生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 88(1): 54-60 (2016)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2016.880054

特集Special Review

システムレベルシグナル伝達ネットワークモデリング:オミックスと還元主義的アプローチの接点Bridging -omics and reductionist approaches through signaling network modeling at system levels

慶應義塾大学先端生命科学研究所,慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科Institute for Advanced Biosciences, Graduate School of Media and Governance, Keio University ◇ 〒997–0017 山形県鶴岡市大宝寺字日本国403–1 ◇ 403–1 Nipponkoku, Daihouji, Tsuruoka City Yamagata 997–0017, Japan

発行日:2016年2月25日Published: February 25, 2016
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生体分子の検出,定量の技術はこの20年ほどで大きく進歩し,現在ではさまざまな生体分子の網羅的測定(オミックス解析)が汎用的な測定技術になった.オミックス解析は数百~数万のオーダーの分子種を測定する非常にパワフルな方法で,低コスト化・簡便化も進み,ますます有用な技術になっている一方,生化学などの還元主義的研究に軸足を置く研究者にとっては注目する対象のスケールの違い,データの解釈・利用における視点の違いがあり,オミックス活用のイメージが具体的になりにくいかもしれない.本稿では私が取り組んできたトランスクリプトームデータを用いたシグナル伝達ネットワークモデリングについて実験デザインを含めた具体例を紹介し,シグナル伝達ネットワークモデルがオミックスと還元主義的アプローチを仲介した研究とその展開について解説したい.

1. はじめに

本誌「生化学」の読者の皆さんは遺伝子ネットワークと聞くと,どのようなネットワークを想像するだろうか? ある方はタンパク質どうしの網羅的な相互作用マップを想像するかもしれないし,ある方は転写因子とそのターゲット遺伝子プロモーターの間の相互作用関係の網羅的な記述を想像するかもしれない.おそらくどのような方でも遺伝子ネットワークという言葉から,ある種の網羅的な遺伝子間の関係性を表現したネットワークを想像するのではないだろうか.このような文脈の遺伝子ネットワークはある生体分子の網羅的測定(オミックス)データを元にして構築されている.各種網羅的測定の技術革新によって,我々生物学者がより巨視的な視点を導入することが可能となり,個々の分子が果たす機能の詳細という還元主義的な観点から多数の分子の間の関係性というマクロな視点での研究へと生物学におけるスコープが広がった.今ではオミックスデータが主たるデータとなり,遺伝子ネットワーク解析などのトップダウン型網羅的研究が主役の研究論文も多い.一方で,生化学や分子生物学に軸足を置く還元主義的アプローチもオミックスとはまた違う形で進化を続けており,両者がともにパワフルなアプローチであることは間違いない.では,どのようにしてオミックスと生化学的研究は相補し合えるのだろうか.オミックスデータを利用した遺伝子ネットワークモデルはどのように構築すると生化学的研究を展開する上でインスピレーションを与えるものになりうるのだろうか.本稿ではこれらの問を念頭において解説,議論していきたい.なお,筆者は遺伝学的研究アプローチを中心にしているため,生化学的研究は本稿には登場しないが,還元主義的なアプローチと遺伝子ネットワークモデルとの融合例として捉えていただきたい.

2. 遺伝子ネットワークとは

1)種々のオミックスと種々の遺伝子ネットワーク

遺伝子ネットワークとは,と質問した際に複数のタイプの遺伝子ネットワークが想像されるであろうと上で述べた.その状況が示すように遺伝子ネットワークモデルの種類や性質は構築する際に使用するデータに依存する.マイクロアレイや次世代シークエンサーなどを使って得られるトランスクリプトームデータを元にした転写レベルでの共発現ネットワーク1),免疫沈降やDNase Iでの切断などによって得られたDNA配列を解析したデータとモチーフ検索を組み合わせ,転写因子などのタンパク質が結合した領域を同定する方法から得られた転写因子ネットワーク2–4),酵母ツーハイブリッド法や質量分析によるタンパク質の相互作用やタンパク質修飾データを元にしたタンパク質相互作用ネットワーク5–7)など測定方法依存的に遺伝子ネットワークが構築されている.方法や視点の数だけ異なる遺伝子ネットワークモデルが構築されているのである.

では,生化学に土台を置く研究者が遺伝子ネットワークから得られるものは何かについて提案し,そこから遺伝子ネットワークを有効活用するためのアプローチについて考えたい.前提としては還元主義的アプローチを主たる研究手法とする生物学者は比較的少数の遺伝子に注目していると考えている.研究対象の根本的な違いとして,情報科学などから遺伝子ネットワークモデルの構築に取り組む研究者はネットワーク全体に興味を持っていることが多い.一方,生化学者は少数の遺伝子を研究対象にすることが多く,遺伝子ネットワークそのものへの関心は低いかもしれない.遺伝子ネットワークが生化学者に有効活用されるためにはボトムアップ型アプローチに適合した遺伝子ネットワークモデルが好ましく,

  • a. 精緻な仮説が得られる遺伝子ネットワークモデル
  • b. 注目している生命現象について未解析もしくは重要な役割について仮説を立てられるモデル

のいずれか,あるいは両方を満たすことが重要である.

2)システムレベルシグナル伝達ネットワークモデル:本稿で対象とする遺伝子ネットワーク

ここから本稿で対象とするシグナル伝達ネットワークモデルについて明確にし,筆者の取り組みを紹介していきたい.筆者の目指した遺伝子ネットワークモデルは上記bであり,注目している生命現象について未解析もしくは重要な役割を持った遺伝子もしくは制御関係を推定できる遺伝子ネットワークモデルである.aのようなモデルは事前に必要とするデータ量が多く,ある研究者が個人で容易に入手できるものではない.多様な生物,生命現象を研究している方々の個々に有益な遺伝子ネットワークモデルとしてbのネットワークモデルが実質的で,より有益だと考えられる.また,本稿でこれから取り上げる遺伝子ネットワークは複数のシグナル伝達経路が統合されたシグナル伝達ネットワークであり,ネットワークの構成要素である遺伝子はシグナル伝達に関わる遺伝子群である.生命現象を制御するシステムの全体像についての情報を得られることで,相対的に見てより重要性が高い,あるいは新規性の高い遺伝子やシグナル伝達経路の推定が可能となる.このようなモデルを本稿ではシステムレベルシグナル伝達ネットワークモデルと呼ぶ.以下,システムレベルシグナル伝達ネットワークモデルに私が求めた三つの具体的な条件をあげ,次にこれらをどのように取り組んだかをまとめ,実際の遺伝子ネットワークモデリングの結果の解説へと展開したい.

i)因果関係を推定したネットワークモデル

ネットワークモデルではある遺伝子間に関係がある場合に遺伝子と遺伝子との関係性を線で結んで表現する(図1A).この関係性を示す線をリンクと呼ぶ.リンクが持つ意味の違いがモデルを解釈する上で,そして仮説を考える上で非常に大きな違いを生む.シグナル伝達ネットワークモデルのリンクは遺伝子間の何らかの制御関係を示すが,ネットワークモデルのリンクが因果を表現しているのか,相関を表現しているのかで立案する仮説の精度も変わってくる.たとえば,共発現ネットワークのリンクは,観察したコンテキストにおいて発現変動のパターンが似ている複数遺伝子の相関の程度を示す.この場合はこれら遺伝子が何らかの理由で同じタイミングで働く遺伝子群であることは示唆されるが,遺伝子間の制御関係を示しているかは不明である.一方,ある遺伝子が他の遺伝子の転写・活性の制御,もしくは何らかの共通な制御関係を示している場合はこれらの遺伝子間のリンクは因果関係を示している.研究者が遺伝子ネットワークモデルを見て仮説を立てる場合に後者の方が圧倒的に有用なのは自明であろう.そのため,オミックスデータから因果関係をどのように抽出するか,何をリンクで表現するかについては重要な問題である.

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図1 目指した遺伝子ネットワークモデルについての解説

(A)遺伝子ネットワークを構成する要素.遺伝子(丸)をノード,それらの間の何らかの関係性(線)をリンクと呼ぶ.(B)遺伝子A, B間の制御関係の実際のメカニズム.遺伝子A, B間には遺伝子C, Dも関与している.(C)遺伝子A, B間の制御関係を間接的な制御関係として推定したモデル.(D)オミックスデータを遺伝子ネットワークからの出力状態(情報)として捉えることができる.この図では多角形を測定した分子とする.事前に遺伝子ネットワークの構造について情報がなくても,網羅的な測定を行うことによって,遺伝子ネットワーク各所からの出力を検出することができる.黒に塗りつぶされたノード,多角形をそれぞれ阻害された遺伝子,阻害によって発現変動した遺伝子とする.(E)遺伝子ネットワークに異なる阻害を導入し,それらの間の遺伝子発現パターンの違いを比較することによって,遺伝子ネットワークにおけるそれら(阻害された)遺伝子の位置を推定できる.

ii)異なる作用機序を持つ遺伝子を含めたネットワークモデル

本研究での目標がシステムレベルシグナル伝達ネットワークモデルの構築である以上,そのモデルの構成要素,つまり遺伝子は広範な種類の遺伝子を対象とする必要が出てくる.現在ではある生物のゲノム配列をデータベースから入手,あるいは自身でも解読が可能である時代になり,ゲノムにコードされる遺伝子レパートリーを網羅的に推定可能である.たとえば,本稿で示すモデル植物であるシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の遺伝子セットは185遺伝子ファミリー,915サブファミリーによって構成されている(https://www.arabidopsis.org/download_files/Genes/Gene_families/gene_families_sep_29_09_update.txt).このように生物が持つ遺伝子レパートリーはきわめて多くの機能を持つ遺伝子によって構成されている.また,遺伝子セットの網羅的同定により,全遺伝子に対するバイアスのない遺伝子スクリーニングを行うことも可能となった.これにより従来の知見よりもはるかに多くの種類の機能の遺伝子がシグナル伝達に関わることが明らかになってきた8).このことからもシグナル伝達ネットワークモデルの構成要素を選択する際には特定のタイプの遺伝子に偏ることは問題であることがわかる.しかし,シグナル伝達ネットワークを構成する遺伝子間の因果関係をさまざまな機能の遺伝子について研究しようとするとジレンマが発生する.キナーゼ・ホスファターゼを中心としたネットワークの場合はタンパク質のリン酸化を網羅的に測定し,転写因子とそのターゲット遺伝子の間の制御関係を知りたい場合は免疫沈降とシークエンシングによって注目している転写因子が結合する標的DNAを網羅的に特定する.このように特定の測定手法で特定の機能の因子について因子間の関係性を研究するのが,生化学読者にとっても直感的に想像する遺伝子ネットワークではなかろうか.しかし,異なる作用機序を持つタンパク質,たとえばシグナル伝達ネットワークにおけるキナーゼと転写因子の役割を一つの方法で解析し,両者の比較を容易にする方法が必要である.

iii)間接的な制御関係を検出できるネットワークモデル

システムレベルのシグナル伝達ネットワークモデリングに取り組むにあたってのもう一つの課題はいかに「疎」なシグナル伝達ネットワークを推定可能にするかということである.真にシステムレベルのシグナル伝達ネットワークモデルはゲノムにコードされている遺伝子のほぼすべてが構成要素となる密なネットワークモデルである.ゲノム配列が明らかとなり,生体分子の網羅的測定が可能になった時代に期待されるネットワークモデルはこのような全遺伝子を使って記述されたモデルではないだろうか(図1Bに単純化した例を示す).しかし,遺伝子間の因果関係をすべての遺伝子について記述することは現時点では実験量などの要因により現実的ではない.よって,ある2遺伝子間の制御関係を達成するメカニズムに実際には多くの遺伝子を介していても,その2遺伝子間の間接的制御関係が推定された疎な遺伝子ネットワークモデル(図1C)が重要と考えた.

3)シグナル伝達ネットワークモデリングの概要

これら3条件を満たすシグナル伝達ネットワークモデリング方法を以下のように実装した.ある遺伝子に遺伝学的な阻害を行った際のトランスクリプトームデータとコントロールサンプルのトランスクリプトームデータ(図1D)を比較し,発現変動があった遺伝子の情報がリンクとなるように遺伝子間の制御関係を推定した.このような実験・推定過程では,阻害した遺伝子が原因,遺伝子発現変動が結果という因果関係が成り立つ.また,遺伝子発現変動を評価対象とすることで機能を阻害した遺伝子が転写因子であっても,キナーゼであっても平等に評価することが可能である.ゲノムワイドな遺伝子発現プロファイルを取得可能になったメリットが特にこの点に現れる.特定のマーカー遺伝子のみではなく,きわめて多数の遺伝子群を評価対象とすることでバイアスが少なく,かつシグナル伝達ネットワーク全体の中での(機能阻害した)遺伝子の相対的な役割を推定可能である.そして,複数遺伝子をそれぞれ機能阻害し,遺伝子発現プロファイルを比較し,それらの間の共通性を調べることにより,制御関係も検出することが可能である(図1F).ネットワークモデリングのアルゴリズムについては紙面の都合上割愛するが,興味のある方は原著9–11)を参照されたい.

3. システムレベルシグナル伝達ネットワークモデルの実際

1)オミックスデータのみでどこまでモデルできたのか

筆者らはこのような条件を満たすシグナル伝達ネットワークモデリングの方法を考案し,モデル植物であるシロイヌナズナの自然免疫シグナル伝達ネットワークモデリングに用いた11).まずは表1にネットワークモデルの構成要素として選択した遺伝子群を示したのでみていただきたい.これらはシロイヌナズナの自然免疫に関わる遺伝子として遺伝学的,生化学的な研究によって同定された遺伝子群であり,これら遺伝子によって構成されるシグナル伝達ネットワークがシロイヌナズナ自然免疫シグナル伝達ネットワークを広くカバーすると仮定し,選抜した.また,これらの遺伝子に対する遺伝学的阻害により生育段階で大きな形態的変化を伴うものは極力含めないように配慮した.このような基準によって選ばれた遺伝子群は転写因子,MAPキナーゼ,さまざまな酵素などをコードしており,生化学的な機能としても多様な遺伝子が含まれている.これらの遺伝子の変異体のトランスクリプトームデータを元にした解析により,シロイヌナズナ自然免疫シグナル伝達ネットワークのモデルを構築したのだが,ここでいったん,シロイヌナズナ自然免疫についてバックグラウンドとなる知識を含め,解説を加えたい.

表1 原著10)で用いた変異体とその原因遺伝子
変異体名遺伝子座遺伝子名およびタンパク質機能,構造についての情報
noa1-1At3g47450NOA1 (NO Associated 1);GTPase/ nitric-oxide synthase
AtrbohDAt5g47910RBOHD (Respiratory Burst Oxidase Homologue D);NAD(P)H oxidase
AtrbohFAt1g64060RBOHF (Respiratory Burst Oxidase Homologue F);NAD(P)H oxidase
coi1-1At2g39940COI1 (COronatine Insensitive 1);ubiquitin-protein ligase
dde2-2At5g42650DDE2 (Delayed DEhiscence 2)/AOS (Allene Oxide Synthase);allene oxide synthase
ein2-1At5g03280EIN2 (Ethylene INsensitive 2);transporter
ein3-1At3g20770EIN3 (Ethylene INsensitive 3);transcription factor
jar1-1At2g46370JAR1 (JAsmonate Resistant 1);jasmonate-amino synthetase;a member of the GH3 family
jin1-1At1g32640JIN1 (Jasmonate INsensitive 1);MYC2;transcription factor
mpk3At3g45640ATMPK3 (Arabidopsis Thaliana Mitogen-Activated Protein Kinase 3);MAP kinase
mpk6-2At2g43790ATMPK6 (Arabidopsis Thaliana Mitogen-Activated Protein Kinase 6);MAP kinase
nho1-2At1g80460NHO1 (Nonhost resistance to P. s. phaseolicola 1);glycerol kinase
nia2At1g37130NIA2 (NItrate reductase Apoprotein2);nitrate reductase
ndr1-1At3g20600NDR1 (Non race-specific Disease Resistance 1);a plasmamembrane protein
npr1-1At1g64280NPR1 (Nonexpresser of PR genes 1);transcription cofactor
pad4-1At3g52430PAD4 (PhytoAlexin Deficient 4);lipase-like
pbs2-1At5g51700PBS2 (PphB Susceptible 2);a protein with two zinc binding (CHORD) domains
pen2-1At2g44490PEN2 (PENetration 2);hydrolase, hydrolyzing O-glycosyl compounds/thioglucosidase
pmr4-1At4g03550PMR4 (Powdery Mildew Resistant 4);GLUCAN SYNTHASE-LIKE 5;1,3-beta-glucan synthase
rps2-101CAt4g26090RPS2 (Resistance to P. Syringae 2);a NB-ARC protein
sag101-2At5g14930SAG101 (Senescence-Associated Gene 101);lipase-like
sid2-2At1g74710SID2 (Salicylic acid Induction Deficient 2);isochorismate synthase 1 (ICS1)
原著10)表1(http://journals.plos.org/plospathogens/article?id=10.1371/journal.ppat.1001011#ppat-1001011-t001)を改変。

まず,そもそもなぜ,この生命現象はネットワークモデリングやトランスクリプトームを使って研究を行わなくてはならなかったのか? シロイヌナズナ自然免疫シグナル伝達の研究において,一つの遺伝子やシグナル伝達経路について遺伝学的解析が行われてきたが,シグナル伝達経路間のクロストークがさまざまなシグナル伝達経路間で観察され,シロイヌナズナ自然免疫シグナル伝達の実態は複雑なネットワークではないかと想像された.よって,還元主義的なボトムアップ型研究アプローチを用いて少数の遺伝子やシグナル伝達経路に注目して局所を研究するのではなく,全体を俯瞰したトップダウン型研究アプローチが必要とされた.次にトランスクリプトームを用いてこの系を解析した理由であるが,シロイヌナズナの自然免疫応答時にはゲノムにコードされる遺伝子群の1/4から1/3ほどのきわめて多くの遺伝子の発現変動が観察される12, 13).すなわち,mRNA発現変動はこの系におけるシグナル伝達状態を評価するのに非常に情報量に富んだ情報源だと判断した.

我々はこれら遺伝子の変異体に免疫応答を誘導する細菌(Pseudomonas syringae pv. tomato DC3000 avrRpt2,以下Pto DC3000 avrRpt2)を接種し,接種後6時間のmRNA発現をマイクロアレイで測定した.そのデータを解析することによって図2Aのモデルを得た11).このモデルでは22遺伝子の間に67の制御関係が推定され,リンクとして示されている.このうち,25リンクについては生化学あるいは遺伝学的実験による検証がなされ,関係性が示されている(図2B).ここで示したネットワークモデルではそのうち23リンク(95%)について既報の記述と矛盾のないリンクが推定されている.ここから我々は,このモデルは非常に精度よく実際の遺伝子制御関係を推定しており,実験的検証がなされていない残りのリンクについても高い精度でシグナル伝達における制御関係を推定していると結論した.

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図2 筆者らが構築したシロイヌナズナ自然免疫シグナル伝達ネットワークモデル

(A)22変異体とそれらの間に推定された全67制御関係を含むネットワークモデル.ノード,リンクの色はノードで示された遺伝子が属するシグナル伝達経路のカテゴリー,制御関係の正負,強さを示している.暖色系,寒色系の色が濃いものは関係性が強く,色が薄いものは関係性が弱い.詳細は原著10) を参照されたい.原図(http://journals.plos.org/plospathogens/article?id=10.1371/journal.ppat.1001011#ppat-1001011-g002)を改変し,転載した.(B)推定された制御関係と既報で実験的証明のある制御関係との一致性.検証されている制御関係が検出されたリンクのみを色づけし,実験的証明がなされていない制御関係はグレーで示している.(C)MAMP応答シグナル伝達経路とサリチル酸シグナル伝達経路の間に推定された負の制御関係.それぞれのシグナル伝達経路(サブネットワーク)を点線で囲み,それら構成遺伝子の間に推定された負の制御関係を矢頭で示している.

2)システムレベルでモデル構築したことにより発見された新たなシグナル伝達メカニズム

筆者らはこのモデルから立てられる仮説を吟味し,新規のシグナル伝達メカニズムの検証に取り組んだ.この際,当時のsupervisorである片桐文章博士の「簡単に検証できるけれども,誰も想像しなかった仮説」という意外性を重視した方針と,筆者の「ネットワークモデルを使うメリットを活かせる仮説」という方針の両面から仮説を取捨選択した.後者の方針については,個々の遺伝子レベルでしか支持されない仮説ではなく,シグナル伝達経路レベルで支持される仮説の方がより信頼度の高い仮説であると考えたためである.結果として,感染初期に活性化されるmicrobe-associated molecular patterns(MAMP)応答シグナル伝達経路と,その後に活性化されると考えられているサリチル酸シグナル伝達経路の間の負の制御関係の検証に取り組んだ.この制御関係が意外なものである根拠は同じ片桐研究室の津田賢一博士(現Max Planck Instituteグループリーダー)らがMAMP応答シグナル伝達経路はサリチル酸シグナル伝達経路を活性化するという報告をすでにしていたからである14).一方で筆者のシグナル伝達ネットワークモデルではMAMP応答シグナル伝達経路に関わる複数遺伝子とサリチル酸シグナル伝達経路に関わる複数遺伝子の間で複数の負の制御関係が推定されており(図2C),筆者もこの仮説に自信があった.詳細は原著論文11)を参照していただきたいが,この仮説はやはり正しく,MAMP応答シグナル伝達とサリチル酸シグナル伝達は早いタイムポイントでは拮抗していた.両者が互いに抑制をかけあっているスイッチ型の制御構造を作り,病原体がこれらのどちらかのシグナル伝達経路を妨害した際には妨害された側から妨害されていない経路への阻害が起きなくなっている.妨害されていない経路がより活性化して妨害された経路の役割を補完すること,これらシグナル伝達経路が正常に働いている際には過剰な免疫応答の発揮を抑制していることが推測された.このMAMP応答シグナル伝達–サリチル酸シグナル伝達経路の間の拮抗関係はシステムレベルシグナル伝達ネットワークモデルを俯瞰し,より興味深く,より信頼性の高い新規シグナル伝達メカニズムを明らかにできた例として考えている.

4. 遺伝子ネットワークモデルと還元主義的研究アプローチの接点

最後にこのシグナル伝達ネットワークモデルを用いて,機能未解析遺伝子について解析を行った例を紹介する.筆者は遺伝学的解析を主たる研究アプローチとしてきたため,遺伝子ネットワークを活かした遺伝学的解析の研究を例にしたい.

筆者らはPto DC3000 avrRpt2に対する自然免疫応答のシグナル伝達に関する新規の変異体を同定するために,mRNA発現プロファイリングを元にした逆遺伝学的変異体スクリーニングを行った(佐藤未発表データ).Pto DC3000 avrRpt2感染後3時間で発現誘導が起きる遺伝子の中から転写因子やキナーゼ,クロマチンリモデリングファクターなどのシグナル伝達に関わる遺伝子68遺伝子を選抜し,それらについて上記のネットワークモデリングと同様に感染後6時間のサンプルからトランスクリプトームデータを取得した.このトランスクリプトームデータ取得を2反復行い,コントロール(野生型)と比較して統計的に有意な遺伝子発現の変化を示した34変異体については3反復目を行った.これら34変異体はmRNA発現プロファイルに関しての変異体であるので,以後これらを「発現変異体」,上述のシグナル伝達ネットワークモデリングに供した変異体を「リファレンス変異体」と呼ぶ.発現変異体mRNA発現プロファイルをリファレンス変異体mRNA発現プロファイルとともにネットワークモデリングに供することにより,発現変異体の原因遺伝子が機能未解析である場合でも効率的に原因遺伝子がどのシグナル伝達経路に関わるのか,また,既知のどの変異体と類似した機能を持ちそうなのかを推定することを試みた.今回は紙面の都合上,後者のみについて紹介する.リファレンス変異体にはPto DC3000 avrRpt2やP. syringae pv.maculicola ES4326を接種した際にそれらの増殖量が増加する(enhanced disease susceptibility:EDS)変異体があることを筆者らは確認していた.発現変異体のうち,シグナル伝達ネットワークモデルでそれらEDSを示すリファレンス変異体とリンクを持つ変異体についてEDS表現型について解析を行ったところ,15解析変異体のうち,8変異体がEDSもしくはenhanced disease resistance (EDR)表現型を示した.比較としてP. syringae pv.maculicola ES4326接種後に発現が誘導される遺伝子85遺伝子の変異体について同様の解析を行った場合にEDS/EDRを示した変異体は8変異体のみ(9%)であったことから,ネットワークモデルを元にした変異体選抜方法は表現型予測を行うのに効果的な方法だといえる.また,EDR表現型を示した発現変異体はネットワークモデルではEDSを示すリファレンス変異体と負のリンクを持つ変異体であり,表現型の変化の方向性も矛盾なく推定することに成功したといえる.このようにシグナル伝達ネットワークモデルでのリファレンス変異体との制御関係から発現変異体の表現型も効率的に推定できた.現在,筆者らはシグナル伝達ネットワークモデルにおけるリファレンス変異体との制御関係をもとにシロイヌナズナ自然免疫において新規で,特に重要な機能を担っているであろうと推定される遺伝子に注目し,その機能解析を進めている.

5. おわりに

オミックスやシステム生物学的アプローチの登場によって研究対象とする遺伝子の選定方法に変化が生まれている.盲目的に変異体や遺伝子産物を選定し,解析するアプローチに比べ,ネットワークモデルを使って対象生命現象における相対的な役割を評価しながら研究を進め,解析を深く掘り下げる遺伝子を選定することは重要な働きをしていると推定される遺伝子を効率的に選ぶ手段として有効だと考える.このような遺伝子ネットワークを土台とした研究は他の系で異なる遺伝子ネットワークモデリング15)によって進められており,成功を収めている.オミックスデータの取得が容易になっている現在,このようなアプローチが汎用化されてもよいのではないか.遺伝子を単位とした遺伝学に対し,遺伝子ネットワークモデルをベースとして遺伝子を選び,解析するアプローチ(図3)が「ネットワーク遺伝学」と呼ばれる時代がそう遠くはないと筆者は想像する.オミックスの登場・汎用化,そして低コスト化16, 17)も進んでいることに伴い,網羅的な生体分子の測定が生化学者にも容易にアクセスできるツールになった.本稿が生化学者とオミックスの接点となり,その一助になればこの上ない幸いである.

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図3 遺伝子ネットワークを用いることによる解析遺伝子の選択

システムレベルでの知識を遺伝子の選択基準として取り入れることによって,研究を行うに資する遺伝子の選択をより効率的に行える.(A)システムレベルでの各遺伝子の情報なしに遺伝子を選択する場合.(B)システムレベルの情報があると,システムの構成の概要を知った上で重要と推定される遺伝子を選択できる.

謝辞Acknowledgments

本稿は筆者がミネソタ大学片桐文章研究室に所属していた間に行った研究を元にしている.日々の研究をともにしていた片桐文章研究室,Jane Glazebrook研究室の諸氏との議論そして諸氏の暖かいサポートに深く感謝している.網羅的測定,統計学,バイオインフォマティクスのスキルを持たなかった当時の筆者を博士研究員として雇用し,育ててくださった片桐文章博士には特に深く感謝している.本稿執筆の際には片桐博士との当時の議論を反芻し,私の考えが及んでいなかったことを痛感するとともに,博士の研究室を離れて6年を経た今に思い起こしても示唆に富んだ助言や議論をいただけたことをこの場を借りてお礼申し上げたい.

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著者紹介Author Profile

佐藤 昌直(さとう まさなお)

慶應義塾大学先端生命科学研究所,慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任助教.博士(農学).

略歴

1976年北海道に生る.2004年北海道大学大学院農学研究科博士課程修了.ミネソタ大学Postdoctoral associate, 日本学術振興会特別研究員,日本学術振興会海外特別研究員,自然科学研究機構基礎生物学研究所助教を経て,2015年より現職.

研究テーマと抱負

宿主–微生物相互作用における遺伝子ネットワーク解析.DNA配列改変の結果として起きる表現型の変化を予測できるレベルまで遺伝子ネットワークを理解し,バイオテクノロジーに利用できる研究が目標.

趣味

アウトドアスポーツ,自然の中でのんびりすること.

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