転写後調節と代謝Post-transcriptional regulation and metabolism
北海道大学大学院医学研究科生化学講座分子生物学分野Department of Molecular Biology, Hokkaido University Graduate School of Medicine ◇ 〒060–8638 北海道札幌市北区北15条西7丁目 ◇ N15W7 Kita-ku, Sapporo, Hokkaido 060–8638 Japan
北海道大学大学院医学研究科生化学講座分子生物学分野Department of Molecular Biology, Hokkaido University Graduate School of Medicine ◇ 〒060–8638 北海道札幌市北区北15条西7丁目 ◇ N15W7 Kita-ku, Sapporo, Hokkaido 060–8638 Japan
解糖系を含めた種々の代謝経路の活性変化が,がん化の「原因」としても寄与しうることが次第に明らかにされており,これまで見過ごされてきた代謝と細胞の機能・運命との深い連関は,がんのみならずさまざまな研究分野で注目されている.本稿では,他稿で詳述されている「代謝によるエピジェネティックな転写制御」以降に起こる,「代謝による遺伝子発現の転写後調節」について概説する.最も代表的な転写後調節であるRNAのプロセシングや翻訳の制御に関する昨今の知見に加えて,タンパク質の発現および活性の制御と密接に関与する「輸送および分解の制御」における代謝の重要性についても,筆者自身の最近の研究結果を交えながら議論したい.
© 2016 公益社団法人日本生化学会© 2016 The Japanese Biochemical Society
単一や少数の細胞からなる生物において,外界の栄養素濃度に応じた遺伝子発現の制御やそれによる細胞の機能転換は,常に変化する環境の中で生き抜くために必要不可欠なメカニズムである.ブドウ糖,乳糖による大腸菌のラクトースオペロンの制御や飢餓による細胞性粘菌の生活環の変化などは広く知られている例であり,高校生物でも取り上げられている.一方,組織・臓器の集合によって構成されている多細胞生物では,体液中の栄養素濃度は内分泌系によって一定の範囲内に制御されている.したがって,栄養素や代謝産物による細胞機能の制御は,単細胞生物ほど目まぐるしい必要はない.
そうであっても,近年の数々の研究から明らかであるように,“細胞の運命や機能を決定するのは「シグナル伝達」や「転写制御」であり「代謝制御」は関係しない”というのは,極端で誤った考えである.しかしながら,分子・細胞生物学研究において,解糖系の代謝酵素グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase:GAPDH)がいまだ盲目的にコントロールや標準化に用いられることは,そのような意識(あるいは無意識)の表れであり,しばしば批判されている1).
以下の項では,「代謝と転写後調節との関わり」といういくぶん広いテーマについて,がんに限らずさまざまな分野における報告を取り上げて概説する.GAPDHが何度か登場することは,上記のような意識を改善するためのちょうどよい材料となるかもしれない.本稿が「代謝による細胞の運命・機能の制御」についての再発見や,より深い理解への一助となれば幸いである.
転写された直後のRNAは一次転写産物と呼ばれる状態であり,そのうちタンパク質をコードするものがいわゆるmRNA前駆体(pre-mRNA)である.pre-mRNAはそのままではタンパク質の翻訳に使用されず,塩基修飾やスプライシングなどのプロセシングを経て,初めて翻訳が可能な成熟mRNAとなる(図1).すなわちRNAのプロセシングは,タンパク質発現の調節における重要な制御点である.RNAプロセシングおよび翻訳の過程における栄養素や中間代謝産物による影響は以前から知られていたが,近年,そのメカニズムがより詳らかにされつつある.また,代謝産物そのものがRNAに結合してその動態を制御する「リボスイッチ(riboswitch)」様の制御機構が,ヒトゲノムにも存在しうることが示唆されている.
なお,DNAと同様に,RNAはメチル化修飾されることによってもプロセシングや翻訳の調節を受ける.したがってメチル基供与体となるS-アデノシルメチオニンの代謝系に大きく影響されるが2),ここでは取り上げない.また,細胞内代謝と密接に関連するmTORシグナルを介したグローバルな翻訳制御についても以下では述べないので,関連する過去の特集号等を参照されたい3).
さまざまな代謝関連遺伝子の発現調節において,栄養素や中間代謝産物によるpre-mRNAのスプライシング制御は,重要な役割を果たしている.グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ(glucose-6-phosphate dehydrogenase:G6PD)は,解糖系の中間代謝産物であるグルコース6-リン酸をペントースリン酸経路へと流入させる律速酵素であり,近年ではがん代謝における役割が注目されている.G6PDのタンパク質発現は個体の栄養状態に応じ,転写ではなくスプライシングの制御を介して調節されることが知られている4).G6PDのエクソン12にはexonic splicing silencer(ESS)およびexonic splicing enhancer(ESE)が存在しており,絶食状態の肝細胞においてはheterogeneous nuclear ribonucleoprotein(hnRNP)Kの発現が上昇してESSのCリッチ配列へと結合する.それによってserine/arginine-rich splice factor(SRSF)3(下記参照)のESEへの結合が阻害され,スプライシングによるイントロン除去が抑制される.イントロンを含んだままのpre-mRNAは翻訳には使用されずやがて分解されるため,G6PDのタンパク質発現量は低下する5).一方,再摂食後はSRSF3のタンパク質発現およびリン酸化が亢進してエクソン12のESEへ結合し,イントロン除去を促進する.再摂食によるSRSF3のリン酸化にはインスリンシグナルが関与し,アラキドン酸等の不飽和脂肪酸はこれに対して抑制的に働くが6),詳細な分子メカニズムはわかっていない.
SRSFファミリーの機能においてはリン酸化と脱リン酸化のサイクルが重要であることが示唆されているが,上流キナーゼとして知られるClkやSR protein-specific kinase(SRPK)はいずれもAktによって活性化されることから7),代謝によるSRSFを介したスプライシングの制御は,肝細胞のみならずさまざまなコンテクストにおいて起こりうると考えられる.実際に,SRSF3によるG6PDのイントロン除去およびタンパク質発現の促進はHeLa細胞においても確認されており6),上記のメカニズムは種々のがん細胞におけるG6PD発現の制御にも関与していることが示唆される.
種々のビタミンは核内受容体を介して遺伝子の転写制御を行うことがよく知られているが,そのうちいくつかについては,同時にスプライシングも制御することが報告されている.ビタミンAの代謝産物であるレチノイン酸は,レチノイン酸受容体等を介してレチノイン酸応答配列下流の転写を活性化する.このような古典的経路とは異なり,転写制御には必ずしも依存しない,PI3K(phosphoinositide 3-kinase)-AktシグナルおよびMEK(MAPK/ERK kinase)-ERK(extracellular signal-regulated kinase)シグナルの活性化を介した応答が知られている.後者の応答では,レチノイン酸による刺激後,上述のhnRNPファミリーやSRSFファミリーを含むさまざまなスプライシング制御因子群のリン酸化が亢進する8).一方,レチノイン酸による神経系への分化の過程ではSRSF2(別名splicing component 35:SC35)の発現量が亢進し,選択的スプライシングによってPKCδVIII(protein kinase C δVIII)の発現が上昇する9).
ビタミンDの活性型である1,25-ジヒドロキシビタミンD(1,25(OH)2D)についても,スプライシング制御への関与が知られている.1,25(OH)2Dに結合したビタミンD受容体(vitamin D receptor:VDR)は,補助制御因子であるnuclear receptor coactivator(NCoA)/Ski-interacting protein(SKIP)と結合してビタミンD応答配列下流の転写を活性化するが,このときNCoA/SKIPは転写産物のスプライシング制御因子としても機能する10).大腸がん細胞および前立腺がん細胞を用いた解析から,1,25(OH)2Dは自身の代謝酵素であるCYP24の転写とスプライシングを同時に亢進することが確認されている.このとき上記のような転写とスプライシングの共役が起こるか否かは不明であるが,スプライシングの基底活性や1,25(OH)2Dへの応答性が細胞ごとに大きく異なっていることは,非常に興味深い11, 12).
転写後の(pre-)mRNAは,RNA編集(RNA editing)の過程を経ることによって,ゲノムにコードされたものとは一部異なる配列を持つことが可能となる.これまで明らかにされているRNA編集の様式には,特定の塩基が置換される「塩基置換型」と,ウリジンが挿入・欠失する「塩基挿入・欠失型」の二つが存在する.前者は哺乳類を含むさまざまな生物で見つかっており,後者はトリパノソーマのミトコンドリアに特徴的な様式である.塩基置換型のRNA編集は特定の配列で起こり,スプライシングや翻訳に影響するほか,3′非翻訳領域における配列の変換は核内への保持やヌクレアーゼによる分解,マイクロRNAによる標的にも影響する.また,RNA編集は(pre-)mRNAのみならずトランスファーRNAやリボソームRNA,マイクロRNAなどのいわゆる非コードRNAにおいてもみられ,RNA全般の動態を制御する重要なメカニズムの一つとなっている13).
哺乳類でみられる塩基置換型のRNA編集は,ADAR(adenosine deaminase acting on RNA)ファミリーおよびAPOBEC(apolipoprotein B mRNA editing enzyme, catalytic polypeptide-like)ファミリーのデアミナーゼによって行われる13).ADARによるRNA編集はアデノシン(A)からイノシン(I)への編集(A-to-I editing)であり,翻訳の際,イノシンはグアノシンとして認識される.ADARファミリーのうち,ADAR1およびADAR2の標的配列はそれぞれ数千におよび,一部重複する以外はそれぞれ特異的な標的配列が存在している14).ADARファミリーのRNA結合ドメインは二重鎖RNAを認識するが,いずれも配列特異性はみられない15).したがって標的配列の違いは主にデアミナーゼドメインの特異性に依存すると考えられるが,ADAR2では二重鎖RNA結合モチーフによる特異性への寄与が比較的大きいようである16).
興味深いことに,膵β細胞においては,ADAR2によるグルタミン酸受容体サブユニットGluR-BおよびADAR2自身のpre-mRNAの編集は,グルコースやインスリンによって正に制御されている17).このときJNKの活性化を介してADAR2の転写およびタンパク質発現が亢進するが18),より詳細なメカニズムについては解明が待たれる.ADARファミリーの発現変化については,がんを含むさまざまな疾患との相関が見いだされている13, 19).がん細胞のさまざまな代謝変化がADARの発現制御に関与しているか否かは非常に興味深い.
APOBECファミリーはDNAおよびRNAのシチジン(C)からウリジン(U)への編集(C-to-U editing)を行うデアミナーゼであり,さまざまな栄養素や代謝産物,環境ストレス等によってその発現が制御されている.APOBEC1はapolipoprotein B(apoB)のRNA編集を行う酵素として同定され,RNAに対するC-to-U編集についての報告が多くなされている20).一方,APOBEC2, APOBEC3およびAPOBEC4は,相同性に基づくデータベース検索によって同定された.現時点では,APOBEC2についてはデアミナーゼ活性を介する細胞機能の制御が見いだされておらず,APOBEC4については機能解析の報告がない20).APOBEC3はヒトゲノム上に7種類(A, B, C, DE, F, G, H)が存在し,いずれも一本鎖DNAに対する編集活性が知られていたが,最近の研究によりRNAに対する編集活性が見いだされている(下記参照).
肝細胞におけるAPOBEC1の発現は肥満やインスリン,エタノールによって増加することが知られているが,結果としてapoBのRNA編集が亢進して停止コドンが生じ(CAA→UAA),apoB-48の産生が増加する21–23).一方,神経由来の細胞を用いた解析において,低糖濃度・低酸素ストレスによるAPOBEC1の発現亢進が報告されている.このときCOX2(cyclooxygenase 2)のタンパク質発現が亢進するものの,RNA編集は行われず,COX2 mRNAに含まれるAUリッチ配列にAPOBEC1が結合することによってmRNAの安定性を高めていると考えられている24).
APOBEC3のアイソフォームの一つであるAPOBEC3Aは,RNAのC-to-U編集を行うことが近年明らかにされた25).単球からマクロファージへの分化において低酸素シグナルの重要性が示唆されているが,低酸素下の単球ではコハク酸デヒドロゲナーゼBサブユニット(succinate dehydrogenase B:SDHB)のC-to-U編集(R46Xによる不活性化)が著しく促進し,そのほとんどはM1マクロファージにみられること,APOBEC3Aの発現が低酸素環境において亢進し,SDHBを含むさまざまな遺伝子のRNA編集を行うことが示唆されている25).
上記のような栄養素や代謝産物,代謝ストレスによるRNA編集メカニズムへの影響は,担当酵素の発現量やリン酸化の変化を介する例がほとんどであり,それを制御するシグナル経路の活性化を介している.すなわち,あくまで代謝変化による副次的な効果といえる.しかしながら,ゲノムやエピゲノムには必ずしも反映されない多大な影響が代謝変化を背景として生じうることは注目に値する.
さまざまな代謝酵素がDNA・RNAの特定配列に結合して転写や翻訳等の制御に関与することは以前から知られており,いわゆる「moonlighting enzyme(副業を行う酵素)」の代表例となっている26).デヒドロゲナーゼ等にみられるロスマンフォールド(Rossman fold)と呼ばれる高次構造は,代謝反応の補酵素として用いられるNAD+/NADH等のヌクレオチドの結合部位として機能するが,核酸への結合能を併せ持つ例がいくつか知られている.たとえばGAPDHのロスマンフォールドは,mRNAの3′非翻訳領域にみられるAUリッチ配列(AU-rich element:ARE)に結合すること,その結合はNAD+との結合とは競合的に起こることが知られている26).したがって,GAPDHによる代謝反応が盛んに起こる間は,mRNAへの結合は抑制されると考えられる.実際に近年の解析から,T細胞の活性化に伴う酸化的リン酸化から解糖系への代謝スイッチにより,インターフェロンγのmRNAに結合したGAPDHがAREから解離し,翻訳抑制が解除されることが示唆されている27).同様に,乳酸デヒドロゲナーゼ(lactate dehydrogenase:LDH)Aのロスマンフォールドについても,RNAへの結合能が確認されている.LDHAはRNA分解の調節に関与するAUF1(ARE/poly(U)-binding/degradation factor 1)およびHsp(heat shock protein)70と複合体を形成し,RNAへの結合はNAD+との結合と競合的に起こることから,代謝反応とRNA分解制御との共役が示唆される28).
GAPDHと類似の制御機構を示すRNA結合代謝酵素の典型例としては,細胞質型のアコニターゼACO1がよく知られている.ACO1の活性中心である鉄–硫黄クラスターは不安定であり,鉄イオン濃度の減少によってアポ酵素となるが,このときACO1はRNA結合タンパク質として機能する.このような鉄イオンセンサーとしての機能から,ACO1はiron regulatory protein 1(IRP1)としても別途同定されている.ACO1/IRPは,鉄の取り込みを担うトランスフェリンのmRNAの3′非翻訳領域に結合してこれを安定化する一方,鉄貯蔵を行うフェリチンのmRNAの5′非翻訳領域に結合して翻訳を阻害する26).
RNA結合タンパク質の網羅的な解析により,さまざまな生化学的コンテクストにおいて,RNA結合能を示す代謝酵素が同定されている.近年moonlighting enzymeとしての役割が特に注目されているピルビン酸キナーゼ(pyruvate kinase:PK)M2など非常に多くの代謝酵素が,上述のロスマンフォールドの有無に関わらず,RNA結合タンパク質として同定されている26, 29).それらの酵素が担う代謝経路は,解糖系,クエン酸回路,核酸合成経路など多岐に及ぶが,上記のACO1/IRP1やGAPDHのような代謝活性と共役した制御の有無については解析が待たれる.興味深いことに,多くのがんで活性が亢進する解糖系については,グルコース6-リン酸の異性化(グルコースリン酸イソメラーゼが行う)とフルクトース6-リン酸のリン酸化(ホスホフルクトキナーゼが行う)の反応を除くすべてのステップにおいて,RNA結合能を持つアイソザイムが一つ以上存在する26, 29).これらにもGAPDHと同様のメカニズムが働くとすれば,がん細胞のワールブルグ効果は,それ自体がRNA動態に非常に大きな影響を与えるものと考えられる.
主に細菌等のmRNAにみられる「リボスイッチ」と呼ばれる制御配列には,代謝産物などのさまざまな低分子化合物が直接結合して立体構造の変化を誘導し,転写の終結や翻訳の阻害,リボザイム活性による切断等を引き起こすことが知られている30).ピロリン酸チアミン(thiamine pyrophosphate:TPP)が結合するTPPリボスイッチは植物や菌類などの真核生物に広く存在し,pre-mRNAのスプライシング等を制御することが知られているが,動物では見つかっていない.ヒトではVEGFA(vascular endothelial growth factor A)mRNAの3′非翻訳領域にみられる配列が「リボスイッチ」に該当するとされているが,代謝産物ではなくGAIT(interferon-γ-activated inhibitor of translation)およびhnRNP Lなどのタンパク質が相互排他的に結合することで翻訳が調節されており31),上記のようなリボスイッチの定義からは外れている.
一方で,近年の研究から,ATP等のアデノシンやGTP等のグアノシンと結合するRNAアプタマー配列が,ヒトゲノム上にも数多く存在することが明らかにされている32, 33).これらの知見は,リボスイッチのような「代謝産物によるRNA動態の直接的な制御」がヒトの遺伝子発現制御においても広範に行われている可能性を示唆するが,なかでも翻訳やスプライシングの制御に深く関与するグアニン四重鎖(G-quadruplex)構造がGTPへの結合能を持つアプタマーを含むことは,非常に興味深い32).In vitro解析の結果からは,当該配列にはGTPのみならずGDPやGMP, cGMP等も結合しうることが示されているが,生体内における実際の基質特異性や,それぞれの基質が結合した際のRNAへの影響についてはいまだ明らかにされておらず,今後の報告が待たれる.
リボスイッチを介した代謝産物による遺伝子発現の制御は関連する代謝酵素等でみられる場合が多く,ラクトースオペロン等と同様に,常に変動する細胞外栄養素の濃度にすばやく応答するために進化してきた仕組みであると考えられる.このように,代謝産物と被制御遺伝子の関係が明確な場合,リボスイッチの同定にはゲノム解析等のバイオインフォマティクスが非常に有効となる.一方,関連性が容易に想定できない代謝産物と遺伝子との相互作用の同定には生化学的な手法に基づく網羅的な解析が必要である.上記のグアノシン結合配列はそのような解析によって同定された例であるが,今後の解析手法のさらなる発展によって,代謝産物そのものによるRNA制御の仕組みが明らかになるかもしれない.
ここで,上述の代謝による転写後調節と関連して,筆者自身による研究結果を一部紹介したい.乳腺上皮に特徴的な代謝様式(授乳期におけるクエン酸とリンゴ酸の比,乳糖の産生など)は,プラスチック上の培養では直ちに喪失するものの,細胞外基質のゲルを用いた3次元培養系ではよく保持されることから34),筆者らは代謝研究においても3次元培養系が非常に有用であると考えた.ワールブルグの仮説,すなわち「解糖系の亢進によるがん化」についてあらためて検証するため,ヒト正常乳腺上皮由来の細胞にグルコーストランスポーターGLUT3を過剰発現させて3次元培養を行ったところ,解糖系代謝の亢進とともにEGFR(epidermal growth factor receptor)やβ1インテグリン,MEK-ERKシグナルやPI3K-Aktシグナルなど,多くの乳がんにおいて活性化している種々のシグナルが著しく活性化し,腫瘍塊様の表現型(増殖抑制の解除と上皮極性の喪失等)が誘導された.一方,3次元培養下の乳がん細胞において糖代謝を抑制すると,上述のシグナルの活性が著しく減弱し,正常組織様の腺房構造が再形成された(図2).これらの現象はプラスチック上での2次元培養ではみられないことから,代謝とシグナル,表現型の密接な連関に3次元的な組織構造が重要であることが,あらためて示唆された35).
詳細なメカニズムの解析から,解糖系の酵素PKM2と可溶型アデニル酸シクラーゼADCY10(adenylate cyclase 10)の複合体形成により,解糖系で産生されたATPが直ちにcAMPに変換されること,その下流で活性化するEPAC(exchange protein directly activated by cAMP)-Rap1(Ras-proximate 1)経路によりβ1インテグリンの発現亢進および下流シグナルの活性化が起こることが示唆された35).また,このときβ1インテグリンの発現亢進にはmRNAの量的変化が伴わないことから,転写以降の何らかの調節が関与することが示唆された.インテグリンを含む細胞表面受容体の多くは,恒常的あるいはリガンド刺激依存的に,エンドサイトーシスによる細胞内への取り込みが行われ,その一部は再び細胞表面へ輸送されている.このようなインテグリンの「リサイクリング」の阻害は,リソソームへの輸送を促しタンパク質分解を促進する36).最近の研究結果から,解糖系の活性化はいくつかの小胞輸送制御タンパク質の発現を転写後調節によって亢進し,インテグリンのリサイクリングを促進することが示唆されている.現在,前述のような代謝を介した転写後調節とともに,次項で述べるような「解糖系そのものによる小胞輸送制御」についても関与を検討している.
前述のGAPDHも含め,いくつかの代謝酵素は輸送小胞上に局在し,それらの代謝活性と輸送過程の制御とが共役していることが知られている.インスリン応答性のグルコーストランスポーターであるGLUT4の細胞内ドメインにはアルドラーゼ(aldolase)が結合する.両者の結合はF-アクチンとの会合を促進し,またアルドラーゼの基質であるフルクトース1,6-ビスリン酸や生成物であるグリセルアルデヒド3-リン酸によって阻害されることから,解糖系代謝による小胞輸送の制御点であることが示唆される37).GAPDHはRab2との相互作用を介して小胞体−ゴルジ体間の輸送に関与することが以前から知られているが,代謝活性は不要であることが確認されている38).一方,近年の研究から,モータータンパク質を介した小胞の高速軸索輸送(fast axonal transport:FAT)において,GAPDHの代謝活性を介した小胞上でのATP合成の重要性が示唆されている39).当然ながらGAPDHのみではATP産生は不可能であるが,下流でATPを産生するホスホグリセリン酸キナーゼも小胞上に局在することが確認されている.ミトコンドリアによるATP産生は小胞のFATには寄与せず,ミトコンドリア自身の輸送にのみ寄与することから39),ATP産生の局所性が非常に重要であることが示唆される.トランスフェリン受容体等のリサイクリングの過程もATPに依存することが知られており40),上述のインテグリンのリサイクリングにおいても,解糖系を介した小胞上でのATP合成が関与しているかもしれない.
他稿で取り上げられている「エピジェネティックな制御」の多くは核内での事象であるが,本稿で取り上げたRNA動態の制御や小胞輸送の制御は,細胞内全体に及ぶものである.小胞上での解糖系代謝や,酵素の複合体形成を介したATPの合成と環状化の連携などの例も考慮すると,転写調節および転写後調節における「代謝の局所制御」の重要性が如実に浮かび上がってくる.転写調節および転写後調節が代謝によって制御されるとき,その代謝反応が細胞内のどこで行われているかは,必要不可欠な情報といえる.しかしながら,代謝反応やその産物の分布を可視化は,タンパク質等の可視化と比べて非常に困難であり,技術の確立が大きく後れているのが現状である.
代謝反応およびその酵素については,しばしば「ハウスキーピング」と称される.「家事・家政」,「経理・管理」などの意味に加えて,計算機科学分野では「問題解決に関与しないルーチン」などという意味も持つようである.分子生物学における扱いは,上記のような「みえにくさ」も相まって,後者に近いといえる.代謝は生命の根幹であり,常に必要であるとともに,本稿でも一部紹介したように,細胞機能制御の底流を担っている.「ハウスキーピング」の正当な評価は,細胞生物学においても重要である.
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