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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 87(5): 609-611 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870609

みにれびゅうMini Review

がん細胞の接着および運動における基底膜分子ラミニン-511とその受容体Lu/B-CAMの役割Roles of Lu/B-CAM in tumor cell adhesion and migration on laminin-511

東京薬科大学薬学部School of Pharmacy, Tokyo University of Pharmacy and Life Sciences ◇ 〒192-0392 東京都八王子市堀之内1432番地1Horinouchi 1432-1, Hachioji-shi, Tokyo 192-0392, Japan

発行日:2015年10月25日Published: October 25, 2015
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1. はじめに

基底膜は,主に上皮細胞と間質の間に存在する薄い膜状の構造体であり,組織を安定させる重要な役割を担っている.その構成成分は,ラミニンをはじめとする細胞外マトリックスタンパク質である.基底膜の異常は,ネフローゼ,筋ジストロフィ,類天疱瘡,がん細胞の浸潤などさまざまな病態と関連している.がん細胞は浸潤するにあたって,基底膜を分解するだけでなく,足場として利用しながら通過する必要がある.これまでのがん細胞浸潤の研究では,がん細胞により分泌され基底膜を分解するタンパク質分解酵素を中心に行われてきた.そして近年になって基底膜分子の多様性が明らかになり,がん細胞の足場としての役割も解明され始めている.さらにがん細胞が基底膜を足場として利用するためには,基底膜分子に対する受容体の発現や活性化も求められる.本稿では,基底膜分子ラミニン-511の受容体であるLu/B-CAMを中心に概説し,がん細胞の接着および運動におけるその役割について紹介する.

2. Lu/B-CAM

Lutheran glycoprotein(Lu)は,Lutheran血液型の抗原として,また鎌状赤血球症の塞栓形成に関与する分子として研究されてきた1,2).一方,スプライスバリアントであるbasal cell adhesion molecule(B-CAM)は,卵巣がんにおいて発現が上昇する抗原として発見された.この二つの分子を区別しない場合はLu/B-CAMまたはCD239,日本語ではルテランと表記されている.LuおよびB-CAMは,免疫グロブリンスーパーファミリーに属する細胞膜1回貫通型の糖タンパク質であり,五つの免疫グロブリン様ドメインからなる共通の細胞外領域を持っている(図1).ラミニン-511と結合する部位はC1-I1ドメインの間に位置し,Asp343が結合に最も深く関わるアミノ酸として報告されている3).さらにC1-I1ドメインの間にはヒンジ領域があり,図に示すように弯曲して結合する.最近,筆者らはラミニン-511との結合を阻害する抗Lu/B-CAMモノクローナル抗体を見いだし,その結合部位について解析した4).本モノクローナル抗体は,Lutheran血液型のLU4の抗原部位であるArg175を認識し,ラミニン-511の結合部位を直接でなく,立体障害的に阻害していた.

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図1 Lutheran glycoprotein(Lu,ルテラン)とbasal cell adhesion molecule(B-CAM)の構造

(A)細胞外ドメイン:五つの免疫グロブリン様ドメイン(V-C1-I1-I1-I1)からなり,五つの糖鎖結合部位を持つ.(B)細胞内ドメイン:Ⓟで示したセリン残基がリン酸化される.

LuとB-CAMは細胞内ドメインにおいて構造が異なっている1,2).Luの細胞内ドメインは59残基のアミノ酸からなり,B-CAMではLuの配列のうち40残基が欠損している(図1B).LuとB-CAMの共通の細胞内ドメインには,スペクトリンやユビキチン結合酵素であるubc9の結合部位が存在し,スペクトリンとの相互作用が失われるとラミニン-511への細胞接着が亢進する.Luに特有の領域には,SH3結合モチーフ,リン酸化部位やdi-leucineモチーフがみられる.リン酸化部位は,プロテインキナーゼAを介した細胞内シグナルによってリン酸化され,鎌状赤血球のラミニン-511への細胞接着を亢進する.

B-CAMの構造はLuとオーバーラップするため,B-CAMは分子量の違いにより検出するしかない.マウス組織抽出物を用いた結果から,正常組織での発現は主にLuであり,ラミニン-511と同様にほとんどの臓器に発現していた5).一方,B-CAMは正常組織ではほとんどみられず,がん細胞においてLuとともに検出された.B-CAMはLuの細胞内ドメインの大部分を欠損していることから,Luの機能を抑制するデコイのような役割も想定される.

Lu/B-CAMのノックアウトマウスは,そのリガンドであるラミニンα5鎖ノックアウトマウスと同様に腎臓,肺,胎盤などの発生に障害がみられる表現型が期待されたが,目立った変化はみられず正常に成長した6).これまでの報告は,細胞内からLu/B-CAMに対するinside-outシグナルのみで,ラミニン-511との結合によるoutside-inシグナルの報告は見あたらない.エピネフリンで刺激された鎌状赤血球ではLu/B-CAMを介したラミニン-511への接着が亢進することなどから1),形態形成における役割というよりも,恒常性に関わる生理的な役割があるのかもしれない.

3. Lu/B-CAMとラミニン-511の結合

ラミニンを構成する3本の鎖には(図2A),それぞれα鎖が5種類,β鎖が3種類,γ鎖が3種類ある7).その組み合わせによって19種類のアイソフォームが存在する.このアイソフォームの中で,α5,β1,γ1からなるラミニン-511は,成体基底膜の中心的なラミニンである.ラミニン-511に結合する細胞表面の受容体は,Lu/B-CAMに加えてインテグリン,シンデカン,ジストログリカンが知られており,それらとの結合はα5鎖のC末端側に存在するLGドメインによって主に担われている.このLGドメインは,さらに五つのLGモジュールからなり,α5鎖LG1~3によってLu/B-CAMの結合部位が形成される8)図2B).また,α5鎖LG1~3はインテグリンα3β1およびα6β1の結合部位であり9),Lu/B-CAMと競合的に結合することが明らかになっている.Lu/B-CAMとインテグリンの結合部位の形成には,α5鎖LG1~3のアミノ酸配列だけでなく,β1鎖とγ1鎖も求められる.インテグリンの結合においてγ1鎖C末端のグルタミン酸が必須であると報告されているが10),それ以外にLu/B-CAMやインテグリンの結合に必要なアミノ酸は未解明のままになっており,詳細な受容体結合部位の解明が求められている.

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図2 ラミニン-511とLu/B-CAMの結合

(A)ラミニン-511,(B)Lu/B-CAMの結合部位.

4. Lu/B-CAMとがん

Lu/B-CAMはB-CAM発見の経緯からがんとの関連が示唆されており,筆者らも肝細胞がんで発現上昇することを見いだしてきた11).肝細胞は上皮細胞であるにも関わらず,基底膜を伴わないため,ラミニンおよびその受容体の発現もみられない.しかしながら,がん化するとラミニン-511が発現するようになり,それに伴って受容体も発現するようになる.特にLu/B-CAMの発現は分化度に関わらず観察される.また,Lu/B-CAMは,膜結合型のマトリックスメタロプロテアーゼであるMT1−MMPによって切断され細胞表面から遊離する12).遊離したLu/B-CAMは肝細胞がんの患者血漿中にも検出され,肝細胞がんの診断に有効なマーカーの一つとして期待される13)

5. Lu/B-CAMとラミニン-511の相互作用によるがん細胞の接着抑制と運動促進

ラミニン-511は,強力な細胞接着活性を持つだけでなく,細胞運動を促進する.この細胞接着と運動の受容体として,インテグリンα3β1が主要な役割を果たしている.しかしながら,細胞接着と運動が促進されるがん細胞において,Lu/B-CAMの発現もみられることから,その関与が示唆されていた.筆者らは,LuおよびB-CAMがインテグリンα3β1と同様にラミニン-511と結合するにも関わらず,細胞接着を抑制することを見いだした14).この実験結果から,インテグリンにはリガンドとの結合によって細胞接着から伸展を促す細胞内シグナルのカスケードがあるのに対して,Lu/B-CAMの結合は細胞内シグナルを惹起しないため細胞接着に不十分であり,かえってインテグリンによる細胞接着を妨げていることが示唆された.さらにLu/B-CAMは細胞接着を抑制することで,ラミニン-511による細胞運動を促進するものと考えられた.

以上をまとめると,高活性型インテグリンα3β1がLu/B-CAMよりも優位にラミニン−511に結合する場合,細胞は安定的に接着する(図3A).一方,がん細胞では低活性型インテグリンα3β1やLu/B-CAMが増加し,低活性型インテグリンα3β1とLu/B-CAMがラミニン-511に対して競合的に結合するようになり,結果として細胞接着が弱まり,細胞運動を促進しているのではないかと考えている(図3B).

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図3 Lu/B-CAMとラミニン-511の相互作用による細胞運動の促進

6. おわりに

本稿では,がんの浸潤過程に必要な細胞の接着および運動におけるLu/B-CAMの役割について述べた.一方,鎌状赤血球で発現するLu/B-CAMは,血管基底膜のラミニン-511と結合し,塞栓形成に関与している.血流中のがん細胞が血管基底膜に接着するのは容易なことではないが,鎌状赤血球と同様のメカニズムによって,がん細胞は血管基底膜のラミニン-511に接着し,転移を成立させているのかもしれない.

最近,iPS細胞の標準的な培養基質として使用されているラミニン-511 E8断片15)が医療用として認可された.iPS細胞でもLu/B-CAMが発現することから(未発表),未分化または分化への方向を決定する分子として期待される.

謝辞Acknowledgments

研究成果は,主に東京薬科大学薬学部病態生化学教室で行われたもので,野水基義教授をはじめとするスタッフおよび大学院生に,この場を借りて深く御礼申し上げます.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

吉川 大和(きっかわ やまと)

東京薬科大学薬学部准教授.博士(理学).

略歴

1966年神奈川県生まれ.90年横浜市立大学文理学部生物学科卒業,95年同大大学院博士課程修了.徳島大学,大阪府立母子センター研究所,スウェーデン国ウプサラ大学,ルンド大学,米国ワシントン大学,札幌医科大学を経て,05年東京薬科大学薬学部講師,09年より現職.

研究テーマと抱負

iMatrix-511の製品化には関わっていないが,製品化によって,その根幹となる研究を行った自分も少し日の目を見た気がした.そして研究の実用化が,基礎研究を肯定するためにも,改めて重要だと実感した.

ウェブサイト

http://researchmap.jp/yamatokikkawa/, https://scholar.google.com/citations?user=d75lIhQAAAAJ&hl=ja

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