ユビキチンリガーゼの基質の同定法の開発
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酵素と基質の結合は一過性のものであり,酵素の未知なる基質を見つけることは容易なことではない.特に「タンパク質分解のシグナルとして働く」と接頭語がつくユビキチン化を行うユビキチンリガーゼの基質の場合は存在量が少ないことも多く,その基質探索は難易度が高いものといえよう.
ユビキチン化は,ユビキチン活性化酵素(E1),ユビキチン結合酵素(E2),ユビキチンリガーゼ(E3)の3種類の酵素の働きにより,基質のリシン残基にユビキチンのC末端のグリシンをイソペプチド結合する反応である.これらの酵素のうちで,どの基質にユビキチンを付加するのかを決めるのはヒトではおよそ600種類存在するE3ユビキチンリガーゼであり,その作用により全タンパク質の4割ものタンパク質がユビキチン化を受けると考えられている1).
ユビキチンは単独で基質タンパク質に結合するモノユビキチン化も存在するが,多くの場合はユビキチンが鎖状に連なる「ユビキチン鎖」が形成されることでさまざまなシグナルとして機能する.76アミノ酸からなるユビキチンには7カ所のリシンが存在し,これらのリシンとN末端のメチオニンを介した8種類の結合様式のユビキチン鎖が形成される2).この中で11番目と48番目のリシン(K)を介したK11やK48リンケージのユビキチン鎖はプロテアソームによる分解シグナルとなる.そのため,これらの修飾を受けるタンパク質は分解を受ける結果,細胞内の存在量が少ないと予想される.特にK48リンケージのユビキチン鎖はもっとも多く存在するものである.また,多くの翻訳後修飾と同様にユビキチン化も可逆的な反応であり,ヒトでは約90種類存在する脱ユビキチン化酵素によりユビキチン鎖は除去される.このように,ユビキチン鎖が付加されたタンパク質は,たとえ分解を免れたとしても一過性にしか存在せず,ユビキチン鎖がついた状態の基質タンパク質を単離してくることは技術的に困難であると考えられる.
我々は,細胞内にユビキチン鎖結合タンパク質を発現させることでポリユビキチン化した状態の基質タンパク質を細胞内に安定に保てるのではという発想に基づき,ユビキチンリガーゼの基質の同定法TR-TUBE法を開発した3).この方法は高感度なLC-MS/MSが必要な技術ではあるが,同定されたタンパク質のユビキチン化はウエスタンブロッティングで確認でき,解析と同時にユビキチン化部位の同定も行えるというメリットがある.以下に,TR-TUBE法によるユビキチン化基質の検出法と同定法について紹介したい.
Rodriguezらは細胞抽出液よりポリユビキチン化タンパク質を精製・検出するツールとしてTUBE(tandem ubiquitin-binding entities)を開発した4).TUBEは,ユビキチン結合タンパク質UBQLN1のユビキチン結合(UBA)ドメインをタンデムに結合した組換えタンパク質であり,現在LifeSensor社より市販されている.我々は,細胞内に発現させたTUBEが基質のユビキチン鎖に結合することで,細胞内の脱ユビキチン化酵素やプロテアソームがポリユビキチン化基質を認識できなくなり,ユビキチン化状態が安定に保たれるようになるのではないかと考えた(図1).そこで,ユビキチン化基質を分離・濃縮するためにFLAGタグを付加し,質量分析による解析に利用するためにアミノ酸置換によりトリプシン耐性としたタンパク質FLAG-TR-TUBE(trypsin-resistant TUBE)を発現するベクターを作製した.TR-TUBEはモノユビキチンには結合しないが,ユビキチン中のリシンやN末端のメチオニンを介した8種類すべての結合様式のユビキチン鎖に結合できることは確認済みである3).
ユビキチンリガーゼによりポリユビキチン化された基質は,プロテアソームによりタンパク質分解を受け,脱ユビキチン化酵素によりユビキチン鎖の除去を受ける.TR-TUBEの発現により,基質のユビキチン鎖が保護されユビキチン化された状態が安定に保たれる.
細胞周期の阻害タンパク質p27は複合体型ユビキチンリガーゼSCFSkp2(Skp1-Cullin1-Rbx1/Roc1と基質認識サブユニットF-boxタンパク質Skp2からなる四量体のユビキチンリガーゼ.ヒトでは約70種類のF-boxタンパク質が存在する5).F-boxタンパク質の名称は右肩に表記することになっている)によりポリユビキチン化されプロテアソームにより分解を受けることが知られている6).このタンパク質を例にとってTR-TUBEの発現によってポリユビキチン化されたp27の蓄積がみられるかどうかを調べた(図2A)3).TR-TUBEのみを発現させた細胞とTR-TUBEとSkp2を共発現させた細胞をプロテアソーム阻害剤MG132と脱ユビキチン化酵素阻害剤N-メチルマレイミド(NEM)で処理し,その細胞抽出物に含まれるユビキチン化p27の蓄積の有無をウエスタンブロッティングにより検出した.TR-TUBEを発現させることでごくわずかにポリユビキチン化p27が検出できるようになり,さらにユビキチンリガーゼの基質認識サブユニットSkp2を共発現させるとユビキチン化タンパク質の蓄積がみられる.MG132やNEMで細胞を処理することでポリユビキチン化p27の蓄積は増強するが,これらの阻害剤なしでも明らかな蓄積がみられた.一方で,コントロールとしてユビキチン鎖に結合できない変異体を発現させた場合は,MG132処理で修飾されていないp27の蓄積はみられるものの,Skp2の共発現や阻害剤処理でもポリユビキチン化p27は検出できない.また,これらのユビキチン化タンパク質はFLAGアガロースを用いて効率よく濃縮できる(図2B).
(A)標記の発現ベクターをトランスフォームした293T細胞をプロテアソーム阻害剤(MG132),脱ユビキチン化酵素阻害剤(NEM)で処理し,その細胞抽出液をウエスタンブロットで解析した.TR-TUBEをSkp2と共発現させることで,ユビキチン化されたp27((Ub)n-p27)が検出できるようになる.ユビキチン結合できない変異体ではユビキチン化されたp27は検出されない.(B)Aで電気泳動した細胞抽出液の10倍量を用いてFLAG抗体で免疫沈降したものを用いたウエスタンブロット.阻害剤処理を行わないものでもユビキチン化されたp27は検出され,Skp2の発現でp27のユビキチン化が亢進していることがわかる.
Skp2は293T細胞中で内在性に発現しているため,内在性のSkp2によるp27のユビキチン化もTR-TUBEの発現により検出されるが,Skp2の過剰発現によりユビキチン化されたp27の量は明らかに増大する.このように,TR-TUBEを研究対象のユビキチンリガーゼとともに発現させることで細胞内にユビキチンリガーゼ基質をユビキチン化した状態で蓄積させ,TR-TUBEを免疫沈降することでユビキチン化基質を濃縮することができる.すでに基質がわかっている場合や新たに同定した基質のユビキチン化の検出には,TR-TUBEによる免疫沈降物を基質に対する抗体を用いたウエスタンブロットにより検出することが可能となる.
次節の基質の同定には,我々はタンパク質の発現効率の高い293T細胞を用いているが,293T細胞で発現しているユビキチンリガーゼの場合には,そのドミナントネガティブ体を作製しネガティブコントロールとして用いることをお薦めする.これは多くのユビキチン化基質の中から発現させたユビキチンリガーゼの基質を同定するためには,内在のユビキチンリガーゼの活性を落とすことが必要な場合があると考えるからである.
TR-TUBEの免疫沈降物には,過剰発現させたユビキチンリガーゼの基質以外に,細胞で発現しているユビキチンリガーゼによる基質,さらにこれらの基質タンパク質と複合体を形成するタンパク質など非常に多くの種類のタンパク質が含まれる.質量分析によりユビキチン化基質を同定するためには,なるべくユビキチン化基質だけを濃縮し,スペクトルをシンプルにし,効率よく過剰発現させたユビキチンリガーゼ基質を検出することが肝要である.
そこで,質量分析のサンプル調整のためにトリプシン消化したペプチドの中からユビキチン化を受けたペプチドを抽出する操作を加える.そのために,CSTジャパン社より市販されているPTMScan ubiquitin remnant motif kitを用いる.これは,「ユビキチン化基質のトリプシン消化により生じた基質のリシン残基に二つのグリシンがイソペプチド結合した部位7)」を認識するdiGly抗体を用いたペプチド免疫沈降により,「ユビキチンシグニチャー」を持つペプチドを濃縮するツールである8).
我々の経験では,FLAG抗体によるTR-TUBE結合タンパク質の免疫沈降物をトリプシン消化物し,それをdiGly抗体によるペプチド免疫沈降することにより,質量分析による同定ペプチドの95%以上がユビキチンシグニチャーを持つペプチドとなる.ちなみに,TR-TUBE結合タンパク質のトリプシン消化物を解析した場合は,数千に及ぶタンパク質が同定されるが,その中にユビキチンシグニチャーを持つタンパク質は,ほぼユビキチンだけという結果になる.一方,TR-TUBEでの免疫沈降を行わず,diGly抗体でのみ免疫沈降した場合は,40%前後のペプチドがユビキチン化ペプチドという結果となっている.したがって,FLAG抗体とdiGly抗体による2段階精製は効率的にユビキチン化基質を同定する上で必要なプロセスとなる.
TR-TUBE法によるユビキチンリガーゼの基質同定法の概略を図3に示した.FLAG抗体とdiGly抗体による2段階精製法でも通常1000を超えるユビキチン化タンパク質が同定される.この中から,目的のユビキチンリガーゼによる基質を同定するためには,TR-TUBEのみ発現させたもの(コントロール),TR-TUBEとともに野生型のユビキチンリガーゼ(検体)またはドミナントネガティブの変異型ユビキチンリガーゼ(ネガティブコントロール)の三つのサンプルを用いてタンパク質の同定を行う.10 cm径の培養用ディッシュ1枚分の細胞から調製したものを1サンプルとして用いている.ネガティブコントロールで検出されず,コントロールに比べ野生型のユビキチンリガーゼを発現させた場合に検出スコアが高くなるものを抽出する.独立に3回以上の実験を行い再現性よく検体で現れるユビキチン化基質をピックアップし,基質に対する抗体を用いて,前節で述べたTR-TUBE免疫沈降物のウエスタンブロッティングによりユビキチンリガーゼの基質となるかどうかを確認できる.
これまで,ユビキチン化部位の同定は,基質中の個々のリシンの部位特異的変異体を作製することで解析を行ってきた.ユビキチン化は複数箇所のリシンが受けることも多く,解析が難しいこともあった.TR-TUBE法による同定では,変異体作製の労力なしに,基質同定とともにユビキチン化リシンを同定できる.
ヒトでは約600種類のユビキチンリガーゼが存在するが,その基質が同定されているものは多くはない.これまで,ユビキチンリガーゼと基質の対応は,基質との結合タンパク質の解析や,不安定な基質タンパク質を安定化させるユビキチンリガーゼのノックダウンライブラリーを用いたスクリーニングなど,基質側からのアプローチがほとんどであった.今後,TR-TUBE法を用いてユビキチンリガーゼ側からの基質の同定が可能となり,さまざまな生命現象を制御するユビキチンシステムの更なる理解が進むことを期待する.
1) Chen, T., Zhou, T., He, B., Yu, H., Guo, X., Song, X., & Sha, J. (2014) PLoS ONE, 9, e85744.
2) Komander, D. & Rape, M. (2012) Annu. Rev. Biochem., 81, 203–229.
3) Yoshida, Y., Saeki, Y., Murakami, A., Kawawaki, J., Tsuchiya, H., Yoshihara, H., Shindo, M., & Tanaka, K. (2015) Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 4630–4635.
4) Hjerpe, R., Ailllet, F., Lopitz-Otsoa, F., Lang, V., & Rodoriguez, M.S. (2009) EMBO Rep., 10, 1250–1258.
5) Jin, J., Cardozo, T., Lovering, R.C., Elledge, S.J., Pagano, M., & Harper, J.W. (2004) Genes Dev., 18, 2573–2580.
6) Carrano, A.C., Eytan, E., Hershko, A., & Pagano, M. (1999) Nat. Cell Biol., 1, 193–199.
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