グリコサミノグリカン制御による中枢神経再生とその展望
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多くの組織・臓器の器官発生や形態形成には,細胞外マトリックス(ECM)が重要な機能を担っている.中枢神経系においても,ECMの存在とその重要性に光が当たるようになったのは1970年代になってからである.神経細胞はその発生過程において,ECM内をさかんに移動し脳の層構造形成や神経核の形成に寄与し,また細胞体から遠距離へとECM内で軸索を伸長することで神経回路ネットワークを構築する.このとき神経細胞は,ECM内のさまざまな分子を認識しながら組織化された神経機能を発揮するに至る.ECMは単なる細胞間隙を埋める基質ではなく,細胞膜受容体や細胞接着因子と相関を持ちながら神経発生とその機能を果たしている.ECMはタンパク質だけではなく糖鎖も多く含み,そのターンオーバーは細胞内の他の機能分子と比較して非常に遅い静的な構造体として捉えられてきた.しかし,神経系の積極的な細胞移動や神経投射などの劇的な形態形成過程との相関が解明されるにつれこの固定概念は変わり,ECMは非常に動的なものであると考えられる1).神経系組織ECMは,外界や感染に対して対応しなければならない損傷時とそれに引き続く急性期の再生過程でさらに動的かつ重要な機能を果たす.ECMのなかでも,コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(chondroitin sulfate proteoglycan: CSPG)をはじめとするグリコサミノグリカン(glycosaminoglycan: GAG)糖タンパク質は,占める量も多く重要な機能を果たしている.本稿では神経損傷再生の一つのモデルとして,今後の再生医療研究の中でも大きなテーマとなっている脊髄損傷を例に,動的な機能発現をするグリコサミノグリカン糖鎖の機能について説明するとともに,その発現制御を利用した今後の神経再生治療への展望に関しても,筆者らの最近の知見を中心に紹介する.
中枢神経系のECMのなかでも,CSPGなどの糖タンパク質は種類・量ともに豊富であり,発生初期過程から発現が見られる.これらCSPGにはさまざまなコアタンパク質が存在し,糖鎖がそのセリン残基にO-グリコシル結合した長い鎖構造をとる.いくつかの糖鎖構造のなかにはコンドロイチン硫酸(chondroitin sulfate: CS)とヘパラン硫酸(heparan sulfate: HS)があり,これら糖鎖はグリコサミノグリカン(glycosaminoglycan: GAG)鎖と呼ばれる.古くはムコ多糖と分類されたものである.CS鎖とHS鎖は分子構造上および機能においては類似点もみられるが,その機能は異なる.GAGの合成過程においては,コアタンパク質のセリン残基(Ser)にリンカーと呼ばれる四糖構造(キシロース-ガラクトース-ガラクトース-グルクロン酸:Xyl-Gal-Gal-GlcA)が最初に結合し,続いて二糖の繰り返し構造が転移され,さまざまな長さの糖鎖が合成される.コアタンパク質に結合するこの共通の四糖リンカー部に,N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)が結合し二糖繰り返し構造が(GalNAc-GlcA)nとなるとCS鎖となり,N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)が結合し二糖構造が(GlcNAc-GlcA)nとなるとHS鎖となる(図1).
コアタンパク質(右,青色)のSer残基に,四糖単位を付加した後,下段(赤色)のコンドロイチン硫酸(CS)あるいは上段(緑色)のヘパラン硫酸(HS)がそれぞれ二糖単位で転移される.CS合成の起点となる酵素がCSGalNAcT1/T2である.HSではExt1/2を中心とする酵素が合成系に関与する.CSは神経伸長阻害因子であるが,HSは逆に神経伸長を促進する.
これら糖鎖を合成する糖転移酵素は,微量ゆえの精製の困難さから研究が立ち遅れていたが,国内でも菅原・北川らのグループをはじめ糖鎖化学者の精力的な努力からここ10年ほどで多くの分子機構が明らかとなってきた2).この領域に関しては国内グループの貢献が世界的にも非常に大きい.GAG合成系においては,まず基部となるCS・HSともに共通の四糖構造の合成過程は,キシロース転移酵素(XylT)がコアタンパク質のSer残基にXylを転移することを契機に,続く三糖の糖転移酵素が次々に動員されて始まる.これらの酵素群のノックアウトマウスではすべてのGAG合成がストップしてしまうため,発生過程では多くが胎生致死となる.CS合成では,この四糖の後にGalNAcを転移するCSGalNAcT1(CS GalNAc transferase 1,以下T1と省略)が重要とされている3).この酵素にはアイソフォームとしてCSGalNAcT2(以下,T2)が存在し4),T1とともに機能していると考えられるがそれらの詳細と意義ははっきりしていない.これらT1,T2がHS合成との分岐点に作用するとともに,その後のCSの二糖を転移するポリメラーゼ酵素群(Chsy1など)が糖鎖伸長機能に働く.HS合成系は,CS合成と比べて比較的単純なシステムをとる.四糖リンカーの形成後にGlcNAcが転移する過程にはExt1/2という二つの酵素が必須となる.このExt1/2をノックアウトするとHS鎖合成ができず致死性である.さらにその後のHS伸長反応にはExt1/2およびExtl3が働くことが示唆されている.
CSのコアタンパク質としては,aggrecan,phosphacan,neurocan,versican,NG2などが神経系では代表的なものである.コアタンパク質の多くはECMに分泌性タンパク質として存在し広い空間を充填することで機能する.HSのコアタンパク質としては,syndecan,glypican,perlecanなどが知られる.神経発生では,syndecanなどを中心にこれら分子の重要性が多く示された.CSとの大きな違いとしてHSは多くの場合,膜結合分子として機能しCSと比べより局所的なシグナル伝達に関わっている場合が多い.
ヒトを含む高等動物では中枢神経系は再生しないという定説は神経科学の巨人ラモン=カハール(1852~1934)が唱えて以降,常識とされる.それゆえ,脊髄損傷においてもいまだ根本治療法が存在せず,罹患者の多くは重篤な運動障害に一生苦しむ.なぜ,高等脊椎動物の中枢神経軸索・回路は再生できないのであろうか? その原因の一つは,神経伸長の阻害因子が損傷領域に発現するためであると考えられている.高等脊椎動物は,損傷によってBBB(脳脊髄関門)が破壊された後,急速な外界とのバリア修復が伴わねば,感染によって中枢神経系の死のみならず個体の死を迎える危険性が伴う.そのため,高等脊椎動物では中枢系が損傷を受けた際,速やかなBBB修復のためにバリアを形成し個体を守ろうとする.細胞内・外の多くの神経軸索伸長阻害因子がこのバリアとしても機能し,神経再生には阻害的に関わると考えられる.これまでさまざまな神経軸索伸長阻害因子が知られているが,なかでもCSは軸索再生を阻害する最強の分子である5).神経損傷時には,アストロサイトのうち反応性グリア細胞が分化して大量のCSを損傷部に発現合成する5).反応性グリア細胞はCS発現とともにマクロファージなどの炎症系細胞を取り囲み,組織の炎症ダメージを抑える有用な役割を果たしている.一方,大量に発現されたCSは神経軸索伸長を阻害するという再生にとっては不都合な働きを担ってしまう.この反応性グリア細胞が作り出すCSはグリア性瘢痕と呼ばれ,再生の最大の阻害因子となる5).ところで神経発生過程では脳層構造や軸索回路形成に積極的に関わるCSが,損傷という急性期対応の際には阻害因子として動的な機能を果たすのはなぜだろうか? これら機能の相違は,CSの硫酸化パターンの違いによるheterogeneityにもよるとされる.しかしその硫酸化による機能の詳細はいまだ不明の点も多い.この最大の阻害要因を除去するためにすべてのCSを分解するコンドロイチナーゼABCという強力な酵素を脊髄損傷部に投与することによって,脊髄損傷回復が認められることがマウスを用いた実験系で示されている6).しかしこのコンドロイチナーゼABCは高等哺乳類には存在しない細菌由来の酵素であり,CS以外にもデルマタン硫酸やヒアルロン酸も切断しうる強力な酵素であり,脊髄損傷患者への実際の投与は現実的には難しい.
筆者らはこれまでに,CSに対する受容体としても機能し神経発生に関わる神経細胞接着分子群のノックアウトマウス作製と解析を進めてきたが,それらのリガンドであるCSそのものの発現に関与するCSGalNAcT1およびT2のノックアウト(KO)マウス作製とその解析を行った(図1).前述のように,T1およびT2酵素の生理学的機能の詳細は不明であるが,T1酵素の重要性はこれまでも示唆されてきた.多くの糖転移酵素のKOマウスは胎生致死になるものが多いが,T1およびT2酵素は共通の四糖リンカーからのCS合成に機能するため,胎生致死はないものと期待しKOマウスを作製した.期待どおり筆者らのT1 KOおよびT2 KOマウスでは,それぞれ単独のKOマウスではCS発現が完全に欠損することはなく生存可能であったため,成体での解析が可能であった.特に,T2 KO単独では大きな表現型変化は示さなかったが,T1 KO単独ではおよそ全身のCS量が約半分に減少し,骨形成にわずかな遅延が生じるものの中枢神経系には巨視的に大きな影響はなかった7).そのため,これらCSが減少したマウスを機械的挫滅による脊髄損傷モデルに供することで,脊髄損傷後の回復を示す可能性を期待し検討を加えた.その結果,脊髄損傷部におけるCS減少量がわずかであったT2 KOマウスではほとんど機能的回復は認められなかったが,T1 KOマウスでは劇的な回復がみられた.これはこれまで報告されてきた他の単一の遺伝子KOによるいかなるモデルマウスにも認められない著しい回復能であった.さらにその回復度はCS除去酵素であるコンドロイチナーゼABC投与マウスをもはるかに凌駕した(図2A).T1 KOマウスでのCS発現量は減少するものの消失はしておらず,これは想定外の高い回復度であったためさらに詳細な組織化学的および生化学的解析を進めた.
(A)脊髄損傷後の後肢運動機能解析(BMSスコア):数字が大きいほど回復を示す.□のT1KOマウスは▲のコンドロイチナーゼABC投与マウスよりも回復が早い.(B)損傷後回復の組織像:中央部が損傷領域で,セロトニン神経(緑色)の後方(右側)への伸長も示されている.T1KOマウスはコンドロイチナーゼABC処理マウスよりも損傷部後方への神経回復が認められる.(C)上段:脊髄損傷後にはグリア細胞(紫色)がCSを発現し,グリア性瘢痕(桃色)を形成し神経の伸長をブロックする.その間に線維性瘢痕を形成し(黒色),BBBを作ることで感染から守るとされる.中段:コンドロイチナーゼABC処理をすることで,CSは分解され,神経再生が進む.ただしこのChABCは,ヒアルロン酸・デルマタン硫酸も切断する強力な酵素で,ヒト治療への応用は難しい.下段:CSGalNAcT1 KOマウスでは,CSの減少(桃色)だけではなく瘢痕縮小が認められる.さらに,HSが発現し(緑色)神経再生をさらに誘導していた.これらの現象は何もしない場合やChABC処理ではまったく認められない.
まず,脊髄損傷部のグリア性瘢痕の形成領域が減少していた.これはコンドロイチナーゼABCを投与した損傷後マウスでも認められない現象であった.損傷部にできる障壁である瘢痕が縮小することによって再生発芽した神経がバイパスする余地が残されることによっても,損傷後の回復に寄与していた(図2B).これはECMとしてのCSが減弱したことで,CSを発現する反応性グリア細胞の細胞移動に影響すること,さらには炎症の程度にもCSが関与していることによる.そのために,T1 KOマウスではでは神経軸索伸長の阻害因子が減少するという効果だけではなく,瘢痕そのものの縮小を示すという思わぬ効果を得ていた.
さらに損傷部位におけるさまざまな糖合成酵素やコアタンパク質遺伝子の発現解析を行った.これは,当初は付与されるCS量が低下することでそのコアタンパク質の発現変動が生じていることを期待してのことであった.しかし結果的に,コアタンパク質遺伝子にも,他のCS合成酵素遺伝子群や四糖基部糖鎖の転移酵素遺伝子群にも,まったく発現変動は認められなかった.ところが想定もしていなかったHS合成酵素群の発現が,ことごとく上昇していることを見いだした.さらに通常では損傷部に発現することのないHS糖鎖も損傷部周囲に認められた(図2C).CSは神経再生時をはじめとする神経軸索伸長の阻害因子であることが広く知られるが,逆にHSは神経軸索伸長を促進することが知られている.実際に筆者らのT1 KOマウスにおいても,脊髄損傷部にHS分解酵素ヘパリチナーゼを投与するとT1 KOマウスの損傷からの回復能は低下した.つまり,神経軸索伸長の“阻害”因子の発現を抑えることで通常では認められない軸索伸長“促進”因子であるHSが発現し,積極的な再生を促していることが明らかとなった.このHS発現上昇という現象も,コンドロイチナーゼABC投与では認められない現象であった.以上の,炎症制御による瘢痕減少と,神経再生を促進するHS発現上昇という大きな二つの要因が重なることにより,T1KOマウスが脊髄損傷後に劇的な回復を示すメカニズムを明らかにした(図2C)8).
本稿では,CSというECMの1機能分子がいかに多様性を持つか,さらには再生過程においていかに動的に機能しているかに焦点をあてた我々の研究の一端を紹介させていただいた.なかでもいまだ治療法のない中枢神経系損傷,特に脊髄損傷後修復においてCSとその制御がいかに重要かを示した.本研究成果により,中枢神経再生においてはCSGalNAcT1(T1)が絶妙な治療薬剤ターゲットになりうることがわかった.実際,筆者らはすでにT1/T2遺伝子に対するsiRNAをバイオマテリアルと組み合わせてマウス脊髄損傷領域に投与し,治療効果を挙げる実証にも成功している8).近年,脊髄損傷治療に向けては細胞内分子を中心に阻害因子を制御することが重要であることが示され,多くの試みが進められている9).そのなかで損傷部外部環境を整えることで再生を進めようとする筆者らの試みはいまだニッチな領域である.しかし今後,国内では数年後には脊髄損傷治療に向けてiPS細胞移植による臨床試験が開始される.その場合にも,損傷領域にできる神経再生阻害瘢痕をいかに制御するかは重要な課題である.筆者らは国からの支援を得て糖鎖発現を制御できる薬剤探索も開始した.実は糖鎖発現を制御するあるいは糖転移酵素に作用する薬剤はこれまで得られていない.糖鎖発現を制御する化合物が見いだされれば,神経損傷治療だけではなく他疾患への応用展開や基礎研究においても大きな武器になるであろう.新たなスクリーニング法を導入することでこの課題に挑戦したいと願っている.
また,静的な細胞外構造体であると思われがちなECM糖鎖が実際は非常に動的構造であり,さまざまな機能や病態にも絡んでいることが明らかになってきた.糖鎖構造は,DNA–RNA–タンパク質というセントラルドグマの先にあり10)
,転移合成酵素タンパク質によってさらに制御され生体内に発現される.糖鎖構造による生体機能の制御は生命科学の研究対象として,複雑ではあるが新しい概念も必要とされる興味深い領域である.筆者らは糖鎖化学者ではない門外漢であり,細胞生物学領域(細胞接着分子の解析)から新たにこの分野に踏み込んだものであった.しかし日本に古くから培われてきた糖鎖生物学の伝統と貢献は世界的にみても誇るべきものであると実感した.多くの他分野の研究者が流入し,融合領域としての活性化が今後進むことも願っている.
1) 大橋俊孝,枝松緑,別宮洋子(2015)生化学,87, 393–396.
2) Mikami, T. & Kitagawa, H. (2013) Biochim. Biophys. Acta, 1830, 4719–4733.
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4) Uyama, T., Kitagawa, H., Tanaka, J., Tamura, J., Ogawa, T., & Sugahara, K. (2003) J. Biol. Chem., 278, 3072–3078.
5) Silver, D.J. & Silver, J. (2014) Curr. Opin. Neurobiol., 27C, 171–178.
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10) 門松健治(2014)領域融合レビュー,3, e005.
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