脊髄後角神経回路による体性感覚の情報処理Neuronal circuitry for sensory processing in the spinal dorsal horn
関西医科大学医化学講座Department of Medical Chemistry, Kansai Medical University ◇ 〒573–1010 大阪府枚方市新町2–5–1 ◇ 2–5–1, Shinmachi Hirakata, Osaka 573–1010, Japan
関西医科大学医化学講座Department of Medical Chemistry, Kansai Medical University ◇ 〒573–1010 大阪府枚方市新町2–5–1 ◇ 2–5–1, Shinmachi Hirakata, Osaka 573–1010, Japan
© 2016 公益社団法人日本生化学会© 2016 The Japanese Biochemical Society
触覚,痛覚,温度覚等の体性感覚を介して我々はさまざまな情報を外界から受け取る.体性感覚刺激は脊髄後根神経節(dorsal root ganglion : DRG)に細胞体を持つ一次求心性線維の末梢終末により受容され,脊髄後角へと伝達される(図1上).この感覚情報はさらに脊髄後角の投射ニューロンを経て視床,中脳,橋,延髄などの高次脳中枢へと伝えられる.さらに最近の研究から,脊髄後角は感覚情報の中継点であるだけでなく,多様な介在ニューロンを介した感覚情報処理にも関与していることが明らかとなってきた.本稿では脊髄後角における神経回路の概略とその意義について,最近の知見を中心に紹介する.またin vivoカルシウムイメージングを用いて脊髄後角神経回路の信号伝播を解析する我々の研究についても合わせて解説する.
脊髄の灰白質は神経細胞体の構造の違いにより10層に区分される1).このうち脊髄後角は背側の六つの層(I~VI)から成り,これらの層に存在する神経細胞が体性感覚の情報処理に関与する(図1上).脊髄後角の層構造は一次求心性線維の投射パターンとの相関が認められる.侵害性機械刺激または侵害性熱刺激を伝達するAδ, C線維は脊髄後角の浅い層(I, II層)に入力するのに対して,非侵害性機械刺激を伝達するC, Aδ, Aβ線維は深い層(II~V層)に入力する2).脊髄後角ニューロンのうち高次脳中枢へと感覚情報を直接伝達する投射ニューロンはわずか数パーセントであり,それ以外は脊髄後角の局所神経回路を構成する介在ニューロンである.以下で述べるようにこれら介在ニューロンは体性感覚の情報処理に重要な役割を果たしている.
体性感覚の伝達と情報処理における脊髄後角介在ニューロンの役割は,遺伝子改変マウスを用いた最近の研究により検証された.核内受容体TR4のノックアウトマウスでは脊髄後角興奮性介在ニューロンのみが特異的に失われるが,このマウスでは疼痛刺激に対する反応が顕著に阻害される3).一方,Cre/loxPシステムとジフテリア毒素を利用してグリシン陽性抑制性介在ニューロンを特異的に除去したマウスでは痛覚過敏が認められる4).したがって,我々が脳で感じ取る体性感覚は一次求心性線維により受容される情報そのものではなく,興奮性,抑制性介在ニューロンによって処理された後の最終的なアウトプット,すなわち投射ニューロンの神経活動に対応すると考えられる.
MelzackとWallは1965年に脊髄後角における疼痛情報処理に関する「ゲートコントロール説」を提唱した5).この説によれば,脊髄後角に入力する疼痛感覚情報が高次脳中枢へ伝達されるかどうかは,情報を中枢へと伝達する細胞への興奮性,抑制性入力のバランスにより決まり,脊髄後角に入力する別の体性感覚刺激の存在により調節されうるとされる.この説を裏づける脊髄後角神経回路の存在は,ハーバード大学のQiufu Maのグループにより最近報告された(図1左下)6).彼らはII層に局在するソマトスタチン(SOM)陽性の興奮性介在ニューロンを特異的に除去するマウスの解析により,このニューロンが疼痛感覚の中枢への伝達に重要な役割を果たすことを明らかにした.SOM陽性ニューロンはAδ/C線維を介する侵害性機械刺激の入力を受けるが,一方で非侵害性機械刺激による抑制性入力も受けとる.これらの結果から,脊髄後角に入力された疼痛感覚の高次脳中枢への伝達は,その情報を中継するSOM陽性ニューロンに同時に入力する非侵害性機械刺激により抑制されることが示唆された.これは痛い部分をさすると痛みが緩和されるように感じる我々の経験を説明するものである.
また侵害性刺激による感覚情報が興奮性介在ニューロンにより増幅される神経回路も示唆されている(図1右下)7).侵害性機械刺激を伝達するAδ, C線維はI層の投射ニューロンおよび興奮性介在ニューロンであるII層のvertical cellに入力する.一方でvertical cellはI層投射ニューロンに投射することが知られている.したがって,侵害性機械刺激によりI層の脊髄後角投射ニューロンを興奮させる回路にはダイレクトなものと,興奮性介在ニューロンを介するものがあり,後者の回路はダイレクトな伝達系による感覚情報を増幅する役割を果たす可能性が考えられる.
体性感覚刺激により多数の脊髄後角ニューロンの神経活動が引き起こされるが,特定の刺激に応答するニューロンの活動パターンを知ることは脊髄後角神経回路の情報処理の理解に不可欠である.そこで我々はマウスin vivoカルシウムイメージングを用いて体性感覚刺激に応答する多数の脊髄後角ニューロンの神経活動を可視化し,さらに記録ニューロンの脊髄後角内での三次元分布を明らかにする系を構築した8).イメージングにはFRETタイプのカルシウムインディケータータンパク質Yellow Cameleon(以下YCと略)を用いたが,これはin vivo標本の呼吸や心臓の拍動に伴う測定のぶれを緩和するのに非常に有用である9).YC遺伝子の導入は子宮内電気穿孔法による一過性発現系を用いて行った.導入したYC遺伝子の発現は脊髄後角ニューロン特異的に認められ,その発現は少なくとも生後4か月まで持続していた.こうして脊髄後角ニューロンに発現させたYCの蛍光を二光子励起顕微鏡により測定し,体性感覚刺激依存的な神経活動を解析した(図2).その結果,吻尾軸方向1.4 mmの脊髄後角に分布する約200個のニューロンの神経活動の測定に成功し,さらに記録ニューロンの脊髄後角内での位置を詳細に解析することにより,神経活動の三次元分布を明らかにした8).
次に我々は確立したカルシウムイメージングの系を用いて,非侵害性刺激,侵害性刺激を皮膚に加えた際の脊髄後角ニューロンの応答性の違いについて調べた8).まずマウスの皮膚を筆でなでることにより非侵害性機械刺激を加えたところ,脊髄後角の複数のニューロンで応答が認められた.記録ニューロンの三次元分布を調べてそれぞれの灰白質背側からの深さを解析したところ,深層(背側から100~150 µm)での応答ニューロンの割合が,浅層(背側から0~50 µm)よりも高かった.このパターンは非侵害性機械刺激を伝達するAδ, C線維の入力領域(II層内層からIII層)に対応していた.一方,同じ箇所をピンチ刺激(侵害性機械刺激)した場合には,浅層,深層どちらも同じくらいの割合の脊髄後角ニューロンが応答したが,これはピンチ刺激を伝える侵害性Aδ, C線維の入力パターン(I層からII層外層)とは一致していなかった.in vivoカルシウムイメージングで認められる神経活動は一次求心性線維から直接の入力を受ける二次ニューロンだけでなく,三次,四次ニューロンのものも含まれる.したがって,深層に入力する非侵害性刺激が介在ニューロンを介して深層から浅層に伝播しにくいのに対して,浅層に入力する侵害性刺激は深層に伝播しやすいことが示唆された.
I層,II層の介在ニューロンは吻尾軸方向に長い樹状突起を伸ばしていることから,脊髄後角に入力した体性感覚情報は介在ニューロンどうしの神経回路を介して吻尾軸方向に伝播しやすいと予想される10).このことは実際に脊髄後角のスライス標本を用いた電気生理学的解析からも検証されている11).そこで我々はin vivoカルシウムイメージングを用いて,皮膚の異なる部位へのピンチ刺激に応答する脊髄後角ニューロンの分布を解析し,吻尾軸方向の感覚情報の伝播の程度を検証することにした8).まずマウスわき腹付近で吻尾軸方向に1 cm間隔に並ぶ皮膚の3点(P1, P2, P3)を決めて,これら3点に対応する一次求心性ニューロンの脊髄への投射パターンを軸索トレーサーであるコレラトキシンB(CTB)の注入により調べた.その結果,図3左に示すようにそれぞれの投射領域は2体節分離れており,脊髄後角内を約2 mmの間隔をおいて離れて分布していた.次に,この3点に順次ピンチ刺激を加えた際の第一腰髄(L1)の脊髄後角ニューロンの応答をin vivoカルシウムイメージングにより解析した.P1の点に対応する一次求心性線維の中枢投射はL1付近に認められるが,P1へのピンチ刺激によりL1のニューロンのうち40%ほどでカルシウム応答が認められた(図3右).一方,P2, P3刺激に応答するL1ニューロンはP1刺激に比べれば少ないものの約20%存在した.これらの結果より,脊髄後角内に入力した体性感覚刺激は興奮性介在ニューロンを介した神経回路により吻尾軸方向に広く伝播していることが示唆された.さらに記録ニューロンの三次元分布を調べたところ,深層ほどP2, P3刺激に対する応答ニューロンの割合が高くなっていた.このことは,深層のニューロンほど体節を越えた広い範囲の体性感覚刺激に対して応答することを示唆している.
この吻尾軸方向への伝播は体性感覚刺激の増幅に関与しているのかもしれない.また逆にこの伝播は抑制性介在ニューロンの神経活動を促進することで,刺激箇所の正確な弁別に寄与している可能性も考えられる.疼痛を伝達する投射ニューロンが局在する浅層のニューロンではP2, P3へのピンチ刺激の応答性が低いことはこのことと関連があるのかもしれない.
脊髄後角の投射ニューロンおよび興奮性,抑制性介在ニューロンのそれぞれには,さらに樹状突起の形態,発火パターン,マーカー分子等の異なる複数のサブタイプが存在する.それぞれのニューロンの体性感覚情報処理における機能は,遺伝子改変マウスを用いた特異的神経細胞除去により今後次々と明らかになると期待される.またこれらニューロンどうしの接続パターンの解析には,解剖学的,電気生理学的手法に加えて,狂犬病ウイルスを用いた経シナプス標識が今後大きな威力を発揮すると予想される12).我々が現在行っているカルシウムイメージングによるアプローチについても,神経細胞種特異的な解析により感覚情報の伝播パターンの特異性が明らかになるのではと期待している.Cre/loxPシステムにより神経細胞種特異的にカルシウムインディケーター遺伝子を発現するマウスはこの解析の有用なツールとなると思われる13).
本研究は関西医科大学医化学講座(伊藤誠二教授)で行われたもので,松村伸治講師ならびに共同研究者の方々に深く感謝申し上げます.
1) Rexed, B. (1952) J. Comp. Neurol., 96, 414–495.
2) Todd, A.J. (2010) Nat. Rev. Neurosci., 11, 823–836.
3) Wang, X., Zhang, J., Eberhart, D., Urban, R., Meda, K., Solorzano, C., Yamanaka, H., Rice, D., & Basbaum, A.I. (2013) Neuron, 78, 312–324.
4) Foster, E., Wildner, H., Tudeau, L., Haueter, S., Ralvenius, W.T., Jegen, M., Johannssen, H., Hösli, L., Haenraets, K., Ghanem, A., Conzelmann, K.K., Bösl, M., & Zeilhofer, H.U. (2015) Neuron, 85, 1289–1304.
5) Melzack, R. & Wall, P.D. (1965) Science, 150, 971–979.
6) Duan, B., Cheng, L., Bourane, S., Britz, O., Padilla, C., Garcia-Campmany, L., Krashes, M., Knowlton, W., Velasquez, T., Ren, X., Ross, S.E., Lowell, B.B., Wang, Y., Goulding, M., & Ma, Q. (2014) Cell, 159, 1417–1432.
7) Braz, J., Solorzano, C., Wang, X., & Basbaum, A.I. (2014) Neuron, 82, 522–536.
8) Nishida, K., Matsumura, S., Taniguchi, W., Uta, D., Furue, H., & Ito, S. (2014) PLoS ONE, 9, e103321.
9) Horikawa, K., Yamada, Y., Matsuda, T., Kobayashi, K., Hashimoto, M., Matsu-ura, T., Miyawaki, A., Michikawa, T., Mikoshiba, K., & Nagai, T. (2010) Nat. Methods, 7, 729–732.
10) Grudt, T.J. & Perl, E.R. (2002) J. Physiol., 540, 189–207.
11) Kato, G., Kawasaki, Y., Koga, K., Uta, D., Kosugi, M., Yasaka, T., Yoshimura, M., Ji, R.R., & Strassman, A.M. (2009) J. Neurosci., 29, 5088–5099.
12) Zampieri, N., Jessell, T.M., & Murray, A.J. (2014) Neuron, 81, 766–778.
13) Grienberger, C. & Konnerth, A. (2012) Neuron, 73, 862–885.
This page was created on 2016-02-29T15:23:03.473+09:00
This page was last modified on 2016-04-14T16:31:50.956+09:00
このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。