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公益社団法人日本生化学会
Journal of Japanese Biochemical Society 88(2): 207-210 (2016)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2016.880207

みにれびゅう

がん抑制遺伝子産物ARFの新しい標的タンパク質DDX5

1自治医科大学生化学講座 ◇ 〒329–0498 栃木県下野市薬師寺3311−1

2慶應義塾大学薬学部衛生化学講座 ◇ 〒105–8512 東京都港区芝公園1−5−30

発行日:2016年4月25日
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1. はじめに

がん抑制遺伝子産物ARF(alternative reading frame)が発見されてから20年が経過した.その後,ARFによる転写因子p53を介した発がん抑制機構が明らかにされる一方で,ARFがp53非依存的な経路を介して,細胞増殖を制御することもわかってきた.ARFはp53以外にもさまざまな標的タンパク質と結合し,それらの活性を制御することにより機能を発揮するが,ARF結合タンパク質の生理機能や発がんシグナルにおける役割についてはいまだに多くの不明な点が残されている.本稿では,我々が見いだした新規ARF結合タンパク質p68/DDX5の機能解析により得られた結果を中心に,ARFによるp53非依存的な発がん抑制機構について紹介する.

2. 発がんシグナルによるARFの発現誘導

ヒトARFタンパク質は染色体9p21部位に位置するARF/p16INK4a遺伝子座にコードされている1)

.この遺伝子座はARF, p16という二つの異なるがん抑制遺伝子産物をコードする.p16遺伝子は三つのエキソンにより構成されるが,p16のエキソン1(エキソン1α)の上流にARF遺伝子のエキソン1(エキソン1β)が存在する.選択的スプライシングにより,エキソン1βおよびp16遺伝子と共通のエキソン2,エキソン3から構成されるmRNAは,p16と異なる翻訳フレームを用いることにより,p16と相同性を示さないARFタンパク質を作る(図1A).ARFとp16はそれぞれ独立して,がん抑制遺伝子産物p53およびRbの上流に位置して,これらの活性化に関わることが明らかにされており,ARF/p16INK4a遺伝子座は細胞がん化を抑制するために非常に重要な役割を担っている.事実,この遺伝子座は,白血病細胞やさまざまな腫瘍の手術検体において,欠失やプロモーター領域のメチル化により不活化されている.ARFとp16の発現はともに,がん化型Ras変異体[Ras(G12V)],Myc, E1Aなどのがん遺伝子産物による発がんシグナルにより誘導され,特にE2F転写因子ファミリーが直接ARF遺伝子のプロモーター領域に結合して発現を誘導することが報告されている.

Journal of Japanese Biochemical Society 88(2): 207-210 (2016)

図1 ARF/p16INK4a遺伝子座と発がん抑制シグナル

(A) ARF/p16INK4a遺伝子座の遺伝子マップを示した.(B) ARFとp16はそれぞれ独立して,がん抑制遺伝子産物p53およびRbの上流に位置して,発がん抑制シグナルを活性化する.

3. ARFのp53依存的,非依存的な発がん抑制シグナル

がん抑制遺伝子産物p53は,p21Cip1やPumaなどの遺伝子発現を誘導して細胞の増殖・がん化を抑制する転写因子である2)

.正常な細胞において,p53はユビキチンE3リガーゼMdm2を介したユビキチン・プロテアソーム系により分解されることにより,その転写活性が抑制されている.DNA損傷などにより活性化されたプロテインキナーゼATMまたはATRにより,p53がリン酸化されると,Mdm2による分解が阻害され,その結果p53は活性化される.一方で,初代培養マウス線維芽細胞に,E1A, Myc, Ras(G12V)などのがん遺伝子を発現させた場合にも,p53タンパク質の顕著な発現上昇および活性化が観察される1).これについては,E1A, Myc, Ras(G12V)などにより発現誘導されたARFがMdm2を阻害して,p53を活性化するメカニズムが明らかになっている(図1B).したがって,ARFは,p53の活性化を介して,がん抑制遺伝子として機能することが明らかになった.その一方で,WeberらはARF, Mdm2, p53遺伝子を持たないトリプルノックアウト細胞(TKO MEFs)にARFを強制発現すると,p53非存在下においても,細胞増殖が抑制されることを報告した3).その後,多くの研究者により,p53非依存的なARFの機能が報告された1).杉本らはARFがrRNAのプロセシングを抑制し,細胞増殖を制御することを明らかにした.さらに,QiおよびDattaの研究グループはそれぞれが独自に,ARFがp53非依存的に転写因子c-Mycの活性を抑制することを報告した.筆者らもまた,ARFがp53非依存的にMdm2,核小体タンパク質NucleophosminのSUMO(small ubiquitin-like modifier)化を引き起こすことを報告した4).SUMO化はユビキチンファミリータンパク質SUMOが標的タンパク質のリシン残基に架橋結合されるタンパク質翻訳後修飾の一種で,標的タンパク質の機能修飾に働くと考えられており,ARFはSUMO化を誘導して機能を発揮する可能性が示された.その後,ARFによるタンパク質SUMO化の促進はSUMOプロテアーゼSENP3の阻害によることが明らかになった5)

4. 新規ARF結合タンパク質p68/DDX5の同定

このようなARFのp53非依存的機能を明らかにするために,筆者らはARFのタンパク質複合体の精製を試みた6)

.これまでにも,ARFタンパク質複合体の精製はさまざまなグループにより試みられており,ARF結合タンパク質として,ユビキチンE3リガーゼHect H9や核小体タンパク質Nucleophosminが同定されていた7, 8).我々は,C末端側にFLAGタグ,Hisタグを付加したARFタンパク質をマウス線維芽細胞に発現して,ARFのタンパク質複合体を精製した.精製した複合体を質量分析することにより,数多くのARF結合タンパク質が同定された.その中にはすでに見いだされているMdm2やNucleophosminが含まれていたが,その一方で,新規ARF結合タンパク質としてRNAヘリカーゼp68/DDX5(DDX5)を同定した.DDX5は,DEAD boxファミリーメンバーの中で最初にRNAヘリカーゼ活性が示された分子であり,mRNAの選択的スプライシングやエストロゲン受容体などの転写因子の活性化に重要であることが明らかにされている9).その後,リン酸化型DDX5がβ-cateninの核移行を促すことによりPDGF依存的な上皮間葉転換(EMT)に関わることが報告された10).さらに最近では,DDX5は,p53と協調的に,microRNA(miRNA)のプロセシングに関わるDroshaタンパク質と複合体を形成し,miRNAの成熟に関わることも明らかにされ,DDX5が多機能性を有することがわかってきた11)

5. c-MycとDDX5による発がんポジティブフィードバックループの形成

上述したようにDDX5はARFの結合タンパク質として同定されたが,in vitro pull downアッセイにより,ARFはDDX5のヘリカーゼドメインに直接結合することが明らかになった.さらに,Mdm2やNucleophosminなどの他のARF結合タンパク質と同様に,DDX5はARFの強制発現によるSUMO化修飾を受けることがわかった6)

.DDX5のSUMO化の生理的役割は明らかでないが,Jacobsらは,SUMO化されたDDX5はHDAC1と相互作用することにより,転写を抑制することを報告している12).我々はDDX5が多機能性RNAヘリカーゼであることに着目し,すでに報告されているARFの機能に対するDDX5の役割について検討した.その結果,DDX5は,ARFによるp53の活性化やrRNAのプロセシング阻害には必要ないが,がん原遺伝子産物c-Mycの転写活性や形質転換能に不可欠な役割を担っていることを見いだした.我々はまず,免疫沈降法を用いた解析により,DDX5はc-Mycと相互作用し,ARFがその相互作用を抑制することを見いだした.次に,我々はARF, Mdm2, p53遺伝子を持たないTKO MEFsを用いて,ARFの強制発現およびshRNAによるDDX5の発現抑制がc-Mycの機能に与える影響を検討した.c-Mycにエストロゲン受容体リガンド結合領域を融合したMyc-ERの転写活性は,エストロゲンのアナログである4-ヒドロキシタモキシフェン(4-HT)刺激により活性化され,標的遺伝子の一つであるcyclin D2の発現を誘導した.しかし,ARFの強制発現およびDDX5の発現抑制は,これを顕著に抑制した(図2A).さらに,c-Mycの強制発現により形質転換された細胞は,軟寒天培地中でコロニーを形成するが,ARFの強制発現およびDDX5の発現抑制は,このコロニー形成も抑制した(図2B).ARFの強制発現と同様に,DDX5の発現抑制が,c-Mycの転写活性や形質転換能をp53非依存的に抑制したこの実験結果は,ARFによるDDX5とc-Mycの相互作用に対する阻害効果とよく相関していた.また,DDX5がc-Mycの機能に必要であることが明らかになった一方で,c-Mycの強制発現が,DDX5タンパク質の発現レベルを顕著に増大させることもわかってきた(図2C).現在まで,c-MycによるDDX5の発現制御の詳細なメカニズムは明らかでないが,c-MycがDDX5のタンパク質合成を促進することを見いだしている.興味深いことに,このc-MycによるDDX5タンパク質合成促進はARFにより阻害された.以上の実験結果から,c-MycとDDX5は相互に活性化し合う「ポジティブフィードバックループ」を形成することにより,発がんシグナルを誘導していることが示唆された(図2D).実際に,多くの白血病細胞株や大腸がん検体において,c-MycとDDX5の協調的な高レベルの発現が観察されており,本研究で得られた知見を支持する結果が得られている6)

Journal of Japanese Biochemical Society 88(2): 207-210 (2016)

図2 ARFによるDDX5を標的とした発がん抑制シグナル

ARFの強制発現(+ARF)およびDDX5のノックダウン(DDX5 KD)は,(A) c-Mycの標的遺伝子の発現誘導と,(B) c-Mycによる形質転換能を抑制した.さらに(C)c-Mycの強制発現は,DDX5のタンパク質合成を促進し,ARFはこれをp53非依存的に阻害した.(D)本研究の結果から支持される発がんシグナルのモデル図を示した.データは文献6より転用した.

6. おわりに

DDX5を含むDEAD boxファミリーRNAヘリカーゼの新規機能についての報告は,現在も増え続けている.最近,DEAD boxファミリーの一つであるDDX3がプロテインキナーゼであるカゼインキナーゼ1の活性化に必須であることが報告された13)

.興味深いことに,DDX3のRNAヘリカーゼ活性,ATP加水分解活性はカゼインキナーゼ1の活性化に必要ではなく,DDX3は足場タンパク質として機能する.DDX5はカゼインキナーゼ1の活性に影響を及ぼさないようであるが,別の細胞内シグナルに影響を及ぼす可能性も否定できない.最近,我々は,慢性骨髄増殖性腫瘍の原因遺伝子であるJAK2(V617F)による細胞増殖促進効果にDDX5が必要であることを見いだした.興味深いことに,DDX5を発現抑制した細胞ではSTAT5のチロシンリン酸化が著しく減弱されていることを観察している(未発表データ).今後報告されるDDX5の新規機能が,DDX5のヘリカーゼ活性に依存しているか,さらにはmiRNA発現やmRNAの選択的スプライシングを介しているか,あるいは,別の分子機構によるものかについては,詳細に検討する必要があるであろう.DDX5をはじめとするARF結合タンパク質の機能解析の進展は,それらを制御するARFの多様な機能の理解へとつながるだけでなく,発がん抑制シグナル研究を新しい局面に誘うことも期待される.

引用文献

1) Sherr, C.J. (2006) Nat. Rev. Cancer, 6, 663–673.

2) Sperka, T., Wang, J., & Rudolph, K.L. (2012) Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 13, 579–590.

3) Weber, J.D., Jeffers, J.R., Rehg, J.E., Randle, D.H., Lozano, G., Roussel, M.F., Sherr, C.J., & Zambetti, G.P. (2000) Genes Dev., 14, 2358–2365.

4) Tago, K., Chiocca, S., & Sherr, C.J. (2005) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102, 7689–7694.

5) Kuo, M.L., den Besten, W., Thomas, M.C., & Sherr, C.J. (2008) Cell Cycle, 7, 3378–3387.

6) Tago, K., Funakoshi-Tago, M., Itoh, H., Furukawa, Y., Kikuchi, J., Kato, T., Suzuki, K., & Yanagisawa, K. (2015) Oncogene, 34, 314–322.

7) Chen, D., Kon, N., Li, M., Zhang, W., Qin, J., & Gu, W. (2005) Cell, 121, 1071–1083.

8) Bertwistle, D., Sugimoto, M., & Sherr, C.J. (2004) Mol. Cell. Biol., 24, 985–996.

9) Fuller-Pace, F.V. (2006) Nucleic Acids Res., 34, 4206–4215.

10) Yang, L., Lin, C., & Liu, Z.R. (2006) Cell, 127, 139–155.

11) Suzuki, H.I., Yamagata, K., Sugimoto, K., Iwamoto, T., Kato, S., & Miyazono, K. (2009) Nature, 460, 529–533.

12) Fuller-Pace, F.V. & Nicol, S.M. (2012) Methods Enzymol., 511, 347–367.

13) Cruciat, C.M., Dolde, C., de Groot, R.E., Ohkawara, B., Reinhard, C., Korswagen, H.C., & Niehrs, C. (2013) Science, 339, 1436–1441.

著者紹介

多胡 憲治(たご けんじ)

自治医科大学生化学講座講師.博士(理学).

略歴

1970年神奈川県に生る.92年埼玉大学理学部生化学科卒業.98年東京工業大学大学院生命理工学研究科バイオサイエンス専攻博士後期課程修了.98年から2002年まで自治医科大学生化学講座助手.02年から06年まで米国St. Jude小児研究病院にResearch Associateとして留学.06年より奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科分子情報薬理学研究室助教.12年より現職.

研究テーマと抱負

タンパク質複合体を精製し,その機能を紐解くアプローチを愛する研究者です.Rasシグナル,ARF-DDX5シグナルの解析を通じて,発がんの分子機構を一つでも明らかにしたいと思っています.

ウェブサイト

http://www.jichi.ac.jp/biochem/kozo/Structural_Biochem/HOME.html

多胡 めぐみ(たご めぐみ)

慶應義塾大学薬学部衛生化学講座准教授.博士(薬学).

略歴

1975年栃木県に生る.98年共立薬科大学薬学部卒業.2000年同大学院薬学研究科修士課程修了.03年同大学院薬学研究科博士課程修了.03年から06年まで米国St. Jude小児研究病院にResearch Associateとして留学.06年より共立薬科大学助手,慶應義塾大学薬学部助教,専任講師を経て14年より現職.

研究テーマと抱負

がんの原因遺伝子産物であるチロシンキナーゼJAKの細胞内シグナル伝達機構を解明し,発症機構の解明や治療法の開発に貢献したいと考えています.

趣味

ショッピング.

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