マイクロRNAと転写因子相互作用による脂質代謝制御Regulation of lipid metabolism by miRNAs and transcription factors
京都大学大学院医学研究科Graduate School of Medicine, Kyoto University ◇ 〒606-8501 京都府京都市左京区吉田近衛町Yoshida Konoe-cho, Sakyo-ku, Kyoto-shi, Kyoto 606-8501 Japan
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© 2015 公益社団法人日本生化学会© 2015 The Japanese Biochemical Society
マイクロRNA(miRNA, miR)は転写後調節を介して,さまざまな病態や疾患形成に関与することが多くの研究によって示されつつある.miRNAと疾患の関係については,がんや感染症の分野が最も研究が進み,すでに核酸医薬による治療が試みられている.一方,血中にmiRNAが存在することから,いわゆるバイオマーカーとしての有用性も示されてきている.
転写因子sterol regulatory element-binding protein(SREBP)は,basic-helix-loop-helix-leucine zipper(bHLH-Zip)ファミリーに属する転写因子である1).脊椎動物のゲノム上にはSREBP-1と-2という相同遺伝子があり,ともに膜結合型の前駆体タンパク質として作られ,ゴルジ体へSREBP cleavage activating protein(SCAP)によって輸送後,膜結合部位周辺でタンパク質分解酵素[Site-1 protease(S1P),Site-2 protease(S2P)]によって2か所の切断を受けるとN末端側が核に移行して転写因子として働く2).さらにSREBPのゴルジ体への輸送はSCAPとinsulin induced gene(Insig)-1/2との結合・解離により制御されている.また,SREBPの切断活性化プロセスは細胞内のコレステロール量によって制御されており,コレステロールが豊富に存在する状況下では活性化が抑制され,逆にコレステロール欠乏時には促進される.SREBP-1cは脂肪酸・中性脂肪合成系の諸酵素遺伝子の転写をつかさどり,SREBP-2はコレステロール合成,取り込みに関わる遺伝子の転写をつかさどる.
系統発生の観点からみると,SREBPの相同体は真核細胞から存在し,真菌,線虫やすべての無脊椎動物には1種類のSREBPのみが存在する.これらの生物はステロールを合成できず,コレステロール要求性であるにも関わらず,SREBPが存在することは興味深い.実際,ショウジョウバエ(Drosophila)には哺乳類のSREBP,SCAP,S1P,S2Pに相当する遺伝子があり,N末端が核に移行する点も同様であるが,核に移行したdSREBP(DrosophilaのSREBP)は脂肪酸の生合成に関わる遺伝子を正に制御する3).また,S1Pによる切断はパルミチン酸の存在によって抑制されるが,ステロールでは抑制されない.したがってSREBPの働きは種によって異なり,昆虫においてはパルミチン酸やパルミチン酸由来の脂肪酸の過剰や欠乏に対して,脂肪酸合成を調節し,細胞膜の恒常性を維持することであると考えられる.
目的論的に考えるならば,生物は,エネルギーを単位あたりのエネルギー化の高い脂質という形で蓄積するシステムを飢餓からの生き残り戦略として進化させてきた可能性がある.SREBP-1とSREBP-2が存在するのは無脊椎動物から脊椎動物が分かれてからである4).したがって,脊椎動物が脂肪酸とコレステロールの合成と代謝をそれぞれ独立して制御する必要が生じたために,遺伝子重複が起きてSREBP-1とSREBP-2が生じたと考えると興味深い.
miRNAは21から25塩基からなる内在性の小分子RNAであり,進化の過程を遡ると,カイメン(sponge)からその存在が知られている5).miRNAの数は生物の複雑さとともに増加し,ヒトゲノムには2500個以上のmiRNAが存在するとみられ(miRBase21, http://www.mirbase.org/),これまでにmiRNAが関与することが明らかにされた現象は,発生・分化のみならず,疾病まで多岐にわたる.また,一つのmiRNAが数百の遺伝子を制御する可能性があることや,一つの遺伝子が複数のmiRNAによって制御されていることも知られている.
miR-33は系統発生からみると,ショウジョウバエから存在し(dme-miR-33),dSREBPのイントロンに存在する.その後遺伝子重複が起き,SREBP-1とSREBP-2が生じた際にmiR-33bとmiR-33aとしてそれぞれのイントロンに残ったと推測される(図1).興味深いことに,げっ歯類のSREBP-1のイントロンにはmiR-33bの一部しか残っておらず,miR-33bは存在しない.
上記のように,マウスにはmiR-33bが存在しないという理由から,miR-33aの機能が先に明らかにされた.2010年,我々を含む複数の研究グループによって,マウスに存在するmiR-33(miR-33a)がコレステロール代謝に重要な働きをすることが相次いで報告された6–8).miR-33aはSREBP-2の遺伝子のイントロン16に存在する.また,miR-33aの標的遺伝子をバイオインフォマティックスアプローチで検索すると多数の遺伝子が得られるが,中でもABCA1(ATP-binding cassette transporter 1)の3′-UTRにmiR-33aの結合配列が3か所,種を超えて保存されていることが明らかとなった.ABCA1は高密度リポタンパク質コレステロール(HDL-C)の形成に必須であり,その異常はタンジール病を引き起こす.ABCA1の変異は動脈硬化症の重要な危険因子であることが疫学的にわかっており,ABCA1の発現や活性の増強は脂質恒常性の改善の重要なターゲットである.miR-33a欠損マウスを作製したところ,ABCA1のタンパク質発現は上昇し,著明なHDL-Cの上昇を認めた.さらに,miR-33aの欠損が動脈硬化に与える影響を調べる目的で,我々はmiR-33a欠損マウスとマウスの動脈硬化モデルであるApoe欠損マウスとを交配した.このマウスを6週齢から0.15%のコレステロール含有食を16週間摂取させ,22週齢において動脈硬化巣を検討した.この結果,コレステロール含有食負荷miR-33Apoeダブルノックアウトマウス(miR-33−/−Apoe−/−)においてはプラークのサイズと脂質蓄積量,CD68陽性細胞数,CD3陽性細胞数,VCAM-1発現面積,iNOS陽性面積が低下した9).
miR-33a欠損マウスは正常食においても26週齢を超えると肥満を呈する10).また高脂肪食を負荷すると,さらに肥満が亢進し脂肪肝を呈する.16週齢でまだ肥満を呈さないマウスの肝臓を用いたマイクロアレイ解析においては,脂肪酸代謝系の遺伝子群が発現上昇していた.データベースによる検討ではmiR-33aの標的遺伝子にSrebf1(sterol regulatory element binding transcription factor 1)が存在したため,培養細胞系において,Srebf1が標的遺伝子であることを確認した.またmiR-33aノックアウトマウスの初代培養肝細胞においてもSREBP-1がタンパク質レベルで上昇していた.さらにmiR-33a欠損マウスの肥満や脂肪肝がSREBP-1の上昇によるものかどうかを生体で明らかにする目的で,miR-33a欠損マウスをSrebf1ヘテロマウスと交配する実験を行った.その結果,miR-33a−/−Srebf1+/−においてはSREBP-1のレベルがmiR-33a+/+Srebf1+/+と同等になり,miR-33a−/−Srebf1+/+で認められた肥満(脂肪細胞の増大と炎症)と脂肪肝が改善した.以上の結果よりmiR-33aが欠損するとSREBP-1が増加し,脂肪酸合成の上昇と脂肪酸の脂肪組織,肝臓への蓄積につながることが明らかとなった.これはSREBP-1とSREBP-2の間にmiR-33aを介する新たな制御機構が存在することを示す(図2).すなわち,miR-33aはコレステロールが低下した場合に①ABCA1,ABCG1を抑制して細胞外へのコレステロールの排出を抑制するという機構と,②SREBP-1を抑制してコレステロールの原材料であるアセチルCoAをよりコレステロール合成に振り分けるという二つの働きがあることがわかる.
miR-33はマウスでは一つ(miR-33a),ヒトでは二つ存在する(miR-33a, miR-33b)が,miR-33bはマウスにないために,その機能の解析は困難であった.我々は,miR-33を二つ持つマウス(ヒト化マウス)を作製した11).イントロンの改変を行ったが,スプライシングには異常がなく,miR-33bの発現はその宿主の遺伝子であるSrebf1とほぼ平行して上昇を認めた.このマウス(KI+/+)の血清脂質のプロファイルを検討したところ,miR-33a欠損マウスとは反対にHDL-Cの減少を認めた.
以上のように,脂肪酸とコレステロールの制御に重要な働きを持つSREBP-1とSREBP-2のイントロンに存在するmiR-33bとmiR-33aは,ABCA1やSREBP-1をはじめとする多くの脂質代謝制御に関わる分子を制御することが明らかとなってきた.SREBP-1, -2とともにmiR-33b, -33aが発現変動することから,さらに複雑かつ緻密な制御が存在すると考えられる.今後,miR-33a/bの詳細な機能解明が,生体の脂質代謝調節機構の理解を深めることになると考えられる.
本稿で紹介した研究成果は,京都大学名誉教授・北徹先生ならびに京都大学循環器内科教授・木村剛先生をはじめ,多くの共同研究者の方々のご指導,ご協力によるものであります.深く御礼申し上げます.
1) Brown, M.S. & Goldstein, J.L. (1997) Cell, 89, 331–340.
2) Brown, M.S. & Goldstein, J.L. (2009) J. Lipid Res., 50 S15–S27.
3) Seegmiller, A.C., Dobrosotskaya, I., Goldstein, J.L., Ho, Y.K., Brown, M.S., & Rawson, R.B. (2002) Dev. Cell, 2, 229–238.
4) Osborne, T.F. & Espenshade, P.J. (2009) Genes Dev., 23, 2578–2591.
5) Grimson, A., Srivastava, M., Fahey, B., Woodcroft, B.J., Chiang, H.R., King, N., Degnan, B.M., Rokhsar, D.S., & Bartel, D.P. (2008) Nature, 455, 1193–1197.
6) Rayner, K.J., Suarez, Y., Davalos, A., Parathath, S., Fitzgerald, M.L., Tamehiro, N., Fisher, E.A., Moore, K.J., & Fernandez-Hernando, C. (2010) Science, 328, 1570–1573.
7) Najafi-Shoushtari, S.H., Kristo, F., Li, Y., Shioda, T., Cohen, D.E., Gerszten, R.E., & Naar, A.M. (2010) Science, 328, 1566–1569.
8) Horie, T., Ono, K., Horiguchi, M., Nishi, H., Nakamura, T., Nagao, K., Kinoshita, M., Kuwabara, Y., Marusawa, H., Iwanaga, Y., Hasegawa, K., Yokode, M., Kimura, T., & Kita, T. (2010) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 17321–17326.
9) Horie, T., Baba, O., Kuwabara, Y., Chujo, Y., Watanabe, S., Kinoshita, M., Horiguchi, M., Nakamura, T., Chonabayashi, K., Hishizawa, M., Hasegawa, K., Kume, N., Yokode, M., Kita, T., Kimura, T., & Ono, K. (2012) J. Am. Heart Assoc, 1, e003376.
10) Horie, T., Nishino, T., Baba, O., Kuwabara, Y., Nakao, T., Nishiga, M., Usami, S., Izuhara, M., Sowa, N., Yahagi, N., Shimano, H., Matsumura, S., Inoue, K., Marusawa, H., Nakamura, T., Hasegawa, K., Kume, N., Yokode, M., Kita, T., Kimura, T., & Ono, K. (2013) Nat. Commun., 4, 2883.
11) Horie, T., Nishino, T., Baba, O., Kuwabara, Y., Nakao, T., Nishiga, M., Usami, S., Izuhara, M., Nakazeki, F., Ide, Y., Koyama, S., Sowa, N., Yahagi, N., Shimano, H., Nakamura, T., Hasegawa, K., Kume, N., Yokode, M., Kita, T., Kimura, T., & Ono, K. (2014) Sci. Rep, 4, 5312.
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