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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 87(6): 758-761 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870758

みにれびゅうMini Review

ミトコンドリアのプロテオスタシス制御Regulation of proteostasis capacity in the mitochondria

1山口大学大学院医学系研究科医化学研究室Department of Biochemistry and Molecular Biology, Graduate School of Medicine, Yamaguchi University ◇ 〒755-8505 山口県宇部市南小串一丁目1番1号Minami-Kogushi 1-1-1, Ube-shi, Yamaguchi 755-8505, Japan

2山口大学大学院医学系研究科Graduate School of Medicine, Yamaguchi University ◇ 〒755-8505 山口県宇部市南小串一丁目1番1号Minami-Kogushi 1-1-1, Ube-shi, Yamaguchi 755-8505, Japan

受付日:2015年7月30日Received: July 30, 2015
発行日:2015年12月25日Published: December 25, 2015
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1. はじめに

細胞内には多種類のタンパク質が存在し,それらが高濃度(200~300 mg/mL)の条件下で正しく機能している.このようなプロテオームのバランスの保たれた状態,つまりプロテオスタシス(タンパク質ホメオスタシスを意味する造語)は,主にタンパク質の合成,フォールディング,分解によって維持されている.外的環境や代謝の変化は細胞内の至るところでタンパク質の構造異常を引き起こす.これらのタンパク質毒性ストレスに適応するために,細胞は遺伝子発現を介した複数のタンパク質品質管理機構を備えている.その中で,大腸菌からヒトまでの進化の過程で保存された仕組みが熱ショック応答(heat shock response: HSR)であり,シャペロンとして働く熱ショックタンパク質(HSP)とタンパク質分解酵素の発現誘導を特徴とする.真核細胞は核の他に小胞体やミトコンドリアなどの細胞内小器官を備えているが,主に核・細胞質のタンパク質ミスフォールディングに対する適応機構がHSRである.一方,小胞体とミトコンドリアにおける同様の適応機構はそれぞれ小胞体ストレス応答(unfolded protein response in the ER: UPRER)およびミトコンドリアストレス応答(mitochondrial UPR: UPRmt)と呼ばれ,やはり各々の小器官で働くシャペロンとタンパク質分解酵素などが誘導される(図11)

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図1 タンパク質毒性ストレスに対する適応機構

熱ショック応答(HSR)は主に核・細胞質のタンパク質毒性ストレスに対してそこへ局在するシャペロン(HSP70,HSP40など)を誘導する適応機構である.ミトコンドリアストレス応答(UPRmt)は,ミトコンドリアへ局在する主要なシャペロン(HSP60, HSP10, mtHSP70)とプロテアーゼ(ClpP, Lon)を誘導する.小胞体ストレス応答(UPRER)は,やはり小胞体内のタンパク質毒性ストレスに対して小胞体シャペロンを誘導する.

ミトコンドリアはエネルギーを生産する場であり,一方で細胞死のシグナルを伝達する重要な細胞内小器官である.その機能障害は,老化,神経変性疾患やがんなどの病気と関連することが古くから知られている2).ミトコンドリアの起源は,古細菌のメタン生成菌へ共生した真正細菌で好気性のα-プロテオバクテリアであると考えられている.その後,共生体ゲノムのDNAが核ゲノムへ移行するが,そのわずか一部が自律的に複製するミトコンドリアDNAとして現在も残存する.そして,ヒトでは13個の電子伝達鎖サブユニットがミトコンドリア内で転写と翻訳の過程を経て機能し,電子伝達系の恒常性を担っている.ミトコンドリアは,それら以外にも核のゲノムにコードされた約1100種類のタンパク質で構成されているが,それらは細胞質で合成されてミトコンドリアへ運ばれる3).近年,これらミトコンドリアタンパク質の構造異常で誘導されるユニークなUPRmt経路が線虫で明らかにされ,その経路がミトコンドリア機能の維持に重要であることもわかった.一方,哺乳動物細胞では線虫のUPRmt経路に相当するものは見つからず,ミトコンドリアのシグナルを核へ伝える経路については不明のままであった.最近,我々は,新しい哺乳動物細胞のUPRmt経路を明らかにした.UPRmtとHSRの経路は密接に関連しており,予想外のミトコンドリア因子が核へシグナルを伝えることを見いだした.本稿では,ミトコンドリアのプロテオスタシス制御の理解の現状について概説する.

2. ミトコンドリアストレス応答

ミトコンドリアにはその小器官特異的なシャペロンとプロテアーゼが存在している.UPRmtとは,ミトコンドリアのプロテオスタシスを維持するための,核にコードされたミトコンドリアのシャペロンとプロテアーゼ遺伝子群の転写活性化を介したストレス応答のことである4).UPRmtの存在は,主に哺乳動物細胞と線虫で示されてきた.哺乳動物細胞では,ミトコンドリアマトリックスで凝集体を形成しやすいオルニチントランスカルバミラーゼ変異体(OTCΔ)を高発現する,あるいはエチジウムブロマイド(EtBr)処理によりミトコンドリアDNA(mtDNA)からの遺伝子発現を抑制することでmtHSP70,HSP60,HSP10,そしてプロテアーゼClpPの発現が誘導される5).線虫では,EtBr処理およびミトコンドリのシャペロンあるいはプロテアーゼのノックダウンにより同様の発現誘導が示されている6).さらに,ミトコンドリアのリボソームにのみ作用する抗生剤(ドキシサイクリンなど)の処理によっても線虫および哺乳動物細胞のUPRmtが誘導される.この処理およびEtBr処理はミトコンドリアと核にコードされたタンパク質の不均衡(mitonuclear protein imbalance)を導き,その結果としてミトコンドリアのプロテオスタシスの乱れを招くと考えられている7).この不均衡は電子伝達鎖複合体のタンパク質組成の異常を招くため,それに伴うプロテオスタシスの乱れは活性酸素種(ROS)の産生と関連している可能性がある.

3. 線虫のUPRmt経路

線虫では,主に塩基性ロイシンジッパー型(bZIP型)の転写因子ATFS-1がUPRmtを誘導する8).ATFS-1はそのN末端にミトコンドリアへの搬入のためのシグナル配列MTS(mitochondrial targeting sequence)を持つと同時に,C末端側には核移行のためのシグナル配列NLS(nuclear localization sequence)も持つ.通常の条件下でATFS-1はミトコンドリアに運ばれ,Lonプロテアーゼによって分解を受ける(図2).ミトコンドリアストレスがかかるとATFS-1のミトコンドリアへの輸送は抑制され,N末端を含む全長のATS-1がNLSを介して核へ蓄積する.その結果,ATFS-1はゲノムへ結合してミトコンドリアのシャペロンとプロテアーゼ遺伝子群の転写を誘導する.つまり,ATFS-1の活性はミトコンドリアへの輸送効率の調節によって制御を受けている9).また,ChIP-seq法によるゲノムワイド解析により,ATFS-1はUPRmt関連遺伝子だけでなく,抗酸化,解糖系,酸化的リン酸化(OXPHOS),クエン酸回路(TCA回路),さらには免疫反応に関わる遺伝子などの多様な遺伝子群に結合してその発現調節を担うことも明らかとなっている10)

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図2 線虫のUPRmt経路

線虫のUPRmt経路は,①ミトコンドリアマトリックスにタンパク質凝集体を形成させる,②EtBr処理によりmtDNAからの遺伝子発現を抑制する,あるいは③ミトコンドリアのリボソームからのタンパク質の合成を阻害するなどのミトコンドリアストレスで誘導される.通常,ATFS-1はミトコンドリアへ運ばれてLonプロテアーゼにより分解される.しかし,これらのミトコンドリアストレスはATFS-1のミトコンドリアへの輸送を阻害する.その結果,核移行シグナルを持つbZIP型の転写因子ATFS-1は核へ蓄積し,ミトコンドリアシャペロンなどのプロモーターへ結合して転写を誘導する.ATFS-1はホモ二量体あるいは未知の因子とのヘテロ二量体を形成し,抗酸化や代謝に関与するさまざまな遺伝子の発現を促進あるいは抑制する.

ATFS-1に作用してUPRmtを修飾する因子も同定されている.ミトコンドリアのプロテアーゼClpPは異常なタンパク質をペプチドに分解し,ABCトランスポーターであるHAF-1を介して細胞質に排出する.ClpPあるいはHAF-1の機能欠損はある条件下でUPRmtが減弱することから,この経路もUPRmtと関連していると考えられている8)

4. 哺乳動物細胞のUPRmt経路

1)ミトコンドリアSSBP1は核へシグナルを伝達する

熱ショックはミトコンドリアを含むすべての細胞内小器官に損傷を与える.したがって,熱ショックを含むタンパク質毒性に適応するためのHSRとミトコンドリアのUPRmtとの連関は,古くから示唆されていた.哺乳動物細胞のHSRは,あらかじめ不活性型で存在する熱ショック因子HSF1(heat shock factor 1)が,熱ストレスによりコンホメーション変化を経て活性型となることで導かれる応答である.HSF1の活性化の過程は,単量体からDNA結合型の三量体への転換,転写活性化能の獲得,そして核への集積を伴う11).我々は,HSF1と相互作用するタンパク質の解析からミトコンドリアの一本鎖DNA結合タンパク質SSBP1(またはmtSSBとも呼ばれる)を見いだした12).通常,SSBP1はミトコンドリアDNAへ結合することで,その複製と維持に関与している.驚いたことに,SSBP1の一部は,異常なタンパク質の蓄積する熱ショック時などの条件下で核に集積し,HSF1転写複合体の構成因子となって転写活性を増強することがわかった(図313).ミトコンドリア機能を障害する電子伝達鎖複合体阻害剤,過酸化水素,脱共役剤,あるいは低酸素の処理ではSSBP1の核移行は起こらず,同時にHSRも生じなかった.つまり,SSBP1の核移行はタンパク質毒性ストレスに特異的であることが強く示唆された.

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図3 哺乳動物細胞のUPRmt経路

細胞がタンパク質毒性ストレスにさらされると,あらかじめ細胞質に存在する単量体の不活性型HSF1は三量体の活性型へと転換して核へ移行する.このストレスは,同時にミトコンドリアのPTP開口とΔψm低下を導き,これがSSBP1をミトコンドリアから排出する引き金となる.細胞質のSSBP1はHSF1と相互作用することで核へ運ばれ,クロマチン再構成複合体(BRG1など)を含むHSF1転写複合体形成を促進して,ミトコンドリアおよび核・細胞質シャペロンの転写を誘導する.

SSBP1自身には核移行のためのNLSはなく,ミトコンドリアから排出されたSSBP1はHSF1によって核へ運ばれる.HSF1転写複合体はBRG1を含むクロマチン再構成複合体などを引き寄せることでクロマチンを弛緩させるが14),SSBP1は少なくともBRG1のHSF1複合体への集積を促進することも明らかとなった.その結果,転写が誘導される.

2)SSBP1のミトコンドリアからの排出の引き金

SSBP1のミトコンドリアからの排出は何が引き金となるのだろうか.ミトコンドリア膜電位(Δψm)の低下はミトコンドリア機能の指標となり,多くはミトコンドリア膜透過性遷移孔(permeability transition pore: PTP)の開口を伴う.PTP開口はその構成因子であるANT(adenine nucleotide translocator)の調節因子であるシクロフィリンDに作用するシクロスポリンAで抑制される.さらにPTP構成因子と推定されるVDAC(voltage-dependent anion channel)の機能欠失でも抑制される場合がある.我々は,温熱ストレスは確かにPTPの開口を導き,それはシクロスポリンA処理やVDAC1ノックダウンで抑制されることを確認した13).このとき,PTP開口とΔψm低下はよく相関していた.同じ処理は,温熱ストレスによるSSBP1の核移行およびHSP70の転写誘導も抑制した.これらの結果は,少なくともANT-VDAC1を介したPTP開口とΔψm低下がSSBP1のミトコンドリアからの排出の引き金になることを示している.

ミトコンドリアは細胞死のシグナルを伝達する小器官である.さまざまなストレスはΔψm低下を導き,それと同時にミトコンドリア膜の透過性が亢進して膜間腔に存在するシトクロムcやアポトーシス誘導因子(AIF)などが細胞質へ漏出する.それでは,これらの細胞死のシグナル分子の漏出と細胞生存のためのUPRmtシグナルとなるSSBP1の排出は同時に生じるのであろうか.HeLa細胞を用いた実験では,穏和な温熱ストレスはSSBP1のミトコンドリアマトリックスからの排出をいたが,シトクロムcとAIFの膜間腔からの漏出を認めなかった13).一方,細胞死を導く極端な温熱ストレスの際には後者の漏出も認めた.つまり,ストレスの種類や程度によってUPRmtとアポトーシスが別々に誘導される可能性が示唆される.

3)HSF1-SSBP1によるミトコンドリア機能の維持

DNAマイクロアレイ解析によりmRNA発現を網羅的に調べたところ,10個の核・細胞質のシャペロン(HSP70など)と二つのミトコンドリアで働くシャペロン(HSP60, HSP10)が温熱ストレスにより誘導された13).HSF1をノックダウンするとそれらの誘導はなくなり,SSBP1ノックダウンによりすべてのmRNA誘導が半分程度まで低下した.核・細胞質のシャペロンのmRNAの温熱誘導(25倍以上)と比較して,HSP60とHSP10のそれは穏やかで(5倍程度),タンパク質レベルではSSBP1ノックダウンによりほとんど誘導を認めなかった.そこで,HSF1-SSBP1複合体の生物学的意義を明らかにするために,まずはタンパク質毒性ストレス条件下での細胞の生存率を調べた.内在性のHSF1をノックダウンし,野生型HSF1あるいはHSF1の相互作用変異体(HSF1-K188AまたはHSF1-K188G)に置換した後,温熱ストレスあるいはプロテアソーム阻害剤処理して細胞の生存率を調べた.その結果,いずれのストレス条件下でも,野生型HSF1はHSF1ノックダウン細胞の生存率の低下を回復したが,相互作用変異体はまったく回復しなかった.さらに,Δψmを調べたところ,やはり,野生型HSF1はHSF1ノックダウン細胞のΔψmの低下を回復したが,相互作用変異体はまったく回復しなかった.以上の結果は,HSF1-SSBP1複合体がタンパク質毒性ストレス条件下で,細胞生存およびミトコンドリア機能の維持に必要であることを示している.

5. おわりに

線虫ではATFS-1がUPRmt経路の鍵分子であり,一方で哺乳動物細胞のUPRmt経路に関してはそれと相同な因子は見つかっていない.我々の研究は,HSF1-SSBP1が哺乳動物細胞で中心的な役割を担う可能性を示唆している.ミトコンドリア内腔のみのタンパク質毒性ストレスによる本機構の役割については今後の解明が必要である.SSBP1との相互作用に必要なHSF1のアミノ酸残基(K188)も酵母からヒトまでの真核生物でよく保存されており13),線虫においてもこの経路が働くか興味が持たれる.また,核内でSSBP1が作用する領域がHSF1ターゲット遺伝子以外にもあるかどうかを探るChIP-seqなどによるゲノムの網羅的解析も興味深い.ミトコンドリアストレスはリン酸化酵素JNK2を活性化することで転写因子CHOPとC/EBPを誘導し,それらがUPRmtを誘導することも示唆されている4,5).これとHSF1-SSBP1経路の関連についても明らかにする必要がある.ATFS-1変異は線虫の寿命に影響しないとされるが15),一方でミトコンドリアと核タンパク質の不均衡が線虫でもマウスでもUPRmtを誘導して寿命を延長することも知られている7).HSF1相互作用変異体を発現するノックインマウスなどの作製による個体レベルでの役割の解明が待たれる.ここまで述べてきた哺乳動物細胞のミトコンドリアにおけるプロテオスタシスの制御機構の研究は始まったばかりであり,分子機構および老化,神経変性疾患やがんなどとの関連についての今後の展開に期待したい.

引用文献References

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著者紹介Author Profile

譚 克( )

中国河北師範大学生命科学学院解剖生理学分野講師.医工学博士.

略歴

1984年中国河北省に生る.2008年中国華北理科大学医学部卒業.11年山口大学大学院医学系研究科医化学分野修士課程修了.15年3月同大学院医学系研究科医化学分野博士課程修了後,同分野学術研究員.15年9月より現職.

研究テーマと抱負

ストレスによるプロテオスタシ調節機構を解明し,研究成果をガン創薬につなげて行きたい.

趣味

旅行,読書.

中井 彰(なかい あきら)

山口大学大学院医学系研究科医化学分野教授.医学博士.

略歴

兵庫県出身.1987年鳥取大学医学部卒業.同大学大学院(第2内科)修了後,1991年米国ノースウエスタン大学にて熱ショック応答の研究を開始.京都大学助手を経て,2000年より山口大学医学部生化学第二講座教授.改組を経て現職.

研究テーマと抱負

原始的な熱ストレス応答の分子機構の解明を基盤として,統合的な生体機能調節を理解し,難治性疾患の治療に結びつけたい.

趣味

読書,釣り.

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