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公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 88(2): 253-256 (2016)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2016.880253

みにれびゅうMini Review

100Sリボソーム形成による翻訳制御とリボソームサイクルThe ribosome cycle and translational regulation by the formation of 100S ribosome

1大阪医科大学医学部総合教育講座物理学教室Department of Physics, Osaka Medical College ◇ 〒569–8686 大阪府高槻市大学町2–7 ◇ Daigakumachi 2–7, Takatsuki, Osaka 569–8686, Japan

2株式会社吉田生物研究所バイオ情報研究部門Bio-informatics section, Yoshida Biological Laboratory ◇ 〒607–8081 京都市山科区竹鼻外田町11–1 ◇ Takebanasotoda-cho 11–1, Yamashina-ku, Kyoto 607–8081, Japan

発行日:2016年4月25日Published: April 25, 2016
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1. はじめに

自然環境に生息する細菌はさまざまな環境の変化にさらされており,それに適応するために精巧なシステムを進化させてきた.たとえば,栄養飢餓や温度・浸透圧・pH変化などのストレス下では,細胞増殖は抑制され,細胞の形の変化,核様体の凝集,細胞質の構成成分の変化など,多くの形態的・生理的な変化が引き起こされる1).そして,これらの変化とともにタンパク質合成活性も変化する.

すべての生物にとってタンパク質の合成は細胞内で起こる出来事の中で最も重要なものの一つであり,それは“リボソーム”によって行われる.原核生物では50Sサブユニットと30Sサブユニットが結合し,70Sリボソームを形成してタンパク質を合成する.対数増殖期(対数期)における細菌のリボソームは細胞質量の約45%を占め,さまざまなタンパク質を大量に合成する.しかし,アミノ酸飢餓などのストレスを受けるとリボソーム生合成は抑制され,それに伴いタンパク質合成も抑えられる.このとき,細菌はストレス下におけるタンパク質合成活性を制御するために,使われない過剰な70Sリボソームを二量体化して100Sリボソームと呼ばれるものに変換する2).この変換はRMF(ribosome modulation factor)が70Sリボソームに結合することでなされ,rmf遺伝子を失った細菌は長期生存できない.このことは100Sリボソーム形成によるタンパク質合成活性の制御機構が,過酷な環境を生き延びる細菌にとって非常に重要な機能であることを示している.

RMFは大腸菌・コレラ菌・ペスト菌を含む一部のガンマプロテオバクテリアで見つかっており,他の細菌ではlong HPF(hibernation promoting factor)によって100Sリボソームが形成される3).ほとんどの細菌はlong HPFを持っているが,本稿ではこれまで活発な研究が行われている大腸菌100Sリボソームを主に紹介する.

2. 100Sリボソームの特徴

大腸菌を実験室で培養すると対数期を経て定常期に入る(図1の緑の線が生育曲線).このときさまざまな変化が細胞内で起こるが,図1の中に描かれた対数期(左)と定常期(右)のリボソームプロファイルのように,リボソームの存在様式が大きく変化する.対数期では,リボソームは主に70Sピークとして沈降し,他に30Sと50Sの粒子,ポリソームのピークがみられる.他方,定常期ではポリソームのピークは減少し,100Sリボソームに相当するピークが観測される.我々はこの100Sリボソームが翻訳活性を持っておらず,アミノアシルtRNAの結合が阻害されていることを明らかにした4)図1に示すように,極低温電子顕微鏡で観測された100Sリボソームの構造は二つの70Sリボソームが互いの30Sサブユニットどうしで結合したものであり,一方の30Sサブユニットにあるリボソームタンパク質S2が相手の30Sサブユニットのリボソームタンパク質S3, S4, S5が作り出す窪みに突き刺さるように結合する5).これらのリボソームタンパク質はmRNAの結合に関係していることが知られており,この周辺の構造変化により100SリボソームへのmRNAの結合が阻害されていると考えられる.増殖が抑えられた定常期でも遺伝子発現は行われており,数少ないmRNAが大量に存在する100Sリボソームに結合してしまわないことは重要である.一方,高度好熱菌の70Sリボソームと大腸菌のRMFおよびshort HPFによる複合体の結晶構造解析も報告されているが6),高度好熱菌はrmf遺伝子を持っておらず,long HPFによる異なった機構によって100Sリボソームが形成される.

Journal of Japanese Biochemical Society 88(2): 253-256 (2016)

図1 増殖期移行に伴うリボソームの変化

緑の線は大腸菌の生育曲線である.図中の四角に囲まれた曲線はショ糖密度勾配遠心法で得られた対数期と定常期のリボソームプロファイルであり,それぞれの上部には極低温電子顕微鏡で得られた70Sリボソームと100Sリボソームの構造が示されている.

3. 100Sリボソームの形成に関係するタンパク質因子

大腸菌ではRMF, short HPF, YfiAが100Sリボソームの形成に直接的に関与している.大腸菌などではアミノ酸枯渇状態においてタンパク質などの合成活性を低下させる緊縮制御(stringent regulation)機構が存在し,そのシグナル分子としてグアノシン四リン酸(ppGpp)が合成される.このppGppはRNAポリメラーゼへの結合を介してタンパク質合成系遺伝子の転写を抑制する一方,アミノ酸の生合成や輸送に関与する遺伝子の転写を促進することが明らかになっている.RMFの発現量は主にこのppGppによって制御されており,対数期から定常期に移行すると顕著に増加する7).また最近,グルコース飢餓などにおいて数多くの遺伝子の発現を調節し,グローバル転写因子の一つとして知られているCRP(cyclic AMP receptor protein)によってもrmf遺伝子の転写は制御されていることが明らかとなっており8),複数のストレス下において発現が変化する数少ない遺伝子の一つであることが報告されている9).また,定常期におけるrmf mRNAの半減期は約24分であり,対数期で観測される典型的なmRNAの半減期(2~4分)に比べて極端に長いことがわかっている10)

short HPFも定常期で発現量が増加し,RMFが70Sリボソームに結合して形成した未熟な二量体(90Sリボソーム)を安定化して100Sリボソームとして成熟させる.YfiAはshort HPFと約40%の配列相似性があるタンパク質因子であり,RaiAとも呼ばれている.YfiAはリボソームへのtRNA結合を阻害することによって翻訳を阻害すると報告されているが,さらに,RMFとshort HPFの結合を阻害することによって100Sリボソーム形成をも阻害する11)

4. 他の生物におけるリボソーム二量体の形成

大腸菌に代表されるガンマプロテオバクテリア以外はrmf遺伝子を持っておらず,その代わりにlong HPFで100Sリボソームを形成するものが多数存在する3).long HPFはshort HPFの倍近い分子量があり,ほとんどの細菌ではlong HPFのみで100Sリボソームが形成される.この発見は,細菌がRMFとshort HPFで100Sリボソームを形成するものと,long HPFのみで形成するものの二つに大別されることを示している.

RMFやlong HPFの相同タンパク質は真核生物や古細菌では見つかっていない.しかし,飢餓状態にあるラットの培養細胞でリボリームの二量体が観測されるという報告もある12)

5. ストレス下におけるリボソームサイクル

典型的なリボソームサイクルは図2に示すように,開始[1],伸長[2],終結[3],再生[4]からなる.細胞が頻繁に分裂を繰り返す対数増殖期では,リボソームはこのサイクルを繰り返してタンパク質を合成する.しかし,飢餓のようなストレスにさらされると,タンパク質合成や細胞分裂がさまざまな方法で抑制される.たとえば,大腸菌ではアミノ酸飢餓によって脱アミノ化したtRNAがリボソームに結合すると,RelAタンパク質がpppGppを合成する13)[5].pppGppはGppAタンパク質によって即ppGppに変換される.ppGppはさまざまな遺伝子の転写を制御し,tRNAやrRNA,リボソームタンパク質,翻訳因子などタンパク質合成に関係した遺伝子の発現を抑制する[6].さらに,rmf遺伝子の転写もこのppGppの制御下にある7)[7].(p)ppGppは酸化ストレスやリン酸欠乏など多くのストレスに応答してSpoTタンパク質によっても合成される[8].最近,グルコース飢餓で誘導されるcAMP-CRP制御系がrmf遺伝子の発現に関与していることが示された8)[9].

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図2 休眠段階を組み入れたリボソームサイクル

橙色で示されている部分(左側)が教科書に載っている対数増殖期(対数期)のリボソームサイクルであるが,ストレスを受けて定常期に移行すると水色で示されている休眠段階(右側)に入る.自然環境に生息する細菌は,ほとんどの時間をこの休眠状態で過ごしていると推測される.

対数期においてリボソームサイクルの再生段階のリボソームは,翻訳因子RRFとEF-Gによってサブユニットに解離され[10],翻訳因子IF3が30Sサブユニットに結合することで次のサイクルのために解離状態を維持している[11].しかしさまざまなストレスによって定常期に入ると,IF3が結合しづらく,RMFによって100Sリボソームが形成されやすいリボソームに変化し,RMFが70Sリボソームに結合することで未成熟な90Sリボソームとして二量体化される14)[12].そして,90Sリボソームにshort HPFが結合することで100Sリボソームとして成熟する11)[13].また,大腸菌はYfiAやRsfAタンパク質によってリボソームを不活性化する別のストレス応答機構も持っている[14].YfiAは70Sリボソームに結合してtRNAの結合を阻害することによってタンパク質合成を抑制する.RsfAは50Sサブユニットに結合し,30Sサブユニットとの会合を妨げることによってタンパク質合成を抑制する.我々は,ストレスに応答してリボソームが不活性化されるこれらの状態を休眠段階と名づけた15)[15].

定常期にある大腸菌が栄養豊富な培養液に移されると,RMFは100Sリボソームから離脱し,休眠状態の100Sリボソームが1分以内に活性型の70Sリボソームに解離する10)[16].この過程を経て細胞はタンパク質合成を再開できるようになり,それから6分以内に増殖を再開する.

6. おわりに

100Sリボソームの形成は過酷な環境における細菌の重要な生き残り戦略の一つである.しかし,リボソームの二量体化に伴う構造変化や二量体の解消機構など,詳細のわかっていないことが多くある.これらの解明が今後の課題である.

謝辞Acknowledgments

本稿で紹介した研究の大部分は,大阪医科大学の牧泰史博士,および吉田生物研究所の和田千恵子博士と上田雅美博士との共同研究で行われました.心より感謝申し上げます.

引用文献References

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2) Wada, A., Yamazaki, Y., Fujita, N., & Ishihama, A. (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 87, 2657–2661.

3) Ueta, M., Wada, C., Daifuku, T., Sako, Y., Bessho, Y., Kitamura, A., Ohniwa, R.L., Morikawa, K., Yoshida, H., Kato, T., Miyata, T., Namba, K., & Wada, A. (2013) Genes Cells, 18, 554–574.

4) Wada, A., Igarashi, K., Yoshimura, S., Aimoto, S., & Ishihama, A. (1995) Biochem. Biophys. Res. Commun., 214, 410–417.

5) Kato, T., Yoshida, H., Miyata, T., Maki, Y., Wada, A., & Namba, K. (2010) Structure, 18, 719–724.

6) Polikanov, Y.S., Blaha, G.M., & Steitz, T.A. (2012) Science, 336, 915–918.

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14) Yoshida, H., Ueta, M., Maki, Y., Sakai, A., & Wada, A. (2009) Genes Cells, 14, 271–280.

15) Yoshida, H., Maki, Y., Kato, H., Fujisawa, H., Izutsu, K., Wada, C., & Wada, A. (2002) J. Biochem., 132, 983–989.

著者紹介Author Profile

吉田 秀司(よしだ ひでじ)

大阪医科大学医学部総合教育講座物理学教室准教授.博士(理学).

略歴

1989年甲南大学理学部物理学科卒業,91年(株)四国総合研究所電子技術研究所研究員,96年大阪医科大学物理学教室助手,2009年より現職.

研究テーマと抱負

ストレス下におけるリボソームの構造と機能制御.物理の普遍性とは対照的な生物の多様性を,蛋白質合成活性の制御という観点から明らかにしたい.

ウェブサイト

http://www.osaka-med.ac.jp/deps/phy/index.htm

趣味

音楽鑑賞(クラシック).

和田 明(わだ あきら)

株式会社吉田生物研究所バイオ情報研究部門長.理博.

略歴

1962年京都大学理学部卒,65同大学院理学研究科中退,京都大学理学部助手,2005年大阪医科大学物理学教室教授,2008年より現職.

研究テーマと抱負

細胞の蛋白量を定量できるRFHR(radical-free and highly reducing)二次元電気泳動法を考案し,これを武器にリボソーム蛋白を中心に翻訳機構の解析を続けている.

ウェブサイト

www.yoshidabio.co.jp/

趣味

美術,スポーツ(バレーボール,テニス,野球),縄文柴犬と遊ぶ.

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