生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 87(5): 605-608 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870605

みにれびゅうMini Review

「社会脳」の進化的起源の解明を目指して社会的意思決定を担う終神経GnRH3ニューロンExploring evolutionary roots of “social brain”: Central role of terminal nerve GnRH3 neurons in social decision making

1RIKEN-MIT Center for Neural Circuit Genetics (Tonegawa Lab), Picower Institute for Learning and Memory, Massachusetts Institute of Technology ◇ 43 Vassar Street, Bldg. 46-6461, Cambridge, MA 02139, United States of America

2岡山大学大学院自然科学研究科Graduate School of Natural Science and Technology, Okayama University ◇ 〒700-8530 岡山市北区津島中三丁目1番1号Tsushimanaka 3-1-1, Kita-ku, Okayama-shi, Okayama 700-8530, Japan

発行日:2015年10月25日Published: October 25, 2015
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1. 魚類に「社会脳」は存在するか?

ヒトを含めた多くの動物は集団を形成して生活を営んでおり,集団の中では養育行動や協力行動などの親和的な関係から,攻撃行動や逃避行動など敵対的な関係まで多様な社会関係が観察される.社会適応のためには,集団内で同種他個体に遭遇した際,相手との関係性を理解し,適切な振る舞いを意思決定する必要があり,この意思決定に関わる脳機能に異常が生じると社会適応障害になると考えられている1).社会適応するための脳機能は一般に「社会脳」と呼ばれており,ヒトやサルの研究からその情報処理は前頭前野が担うことが示唆されてきた1,2)一方で,魚類は構造的に明確な前頭前野を持たない点から,高度な社会認知能力や記憶力は持たないと考えられてきた3,4).しかし1990年代から行動生態学が発展し,魚類も社会認知能力を持つことが報告された.たとえば,アフリカのタンガニイカ湖に生息する熱帯魚の一種であるシクリッド(Astatotilapia burtoni)は個体間の強弱に従って集団内の順位を厳密に形成する(順位制).シクリッドは各個体とその社会的順位を記憶する能力があり,上位の個体に対しては逃避行動,下位の個体に対しては接近行動を示す.さらに他者どうしの闘いの結果を「観察」することで,集団における自分の社会的順位を推察する能力を有することも報告されている5).つまり,魚類も,他個体を記憶・識別し,相手との社会関係を理解して,適応的に行動を決定するという,きわめて「人間(ヒト)らしい」社会行動を示すのである.しかしながら,魚類の「社会脳」の分子神経基盤はほとんど解明されておらず,ヒトの社会脳と進化的に共通なルーツを持つのかについてはほぼまったくわかっていなかった6)

我々はこの問題を解く上で分子遺伝学のモデル生物であるメダカに着目した.メダカは明治時代から遺伝学の研究材料として使われてきたが,近年,遺伝学的解析に必要なリソースも急速に整備された.メダカバイオリソースプロジェクトは自然変異体系統を含めて約300種類の変異体系統やゲノムライブラリー・cDNAライブラリーを維持しており,また全ゲノム情報解読後,クリスパーなどの最先端のゲノム編集法や遺伝子改変技術も適用できる7).他方,行動生態学については,1950年代からメダカの性行動8)や群れ行動のようすが国内の学術誌に記載されているが,再現性のよい定量的な行動実験系は確立されていなかった.我々はメダカの行動を分子遺伝学的手法で解析する目的で,2006年からメダカの社会行動として,メスの配偶者選択9),オスの配偶者防衛10),集団採餌における社会的学習11),視覚刺激によって誘起される群れ行動12)などを定量的に解析する手法を確立し,その神経メカニズムにアプローチしてきた.本稿では配偶者選択行動を切り口に,魚類の「社会脳」の分子神経基盤と社会的意思決定モデルについて概説したい.

2. 視覚記憶を介したメダカメスの配偶者選択

メダカのメスの性周期はわずか1日であり,ヒトの1か月と比較すると非常に短く,性成熟したメスは,毎朝5~20個の卵を排卵する.研究開始当時,前の晩からメダカのオス・メスのペアーを視覚的に認識(お見合い)させると,翌朝ペアーを一緒にしたときに受精卵を集めやすいことがメダカ研究者の間でよく知られていた.そこで我々はまずメダカのメスがお見合い相手を記憶・識別しているのかを検定した.オス・メスのペアーを同じ水槽に入れるとすぐにメダカのオスは特徴的な求愛行動を示し,しばらくするとメスが受け入れ放卵・放精に至る.この「求愛を受け入れるまでの時間」を指標にメスの受け入れの程度を定量したところ,お見合いした場合には平均10秒程度であったのに対し,お見合いしない場合は,メスが拒絶行動を示すため平均60秒程度かかり,お見合いの効果によりメスが受け入れるまでの時間が有意に短縮することが示された.また,メスをお見合い相手とは異なるオスと同じ水槽に入れると,この受け入れ時間の短縮は起こらず,メスはお見合い相手を記憶・識別していることが示唆された.次に,視覚情報が配偶者選択にも影響を与えるかどうかを検証する目的で,メス,メスのお見合相手,お見合していないオスの三者の性行動を定量した.力関係が対等な2匹のオスを用いて,片方のオスのみをお見合いさせると,メスは9割以上の割合でお見合したオスを性的パートナーとして積極的に選択した.以上の結果から,メダカのメスはオスを視覚的に記憶し「相手と面識があるか否か」という社会関係に基づいた配偶者選択行動を示すことが見いだされた.

3. メダカの配偶者選択の分子神経基盤の解析

次にメダカの配偶者選択に関わる分子基盤を解明する目的で,変異体系統の行動検定を行った.神経発生や性決定に異常があるいくつかの変異体系統を入手し,メスの受け入れの程度を定量化したところ,お見合していないオスに対しても受け入れの亢進を示す変異体系統として,CXCR4,CXCR7変異体を同定した.両遺伝子はサイトカイン受容体をコードしており,ゼブラフィッシュでは当該変異体はGnRH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)を合成するニューロンの発生期の細胞移動に異常があるという報告があった13).メダカのGnRHは3種類のパラログ遺伝子(gnrh1~3)によってコードされており,それぞれ脳内で別々の箇所に発現している14,15).CXCR4,CXCR7を機能喪失させた際のGnRH1~3ニューロンの発生過程を観察した結果,GnRH3ニューロン(終神経GnRHニューロン)のみが細胞移動に異常を示し異所的な軸索伸張が観察された.そこで当該変異体の原因遺伝子ではなく,GnRH3ニューロンに着目した研究を開始した.先に同定した変異体ではGnRH3ニューロン以外の細胞において発生異常が生じている可能性があったので,GnRH3ニューロンの破壊実験を行い,特異性の検証を行った.GnRH3ニューロンがクラスターを形成する発生時期に蛍光タンパク質を指標にレーザー破壊を行ったのち,成体で行動実験を行ったところ,CXCR変異体と同様に,お見合したオスに対しても受け入れ亢進をするという行動異常を示した.以上より,GnRH3ニューロンが受け入れの程度を制御している可能性が示唆された.

4. スイッチとして機能するGnRH3ニューロン

細胞体が終神経(大脳前部腹側)に存在するGnRH3ニューロンは,軸索を脳内に広く伸ばしており,ペプチドホルモンであるGnRH3を脳全体へ放出することで脳全体の機能を修飾する働きがあると予想されていた15).また神経生理学的特徴として,10 Hz以下の規則的な発火パターンを示すが,その行動生態学的な意義は不明であった15).そこでまず,お見合い相手(オス)の視覚情報がGnRH3ニューロンに入力されているかどうかを検証する目的で,ルースセルパッチクランプ法によりex vivoでの発火頻度の計測を行った.その結果,お見合いをしていないメスのGnRH3ニューロンは2 Hz程度の遅いリズムを示す一方で,お見合い後のメスでは4~5 Hz程度まで発火リズムが有意に速くなることを見いだし,お見合い相手(オス)の情報がGnRH3ニューロンに蓄積され,通常状態から活性化状態へスイッチするモデルが想定された(図1).

Journal of Japanese Biochemical Society 87(5): 605-608 (2015)

図1 社会的意思決定過程を担うGnRH3ニューロンの理論競争モデル(Race Model)

GnRH3ニューロンに対する外部からの入力(オスの視覚情報),および正のフィードバックループ(GnRH3ペプチドの自己分泌過程)が,排反な二相状態を規定するスイッチとして機能しうる.オスの視覚的に認知したというアナログ情報は自発発火頻度という形で蓄積し,拒絶と受け入れという0と1のデジタル情報へと変換される.

GnRH3ニューロンから放出されるGnRH3ペプチドは,軸索末端からの傍分泌経路と,細胞体からの自己分泌経路があると考えられており,GnRH3ニューロン自身の細胞体に発現するGnRH受容体で受容することで自発発火頻度上昇が誘導されることが報告されている.さらに,自発発火頻度とGnRH3ペプチド放出との間の正の相関が示唆されていた点と合わせて,自己分泌を介した正のフィードバックループ構造がスイッチとして機能しうる神経メカニズムが垣間みえる.そこで,GnRH3ペプチドが活性化状態への遷移に必要であるかを検証するため,ティリング法を用いて,メダカ変異体の精子ライブラリーからgnrh3遺伝子に変異が入った系統を検索・同定した.gnrh3遺伝子変異体を作製し,行動検定をした結果,gnrh3変異体のメスはお見合い相手のオスへの受け入れ亢進を示さず,さらにgnrh3変異体のGnRH3ニューロンはお見合い後も発火頻度は低いままであり,お見合いによる活性化状態へのスイッチングが生じないことが明らかとなった.また,我々の実験から,野生型のメスでは特定のオスを6時間程度みると,GnRH3ニューロンの発火リズムが上昇することがわかっている.このGnRH3ペプチドによる「自発発火頻度上昇に従って減衰する正のフィードバック」と,視覚情報入力による「神経興奮の導入」は,理論的にはきわめてシンプルな「情報を蓄積」する素子を構成しうる点は興味深い.OFFとONという二相的なフェイズの間を揺れ動きつつ,閾値を超えるとスイッチが入り,ON状態を維持し続けるというこの素子は,社会的な意思決定段階(social decision-making)における競争モデル(Race Model)としてのスイッチ16)と解釈することができる.

5. おわりに

メダカのメスはオスを視覚的に記憶し「相手と面識があるか否か」という社会関係に基づいて配偶者選択をしている.また,その社会的な意思決定段階でGnRH3ニューロンが中心的な役割を果たしており,GnRH3ニューロンの活性化が「特定のオスを視覚記憶した状態」を表現している可能性がある.GnRH3ニューロンが個体記憶に関わる脳領域とどのように神経ネットワークを接続しており,どのように適応的な意思決定を実現しているのかというのは,「社会脳」の神経基盤の全容を解明する上で非常に魅力的な次課題であるといえよう.進化的にヒトへとつながる「社会脳」の基本設計図が,メダカを用いた神経科学から解き明かされることを期待している.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した配偶者選択の神経基盤に関する研究は,横井佐織博士,阿部秀樹博士,磯江泰子さん,末廣勇司博士,今田はるかさん,田中実博士,川崎隆史博士,弓場俊輔博士,大久保範聡博士,谷口善仁博士,亀井保博博士,島田敦子博士,成瀬清博士,武田洋幸博士,岡良隆博士,久保健雄博士との共同研究として遂行されました.また近藤寿人博士,阿部啓子博士,古谷-清木誠博士からcxcr4 (kazura) and cxcr7 (yanagi)変異体および,名古屋大学若松裕子博士からSTIII系統,長濱嘉孝博士から遺伝子導入メダカ,Tg(gnrh1:gfp),Tg(gnrh3:gfp)を譲渡していただきました.本研究に参加,協力してくださった方々に心より感謝申し上げます.また本研究は基礎生物学研究所重点共同利用研究課題(10-104),JSPS科研費(23300115),日本学術振興会特別研究員制度,細胞科学研究財団育成助成制度,包括脳ネットワークによる助成により進められました.

引用文献References

1) Ruff, C.C. & Fehr, E. (2014) Nat. Rev. Neurosci., 15, 549–562.

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4) 伊藤博信(2002)魚類のニューロサイエンス(植松一真,伊藤博信,岡良隆編),pp.1–8, 恒星社厚生閣.

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著者紹介Author Profile

奥山 輝大(おくやま てるひろ)

マサチューセッツ工科大学ピカワー学習記憶研究所利根川ラボ博士後研究員.博士(理学).

略歴

1983年東京都に生る.2006年東京大学理学部生物学科卒業.11年同大学院生物科学科博士課程修了.13年より現職.

研究テーマと抱負

マウスとメダカを用いて個体記憶・認識を介した社会性行動に多角的にアプローチしています.

ウェブサイト

http://tonegawalab.org

趣味

魚釣り,肴料理.

竹内 秀明(たけうち ひであき)

岡山大学大学院自然科学研究科分子行動学研究室(主宰)准教授.博士(薬学).

略歴

1994年東京大学薬学部薬学科卒業.99年同大学院薬学系研究科博士課程機能薬学専攻修了.99年より博士後研究員を経て2004年より東京大学大学院理学系研究科にて助手,助教.15年より現職.

研究テーマと抱負

小型魚類であるメダカを用いて「社会脳」の基本設計図と動作原理を解明し,ヒトを含む様々な動物と比較することで,私達の「こころ」のルーツを探したいと思っています.

ウェブサイト

http://researchmap.jp/Takeuchi/

趣味

料理.

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