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公益社団法人日本生化学会
Journal of Japanese Biochemical Society 87(5): 625-628 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870625

みにれびゅう

電位依存性プロトンチャネル(VSOP)の結晶構造から考察するプロトン漏洩制御機構

1大阪大学蛋白質研究所蛋白質解析先端研究センター超分子構造解析学研究室 ◇ 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘3番2号

2大阪大学未来戦略機構教育・研究推進部門生体統御ネットワーク医学教育プログラム ◇ 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2番2号

3国立研究開発法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業さきがけ「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」研究領域

4大阪大学大学院医学系研究科 ◇ 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2番2号

5国立研究開発法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業CREST「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」研究領域 ◇ 〒102-0076 東京都千代田区五番町7番地

発行日:2015年10月25日
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1. はじめに

電位依存性カリウム,ナトリウムチャネル(Kv, Nav)に代表される電位依存性イオンチャネルは膜貫通領域の4本のヘリックスからなる電位センサーと2本のヘリックスからなるイオンポアで構成される.この分子は四量体を形成し,その中央でイオンを選択的に透過する(図1A

).これらの分子は特に神経軸索に存在し神経の活動電位の発生を担っている.この電位センサーはKvやNavなどに特徴的なドメインであると考えられてきたが,岡村らによって,2005年に第5,6番目の膜貫通領域であるイオンポア領域がPTEN酵素と類似したドメインに置き替わった電位依存性脱リン酸化酵素(VSP)1)が同定され,さらに2006年に電位センサーのみからなる電位依存性プロトン(H+)チャネル(VSOP)が同定された2,3).これら二つの新奇な電位センサータンパク質の発見をきっかけに,電位センサーを持つタンパク質は従来知られていた電位依存性イオンチャネルだけではなく,より広範な電位センサースーパーファミリーを形成していることが知られるようになった.この発見は衝撃的であり,すなわち,生体はさまざまな電位センサータンパク質が細胞膜の分極状態の変化を利用してさまざまな生理機能をコントロールしているという,電位センサー研究の新たな潮流を生み出した.このように電位センサーはモジュール様に,あるときはイオンポアと,あるときは脱リン酸化酵素と共役し,さらには電位センサーのみでその中にH+透過経路を作るなど,環境に合わせて進化してきたようにもみえる.本研究は,電位センサータンパク質群のなかでも最もコンパクトなVSOPに研究の焦点を当て,著者らが取り組んだVSOPの結晶構造解析に関する研究成果を概説する.

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図1 電位センサータンパク質群と電位センサーの動き

(A)電位依存性イオンチャネルは四量体でイオンポアを形成する.電位依存性プロトンチャネル(VSOP)は生体膜上では二量体であるがH+はプロトマー内を透過する.また,電位依存性脱リン酸化酵素(VSP)は単量体として機能する.(B)細胞内膜側が負に分極した静止膜電位状態ではS4は細胞質側に引き寄せられる(静的状態).脱分極により細胞内膜側が正に傾くとS4は電荷的反発によって細胞外側へとシフトする(活性化状態).(C)電位センサーの高分解能結晶構造の一つであるKv1.2-2.1 paddle chimera(PDB ID: 2R9R)結晶構造からの電位センサーのガスケットは楔の先端を合わせた中心に存在し,S4がシフトする際のイオンや水分子の漏洩を防いでいることが分かる.

2. 電位依存性H+チャネルと電位センサー

1)電位依存性H+チャネルの生理機能

電位依存性H+チャネルの最も代表的な生理機能は貪食機構に関係することである.一般的にマクロファージなどの貪食細胞は細菌などの異物を排除するためにNADPHオキシダーゼが産生する活性酸素種を利用する.この活性酸素種の産生過程においてVSOPはH+を供給することで殺菌作用を示す活性酸素種の産生を促す.一方で活性酸素種産生の副産物であるH+が細胞内に蓄積され酸性に偏ることや,膜電位が大きくプラスの電位へシフトすることを避けるために,H+を細胞外へ排出する.このようなVSOPの働きによって貪食細胞はNADPHオキシダーゼ活性を維持することが可能となる4)

.また,ヒトの精子鞭毛運動に関与すること5).転移性乳がんでVSOPが高発現していること6),虚血性脳障害の増悪に関与していること7)なども報告されている.

2)電位センサー

電位センサーの第4番目の膜貫通ヘリックス(S4)は塩基性アミノ酸残基が周期的に点在し正電荷を帯びている.通常細胞膜の細胞質側は負に分極した静止膜電位状態にあり,正電荷を帯びたS4は細胞質側へ引き寄せられ静的状態にある.細胞が興奮し細胞質側の分極状態が正に傾くと,S4は電荷的に反発して細胞外側へとシフトする(図1B

).このS4の動きが電位依存性イオンチャネルの場合は電位センサーに連結するイオンポアの開閉を制御している.通常,このS4の動きによって電位センサー内をイオンや水分子が漏れないような仕組みが存在する.S4の動きによってイオンや水分子が漏れると膜電位は維持されなくなる.そこで電位センサー内部の構造はくさびの先端どうしを合わせたような構造になっており,その合わさったところに疎水性アミノ酸(主にフェニルアラニン)が存在する(図1C).このフェニルアラニンは電位センサーのS4が細胞内外にシフトするときにイオンや水分子の漏れを防ぐガスケット様の役割を果たしている.また,電位センサー内部の細胞内側および外側のガスケット付近まで水分子が入り込んでいるため,電位センサーが感知する膜電位は細胞膜にかかる膜電位よりもはるかに薄い領域に生じる.正電荷を帯びたS4が膜電位変化によってガスケットをまたぐように移動することで膜電位変化に応じたチャージが移動する.このことからガスケット残基をcharge-transfer centerとも呼ぶ.

3. 電位依存性H+チャネルの結晶構造

1)結晶構造の決定

さて,問題はVSOPが電位センサーのみで膜電位を感受しながらH+を透過できるのかということである.S4の動きと共役して電位センサー内をH+が通るが,H+以外のイオンや水は透過してはならない.この問題を解明するために我々はVSOPのX線結晶構造解析に取り組んだ.VSOPのC末端細胞質領域のコイルドコイルは一般的なコイルドコイルに比べ熱安定性が低いため8)

,安定なコイルドコイル(GCN4)に入れ替え,さらに結晶化の再現性や分解能改善のために第2,3膜貫通領域の細胞質側半分をホヤ由来電位依存性脱リン酸化酵素VSPに対応する領域と入れ替えたキメラ体を作製し結晶構造を決定した9).今回解かれた結晶構造は三量体であったが,単量体でもプロトンチャネルとして機能しているため,単量体でのVSOPの機能についてのみ議論した9)

2)静止状態構造を示すZn2+結合型構造

電位センサーは二価イオンによって活性化が阻害される.たとえば電位依存性K+チャネルのSlo1はCu2+によって活性化が阻害される.VSOPの場合は特にZn2+に対する感受性が高い10)

.今回の結晶構造においてVSOPの細胞外側にZn2+による異常散乱シグナルが観測され,プロトマーに一つのZn2+が結合していた.このZn2+周辺にはZn2+結合に重要な二つのヒスチジン残基(H136, H189)が存在することが示唆された.また,それ以外にも負電荷アミノ酸(E115, D119)がZn2+の近くに存在し,二つのヒスチジンと二つの負電荷アミノ酸でZn2+を配位していると考えられた(図2B).また,Zn2+はVSOPの活性化を阻害するが,活性化したVSOPにZn2+は結合しない.このことはZn2+が結合したVSOPの結晶構造が静的状態を示していることに他ならない.実際にVSOPと構造既知の活性型電位センサーのS4の位置を比べるとVSOPのS4は明らかに細胞質側へシフトしていた(図2C).すなわち今回のVSOPの結晶構造はZn2+によって活性化が阻害された静的状態にある構造であることが示唆された.

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図2 静的状態にあるVSOPの結晶構造

(A)VSOPは四つの膜貫通領域(S1~S4)とS4から長く伸びたコイルドコイルからなる構造であり,細胞外側にはZn2+の異常散乱シグナルが確認され,Zn2+が配位した構造であった(異常分散差フーリエ図を青色の等高線で示す).(B)Zn2+周辺のアミノ酸残基.H189を含むS3からS4の細胞外ループはディスオーダーしておりH189の位置は推定上のものである.(C)VSOPのS4はcharge-transfer centerよりも細胞質側へシフトしている.Kv1.2(PDB ID: 2A79),Navb(PDB ID: 3RVY)の電位センサーは活性化状態を示す.S4周辺のアミノ酸残基のアライメントを併記する.

4. VSOPのH+漏洩制御機構

1)静的状態にあるVSOPの分子内構造

今回のVSOPの結晶構造は静的状態を反映した構造であったが,VSOPは電位センサーとH+透過という二つの機能が共役しており,S4が細胞質側にシフトした構造は,H+は通さない構造であることが予測される.静的状態と考えられるVSOPの分子内構造をConnolly surfaceで描き,水分子がアクセスできる領域をみてみると二つの疎水性バリアが存在することがわかった(図3

).細胞質側の疎水性バリアは主にガスケットであるF146とS3上のF178によって,細胞外側の疎水性バリアは四つの疎水性残基(V112, L143, L185, L197)で形成されていた.この二つの疎水性バリアはH+透過のキャリアーとなる水分子を遮断していると考えられる.また,H+選択フィルターとして報告されている108番目のアスパラギン酸(D108)が四つの膜貫通ヘリックスに囲まれた分子内に位置することから,H+は分子内を透過することが構造からも支持された.

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図3 VSOPの分子内構造

分子内部に水が入りうる領域を水色で示す.二つの疎水性バリアの位置を矢印で記す.

2)H+漏洩制御機構

VSOPの分子内部を細胞質側からみてみると,F146近傍の深くまで水が入りうる領域が存在する.そしてD108は細胞内側の疎水性バリア内に位置し,S4上のR204と水素結合を形成可能な位置に存在している.このときD108は水分子を介してH+を受け取ることは困難である.また,細胞外側をみてみると側鎖の短い疎水性残基に囲まれた非常に狭まった領域が存在し,この領域が疎水性バリアとなってH+キャリアーの水分子の侵入を遮断していると考えられる.これらの疎水性バリアを形成する残基は他のVSOPにも高度に保存されているが,他の電位センサーでの保存性は低く,VSOPに特徴的な構造であると考えられる9)

.結果的にVSOPはガスケットを含む疎水性バリアと細胞外側の疎水性バリアを形成することで最小のイオンであるH+を漏洩しないような,巧妙で厳密な制御機構を持っている可能性が示唆された.

5. おわりに

VSOPのH+選択フィルターのD108は電位センサーのガスケット近傍に位置することで,S4が動く際にガスケットによるイオンや水分子の漏洩を制御しながらD108が巧みにH+を透過していると考えられる.しかし活性化状態の構造は不明であるため,今後はさまざまな状態のVSOPの原子構造の決定が望まれる.

謝辞

本稿で紹介した研究成果は,大阪大学医学系研究科統合生理学研究室と大阪大学蛋白質研究所超分子構造解析学研究室の共同研究によるものであり,多くの共同研究者のご指導,ご協力によるものであります.深く御礼申し上げます.

著者紹介

竹下 浩平(たけした こうへい)

大阪大学蛋白質研究所超分子構造解析学研究室(未来戦略機構)特任助教.博士(薬学).

略歴

1976年福岡県に生る.99年福岡大学薬学部薬学科卒業.2004年九州大学大学院薬学研究院博士課程修了.04年佐賀大学医学部分子生命科学講座分子医化学分野博士研究員.05年大阪大学蛋白質研究所超分子構造解析学研究室特任研究員.13年より現職(14年度よりJSTさきがけ研究者兼任).

研究テーマと抱負

蛋白質科学および構造生物学を駆使し複雑な生命現象を原子構造に基づいて理解したい.

ウェブサイト

http://www.protein.osaka-u.ac.jp/rcsfp/supracryst/

趣味

今は仕事と子育てで出来ないが,スキューバダイビング,ギターなど.

岡村 康司(おかむら やすし)

大阪大学医学系研究科統合生理学教室教授.医学博士.

略歴

1960年東京都に生まれる.85年東京大学医学部卒業.89年同大学院医学系研究科博士課程修了.東京大学医学部脳研究施設神経生物学部門助手,生命工学工業技術研究所(現産総研)グループリーダー,岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンターを経て,2007年より現職.

研究テーマと抱負

膜電位信号の分子メカニズムの解明,生理学一般,イオンチャネル.

ウェブサイト

http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/phys2/okamura/

中川 敦史(なかがわ あつし)

大阪大学蛋白質研究所教授.理学博士.

略歴

1961年愛知県に生る.83年名古屋大学理学部卒業.86年大阪大学大学院理学研究科博士前期課程中退.高エネルギー物理学研究所放射光実験施設助手,北海道大学大学院理学研究科助教授,大阪大学蛋白質研究所助教授を経て,2003年より現職.

研究テーマと抱負

放射光やX線自由電子レーザーを利用した生体超分子複合体の構造解析法の開発を行い,原子構造に基づいた生命現象の理解を進めていきたい.

ウェブサイト

http://www.protein.osaka-u.ac.jp/rcsfp/supracryst/

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