Breast Cancer gene 1(BRCA1)は,その生殖細胞系列変異によって,遺伝性乳がん・卵巣がん症候群を引き起こすがん抑制遺伝子である1).BRCA1の生殖細胞系列変異によるがんの発症リスクは,乳がんで約80%,卵巣がんで約40%とされ,若年発症で,両側乳がんや多臓器重複がんが多い.一方,BRCA1は,遺伝性腫瘍のみならず,散発性乳がんの中で難治性とされるER,PgR,HER2がすべて陰性のトリプルネガティブ乳がんと関連することも明らかになっている.従来,BRCA1の主要ながん抑制能として,DNA二本鎖切断修復における機能が注目されてきた.しかし,近年,BRCA1が細胞分裂の際の染色体分配に重要な役割を持つ中心体にも局在し,中心体制御に関わることが明らかになってきた.最近,我々はプロテオーム解析により,BRCA1とヘテロ二量体を形成するBRCA1-associated RING domain protein 1(BARD1)2)と結合する分子として,Obg-like ATPase 1(OLA1)を同定し,OLA1がBRCA1とともに中心体制御能を持ち,この機能の破綻が発がんに関与することを明らかにした3).本稿では,OLA1に関する研究成果の概要を紹介する.
2. 新規BRCA1結合分子OLA1の中心体制御機構
BRCA1は,BARD1と二量体を形成し,DNA修復,中心体制御,転写制御などに関与することが知られるが4),家族性乳がん由来の変異体には,BARD1との結合能が消失するものが多数存在する.よって,BARD1もそのがん抑制能に重要であると考え,プロテオミクス解析により,BARD1結合分子としてOLA1を同定した.OLA1は細胞周期の間期においては細胞質と中心体,分裂期には紡錘体極に局在した.また,OLA1はBARD1のC末端に加えて,BRCA1のN末端,中心体の主要構成因子であるγ-tubulinとも直接結合した.BRCA1もγ-tubulinと直接結合し5),図1Aのような複合体を形成していることが示唆された.また,BRCA1の発現抑制により中心体数が増加し,中心体依存性の微小管の重合が促進するが6,7),OLA1の発現抑制でも同様に,中心体数の増加と中心体依存性の微小管の重合の促進がみられた.
中心体は,L字型に存在する母中心小体と娘中心小体とその周囲の中心小体周辺物質からなる.中心体は,細胞周期のG1期には一つしか存在しないが,S期に二つの中心小体の根本の位置に,それぞれ新しい中心小体が形成されて,G2期に二つになり,M期には二つの紡錘体極として,娘細胞への染色体の均等な分配に重要な役割を果たす(図2A).中心体数の増加の原因としては,細胞質分裂の異常によりS期が繰り返されることによる中心体数の蓄積,中心体複製のライセンシング機構の破綻による中心体の過剰複製,中心体の断片化などが考えられる.BRCA1の発現抑制では,過剰な中心体複製,中心体の断片化が起こることがすでに報告されている6,8).中心小体のマーカーとなるセントリンと母中心小体のマーカーであるCep170に対する抗体で二重蛍光免疫染色を行うと,母中心小体と娘中心小体を識別することができ,S期の繰り返しによる中心体の蓄積と中心体の過剰複製を区別することができる(図2B)9).OLA1を発現抑制し,この方法で免疫染色を行うと,一つの母中心小体の周囲に複数の娘中心小体がみられ,母中心小体と離れた娘中心小体も観察された.よって,OLA1の発現抑制においても中心体の過剰複製,中心体の断片化が生じることが明らかになった3).
3. BRCA1とOLA1のがん由来の変異による中心体制御の異常
塩基配列決定法によって,すでに多数のBRCA1遺伝子変異が報告されており,Breast Cancer Information Core(http://research.nhgri.nih.gov/bic/)で参照できる。BRCA1遺伝子変異の多くはタンパク質合成が中断されるフレームシフトやナンセンス変異で,これらは病的変異と診断される.しかし,点突然変異は病的意義のない一塩基多型との鑑別が困難で,本分子の機能評価による診断法の開発が求められている.我々は,多数の家族性乳がん由来のBRCA1点突然変異体のDNA二本鎖切断修復経路の相同組換え修復能と中心体の数の制御能について解析した10,11).その結果,両機能が障害されている変異体を多数同定したが,一方,変異体の中には,相同組換え修復能が障害されているが,中心体制御能に異常のない変異体,また反対に,相同組換え修復能は正常であるが,中心体制御能が異常となる変異体が認められた.後者の変異体の中のI42V変異体について,OLA1との結合能を解析したところ,この変異体はOLA1との結合能が著しく低下していた(図1B).
また,乳がん細胞株でOLA1の点突然変異E168Qがすでに報告されている12).この変異体はBRCA1との結合能が消失していた(図1C).内因性OLA1を発現抑制した細胞に野生型のOLA1を発現させると,発現抑制による中心体数の増加がレスキューされたが,この変異体ではレスキューされず,中心体の数の制御能が異常であることが明らかになった.よって,家族性乳がん由来のBRCA1変異,乳がん細胞株由来のOLA1変異により,ともに両者の結合能の低下がみられ,図1B, Cで示したようなタンパク質複合体の形成異常が起きて,中心体の数の制御能に異常を来す可能性が示唆された.
近年,BRCA1と同様に多くのDNA修復や細胞周期のチェックポイントに関与する分子が中心体に局在することや13),DNA損傷に応答して中心体数が増加することが明らかになってきた.また,放射線や紫外線に高感受性であることが特徴とされるセッケル症候群などの遺伝性疾患由来の細胞で中心体の過剰複製が起きることや,中心体構成因子がこれらの新たな原因遺伝子として同定されるなど,DNA損傷応答と中心体制御との強い関連が示唆されている.また,BRCA1の発現量が放射線照射後に低下することが報告されているが,OLA1の発現量も紫外線や放射線照射,DNA傷害性の薬剤処理により低下することが報告されており,OLA1もDNA損傷応答にも関与する可能性があると考えられる14).
DNA修復経路の異常や細胞分裂時の染色体分配の異常はゲノムの不安定性をもたらし,発がんの原因になり,さらにはその悪性度を高めていく.本研究により,BRCA1のがん抑制能においては,そのDNA修復能に加えて,中心体制御能も重要な働きをすることが示唆された.中心体は,分裂期に紡錘体極となり,染色体の均等な分配において重要な機能を果たすため,中心体数の増加や微小管形成の異常は,ゲノムの不安定性の原因となり,染色体の欠失や過剰をもたらし,発がんの原因になる.多くのがんで中心体異常が認められ,その異常は早期がんから進行がんへの変化に関与するとされるが,一方,前がん状態や病理学的に正常とされる組織でも中心体の異常が観察される15).よって,今後さらにOLA1の機能を解析することで,中心体制御能の破綻と発がんとの関連の詳細が解明されると考えられる.また,OLA1のDNA損傷応答機構への関与も興味深い点で,中心体の制御機構と合わせて解析することが,新しいゲノム安定性維持機構の発見や治療や診断のための新しい分子標的の発見につながると考えられる.
引用文献References
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著者紹介Author Profile
千葉 奈津子(ちば なつこ)東北大学加齢医学研究所腫瘍生物学分野教授.医学博士.
略歴1968年宮城県に生る.93年東北大学医学部卒業.97年同大学院医学系研究科修了.97年同大学加齢医学研究所研究員.99年ブリガムウィメンズ病院研究員.2002年東北大学医学部付属病院医員.03年加齢医学研究所助手.07年同研究所准教授.14年より現職.
研究テーマと抱負これまで遺伝性乳がん・卵巣がん症候群の原因となるBRCA1の機能解析を行ってきました.今後はOLA1の中心体制御能の解析と合わせて,DNA損傷応答と中心体制御機構の関連についての研究に発展させていきたいと考えています.
ウェブサイトhttp://www2.idac.tohoku.ac.jp/dep/cab/index.html