Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 88(3): 296-301 (2016)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2016.880296

特集Special Review

解糖系酵素PGAMとストレス老化シグナルSenescence-inducing stress and glycolytic enzyme, PGAM

1京都大学医学部附属病院・高齢者医療ユニットKyoto University Hospital ◇ 〒606–8507 京都府京都市左京区聖護院川原町54 ◇ 54 Kawaharacho, Syogoin, Sakyu-ku, Kyoto, 606–8507, Japan

2京都大学医学部附属病院糖尿病内分泌栄養内科Kyoto University Hospital ◇ 〒606–8507 京都府京都市左京区聖護院川原町54 ◇ 54 Kawaharacho, Syogoin, Sakyu-ku, Kyoto, 606–8507, Japan

発行日:2016年6月25日Published: June 25, 2016
HTMLPDFEPUB3

がん細胞は,通常細胞と異なる多面的な生物学的特性を備えている.その中で,古くからがんでは解糖系代謝亢進していることが知られている(ワールブルグ効果と呼ぶ).このようながん代謝特性が,がんの病態にどのような影響を与え,あるいは病因と関与するのだろうか.近年の代謝学の進歩により,がん細胞でみられる解糖系代謝亢進は,エネルギー供給の側面だけではなく,解糖系から枝分かれする他の代謝経路(PPPやHBP)を活性化し,生体材料の供給や抗酸化力の獲得を促していることが判明しつつある.さらに興味深いことに,がん細胞のもう一つの生物学的特性である細胞不死化(老化しないこと)と解糖系の密接な連関が指摘されている.細胞老化では解糖系代謝が低下する一方,細胞が不死化すれば亢進することより,解糖系代謝が細胞老化から細胞がん化への転換に重要であると予想される.本稿では近年詳細な解析が進んだ解糖系代謝の制御機構について,特にストレス老化との連関に関して述べる.我々が近年報告したストレス老化シグナルによって誘導される解糖系酵素PGAMの分解を介した解糖系代謝の低下とそれによる細胞老化誘導機構にもフォーカスを当てる.

1. はじめに

解糖系代謝は生体におけるエネルギー生産手段としては最も基本的な代謝経路であり,細菌・酵母からヒト細胞まで進化上高度に保存されている.10段階の酵素反応を経て1分子のグルコースを2分子のピルビン酸へと変換し,2分子のATPを合成する.ピルビン酸はその後,嫌気的にエタノールや乳酸へと代謝される経路か,好気的にTCA経路からミトコンドリア酸化的リン酸化経路で代謝される経路に利用される.興味深いことに好気的代謝では嫌気的代謝に比べてより多くのATPを産生できるにも関わらず,生物は好気的代謝が可能な環境にあっても必ずしもそれを第一選択とするわけではない.たとえば,酵母は酸素が豊富にある環境においてもグルコースが大量にあると嫌気的エタノール発酵を使用する.あるいは,ほとんどのがん細胞では通常酸素分圧下(21% O2)においても嫌気的解糖系代謝が主に使用される1).よって,細胞がいずれの代謝系を利用するのかは単純なATP合成効率の観点のみではなく,アミノ酸や核酸,脂質代謝など他の代謝経路とのバランスなど他の要因が大きく影響する.

生命活動を支えるこれらの代謝経路は,同時に老化やがん化と深く関わることが古くから指摘されている.「フリーラジカル老化仮説」(1953年,活性酸素を老化の原因とする)を最初に提唱したハルマンは,その後,ミトコンドリア酸化的リン酸化経路が活性酸素の主要発生源であることを根拠として,「ミトコンドリア老化仮説」へと発展させた2).一方で,がん組織において解糖系代謝が亢進していることがオットー・ワールブルグによって報告され(1930年),今日医療の現場でがん診断に応用・利用されている3).ワールブルグ効果の従来の解釈としては,以下のように考えられてきた.まず,成長しつつある固形がん組織内において血管新生が追いつかず,腫瘍中心部で低酸素環境が生まれる.がん細胞は低酸素環境では,ミトコンドリアによる好気的なエネルギー生産が困難なため,解糖系代謝を亢進させる.このモデルは合目的に思われるし,低酸素誘導性転写因子HIF-1(hypoxia inducible factor 1)が多くの解糖系酵素の転写を活性化させることからも支持された4).しかし実際には通常酸素濃度下(21% O2)で培養したがん細胞においても解糖系は亢進したままであることから,低酸素適応だけではワールブルグ効果を説明できない.今日では,ワールブルグ効果は,さまざまな代謝経路や遺伝子発現に影響し,がん細胞の持つさまざまな特性(高い増殖能,細胞の不死化,アポトーシスの回避,浸潤性の獲得,低栄養環境における生存)の獲得に寄与する可能性が指摘されている5)

本稿では近年明らかになった解糖系代謝の多彩な制御について紹介し,特に後半では筆者らのグループが長年解析を行っている解糖系酵素の一つホスホグリセリン酸ムターゼ(phosphoglycerate mutase:PGAM)にフォーカスを当て,PGAM制御による解糖系調節とそれに伴う細胞老化からがん化への転換について紹介する.

2. ワールブルグ効果の新しい視点:バイオマス,抗酸化能とエネルギー生産のバランス

解糖系代謝の主たる役割をエネルギー生産としてとらえた場合,一連の解糖系酵素は協調的に制御されることが望ましいように思われる.従来,解糖系の制御においてはホスホフルクトキナーゼ(phosphofructokinase:PFK)が律速酵素としてよく知られている.PFKがAMP・ATPによるアロステリック制御を受けることにより,フィードバック制御がなされる6).しかし近年,解糖系代謝の研究が進むにつれて,PFK以外にも,解糖系制御に重要な酵素が存在することが明らかになってきた.

たとえば,解糖系制御の重要なターゲットの一つにヘキソキナーゼ(hexokinase:HK)があげられる.HKは解糖系の一番目の反応を触媒する酵素でありATPを消費してグルコース6-リン酸(glucose-6-phosphate:G6P)を生産する.哺乳類細胞にはHK1~4の四つのアイソフォームが存在し,HK1, HK2はミトコンドリア外膜に,HK3は核周辺部に,HK4は細胞質に局在する.多くのがん細胞では特にHK2が過剰発現しており,その理由は以下の3点と考えられる.第一に,HK2はミトコンドリア外膜において電位依存性陰イオンチャネル(voltage-dependent anion channel:VDAC)と結合することで,ミトコンドリアで産生されたATPとスムーズに結合できるようになり,G6Pによるフィードバック抑制を回避することができる7).このためHK2を発現する細胞では他のアイソフォームを発現する細胞に比べ,高い解糖系代謝効率を維持できる.第二に,HK2とVDACの結合はBax, Badによるアポトーシス誘導を回避するために重要な働きをする.第三に,HK2を発現する細胞では解糖系から枝分かれするヘキソサミン生合成経路(hexosamine biosynthetic pathway:HBP)が活性化している(図18).HBPはN-グリコシル化(N-linked glycosylation)やO結合型N-アセチルグルコサミン(O-linked N-acetylglucosamine:O-GlcNAC)によるタンパク質修飾を介してさまざまな細胞現象(細胞老化も含む)に作用する.

Journal of Japanese Biochemical Society 88(3): 296-301 (2016)

図1 解糖系制御機構

説明は本文を参照.

他の鍵となる酵素として,ピルビン酸キナーゼ(pyruvate kinase:PK)が知られている.PKはホスホエノールピルビン酸(phosphoenolpyruvate:PEP)をピルビン酸へと変換する反応を触媒する.PKには四つのアイソフォームがあるが,そのうちMアイソフォームとして選択的スプライシングにより22アミノ酸残基のみが異なるPKM1とPKM2の2種類が存在する.生体の大部分の組織ではPKM1が発現しているのに対し,増殖の活発な胎生期の組織や,がん細胞ではPKM2が発現している.PKM2はPKM1に比べ酵素活性が低く9),このためPKM2を発現する細胞では解糖系の中間産物が蓄積する.これら蓄積した解糖系中間産物は,解糖系から枝分かれするペントースリン酸経路(pentose phosphate pathway:PPP)やセリン合成経路で利用され,細胞増殖に必要なバイオマス合成や抗酸化力が亢進すると考えられている.PKM1からPKM2への選択的スプライシングにはがん関連転写因子であるMycの関与が報告されている.MycはRNA結合因子であるhnRNPA1, hnRNPA2, hnRNPIの発現を活性化し,PKM2へのスプライシングを促進する(図110).また,PKM2は解糖系酵素としてだけではなく,タンパク質キナーゼとしての機能を持つことが報告されており11),STAT3や,β-カテニン,ヒストンH3, BUB3, NF-κB, OCT-4, HIF-1などの多彩な基質をリン酸化することで,がん細胞の増殖を促進する可能性も考えられている.しかし一方で,PKM2にはタンパク質キナーゼとしての活性はないとの真逆の報告もあり12),議論が分かれる.

このように,解糖系代謝はPPPやHBPなどの他の代謝系に対して重要な基質の供給源となっている.特にがん細胞にとって,これらの代謝系の活性化を介して,エネルギー供給と生体の材料となる巨大分子の合成,抗酸化力の獲得をバランスよく維持することは高い増殖能を維持するために不可欠であると思われる.

3. 細胞老化と解糖系制御

上述のように解糖系の亢進(ワールブルグ効果)は,がん細胞が増殖する上で必要な巨大分子の生産や抗酸化能の獲得に有利に働くことから,がん細胞が適応的に獲得したようにも思われる.しかしその一方で,解糖系の亢進は細胞がん化の結果もたらされるのではなく,むしろ解糖系の亢進が細胞がん化を誘導する可能性が示唆されている.一般に細胞がん化の過程にはアポトーシスの回避や足場非依存的な増殖能の獲得などいくつもの段階があるが,初期段階として細胞老化(cellular senescence)を回避して不死化することが必要となる.

正常細胞に有限の分裂寿命があることは1960年台にヘイフリックにより見いだされ,細胞老化と呼ばれた13).正常細胞が細胞分裂を繰り返してゆくと,徐々に増殖能が失われてゆき,最後には増殖を停止してしまう.このように不可逆的な増殖停止を起こした細胞は「老化細胞」(senescent cell)と呼ばれ,若い細胞とは形態的にも質的にも異なる細胞である.細胞老化を引き起こすメカニズムは細胞分裂のたびに起こるテロメア短小化を原因とする複製老化がよく知られているが,それ以外にも活性酸素,発がんストレス,DNA損傷などのさまざまなストレスによっても引き起こされ,ストレス老化と呼ばれる.細胞老化はストレスにさらされがん化の恐れがある細胞の増殖を停止させることで,がんに対する防御機構として機能していると考えられる14)

細胞老化の制御に関与する多くのシグナル伝達系(ストレス老化シグナルと呼ぶ)が解糖系をターゲットとしていることが知られている.がん抑制遺伝子p53はDNA損傷や発がんストレスに応答してさまざまな遺伝子の発現を制御し,細胞老化やDNA損傷修復,アポトーシスへの進行など多岐にわたる制御を行っているが,代謝制御もp53の重要なターゲットの一つである15).p53はいくつかの解糖系遺伝子(GLUT1, GLUT4, HK2)の発現を直接制御する以外に,下流因子であるTIGAR(TP53-induced glycolysis and apoptosis regulator)を介してPFK活性を抑制し16),さらには転写因子NF-κBを介してグルコーストランスポーターであるGLUT3を抑制することが知られている17).さらに後述するように筆者らのグループではp53がMdm2を介してPGAMを抑制することを報告している.

また,低分子GTP結合タンパク質Rasの12番目のグリシンがバリンに変異した恒常活性化型変異体(Ras-G12V)は多くのがん細胞で発現がみられ(発がん変異として知られている),Ras-G12Vをマウス胎性線維芽細胞(mouse embryonic fibroblast:MEF)に発現させると細胞老化を引き起こす18).これは,過剰な増殖刺激が複製ストレスを引き起こしp53依存的な細胞老化機構が活性化されるためと考えられ,逆にp53を欠失した細胞にRas-G12Vを発現させると細胞の形質転換が引き起こされる.不死化細胞において,Rasは下流でeIF4を介してHIF-1を活性化することで解糖系酵素の発現を上昇させる.また,Mycは直接いくつかの解糖系酵素(HK, PFK, TPI, GAPDH, ENO, LDH)の転写を正に制御する19)

以上のように多くの細胞老化関連因子が解糖系代謝をターゲットとしており,解糖系の制御が細胞老化の誘導において重要な要素となっていることが予想される.実際に細胞老化に伴い解糖系代謝が低下することが知られているが,ある種の解糖系酵素の発現を分子生物学的手法で制御することにより,解糖系代謝亢進を維持すると,細胞老化を回避できることが明らかにされた.

筆者らのグループはMEF細胞を用いた細胞老化抑制スクリーニングからPGAMを同定した20).MEF細胞はストレスに感受性が高く,数回から十数回程度の継代によってテロメア非依存的なストレス老化を起こす細胞であるが,PGAMを過剰に発現させたMEF細胞では細胞老化の表現型を示さず増殖を続ける.その後,PGAMは,他のグループからも①乳がん抗がん剤の標的となること21),②がん特異的解糖系酵素PKM2の標的となること9),③PPPを直接活性化すること22)などの報告が相次ぎ,がん代謝における重要性が指摘されている.PGAMは解糖系代謝において8番目に位置し,3-ホスホグリセリン酸(3-phosphoglycerate:3PG)から2-ホスホグリセリン酸(2-phosphoglycerate:2PG)への変換反応を触媒する.マウスにはPGAM1, PGAM2の二つのアイソフォームが存在し,これらはアミノ酸配列上非常に高い相同性を示す.解糖系代謝においてPGAMが触媒するステップは自由エネルギーの変化も小さく,精密な制御があまり必要ないと考えられてきた.しかし,意外にもPGAM一遺伝子のみの過剰発現によりMEF細胞では解糖系代謝の亢進がみられ,細胞老化の過程においてPGAMを介した解糖系制御が存在することが予想された.実際に細胞老化の過程ではPGAMのタンパク質量の低下に伴って,解糖系代謝も低下していく.また,PGAMの発現をノックダウンしたMEF細胞では早期の細胞老化が誘導される.

以上の事実から,老化に伴うPGAMの発現低下が細胞老化を誘導すると考えられた.

4. PGAMの転写後制御を介した解糖系制御

では細胞老化時にPGAMのタンパク質量を減少させるメカニズムとはどのようなものであろうか? DNA損傷(低濃度エトポシド曝露)や発がんストレス(Ras-G12V発現)によりMEF細胞にストレス老化を誘導すると,PGAMタンパク質の顕著な減少,PGAM酵素活性低下,それに伴う解糖系代謝低下が観察される23).このときのPGAMの減少はユビキチン化修飾を介したプロテアソーム系による分解であった.

次に重要なポイントは老化に伴うPGAMのユビキチンによる分解は何が引き金になるかということである.多くのユビキチン化反応は,前段階としてユビキチン化以外のタンパク質修飾(リン酸化等)の影響を受けることがよく知られており,PGAMにもストレス老化シグナルの下流でユビキチン化修飾を誘導するような変化が起こると予想された.PGAMのリン酸化修飾は,古くは1980年代にハンターらによりPGAMのチロシン残基がリン酸化を受けることが報告されている24).また,最近PGAM1のTyr26のリン酸化がPGAM活性を上昇させ細胞増殖を促進することが報告された25).一方で2002年にシャローム・バラクらのグループよりセリン/トレオニンキナーゼであるPak1[p21(cdc42/Rac1)-activated kinase1]がPGAMのセリン残基をリン酸化し,PGAM活性を抑制することを報告された26).筆者らのグループでこれらの知見をもとにユビキチン化とリン酸化の関連を探ったところ,彼らの報告したリン酸化部位の一つであるセリン118残基のリン酸化がユビキチン化を誘導することを突き止めた.彼らはセリン残基のリン酸化がPGAM酵素活性を低下させるとしており,筆者らの発見したユビキチン化を介した分解機構とは異なるが,彼らはがん細胞株HEK293T細胞を用いており,我々は初代MEF細胞を用いた点が条件として異なる.さらにPak1を過剰発現したMEF細胞では,PGAMユビキチン化によるタンパク質分解が亢進し,早期老化が引き起こされた.すなわち,ストレス老化シグナルによりPak1がPGAMのセリン118残基をリン酸化することで,PGAMのユビキチン化分解機構が誘導される.

ユビキチン化修飾はユビキチン活性化酵素E1,ユビキチン結合酵素E2,ユビキチンリガーゼE3による多段階のステップを経て行われる.E1, E2とは異なり,基質特異性を決定するE3は種類が多く,数百種類存在するといわれており,PGAMユビキチン化に対する特異的ユビキチンリガーゼE3を同定することが機構解明のカギとなることが予想された.そこでさまざまな細胞株においてPGAMタンパク質の挙動を検討したところ,正常細胞(WI38, TIG-3, IMR90)ではDNA損傷などによりPGAMタンパク質の減少が観察された一方で,正常なp53機能を失っているがん細胞株(293T, Sw620, HT-29, HeLa)ではPGAMはより安定であった.さらに,p53ノックアウトMEFでも同様の知見を得たことから,PGAM分解はp53依存的な現象であることが示唆された.これよりp53の下流因子の一つであり,p53そのもののユビキチン化も担うRING型ユビキチンリガーゼMdm2がストレス老化シグナルによりPGAMと強く結合し,ユビキチン化によるPGAM分解を促進すること,さらに,Mdm2が試験管内でPGAMを基質としてユビキチン化できることを見いだした.さらに,Pak1によるPGAMリン酸化はPGAMとMdm2の結合を強固にすることから,Pak1によるPGAMリン酸化が引き金となりMdm2によるユビキチン化が促進される機構が明らかにされた(図2).

Journal of Japanese Biochemical Society 88(3): 296-301 (2016)

図2 PGAM分解機構

(左)細胞にストレス老化シグナルが伝わるとPGAMのセリン118番目はPak1によるリン酸化修飾を受ける.セリン118番目のリン酸化によりMdm2がPGAMにリクルートされることでユビキチン化修飾がなされ,その後PGAMはプロテアソームで分解される.PGAMの減少により解糖系代謝が低下した細胞は老化へと進む.(右)ある種のがん細胞ではPGAMのユビキチン化が起こらず,高い解糖系を維持し続けた結果,細胞老化をバイパスしがん化へと向かう.写真はRas-G12V/Mdm2-M459Iを発現するPGAM2-TG MEF細胞をヌードマウスへ移植し,腫瘍形成させたもの.

5. PGAM制御機構の破綻による細胞がん化

これまでいくつかの理由により,Mdm2はがん遺伝子と考えられてきた.これは,ある種のがんにおいて遺伝子増幅・および発現上昇がみられる点,がん抑制遺伝子p53をユビキチン化分解する点,ある条件ではヒト初代線維芽細胞を形質転換できる点,などの報告による.しかし一方で,Mdm2はある環境下では,細胞周期停止27)や,アポトーシス促進に働くことが報告されており23),がん抑制遺伝子としても働きうる可能性がある28).このような一見すると矛盾するMdm2の二面性はこれまで謎のままだった.筆者らは細胞の状況や環境条件によるMdm2の基質選択性の違いが細胞の運命に大きく影響するのではないかと考え,がんのサンプルより検出された遺伝子変異の網羅的データベース上で報告のあった三つの新規Mdm2変異について基質選択性の違いを検討した.興味深いことにp53不活性化に関してこれら三つの変異と野生型はほぼ同様の活性を示す一方で,PGAMユビキチン化活性はMdm2のRINGドメイン内変異(M459I)においてのみ,著明な低下を認めた.さらに野生型Mdm2と異なり,このM459I変異においてのみ,Ras-G12VとPGAMとの共発現により,ヌードマウス皮下腫瘍形成能を獲得した23)

以上をまとめると,ストレス老化シグナル活性化時にMdm2がp53とPGAMという二つの基質に対して,正反対のユビキチン化活性を示すことが判明した.つまり,p53が安定化される一方,PGAMを不安定化することにより老化を誘導する.しかしMdm2-M459I変異ではPGAMとp53両方に対するユビキチン化能を失う一方で,Mdm2はユビキチン化を介したタンパク質分解以外にも,DNAとの結合阻害などの機構を介しp53を不活性させることが可能であり,Mdm2のRINGドメイン変異でもこの機能は維持されることが他のグループより報告されている.よって,この条件下ではシグナル伝達(Ras-G12V)は逆に作用し,p53を不活性化しPGAMを安定化することにより発がんに寄与する.すなわちワールブルグ効果となる(図2).

6. おわりに

近年,がん・老化研究の分野において代謝というテーマが注目されており,糖代謝や脂質代謝の新たな制御機構が次々に報告されている.代謝と寿命の関係として,古くからカロリー制限による長寿効果が知られているが,近年長寿遺伝子として知られるサーチュインやAMPKなどの遺伝子の関与が明らかとなり,分子レベルでの理解が進んでいる.また,ワールブルグ効果として知られる解糖系代謝亢進は,エネルギー供給という単純な目的だけではなく,生体材料の供給や抗酸化力の獲得にも必要であることが明らかにされ,ますます治療ターゲットとしての期待が高まっている.しかし,ワールブルグ効果をターゲットとした新しいがん治療法の開発は以前より試みられているが,解糖系代謝が正常な組織においても重要であることからも容易ではない.副作用を最小にとどめるには,がん細胞に特異的,あるいは局所的に解糖系代謝を下げることが重要になる.それを達成するにはメタボロームなどの大規模解析によるがんに特異的な代謝制御の俯瞰的な理解と,従来の遺伝学を駆使した詳細なメカニズムの解明の両方が必須となる.

当初謎の多かったPGAM制御の分子メカニズムについても,近年ようやくリン酸化やユビキチン化を介した機構の一部が解明され,PGAMの生物学的な重要性について明らかになってきた.最近,筆者らや他のグループにより,サーチュイン(SIRT1やSIRT2)によるPGAMの脱アセチル化制御も判明しつつあるが29, 30),その効果に関しては議論の余地が残る(図2).今後,PGAM制御機構の全貌を知るためには,さまざまな側面からの解析が必要とされるが,なかでもPGAM活性制御の個体における効果の検証が喫緊の課題であり,我々も現在鋭意取り組んでいる.

引用文献References

1) Altenberg, B. & Greulich, K.O. (2004) Genomics, 84, 1014–1020.

2) Harman, D. (2006) Ann. N.Y. Acad. Sci., 1067, 10–21.

3) Warburg, O. (1956) Science, 124, 269–270.

4) Iyer, N.V., Kotch, L.E., Agani, F., Leung, S.W., Laughner, E., Wenger, R.H., Gassmann, M., Gearhart, J.D., Lawler, A.M., Yu, A.Y., & Semenza, G.L. (1998) Genes Dev., 12, 149–162.

5) Mikawa, T., Lleonart, M.E., Takaori-Kondo, A., Inagaki, N., Yokode, M., & Kondoh, H. (2015) Cell. Mol. Life Sci., 72, 1881–1892.

6) Hasawi, N.A., Khandari, M.A., & Luqmani, Y.A. (2014) Crit. Rev. Oncol. Hematol., 92, 312–321.

7) Pedersen, P.L. (2007) J. Bioenerg. Biomembr., 39, 211–222.

8) Gitenay, D., Wiel, C., Lallet-Daher, H., Vindrieux, D., Aubert, S., Payen, L., Simonnet, H., & Bernard, D. (2014) Cell Death Dis., 5, e1089.

9) Vander Heiden, M.G., Locasale, J.W., Swanson, K.D., Sharfi, H., Heffron, G.J., Amador-Noguez, D., Christofk, H.R., Wagner, G., Rabinowitz, J.D., Asara, J.M., & Cantley, L.C. (2010) Science, 329, 1492–1499.

10) David, C.J., Chen, M., Assanah, M., Canoll, P., & Manley, J.L. (2010) Nature, 463, 364–368.

11) Li, Z., Yang, P., & Li, Z. (2014) Biochim. Biophys. Acta, 1846, 285–296.

12) Hosios, A.M., Fiske, B.P., Gui, D.Y., & Vander Heiden, M.G. (2015) Mol. Cell, 59, 850–857.

13) Hayflick, L. (1965) Exp. Cell Res., 37, 614–636.

14) Collado, M., Gil, J., Efeyan, A., Guerra, C., Schuhmacher, A.J., Barradas, M., Benguria, A., Zaballos, A., Flores, J.M., Barbacid, M., Beach, D., & Serrano, M. (2005) Nature, 436, 642.

15) Yeung, S.J., Pan, J., & Lee, M.H. (2008) Cell. Mol. Life Sci., 65, 3981–3999.

16) Bensaad, K., Tsuruta, A., Selak, M.A., Vidal, M.N., Nakano, K., Bartrons, R., Gottlieb, E., & Vousden, K.H. (2006) Cell, 126, 107–120.

17) Kawauchi, K., Araki, K., Tobiume, K., & Tanaka, N. (2008) Nat. Cell Biol., 10, 611–618.

18) Serrano, M., Lin, A.W., McCurrach, M.E., Beach, D., & Lowe, S.W. (1997) Cell, 88, 593–602.

19) Osthus, R.C., Shim, H., Kim, S., Li, Q., Reddy, R., Mukherjee, M., Xu, Y., Wonsey, D., Lee, L.A., & Dang, C.V. (2000) J. Biol. Chem., 275, 21797–21800.

20) Kondoh, H., Lleonart, M.E., Gil, J., Wang, J., Degan, P., Peters, G., Martinez, D., Carnero, A., & Beach, D. (2005) Cancer Res., 65, 177–185.

21) Evans, M.J., Saghatelian, A., Sorensen, E.J., & Cravatt, B.F. (2005) Nat. Biotechnol., 23, 1303–1307.

22) Hitosugi, T., Zhou, L., Elf, S., Fan, J., Kang, H.B., Seo, J.H., Shan, C., Dai, Q., Zhang, L., Xie, J., Gu, T.L., Jin, P., Alečković, M., LeRoy, G., Kang, Y., Sudderth, J.A., DeBerardinis, R.J., Luan, C.H., Chen, G.Z., Muller, S., Shin, D.M., Owonikoko, T.K., Lonial, S., Arellano, M.L., Khoury, H.J., Khuri, F.R., Lee, B.H., Ye, K., Boggon, T.J., Kang, S., He, C., & Chen, J. (2012) Cancer Cell, 22, 585–600.

23) Mikawa, T., Maruyama, T., Okamoto, K., Nakagama, H., Lleonart, M.E., Tsusaka, T., Hori, K., Murakami, I., Izumi, T., Takaori-Kondo, A., Yokode, M., Peters, G., Beach, D., & Kondoh, H. (2014) J. Cell Biol., 204, 729–745.

24) Cooper, J.A. & Hunter, T. (1983) J. Biol. Chem., 258, 1108–1115.

25) Hitosugi, T., Zhou, L., Fan, J., Elf, S., Zhang, L., Xie, J., Wang, Y., Gu, T.L., Aleckovic, M., LeRoy, G., Kang, Y., Kang, H.B., Seo, J.H., Shan, C., Jin, P., Gong, W., Lonial, S., Arellano, M.L., Khoury, H.J., Chen, G.Z., Shin, D.M., Khuri, F.R., Boggon, T.J., Kang, S., He, C., & Chen, J. (2013) Nat. Commun., 4, 1790.

26) Shalom-Barak, T. & Knaus, U.G. (2002) J. Biol. Chem., 277, 40659–40665.

27) Brown, D.R., Thomas, C.A., & Deb, S.P. (1998) EMBO J., 17, 2513–2525.

28) Manfredi, J.J. (2010) Genes Dev., 24, 1580–1589.

29) Tsusaka, T., Guo, T., Yagura, T., Inoue, T., Yokode, M., Inagaki, N., & Kondoh, H. (2014) Genes Cells, 19, 766–777.

30) Xu, Y., Li, F., Lv, L., Li, T., Zhou, X., Deng, C.X., Guan, K.L., Lei, Q.Y., & Xiong, Y. (2014) Cancer Res., 74, 3630–3642.

著者紹介Author Profile

近藤 祥司(こんどう ひろし)

京都大学医学部附属病院高齢者医療ユニット院内講師,糖尿病内分泌栄養内科助教.医学博士.

略歴

1967年大阪生まれ.92年京都大学医学部卒業,京大病院老年内科入局.95年より京大理・柳田充弘教授の下,細胞周期研究従事.2001年京大医学部内科系学位,医学博士取得.同年より英ロンドン大学David Beach教授および英国癌研究所Gordon Peters博士の下,細胞老化研究従事.06年京大病院老年内科助手.14年現職.日本基礎老化学会理事,日本抗加齢医学会評議員,日本老年医学会代議員など兼務.

研究テーマと抱負

「老化の多様性」を規定するのは,老化恒常性の維持・変容・破綻であるというモデルを提唱している(近藤祥司著「老化という生存戦略~進化におけるトレードオフ」日本評論社2015, 近藤祥司監訳「老化生物学」MEDSI 2015).代謝もその鍵の一つであり,その分子生物学的研究を進めている.

ウェブサイト

http://www.anti-aging.jpn.com/

趣味

読書,子どもと遊ぶ事,映画・音楽鑑賞.

This page was created on 2016-05-02T13:53:13.356+09:00
This page was last modified on 2016-06-17T14:34:07.816+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。