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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 87(6): 776-780 (2015)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2015.870776

みにれびゅうMini Review

内因性抗原としての陰性荷電分子の生成と制御Formation and regulation of electronegative molecules as an endogenous antigen

名古屋大学大学院生命農学研究科Graduate School of Bioagricultural Sciences, Nagoya University ◇ 〒464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya-shi, Aichi 464-8601, Japan

発行日:2015年12月25日Published: December 25, 2015
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1. はじめに

免疫系は,病原体など外来異物の感染から生体を防御するシステムであり,自然免疫および獲得免疫(適応免疫)に分類される.自然免疫は病原体などの多様な抗原に対して発動する初期防御機構であるが,外来抗原のみでなく,自己由来の内因性抗原も認識することができる1).自然免疫系による抗原認識は恒常性の維持に必要であり,自己免疫応答の抑制にも重要な役割を果たしている.病原体や微生物由来などの外来抗原と自己由来の内因性抗原は,共通した分子(自然抗体やスカベンジャー受容体など)により認識されることから,自然免疫系はこれら抗原の構造を厳密に見分けているのではなく,抗原に共通した何らかの「パターン」を感知し,抗原に結合することが予想される.

自然免疫系に認識される内因性抗原には,アポトーシス細胞やアポトーシスに伴い細胞外に放出される細胞内分子や炎症タンパク質,酸化修飾などの翻訳後修飾を受けた自己分子などが含まれる.これらの中でも,修飾された分子は“変性した自己”とも称され,本来は生体に存在しない構造を持つため,新たに免疫原性を獲得した自己ともいえる.このような修飾分子の中で酸化修飾分子は,これまでにがん,動脈硬化,リウマチ,アルツハイマー病などさまざまな病態の組織において検出されている.一方,酸化修飾分子が関与する自然免疫応答についても多くの研究があり,自然免疫受容体や自然抗体などによる感知・クリアランス機構が提唱されている.その感知機構の詳細は明らかにされていないが,ほとんどが特異的な構造認識によるものと予想されている.しかし,筆者らは最近,老化や糖尿病などの疾患に関連した内因性抗原である糖化タンパク質(advanced glycation endproduct: AGE)に対する自然抗体に関する研究を進める過程で,自然抗体の多重交差性に着目し,多様な内因性修飾分子の認識に関する新たな分子機構を明らかにした.

2. 内因性抗原に対する自然免疫応答

マウスの血中IgM抗体は,AGE,DNA,酸化低密度リポタンパク質(oxLDL)などのさまざまな内因性抗原を認識する(図1A).特定の病原微生物が存在しない条件で飼育されたSPFマウスの血清においてもこれらの自然抗体価は確認されたことから(図1B),内因性抗原に対するIgM抗体は,抗原刺激がなくても常に産生される自然抗体であることが予想された.また,AGEに対する免疫応答について解析するため,正常マウスにAGEを免疫して血清抗体価の変化を調べたところ,AGEに対するIgG抗体産生はほとんど変化しないものの,IgM抗体産生が強く誘導されることが確認された(図1C).また,AGEを免疫することで,腹腔内の自然抗体産生細胞であるB-1細胞の割合が増加した.このことから,AGEは自己抗体産生クローンの増大に関与しているものと予想された.さらに,AGE免疫マウスから得られた3種類の抗AGEモノクローナル抗体はすべてIgMであり,H鎖のV遺伝子はB-1細胞由来の自然抗体で多く確認されるVH7183であった.また,最も体細胞突然変異が起こりやすく,抗原特異性への関与が大きいことが知られるCDR3領域において,生殖細胞系列と100%の相同性がある抗体も確認された.興味深いことに,これらの抗AGEモノクローナル抗体は,AGEのみでなく,DNAや過酸化脂質修飾タンパク質,アポトーシス細胞などのさまざまな内因性抗原を認識する多重交差性抗体であった.

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図1 AGEに対する自然免疫応答

(A)さまざまな内因性抗原に対するマウス血清IgM自然抗体の交差性.(B)SPFマウス血清中のIgM自然抗体の特異性解析.(C)AGE免疫を行ったマウスの血清抗体価の経時的な変動.

3. 内因性抗原と自己免疫疾患

自然免疫系による内因性抗原の適切な排除は,さまざまな疾病の予防に寄与することが予想される.しかし,内因性抗原の産生過剰や排除機能低下などが生じた場合には,内因性抗原が自然免疫系による制御を超えて蓄積し,自己免疫応答を亢進することが考えられる.

lpr(lymphoproliferation)マウスは,細胞にアポトーシスを引き起こすサイトカイン(Fasリガンド)を認識する受容体であるFas遺伝子の突然変異体であるが変異lprをホモで持つMRLマウス(MRL-Faslpr/Faslpr)は,ポリクローナルな異常T細胞の蓄積による著しいリンパ節腫を引き起こし,抗DNA抗体やリウマチ因子などの自己抗体を産生する自己免疫疾患である全身性エリテマトーデス(SLE)の自然発生モデルである.MRL-lprマウス血清では,コントロールマウス血清と比較して,AGEを認識するIgM抗体価の上昇が認められた.SLE患者の血漿においても同様に,AGEに対するIgM抗体価の上昇が認められた.また,MRL-lprマウスでは腹腔内のB-1細胞の割合が有意に上昇することが明らかとなり,SLEの発症に伴い自然免疫系の活性化が引き起こされることが予想された.さらに,MRL-lprマウスより抗AGEモノクローナル抗体を作製した結果,AGE免疫マウス由来のモノクローナル抗体と同様,生殖細胞系列との相同性が高く,さまざまな内因性抗原を認識する多重交差性抗体であった.

4. 内因性抗原としての陰性荷電分子

AGE免疫マウスおよびSLEモデルマウスから作製した抗AGEモノクローナル抗体のほとんどが多重交差性を示すことが判明したが,抗原となるAGE,DNA,アポトーシス細胞などには構造上の共通点がないため,別のファクターが抗体の多重交差性に関与することが予想された.その答えのヒントは,AGEを電気泳動(native PAGE)で分析した際に得られた.糖化修飾によりタンパク質のバンドが陽極に大きくシフトすることに気づいたのである(図22).これは,AGEの生成が,リシン残基やアルギニン残基などの塩基性アミノ酸側鎖の化学修飾によるものであり,その結果タンパク質表面の荷電が相対的に陰性に変化したことによると考えられた.実際,分子表面の電荷をゼータ電位により測定した結果,AGE生成に伴い,表面荷電が減少することが確認された.また,さまざまな低分子化合物を用いて作製したAGEや過酸化脂質修飾タンパク質は,修飾に伴い電気泳動上の移動度が上昇し,移動度と抗体との交差性は正の相関を示した.さらには,アセチル化やピロール化などのアミノ基中和反応により,タンパク質が自然抗体に認識されるようになることも明らかになった.これらの結果は,「自然抗体による抗原認識には,塩基性アミノ酸の修飾に伴う陰性荷電の増大が関与する」という仮説を支持するものである.興味深いことに,AGE以外のさまざまな分子でも,陰性荷電変化に伴う内因性抗原の生成がみられる.たとえば,LDLは酸化により強い陰性荷電分子への変化がみられる(図3).また,アポトーシス細胞は細胞膜表面に酸性リン脂質であるホスファチジルセリンが露出するため生細胞と比較し細胞表面荷電が減少することが知られ,また,ホスホジエステル結合を骨格に持つDNAは陰性荷電分子そのものである.さらに興味深いことに,こうした陰性荷電分子の生成はポリフェノールなどの日常の食事成分とタンパク質の反応でも生成されることが明らかになっており,食と健康に関連した陰性荷電分子生成の生理的意義の解明が期待される.

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図2 タンパク質の修飾に伴う表面電荷の減少と抗原性の亢進

(A)脂質過酸化に由来するアルデヒド修飾BSAのnative PAGE(上パネル)とマウスIgM自然抗体との交差性(下パネル).(B)糖化BSAのnative PAGE(上パネル)とマウスIgM自然抗体との交差性(下パネル).(C)native PAGEにおけるバンドの相対的移動度(relative mobility)とマウスIgM自然抗体との交差性の相関.m:monomer,d:dimer,t:trimer.アルデヒド類の略号はC3:アクロレイン,C4:クロトンアルデヒド,C5:2-ペンテナール,C6:2-ヘキセナール,C7:2-ヘプテナール,C8:2-オクテナール,C9:2-ノネナール,C10:2-デセナール,HNE:4-ヒドロキシ-2-ノネナール,ONE:4-オキソ-2-ノネナール,OHE:4-オキソ-2-ヘキセナール,DHA:デヒドロアスコルビン酸,GO:グリオキサール,MG:メチルグリオキサール,GA:グリコールアルデヒド,GLA:グリセルアルデヒド,DA:ジヒドロキシアセトン.

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図3 酸化修飾に伴う内因性抗原の生成

(A)LDLの酸化時間依存的な表面電荷の減少.(B)求核性アミノ酸残基の酸化修飾に伴うタンパク質表面の荷電変化.

5. 陰性荷電分子を認識する補体C1q

陰性荷電分子の生成・蓄積は,糖尿病,動脈硬化症,自己免疫疾患などのさまざまな病態とも密接に関連しており,自然抗体がこうした分子に対する防御系の一つとして機能しているであろうことは容易に推測できる.しかし,生体は二重三重にこうした防御分子を備えているであろうと考え,自然抗体以外に陰性荷電分子を特異的に認識する血清タンパク質の探索を試みた.ヒト血清からAGEビーズを用いプルダウン後,SDS-PAGE分析を行い,マススペクトロメトリーによるタンパク質同定を行ったところ,AGE結合タンパク質として補体C1qが同定された.

C1qは自然免疫系のエフェクター分子の一種であり,補体古典経路の開始因子である.コラーゲン様ドメイン,球状ドメインからなるユニークな構造を持つ約410 kDaの巨大な分子である.C1qはさまざまなリガンドと結合することが知られており,球状ドメインは免疫複合体を構成するIgG,IgMに結合することで,補体経路の活性化を起こす.コラーゲン様ドメインはCR1(complement receptor 1),C1qR(C1q receptor)などの受容体と相互作用する他,リガンドとの直接的な相互作用にも関与することが確認されている.等温滴定型カロリメーターを用いた相互作用解析においては,まずC1qとAGE-BSA間での直接的な相互作用が確認された.次に球状ドメインのリガンドである凝集IgGとコラーゲン様ドメインのリガンドであるDNAを競合剤として用いて,AGEとC1qの結合阻害活性を評価したところ,DNAのみに競合活性が認められたことから,AGEはコラーゲン様ドメインに結合することが予想された.そしてC1qペプチドを用いた競合アッセイの結果,AGEはC1qA(14-26)に結合することが明らかになった.C1qA(14-26)はリシン,アルギニンといった塩基性アミノ酸を豊富に含む領域であり,リガンドとの相互作用には電荷が重要であることが予想された.そこで,通常C1qA(14-26)に5個存在する塩基性アミノ酸を2個あるいは0個に減らしたペプチドを作製し,同様に競合アッセイを行った結果,塩基性アミノ酸が2個以下になることにより結合阻害活性は完全に消失した.また,AGEとC1qの結合アッセイの際の緩衝液中に高濃度のNaClを添加することにより結合はほぼ100%阻害されたことからも,自然抗体と同様,荷電に基づく分子間相互作用が示唆された.

C1qの抗原への結合は補体古典経路を活性化する最初の段階であるが,その最終段階では活性型C3転換酵素によりC3は切断され,断片であるC3bは主に補体経路活性化が起こった抗原表面に結合する.このC3bの抗原表面への結合は「オプソニン化」の一つであり,マクロファージなどが有するC3b受容体を介した抗原の貪食促進に寄与している.ヒト血清を用いてAGEに対するオプソニン化の検討を行った結果,AGEに対するC3bの沈着は血清濃度依存的に上昇した.オプソニン化はC1q除去血清では起こらないことから,AGE表面へのC1qの結合により補体経路の活性化が引き起こされることが予想された.また,分化THP-1細胞に蛍光標識したAGEとヒト血清を共添加し,AGEの取り込みをフローサイトメトリーにて確認した結果,血清の投与による取り込み増加が明らかとなった.C1q除去血清では取り込み促進は起こらないが,C1q除去血清に精製C1qを添加すると,通常血清と同程度まで取り込みが回復したことから,血清によるAGE取り込み促進におけるC1qの重要性が示唆された.また,血清の代わりに精製C1qを添加することでも取り込みは促進されたことから,C1q受容体を介した取り込み経路が存在することが予想された.実際,C1q受容体に対する中和抗体を用いたアッセイの結果,C1qはCD35を介してAGEの取り込みを促進することが示唆された.

6. おわりに

自然免疫におけるリガンドはダメージ関連分子パターン(DAMPs)と呼ばれ,自然抗体,スカベンジャー受容体,エフェクタータンパク質など,さまざまな受容体タンパク質分子によって認識される.DAMPsにはAGEや酸化LDLなども含まれ,これらリガンドに対しては特異的な認識機構が存在すると考えられてきた.しかし,AGE一つとっても,その分子内に生成する修飾構造の種類はきわめて多く,それぞれに対して特異的なタンパク質により対応することは必ずしも効率的とはいえない.それに対して,多くの修飾分子に共通する物理化学的性質である陰性荷電を感知することにより,特異性は低いものの,網羅的な対応が可能になる(図43,4)

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図4 自然抗体の電荷を指標にした内因性抗原認識機構

多重交差性抗体の特異性解析より,自然抗体は酸化修飾を受け表面電荷が減少したタンパク質,酸性リン脂質であるホスファチジルセリンが細胞表面に露出したアポトーシス細胞,DNAなどの陰性荷電分子の表面電荷を認識して結合することが明らかとなった.自然抗体が特定の構造ではなく電荷を指標にさまざまな抗原を認識することが,自然免疫系が多様な抗原に対応できる理由かもしれない.

酸化や糖化などの化学修飾に伴うタンパク質の陰性荷電分子への変換は,内因的にも常時起きていると考えられる.また,ポリフェノールの例を少しあげたように,食生活とも密接に関連した生命現象でもある.病態時における過剰な陰性荷電分子はもちろん排除されるべきものと考えられるが,ある程度の生成は免疫系を一定のレベルに維持する上での必要悪といえるかもしれない.つまり,恒常的な内因性抗原の生成は,自然免疫系による除去機構の“適度な”活性化を引き起こし,DAMPsや感染ウイルスなどの病原性分子などへ防御系が速やかに働くための予防メカニズムなのかもしれない.

著者紹介Author Profile

近澤 未歩(ちかざわ みほ)

東京大学大学院農学生命科学研究科特任助教.博士(農学).

略歴

2010年奈良女子大学生活環境学部卒業.12年名古屋大学大学院生命農学研究科博士課程(前期課程)修了.15年同博士課程(後期課程)修了,博士(農学)取得.15年4月より現職.

研究テーマと抱負

GPCR発現制御を担う食品成分の探索と骨格筋機能改善における作用機構解析.

趣味

料理,映画鑑賞.

内田 浩二(うちだ こうじ)

名古屋大学大学院生命農学研究科教授.農学博士.

略歴

1983年名古屋大学農学部食品工業化学科卒業.88年名古屋大学大学院農学研究科博士課程(後期課程)修了,同年農学博士.90~92年米国N.I.H.博士研究員,2003~06年名古屋大学高等研究院助教授(兼任).10年4月より現職.

研究テーマと抱負

タンパク質の化学修飾を基軸にした内因性活性種の機能解析.

趣味

読書(戦記物),スポーツジム通い.

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