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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 87(6): 686-692 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870686

総説Review

CRISPR-Cas9の構造と機能Structure and function of CRISPR-Cas9

1東京大学大学院理学系研究科Graduate School of Science, The University of Tokyo ◇ 〒113-0033 東京都文京区本郷七丁目3番1号Hongo 7-3-1, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan

2国立研究開発法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業さきがけ「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」研究領域Research Area “Structural Life Science and Advanced Core Technologies for Innovative Life Science Research”, Precursory Research for Embryonic Science and Technology (PRESTO), Japan Science and Technology Agency (JST)

発行日:2015年12月25日Published: December 25, 2015
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CRISPR-Cas獲得免疫機構に関わるRNA依存性DNAヌクレアーゼとして発見されたCas9は,ゲノム編集を初めとするさまざまな新規技術に応用され生命科学を一変させた.最近の結晶構造解析により,Cas9のRNA依存性DNA切断機構が明らかになってきた.さらに,Cas9の構造情報は新たなゲノム編集ツールの開発にも大きく貢献している.本稿では,CRISPR-Cas9の構造生物学研究の最新の知見を紹介したい.

1. はじめに

Cas9は原核生物のもつCRISPR-Cas(clustered regularly interspaced short palindromic repeat and CRISPR-associated proteins)と呼ばれる獲得免疫機構1–3)に関わるRNA依存性DNAヌクレアーゼとして発見された.これまでにStreptococcus pyogenes由来Cas9(SpCas9)4)Staphylococcus aureus由来Cas9(SaCas9)5)を利用したさまざまな新規技術が開発されてきた.また,SpCas9単体6),SpCas9-sgRNA(single-guide RNA)複合体7),SpCas9-sgRNA-標的DNA複合体8,9),およびSaCas9-sgRNA-標的DNA複合体10)の結晶構造から,Cas9によるRNA依存的なDNA切断機構が明らかになってきた.Cas9の構造情報は転写活性化CRISPR-Cas911)や誘導型Cas912–14)などの新規ツールの開発,および,PAM(protospacer adjacent motif)特異性の異なるCas9変異体の開発15)にも大きく貢献している.本稿では,CRISPR-Cas9の構造生物学研究の最新の知見を紹介したい.

2. CRISPR-Cas9

原核生物のゲノムにはCRISPRアレイとCasオペロンから構成されるCRISPR領域が存在する16).CRISPRアレイは外来核酸に由来する塩基配列(スペーサー配列)とリピート配列からなる.細菌に感染した外来核酸はCas1–Cas2複合体により断片化され新たなスペーサー配列としてCRISPRアレイに取り込まれる17).CRISPRアレイはcrRNA(CRISPR RNA)前駆体として転写されたのちcrRNAへとプロセッシングされる.最終的にcrRNAは特定のCasヌクレアーゼと複合体を形成し,Cas-crRNA複合体はcrRNA中のガイド配列(スペーサー配列)と相補的な外来核酸を切断する.CRISPR-Casシステムは外来核酸の分解機構などに基づきⅠ~Ⅲ型に分類される.Ⅰ型CRISPR-CasシステムにおいてはCascade複合体18–20)が標的DNAを分解し,Ⅲ型CRISPR-CasシステムにおいてはCmr複合体21,22)が標的RNAを分解する.一方,Ⅱ型CRISPR-CasシステムにおいてはCas9がcrRNAおよびtracrRNA(trans-activating crRNA)と複合体を形成し標的DNAを切断する4,23)

2011年3月,Charpentierのグループにより,Ⅱ型CRISPR-CasシステムにおいてはCas9と2本のガイド鎖RNA(crRNAとtracrRNA)が外来核酸からの防御を担っていることが報告された23).crRNAはスペーサー領域(ガイド配列)とリピート領域からなり,tracrRNAはcrRNAのリピート領域と相補的な領域(アンチリピート領域)を持つ.機能解析の結果,crRNA,tracrRNA,Cas9,および,RNase IIIがcrRNAの成熟化および外来核酸に対する防御に必要であることが示された.これらの結果から,crRNA前駆体とtracrRNAは二本鎖を形成してCas9と結合し,RNase IIIによってリピート:アンチリピート二本鎖領域が切断されることにより成熟型crRNA:tracrRNAが生成することが示唆された.さらに,Cas9は二つのヌクレアーゼドメイン(RuvCドメインとHNHドメイン)を持つことから,Cas9-crRNA:tracrRNA複合体が標的二本鎖DNAの切断に関与していることが予想された.Ⅰ型およびⅢ型CRISPR-Casシステムと異なり,Ⅱ型CRISPR-CasシステムにおいてcrRNA:tracrRNAがガイド鎖RNAとして機能するという予想外の発見はCas9の機能解明のブレークスルーとなった.

その約1年後の2012年6月,CharpentierとDoudnaらのグループにより,Cas9はRNA依存性のDNAエンドヌクレアーゼであることが示された(図14).精製したCas9タンパク質およびcrRNA:tracrRNAを用いた生化学的解析の結果,(1)Cas9はcrRNA:tracrRNAと複合体を形成し,crRNA中のガイド配列(~20塩基)と相補的な標的二本鎖DNAを切断すること,(2)標的二本鎖DNAのうち,crRNAと相補的なDNA鎖(相補鎖DNA)はHNHドメインによって切断され,もう一方のDNA鎖(非相補鎖DNA)はRuvCドメインによって切断されること,(3)Cas9による標的二本鎖DNAの切断には標的配列に隣接する数塩基のモチーフ(PAM)が必要なこと,(4)crRNAの3′末端とtracrRNAの5′末端をテトラループによって連結したsgRNAもガイド鎖RNAとして機能すること,が明らかになった.PAMは生物種によって異なり,SpCas9は非相補鎖DNA中の5′-NGG-3′をPAMとして認識する.さらに,Cas9および任意のガイド配列を持つsgRNAを用いることにより,in vitroにおいて標的DNAを切断できることが示された.これらの結果から,Cas9-sgRNAを応用したゲノム編集の可能性が示唆された.

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図1 CRISPR-Cas9の機能

(A)Cas9-crRNA:tracrRNAによる標的二本鎖DNA切断機構.(B)Cas9-sgRNAによる標的二本鎖DNA切断機構.

この半年後の2012年12月,Zhangのグループにより,CRISPR-Cas9を利用して哺乳類細胞のゲノム情報を“編集”できることが報告された24).その直後,Doudnaのグループを含む複数のグループから,CRISPR-Cas9を利用したゲノム編集の成功例が相次いで報告された25,26).さらに,sgRNA依存的にゲノムDNAにターゲッティングできるというCas9の特性を利用した多くの新規技術も開発されている11,27–31).筆者らの共同研究者でもあるFeng Zhangの話によると,彼らは2011年ごろからCas9を利用したゲノム編集を試みており,2011年のCharpentierらによるtracrRNAの発見23)が彼らの成功の鍵となったそうだ.

二つのヌクレアーゼドメインを除き,Cas9は既知のタンパク質と配列相同性を持たない(図2).そのため,CRISPR-Cas9を利用した応用研究が急速な進展をみせる一方,そのRNA依存性DNA切断機構は不明だった.しかし,最近の結晶構造解析によりCRISPR-Cas9の作動機構が明らかになってきた(図3).

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図2 SpCas9とSaCas9のドメイン構造

SpCas9は二つヌクレアーゼモチーフ(RuvCとHNH)を持つ新規のタンパク質として同定された.結晶構造から,RECローブ,WEDドメイン,および,PIドメインは新規フォールドを持つことが明らかになった.SpCas9のRECローブおよびPIドメインに存在する挿入領域を薄い青色で示した.BH:ブリッジヘリックス.PLL:PLループ.

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図3 Cas9の結晶構造

(A)SpCas9単体(PDB 4CMP).(B)SpCas9-sgRNA複合体(PDB 4ZT0).(C)SpCas9-sgRNA-相補鎖DNA複合体(PDB 4OO8).(D)SpCas9-sgRNA-二本鎖DNA複合体(PDB 4UN3).(E)SaCas9-sgRNA-二本鎖DNA複合体(PDB 5CZZ).酵素活性部位を赤色の丸で示した.R:ARはリピート:アンチリピート.

3. SpCas9の結晶構造

1)SpCas9-sgRNA-相補鎖DNA複合体の結晶構造

2014年2月13日,筆者らのグループはSpCas9-sgRNA-相補鎖DNA複合体の結晶構造を報告した(図3C9).結晶構造から,SpCas9は二つのローブから構成されることが明らかになった.一方のローブはほとんどがαヘリックスからなる新規な構造を持ち,sgRNAおよび標的DNAの認識に関与していた.そこで,REC(recognition)ローブと命名した.もう一方のローブは二つのヌクレアーゼドメイン(RuvCとHNH)を含んでいたことからNUC(nuclease)ローブと命名した.RuvCドメインとHNHドメインの活性部位は既知のヌクレアーゼと類似した構造をとっていたことから,Cas9は既知のヌクレアーゼと同様の反応機構によって標的二本鎖DNAを切断すると考えられた.さらに,NUCローブは新規なα/βフォールドを持つC末端ドメインを含んでいた.C末端ドメインは非相補鎖DNA中のPAMと相互作用するのに適した位置に存在し,変異体解析の結果から実際にPAMの認識に関与していることが明らかになった.そこで,C末端ドメインをPI(PAM-interacting)ドメインと命名した.RECローブとNUCローブはアルギニン残基に富む長いαヘリックス(ブリッジヘリックス)によって連結されていた.HNHドメインはRuvCドメインに挿入されており,二つのドメインはリンカー領域(L1とL2)により連結されていた.HNHドメインは標的DNAと離れた位置に存在していたことから,この結晶構造は不活性型をとらえたものであり,標的DNA切断のためにHNHドメインは構造変化することが示唆された.

crRNAに由来するガイド領域は相補鎖DNAとRNA:DNAヘテロ二本鎖を形成し,RECローブとNUCローブの間に結合していた.一方,crRNAに由来するリピート領域はtracrRNAに由来するアンチリピート領域とリピート:アンチリピート二本鎖を形成し,RECローブによって認識されていた.さらに,tracrRNAに由来する3′領域は三つのステムループを形成し,Cas9と広範囲に相互作用していた.これはsgRNAのステムループがDNA切断活性に重要であることと一致していた32)

2)SpCas9単体の結晶構造

筆者らがSpCas9-sgRNA-相補鎖DNA複合体の結晶構造を報告するちょうど1週間前の2014年2月6日,Doudnaらのグループにより,SpCas9単体の結晶構造が報告された(図3A6).SpCas9-sgRNA-相補鎖DNA複合体9)と異なり,SpCas9単体はRECローブとNUCローブが閉じた構造をとっていた.結晶構造と一致して,電子顕微鏡単粒子解析からも,SpCas9単体は二つのローブが閉じた構造とる一方,SpCas9-RNA複合体およびSpCas9-RNA-DNA複合体は二つのローブが開いた構造をとることが明らかになった6).これらの結果から,ガイド鎖RNAの結合によりSpCas9は閉じた不活性型から開いた活性型へと大きな構造変化を起こすことが明らかになった.

3)SpCas9-sgRNA-二本鎖DNA複合体の結晶構造

2014年7月,Jinekのグループにより,PAMを含むSpCas9-sgRNA-二本鎖DNA複合体の結晶構造が報告された(図3D8).SpCas9-sgRNA-二本鎖DNA複合体とSpCas9-sgRNA-相補鎖DNA複合体9)の全体構造はよく似ていた.SpCas9-sgRNA-二本鎖DNA複合体の結晶構造から,SpCas9による5′-NGG-3′ PAM認識機構が明らかになった.5′-TGG-3′ PAMを含む非相補鎖DNAは相補鎖DNAと二本鎖(PAM二本鎖)を形成しPIドメインと相互作用していた(図3D).5′-TGG-3′ PAMの1文字目のT塩基はCas9と相互作用していなかった一方,5′-TGG-3′ PAMの2文字目と3文字目のG塩基はPIドメインのArg1333とArg1335とそれぞれ水素結合を形成していた(図4A).さらに,SpCas9-sgRNA-二本鎖DNA複合体の結晶構造から,標的二本鎖DNAの巻き戻し機構が明らかになった(図5A).RuvCドメインとPIドメインの間のPL(phosphate lock)ループは相補鎖DNAの+1リン酸基(RNA:DNAヘテロ二本鎖とPAM二本鎖の間のリン酸基)と相互作用し,sgRNAのガイド領域と相補鎖DNAとの間の塩基対形成を促進していた.これは,Cas9がPAMを認識することにより標的二本鎖DNAの巻き戻しが誘導され,PAMの近傍側からRNA:DNAヘテロ二本鎖が形成されるという生化学的解析の結果と一致していた33)

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図4 PAM認識機構

(A)SpCas9によるPAM認識機構(PDB 4UN3).(B)SaCas9によるPAM認識機構(PDB 5CZZ).水素結合を緑色の点線で示した.水分子を赤色の球で示した.非相補鎖DNAは省略した.

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図5 SpCas9とSaCas9の構造比較

(A)SpCas9(PDB 4UN3)の全体構造.(B)SaCas9(PDB 5CZZ)の全体構造.SpCas9のRECローブおよびPIドメインに存在する挿入領域を薄い青色で示した.HNHドメインを省略した.

4)SpCas9–sgRNA複合体の結晶構造

2015年6月,Doudnaのグループにより,SpCas9-sgRNA複合体の結晶構造が報告された(図3B7).SpCas9-sgRNA複合体はSpCas9-sgRNA-DNA複合体8,9)と同様の開いた構造をとっていた.したがって,ガイド鎖RNAの結合によってCas9は不活性型から活性型へと構造変化することが確かめられた.sgRNAのガイド領域(20塩基)のうちPAM近傍のシード領域(10塩基)はA型ヘリックス構造をとりブリッジヘリックスと相互作用していた.一方,シード領域以外は結晶構造中においてディスオーダーしていた.これらの結果から,SpCas9-sgRNA複合体においてsgRNAのシード領域はあらかじめA型ヘリックス構造をとってCas9に結合しており,標的DNAとの塩基対形成の起点として働くことが明らかになった.これは,PAM近傍のシード領域の塩基対形成はCas9によるDNA切断活性に重要であるという結果と一致していた4,32)

4. SaCas9の結晶構造

1)SaCas9-sgRNA-二本鎖DNA複合体の結晶構造

ゲノム編集にはSpCas9が広く利用されているが,分子量が大きいためウイルスベクターへの導入効率が低いなどの問題点が残されていた.最近,SpCas9(1368残基)よりも分子量が小さくウイルスベクターへの導入効率の高いSaCas9(1053残基)が報告された5).SpCas9が5′-NGG-3′をPAMとして認識する一方,SaCas9は5′-NNGRRT-3′(R=A/G)をPAMとして認識する.しかし,小型のSaCas9の作動機構は不明だった.

2015年8月,筆者らのグループはSaCas9-sgRNA-二本鎖DNA複合体の結晶構造を報告した(図3E10).SaCas9による5′-NNGRRT-3′ PAM認識機構を解明するため,5′-TTG AAT-3′ PAMおよび5′-TTG GGT-3′ PAMを含む二つの複合体構造を決定した.SpCas9と同様に,SaCas9はRECローブとNUCローブから構成されていた(図3E).NUCローブはRuvCドメイン,HNHドメイン,WEDドメイン,PIドメインから構成されていた.HNHドメインはRuvCドメインと二つのリンカー領域(L1とL2)により連結されていた.sgRNAはガイド配列,リピート:アンチリピート二本鎖,ステムループ1から構成されていた.ガイド配列は相補鎖DNAとRNA:DNAヘテロ二本鎖を形成し,非相補鎖DNAは相補鎖DNAとPAM二本鎖を形成していた.

結晶構造から,SaCas9による5′-NNGRRT-3′ PAM認識機構が明らかになった.5′-TTG AAT-3′ PAM複合体と5′-TTG GGT-3′ PAM複合体の両方において,非相補鎖DNA中のPAMはPIドメインにより認識されていた(図3E).1文字目と2文字目のT塩基はSaCas9と相互作用していなかった(図4B).一方,5′-NNGRRT-3′ PAMの3文字目がGであることと一致して,3文字目のG塩基はArg1015と2本の水素結合を形成していた.5′-TTG AAT-3′ PAM複合体において,4文字目のA塩基のN7はAsn985と水素結合し,5文字目のA塩基のN7はAsn985/Asn986/Arg991と水分子を介して水素結合していた.一方,5′-TTG GGT-3′ PAM複合体において,4文字目のG塩基のN7はAsn985と水素結合し,5文字目のG塩基のN7はAsn985/Asn986/Arg991と水分子を介して水素結合していた.したがって,SaCas9はプリン塩基に共通のN7と水素結合を形成し,5′-NNGRRT-3′ PAMの4文字目,5文字目のプリン塩基を認識していることが明らかになった.さらに,6文字目のT塩基はArg991と水素結合していた.これは5′-NNGRRT-3′ PAMの6文字目のTに対する嗜好性と一致していた.

2)SaCas9とSpCas9の比較

SaCas9とSpCas9の構造比較から,両者の間の類似点が明らかになった(図5).SpCas9-sgRNA-標的DNA複合体8,9)と同様に,SaCas9-sgRNA-標的DNA複合体は開いた構造をとり,RNA:DNAヘテロ二本鎖は二つのローブの間に結合していた.SpCas9と同様,sgRNAのシード領域はブリッジヘリックスによって固定され,相補鎖DNAの+1リン酸基はPLループによって認識されていた.したがって,sgRNA依存的な標的DNA認識機構はSaCas9とSpCas9において保存されていることが明らかになった.

SaCas9とSpCas9の構造比較から,両者の間の相違点も明らかになった(図5).異なる生物種のCRISPR-Cas9システムにおいて,リピート:アンチリピート二本鎖の塩基配列は異なり,Cas9オルソログはそれぞれのガイド鎖RNAを特異的に認識する5).これはCas9とガイド鎖RNAの直交性と呼ばれる.結晶構造から,SaCas9とSpCas9は構造の異なるRECドメインとWEDドメインを持ち,sgRNAのリピート:アンチリピート二本鎖およびステムループ1を特異的に認識していることが明らかになった(図5).Cas9オルソログにおいてWEDドメインのアミノ酸配列は多様であることから,WEDドメインはCas9とガイド鎖RNAの直交性の決定に貢献していることが示唆された.さらに,SaCas9とSpCas9の構造比較から,PIドメインの配列保存性は低いにも関わらず,共通のコアフォールドを持つことが明らかになった(図4).しかし,SpCas9(5′-NGG-3′)とSaCas9(5′-NNGRRT-3′)が異なるPAMを認識することと一致して,SpCas9とSaCas9のPAM認識残基の種類と配置は異なっていた.

5. Cas9の作動機構

結晶構造解析および生化学的解析から,以下のような分子機構によりCas9はsgRNA依存的に標的二本鎖DNAを切断すると考えられる.(1)Cas9-sgRNA複合体は標的DNA中のPAMと結合する.(2)PAM近傍から二本鎖DNAが巻き戻されガイド配列と塩基対が形成される.(3)HNHドメインがRNA:DNAヘテロ二本鎖中の相補鎖DNAを切断し,RuvCドメインが一本鎖になった非相補鎖DNAを切断する.これまでに決定されたCas9-sgRNA-標的DNA複合体の結晶構造において,HNHドメインは標的DNAと離れているため,HNHドメインがどのように標的DNAを切断するかは不明である.Cas9の活性化機構の理解にはさらなる研究が必要である.

6. おわりに

2012年にCas9の生化学的な機能が報告4)されてからわずか3年の間にCRISPR-Cas9を利用したゲノム編集は広く普及した.さらに,結晶構造によりCas9の作動機構が解明され,立体構造に基づいた新規のツールも開発されている.異なる原核生物に由来するCas9オルソログは異なるガイド鎖RNAおよびPAM配列を認識する.今後,Cas9オルソログの構造解析により,多様なガイド鎖RNAおよびPAM認識機構が解明されることが期待される.これらの構造情報はゲノム編集への応用においても重要であると考えられる.

最近,Ⅴ型CRISPR-Casシステムに関与するRNA依存性DNAヌクレアーゼCpf1が発見され,新たなゲノム編集ツールとして注目されている34).Cpf1はCas9と以下の点が異なる.(1)Cas9は二つのヌクレアーゼドメイン(RuvCとHNH)を持つのに対し,Cpf1はRuvCドメインのみを持つ.(2)Cas9は二つのガイド鎖RNA(crRNAとtracrRNA)を利用するのに対し,Cpf1はcrRNAのみをガイド鎖RNAとして利用する.(3)Cas9による切断部位は平滑末端であるのに対し,Cpf1による切断部位は突出末端である.Cpf1の結晶構造から,Cas9とCpf1の作動機構の類似点・相違点が明らかになることが期待される.さらに,Cfp1の構造情報に基づく新たなゲノム編集ツールの開発も期待される.

謝辞Acknowledgments

本研究は,東京大学大学院理学系研究科濡木研究室において,MITのFeng Zhang博士のグループとの共同研究として行われました.CRISPR-Cas9の構造解析に挑戦する機会と最高の研究環境を与えてくれた濡木理教授に心より感謝いたします.SPring-8のBL32XU,BL41XU,SLS PXIのビームラインスタッフの方々にはX線回折実験の際に大変お世話になりました.最後に,研究の重要性を理解し,研究に没頭できる環境を与えてくれた家族に感謝いたします.

本総説は2014年奨励賞を受賞した.

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31) Qi, L.S., Larson, M.H., Gilbert, L.A., Doudna, J.A., Weissman, J.S., Arkin, A.P., & Lim, W.A. (2013) Cell, 152, 1173–1183.

32) Hsu, P.D., Scott, D.A., Weinstein, J.A., Ran, F.A., Konermann, S., Agarwala, V., Li, Y., Fine, E.J., Wu, X., Shalem, O., Cradick, T.J., Marraffini, L.A., Bao, G., & Zhang, F. (2013) Nat. Biotechnol., 31, 827–832.

33) Sternberg, S.H., Redding, S., Jinek, M., Greene, E.C., & Doudna, J.A. (2014) Nature, 507, 62–67.

34) Zetsche, B., Gootenberg, J.S., Abudayyeh, O.O., Slaymaker, I.M., Makarova, K.S., Essletzbichler, P., Volz, S.E., Joung, J., van der Oost, J., Regev, A., Koonin, E.V., & Zhang, F. (2015) Cell, 163, 759–771.

著者紹介Author Profile

西増 弘志(にします ひろし)

東京大学大学院理学系研究科助教,JSTさきがけ研究者.博士(農学).

略歴

1979年北海道に生る.2002年東京大学農学部卒業.07年同大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻博士課程修了.同年東京工業大学生命理工学研究科特任助教.08年東京大学医科学研究所基礎医科学部門助教.10年東京大学大学院理学系研究科特任助教.13年より現職.14年JSTさきがけ研究者(兼任).

研究テーマと抱負

CRISPR-Cas9,RNAサイレンシング.たった一度の人生,やりたいことを貫きたい.

ウェブサイト

http://www.nurekilab.net

趣味

研究,ボクシング(C級ボクサー).

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