによる活性化状態へのスイッチングが生じないことが明らかとなった.また,我々の実験から,野生型のメスでは特定のオスを6時間程度みると,GnRH3ニューロンの発火リズムが上昇することがわかっている.このGnRH3ペプチドによる「自発発火頻度上昇に従って減衰する正のフィードバック」と,視覚情報入力による「神経興奮の導入」は,理論的にはきわめてシンプルな「情報を蓄積」する素子を構成しうる点は興味深い.OFFとONという二相的なフェイズの間を揺れ動きつつ,閾値を超えるとスイッチが入り,ON状態を維持し続けるというこの素子は,社会的な意思決定段階(social decision-making)における競争モデル(Race Model)としてのスイッチ16)と解釈することができる.
引用文献References
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8) Ono, T. & Uematsu, T. (1957) J. Fac. Sci. Hokkaido. Univ., 13, 197–202.
9) Okuyama, T., Yokoi, S., Abe, H., Isoe, Y., Suehiro, Y., Imada, H., Tanaka, M., Kawasaki, T., Yuba, S., Taniguchi, Y., Kamei, Y., Okubo, K., Shimada, A., Naruse, K., Takeda, H., Oka, Y., Kubo, T., & Takeuchi, H. (2014) Science, 343, 91–94.
10) Yokoi, S., Okuyama, T., Kamei, Y., Naruse, K., Taniguchi, Y., Ansai, S., Kinoshita, M., Young, L.J., Takemori, N., Kubo, T., & Takeuchi, H. (2015) PLoS Genet., 11, e1005009.
11) Ochiai, T., Suehiro, Y., Nishinari, K., Kubo, T., & Takeuchi, H. (2013) PLoS ONE, 8, e71685.
12) Imada, H., Hoki, M., Suehiro, Y., Okuyama, T., Kurabayashi, D., Shimada, A., Naruse, K., Takeda, H., Kubo, T., & Takeuchi, H. (2010) PLoS ONE, 5, e11248.
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