生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 87(6): 653 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870653

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実験の勧め

東京大学大学院薬学系研究科Graduate School of Pharmaceutical Sciences, The University of Tokyo ◇ 〒113-0033 東京都文京区本郷七丁目3番1号Hongo 7-3-1, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan

発行日:2015年12月25日Published: December 25, 2015
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私は,生化学の教授は自分でも実験するべきだと考えている.若い教授の先生にとって以下の文章は,とんだ苦言になるかもしれないが,耐えていただきたい.来年私自身は現在のポジションが定年になるが,毎日自分自身の手で実験している.定年後はもっと実験する時間がとれると,今から楽しみにしている.そのような感覚を若い先生にも是非持って欲しいと思っている.

生命科学の領域において,実験が重要であることに異論を唱える人はいないであろう.にもかかわらず,わが国における大学の生化学の研究室において,自分で実験する教授はほとんどいないという.なぜそのようなことが起きているかという理由は明確である.教授が実験するのは,研究業績をあげるという観点からは効率が悪いからである.現代の科学者の研究業績は発表論文が掲載された雑誌のインパクトファクターで評価される傾向が強い.最近では,発表された個々の論文の引用率を重視する見方もあるが,大同小異である.そのような業績評価の仕組みにおいては,研究費を獲得するためには高いインパクトファクターの雑誌に論文を発表する必要があり,教授はそのことに必死にならざるを得ない.それを実現するための体制として,教授が何人かの中間管理職を指導し,中間管理職が大学院生やポスドクを指導するというのが一般的となる.このような体制では,研究プロジェクトの管理に加え,申請書や論文の作成,委員会への出席など教授に覆い被さる業務は膨大となり,実験どころではなくなってしまう.

上記のような研究室の事情は,大学院生の教育において深刻な問題を起こしていると私は考えている.本来の大学院教育の目的は,自分自身の手で研究を遂行できる人材の養成である.学生が指導者の要請に沿った研究をしていては,そのような目的を達成するのは大変難しい.私は大学院生の研究発表会(学内の学位審査会や,学外の学生フォーラム)の時に発表者に対して,「あなたの研究の新しい点は何か」「この研究の意義は何か」をくり返し質問するようにしている.このような原理的な質問に対応できることは,博士や修士の学位取得者に強く求められることである.しかしながら,実際には,このような質問を受けた学生の大部分は絶句してしまい,うまく答えられないことが多い.教授の手伝いをすれば学位取得ができるというのでは,大学院から巣立った学生が,指導的な立場に立ち活躍できるようになるとは考えられない.一方,教授の立場から見ても,実験を全面的に学生に頼ってしまうと,実際の実験は大学院生という研究の素人が実行することになり,コントロールの取り方から結果の評価に至るまで,国際水準から一歩下がったレベルの研究になってしまう危険性がある.また,教授には実際の実験結果についての報告が充分なされず,教授自身が意図せずとも,研究の全体像がわからなくなってしまう事態が生じることは容易に察せられる.

大学院生の教育において,実験指導が重要である,という声があるが,それは間違いであると私は思う.極端に言えば,実験技術の習得は,大学院生の課題に含ませるべきではないと私は考えている.技術習得は,それを専門とする学校に任せるべきである.大学院生が学ぶべき最も重要なことは,「哲学」であって,「技術」ではない.もっと具体的に言えば,何のために研究をするのか,という点について,自分自身の考えを確立できるように学生を導くことが,大学院教育においては最も大切である.知識や技能の習得は,それを達成するために必要ではあるが,十分ではない.

私は教室の大学院生に対して,「私の言うことに従ってはならない」「自分で研究を考えろ」と常々言っている.その結果,私の自分自身の研究は,自分の手で実験して遂行するほか道がなくなる.それが私にとっては「ムチ」となっている.若い先生に一考していただければ幸いである.

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