Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 88(3): 328-334 (2016)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2016.880328

特集Special Review

tRNAのチオメチル化修飾による翻訳制御と代謝疾患Molecular basis of tRNA methylthiolation and the pathological implications

熊本大学大学院生命科学研究部分子生理学Department of Molecular Physiology, Faculty of Life Sciences, Kumamoto University ◇ 〒860–8556 熊本市中央区本荘1–1–1 ◇ 1–1–1 Honjo, Chuo-ku, Kumamoto 860–8556, Japan

発行日:2016年6月25日Published: June 25, 2016
HTMLPDFEPUB3

タンパク質翻訳は生命科学のセントラルドグマを構成する中心的な要素であり,あらゆる生命活動を支える普遍的な生命現象である.mRNAに転写された遺伝情報は,リボソーム上で転移RNA(tRNA)によって解読され,機能的なタンパク質へ翻訳される.最近,分析技術のめざましい進展により,tRNAに多彩な転写後修飾が存在することが明らかになってきた.これらの修飾は翻訳効率および精度を調節し,さらに修飾破綻がさまざまな代謝疾患の発症に関わることから,tRNA修飾がタンパク質翻訳における新たな制御機構として再び注目を浴びている.本稿では,進化的に保存されているtRNAのチオメチル化修飾に焦点を絞り,tRNAチオメチル化修飾の生化学的な特性,分子機能および修飾の破綻による代謝疾患の発症機序について総説する.

1. tRNAチオメチル化修飾の生化学特性

すべての生物においてtRNAは膨大な転写後修飾を受ける.原核生物も含め,これまでに100種類以上のtRNA修飾が報告されている1).tRNAは70個後前後の塩基によって構成されるが,その半数以上の塩基が何からの修飾を受ける1).tRNAに存在する修飾は,アンチコドン近辺の塩基に集積している(図1).特にコドンの第三字目の塩基と結合する34番目の塩基,そしてアンチコドンすぐ近傍の37番の塩基に多彩な修飾が見いだされている.34番目の塩基に存在する修飾はG : UやA : Cなど非典型的なワトソン・クリック塩基間結合を形成し,第三字目におけるコドン−アンチコドンの揺らぎ結合に必須であるが,その詳細な分子メカニズムは他の総説に譲り2),本稿では割愛する.

Journal of Japanese Biochemical Society 88(3): 328-334 (2016)

図1 チオメチル化修飾の構造

tRNAのアンチコドン領域の34位と37位(赤丸)の塩基に多くの修飾が存在する.チオメチル化修飾(ms2)修飾は細菌から哺乳動物まで保存されている修飾であり,細胞質のtRNALys(UUU)にはms2t6A,ミトコンドリアmt-tRNATrp,mt-tRNAPhe,mt-tRNATyrおよびmt-tRNASer(UCN)にはms2i6Aの形で存在する.

一方,tRNAの37番目の塩基はコドン−アンチコドン結合の外に位置するにも関わらず,非常に多彩な修飾が見いだされている.これらの修飾の中で多くのものは細菌や酵母に特異的であるが,チオメチル化修飾は古細菌から哺乳動物まで進化上きわめてよく保存されている3).筆者らは哺乳動物において前修飾が異なる2種類のチオメチル化修飾が存在することを突き止めている3).これら2種類のチオメチル化修飾は異なる細胞内局在を示していた4, 5).細胞質tRNAにはms2t6A(2-methylthio-N6-threonylcarbamoyladenosine),ミトコンドリアtRNAにはms2i6A(2-methylthio-N6-isopentenyladenosine)が存在する(図1).さらに,これらのチオメチル化修飾はすべてのtRNAではなく,特異的なtRNAにのみ見いだされている.細胞質のms2t6A修飾は,アンチコドンがUUUであるtRNALys(UUU)にのみ存在し,ミトコンドリアのms2i6Aはmt-tRNATrp,mt-tRNAPhe,mt-tRNATyrおよびmt-tRNASer(UCN)に存在する(図1).

最近,ms2i6Aを含むtRNA,リボソームおよびmRNAとの共結晶を用いた構造解析により,翻訳におけるチオメチル化修飾の驚くべき分子機能が明らかになった6).37位のチオメチル基が立体的に少し突き出ることで,チオメチル基のチオール原子がコドンの第一字目の塩基とダイレクトな化学結合を形成することが明らかになった.チオメチル化修飾を含むすべてのtRNAの36番塩基はUであり,コドンの第一字目の塩基であるAと結合する.ワトソン・クリックモデルではA : U結合は2対の水素結合によって形成される.ところが,チオメチル化修飾がtRNAの37位に存在する場合,37位と36位の塩基が共同でコドンの第一字目Aと結合し,A : UがあたかもG : Cのように3対の結合が形成され,A : U間結合がより強化される(図2).これはまさにパラダイムシフト的な発見である.古典的な分子モデルでは,mRNAとtRNAの結合はコドンとアンチコドン間の結合のみにより形成されると考えられてきた.チオメチル化修飾の発見および構造解析結果は,これまでのモデルを打ち破り,アンチコドン外の塩基も転写修飾を介して直接mRNA上の塩基と結合するという新たなモデルを樹立した.

Journal of Japanese Biochemical Society 88(3): 328-334 (2016)

図2 チオメチル化修飾による翻訳制御

チオメチル化修飾はmRNA上のアデノシンと直接結合を形成することでコドン−アンチコドン結合を安定化し,特に揺らぎコドン(U : G)を含むコドンにおける翻訳に重要である.チオメチル化修飾が欠損すると,他のtRNAによる誤翻訳,あるいはフレームシフトが生じることで翻訳異常の頻度が高まる.

2. tRNAチオメチル化修飾による翻訳の最適化

上記の構造解析からチオメチル化修飾によるコドン−アンチコドン結合の安定化が正確な翻訳の維持に非常に重要であることは容易に推察できる.筆者らはルシフェラーゼを用いた翻訳レポーターを構築し,細胞内翻訳の正確性におけるチオメチル化修飾の重要性を実証した.ホタルルシフェラーゼの活性中心にあるリシン残基は活性に必要不可欠である4).野生型の細胞と比べ,ms2t6A修飾を欠損している細胞ではホタルルシフェラーゼ活性が顕著に低下していた.さらに興味深いことに,翻訳が盛んに行われる状態において,チオメチル化修飾欠損のtRNALys(UUU)によるAAGコドンの読み取りがAAAコドンの読み取りと比べ顕著に障害されていた.この結果から,tRNALys(UUU)のチオメチル化修飾はリシンコドン,特に揺らぎコドンを含むコドン(A : G)の解読に重要であることが示唆された(図2).

一方,ミトコンドリアのms2i6Aの翻訳制御における重要性を検討するために,Phe, Trp, TyrおよびSerに対応するコドンの直後に停止コドンを挿入したルシフェラーゼレポーターを構築した.このレポーターは,それぞれのコドンでフレームシフトが生じると初めてルシフェラーゼが正しく翻訳され活性を持つようになる5).同レポーターをms2i6A欠損株および野生型の大腸菌株で検討したところ,チオメチル化修飾欠損が顕著にフレームシフトを誘発していた.また,注目すべき特徴として,ms2t6Aの場合と同様に,ms2i6Aを含むtRNAも揺らぎ結合を含むコドンの読み取りに重要であった.たとえば,tRNAPheはアンチコドンをGAAに持ち,UUCとUUUコドンを解読する.UUCコドンではチオメチル化修飾欠損によるフレームシフトが検出されなかったが,GAAと揺らぎ結合(U : G)を形成するUUUコドンでは顕著なフレームシフトが検出された(図2).

以上の構造解析および細胞を用いた結果から,チオメチル化修飾はコドン−アンチコドンの結合を強化し,特に揺らぎコドンにおける正確な読み取りを可能にすることが明らかになった.このことは,チオメチル化修飾が翻訳時のエラーを減少させると同時にコドンの利用効率を向上させることで,翻訳を最適化していることを示唆している.このような巧妙な最適化戦略は生物の生存にとって有利であるために,チオメチル化修飾は進化的に保存され,広い生物種で現在機能していると推察される.

3. tRNAチオメチル化修飾酵素

1)タンパク質構造

哺乳動物細胞では,細胞質およびミトコンドリアに局在するチオメチル化修飾酵素がそれぞれms2t6Aおよびms2i6Aを修飾する.細胞質に局在するチオメチル化修飾酵素はCdkal1 (Cdk5 regulatory subunit associated protein 1-like 1)である.一方,ミトコンドリアに局在するチオメチル化修飾酵素はCdk5rap1 (Cdk5 regulatory subunit associated protein 1)である.両酵素はともにリン酸化酵素Cdk5の活性化サブユニットであるp35と関連する分子として同定されたものであるが,Cdk5の活性制御には関わっていない7).Cdkal1およびCdk5rap1はtRNAチオメチル化修飾に必要なUPF0004ドメイン,Radical SAMドメインおよびtRNA結合ドメイン(TRAMドメイン)を持つ(図3).Cdkal1はC末端に疎水性ドメインを持ち,同ドメインを介して小胞体に局在する.一方,Cdk5rap1はN末端にミトコンドリア局在シグナルを有する.Cdkal1およびCdk5rap1はそれぞれt6Aとi6Aという前修飾されたアデノシンを認識し,チオメチル化修飾を行う.

Journal of Japanese Biochemical Society 88(3): 328-334 (2016)

図3 チオメチル化修飾制御と代謝疾患

Cdkal1およびCdk5rap1の模式図を示す.Cdkal1およびCdk5rap1はUPF0004ドメインおよびRadical SAMドメインに[4Fe–4S]クラスターを持ち,それぞれ細胞質とミトコンドリアでms2t6Aおよびms2i6A修飾を行うことで,正確かつ効率的な翻訳に重要である.

Cdkal1およびCdk5rap1の酵素活性にとって最も重要なドメインはUPF0004ドメインとRadical SAMドメインである.各ドメインの中に進化的に保存されている三つのシステイン残基が存在する(図3).この三つのシステイン残基が鉄–硫黄クラスター([4Fe–4S])を抱き込むように結合するため,Cdkal1とCdk5rap1は分子内に[4Fe–4S]クラスターを二つ持つ.これらのシステイン残基を一つでも変異させると,[4Fe–4S]クラスターが崩れ,酵素活性が失われることから,システインと[4Fe–4S]クラスターはチオメチル化修飾に必要不可欠である.

2)チオメチル化修飾反応の生化学的機構

チオメチル化修飾は安定なC–H結合をC–S–CH3結合に変化させるきわめて困難な反応である.また,メチル基とチオール基を一つのCに挿入する必要があるため,その複雑な反応様式の解析が遅れていた.さらに,Cdkal1やCdk5rap1の[4Fe–4S]クラスターはきわめて酸素に不安定であるため,in vitroでの酵素反応が非常に難しかった.

最近,フランスのFontecaveらのグループがCdk5rap1の細菌ホモログであるMiaBを低酸素下で再構築し,その構造解析を行った.その結果,UPF0004ドメインとRadical SAMドメインがそれぞれチオール基とメチル基の転移を触媒するというきわめて興味深い酵素反応様式が明らかになった8).まず,UPF0004ドメインと結合する[4Fe–4S]クラスターを介して,活性硫黄中間体が形成される.一方,Radical SAMドメインは[4Fe–4S]クラスターを介してS-アデノシルメチオニン(S-adenosylmethionine:SAM)からメチル基の中間体を形成する.最後に,それぞれのドメインで形成されたチオール中間体およびメチル基中間体が最終的にtRNA上のi6A(t6A)に付加され,チオメチル化(C–S–CH3)修飾が完成する(図3).

チオメチル化修飾の基質であるSAMはDNAのメチル化など一般的なメチル化反応の基質としても知られている.一方,活性硫黄がどのような細胞内基質に由来するかは,現在のところコンセンサスに至っていない.上記の構造解析に基づく酵素反応モデルが報告される前までは,チオメチル基の硫黄は[4Fe–4S]クラスターの硫黄に由来すると提唱されていた9).このモデルは[4Fe–4S]クラスターを含むビオチンシンターゼの解析結果に由来する.ビオチンシンターゼは,自身の[4Fe–4S]クラスターから硫黄を取り出し,クラスターを犠牲にしながら基質であるデスチオビオチン(Desthiobiotin)に硫黄を付加する.しかし,上記のMiaBの構造解析では,[4Fe–4S]クラスターの崩壊がみられないため,tRNAチオメチル化修飾に使用される活性硫黄はビオチンシンターゼでみられる経路と異なり,[4Fe–4S]クラスターに由来しないと結論づけられた.FontecaveらはtRNA修飾酵素あるいは[4Fe–4S]クラスターに含まれている活性硫黄分子がチオメチル修飾のチオール供給源と提唱している.

3)チオメチル化修飾酵素の活性制御

Cdkal1およびCdk5rap1は[4Fe–4S]クラスターに依存してチオールとメチル基をtRNAに転移するため,[4Fe–4S]クラスターの正確な酸化還元状態が酵素活性に必須である.チオメチル化修飾酵素の活性測定は非常に厳しい低酸素状態で行わなければいけない事実から,[4Fe–4S]クラスターはきわめて酸化ストレスに弱いと推察できる.実際,培養細胞に低濃度の過酸化水素水を加え酸化ストレスを与えると,細胞内tRNAのチオメチル化修飾レベルが速やかに低下する5).さらに,抗酸化作用を有する化合物の添加は酸化ストレスによるチオメチル化修飾レベルの低下を防止する作用がある5).これらのことから,DNAやタンパク質というこれまでの標的に加えて,酸化ストレスがタンパク質翻訳のマシナリーであるtRNAを直接のターゲットにすることで,タンパク質翻訳を阻害することが示唆された.

[4Fe–4S]クラスターの酸化還元状態とともに,クラスターとの結合もtRNA修飾活性に必須である.しかし,Cdkal1およびCdk5rap1がどのような機構で[4Fe–4S]クラスターを獲得するかはまったく解明されていない.一般的に[4Fe–4S]クラスターは非常に精密に,かつ多くの制御タンパク質を介して細胞内で組み立てられる10).さらに,ミトコンドリアおよび細胞質にそれぞれの[4Fe–4S]クラスター組み立てマシナリーが存在する.これらのタンパク質の中に,トランスフェリンを利用して細胞内に鉄を取り込むタンパク質群,またシステインなどを基質に活性硫黄を作り出すタンパク質群,鉄と活性硫黄を立方体に組み立てるタンパク質群,さらに組み立てられてクラスターを機能タンパク質に転移するタンパク質群,といった多彩なタンパク質群が存在する10).これらのタンパク質群が細胞内の鉄あるいはシステインの代謝状態と連携しながら,[4Fe–4S]クラスターをさまざまなタンパク質に供給している.このように,Cdkal1およびCdk5rap1によるtRNAのチオメチル化修飾は,細胞内の代謝状態と密に関連して,翻訳の調整をしている可能性が高い.[4Fe–4S]クラスターの生合成によるtRNA修飾,そしてタンパク質翻訳の研究については今後の研究が期待される.

4. tRNAチオメチル化修飾と代謝疾患

1)Cdkal1と2型糖尿病(臨床結果)

Cdkal1と疾患の関連が明らかになったのは,2型糖尿病を対象にした大規模な全ゲノム相関解析である.2007年に,Nature Genetics誌やScience誌に同時に4報の論文が掲載され,Cdkal1遺伝子に存在する特定の一塩基多型変異(SNPs)が2型糖尿病の発症リスクを有意に高めることが報告された11–14).その後,Cdkal1のSNPsと2型糖尿病の相関が世界各地の研究施設から次々と報告され,これまでに100報以上の論文が出されている.ほとんどの論文においてCdkal1のSNPsが2型糖尿病の発症と有意に相関していた.2型糖尿病の危険因子はこれまでに約50以上の遺伝子が報告されているが,Cdkal1のSNPsが最も再現性の高い危険遺伝子の一つである.さらに興味深いのは,Cdkal1の危険型SNPsの保有頻度が人種間で異なることである.欧米地域では,約8%の人が危険型SNPsを保有するが,アジア圏では実に20%以上に上る人がCdkal1の危険型SNPsを保有する.

2型糖尿病の発症と相関するCdkal1のSNPsは肥満および末梢組織におけるインスリンの感受性とは関連せず,インスリン分泌能と有意に相関する.すなわち,危険型SNPsを持つ人は非危険型SNPsを保有する人と比較してインスリン分泌能が低い.これらの臨床結果から,Cdkal1は主に膵臓β細胞においてインスリン分泌を調節している可能性が推察された.

2)Cdkal1欠損マウスの表現型解析

Cdkal1遺伝子変異による2型糖尿病の発症機構を検討するために,筆者らは膵β細胞特異的欠損マウス(Cdkal1 KOマウス)を作製し,解析を行った4).危険型SNPsを保有する人と同様に,Cdkal1 KOマウスは非肥満であり,インスリン感受性の悪化もみられなかった.一方,糖負荷試験を行うと,Cdkal1 KOマウスの耐糖能は顕著に低下していた.Cdkal1が欠損することで,リシンの翻訳が障害される可能性を検討するため,膵β細胞におけるインスリンの翻訳を調べると,プロインスリン合成時のリシンの取り込みがKOマウスで有意に低下していた.さらに,KOマウスの膵β細胞においてプロインスリンの大きな凝集体が観察され,異常なプロインスリンの蓄積が示唆された.プロインスリンの翻訳異常の結果,Cdkal1 KOマウスではインスリンプロセッシング産物であるC-ペプチドの量が低下していた.さらに,KOマウスの膵β細胞では,異常タンパク質の蓄積時にみられる小胞体ストレスが亢進し,また小胞体自体の形態が異常に断片化していた.これらの結果から,Cdkal1欠損によるtRNALys(UUU)の修飾不全はプロインスリンの翻訳異常を介して,成熟型インスリン量の低下のみならず,異常タンパク質の蓄積による細胞障害を引き起こすことで,β細胞の機能不全を誘発していたことが明らかになった(図3).モデルマウスの考察結果を裏づけるように,Cdkal1の危険型SNPsを持つ人では,プロインスリンとインスリンの比が高く,膵β細胞における翻訳異常が2型糖尿病の発症原因である可能性が示唆された15)

3)危険型SNPsによるヒト2型糖尿病発症機構

2型糖尿病発症と相関するCdkal1遺伝子のSNPsはこれまで10か所近く同定されている.これらのSNPsはほぼすべて第5イントロンの中にあり,またスプライシング部位など重要な部位とも重ならないため,SNPsがどのような分子機構でCdkal1の遺伝子機能に影響を及ぼすかは不明であった.

筆者らは,ヒト血球由来のDNAとRNAサンプルにおいてSNPsとCdkal1遺伝子発現量を検討した結果,危険型SNPsがCdkal1のスプライシングバリアントフォームであるCdkal1-v1の発現量と強く相関することを見いだした16).Cdkal1-v1の発現量は,危険型SNPsを保有する人において非危険型SNPsを有する人の約1割程度まで低下していた.実際,危険型SNPsを有するヒト細胞におけるCdkal1のタンパク質量は,非危険型SNPsを有するヒト細胞におけるCdkal1のタンパク質量と比べて顕著に低い.

Cdkal1-v1は全長型Cdkal1と同じ5′非翻訳領域を持つが,エクソンがごく一部しかない非常に短いバリアントであった(図4).ルシフェラーゼを用いたレポーターアッセイで評価したところ,Cdkal1-v1はほとんどタンパク質として翻訳されないバリアントであることが示唆された.一方,Cdkal1-v1の発現量が低いほどチオメチル化修飾レベルも低下していたことから,Cdkal1-v1は非翻訳RNAとして翻訳によらない機序でCdkal1を制御することが考えられた.Cdkal1-v1の3′非翻訳領域を調べたところ,全長型Cdkal1の3′非翻訳領域と相同性を有する領域が存在することを見いだした.興味深いことに,同領域にはmiRNA(miR494)が結合しうる配列が存在する.そこで,miR494を細胞に強制発現して検討したところ,Cdkal1-v1の発現量が低下し,全長型Cdkal1のタンパク質も低下した.一方,内在性のmiR494を阻害したところ,Cdkal1-v1の発現量が亢進し,全長型Cdkal1のタンパク質量も亢進した.すなわち,Cdkal1-v1はmiR494を介して全長型Cdkal1のタンパク質量を調節していた.

Journal of Japanese Biochemical Society 88(3): 328-334 (2016)

図4 Cdkal1遺伝子変異による2型糖尿病発症のモデル

Cdkal1の遺伝子産物には全長型mRNA (Cdkal1)と選択的スプライシングで生じる短い非翻訳RNAであるCdkal1-v1がある.2型糖尿病患者でCdkal1遺伝子に変異が生じると,非翻訳RNAであるCdkal1-v1の発現量が低下する.本来Cdkal1-v1に作用するmiRNA (miR494)がCdkal1に過剰に作用する結果,Cdkal1活性が低下し,チオメチル化修飾レベルが低下する.その結果,膵β細胞においてプロインスリンの誤翻訳により小胞体ストレスが惹起され,β細胞が障害された結果,2型糖尿病が発症する.

一方,危険型SNPsがなぜCdkal1-v1発現量の低下を引き起こすかはまだ完全に解明されていない.筆者らがゲノム編集ツールであるTALENを用いて危険型SNPsを含むゲノム領域の改変を試みたところ,SNPsを含むゲノム領域に欠損が生じると,全長型Cdkal1およびCdkal1-v1の発現量が低下した.さらに,スプライシングを阻害すると,全長型Cdkal1およびCdkal1-v1の発現量が低下した.

これらの結果から,危険型SNPsが何らかの機序でスプライシング異常を誘発し,Cdkal1-v1の発現量の低下を引き起こすことが示唆された(図4).そして,Cdkal1-v1の発現量が低下し,本来miR494と結合するものが少なくなると,全長型Cdkal1へのmiR494の作用が強まり,Cdkal1のタンパク質量が低下していた.その結果,チオメチル化修飾が低下し,β細胞におけるタンパク質翻訳が障害され,2型糖尿病が発症する.

4)Cdk5rap1欠損マウスのミトコンドリア機能異常

ミトコンドリアは独自のDNAおよび翻訳システムを有するユニークな細胞小器官である.ミトコンドリアDNAは全長で約16 kbpの二本鎖DNAであり,22種類のtRNA,2種類のrRNAおよび13種類のmRNAが含まれている.13種類のmRNAはすべて電子伝達系に不可欠なタンパク質をコードし,ミトコンドリア独自のtRNAによって翻訳される.前述したように,Cdk5rap1はミトコンドリアtRNAのうち,mt-tRNATrp,mt-tRNAPhe,mt-tRNATyrおよびmt-tRNASer(UCN)の37位のアデノシンをチオメチル化修飾する5)

筆者らはCdk5rap1欠損マウス(Cdk5rap1 KOマウス)を作製し,ミトコンドリアtRNAのチオメチル化修飾のミトコンドリア翻訳への影響を検討した.胎仔線維芽細胞を樹立し,細胞質側の翻訳を阻害した状態で[35S]メチオニンを加え,ミトコンドリアタンパク質翻訳を検討したところ,ミトコンドリアtRNAチオメチル化修飾がない細胞ではミトコンドリア内の翻訳が顕著に低下していた.その結果,ミトコンドリア呼吸鎖のタンパク質量が低下し,呼吸鎖複合体(複合体I, IIIとIV)の活性が顕著に低下した.それにより心筋や骨格筋のミトコンドリアにおいて呼吸鎖複合体間における電子伝達が障害され,ミトコンドリア機能が大きく低下した.機能的な低下に加え,Cdk5rap1 KOマウスではミトコンドリア形態異常が顕著に観察された.KOマウスではミトコンドリアが大きく膨らみ,クリステが破壊されたものも多く存在していた.

興味深いことに,ミトコンドリア機能の著しい低下にも関わらず,通常飼育下においてCdk5rap1 KOマウスの表現型は野生型マウスと顕著な差がない.これは,KOマウスにおいて解糖系の亢進およびミトコンドリア新生が代償的に働いているためと考えられる.一方,Cdk5rap1 KOマウスに脂質豊富なケトン食負荷や大動脈結紮による圧負荷を与え,ミトコンドリアストレスを加えると,ミトコンドリアの機能および質が急激に低下する.その結果,KOマウスでは走力や心収縮力の低下といった骨格筋および心筋の生理機能が顕著に低下し,ミトコンドリア病に類似した病態を呈した(図3).

5)ミトコンドリアtRNAチオメチル化修飾とミトコンドリア病

ミトコンドリア病は,ミトコンドリア機能不全によってエネルギー需要の多い神経,心筋および骨格筋の機能が障害される難治性遺伝疾患である.ミトコンドリア病の多くはミトコンドリアDNAの点変異に起因する.興味深いことに,多くのミトコンドリアDNAの点変異はtRNAをコードする領域に存在する.日本ではミトコンドリアDNAのA3243G変異を保有するミトコンドリア病患者が特に多く,mitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic acidosis and stroke-like episodes (MELAS)と呼ばれる病型に分類される.主な臨床的な特徴としては,脳卒中様症状,けいれんや心筋症があげられる.A3243G変異はミトコンドリアtRNALeu(UUR)上に存在するが,翻訳と直結するアンチコドン領域ではないため,A3243G変異によるミトコンドリア病の発症機構が不明であった.

近年,東京大学の鈴木らの研究により,ミトコンドリアtRNALeu(UUR)のアンチコドン34位Uにタウリン修飾が発見された(図517–19).さらに,A3243Gを有するMELAS患者ではタウリン修飾が消失していた(図5).なぜA3243G変異が遠位の34Uの修飾に影響するかは完全に解明されていないが,タウリン修飾の存在は揺らぎコドンの読み取りに重要であるため,タウリン修飾がないtRNALeu(UUR)は揺らぎコドンを有するUUGコドンを解読できない.これらの発見から,A3243G変異を伴うミトコンドリア病は,タウリン修飾の欠損によるミトコンドリア翻訳異常が原因である可能性が考えられた.

Journal of Japanese Biochemical Society 88(3): 328-334 (2016)

図5 MELAS患者におけるチオメチル化修飾の低下

A3243G変異を有するMELAS患者では34位Uに存在するタウリン修飾が消失する.変異型tRNALeu(UUR)はLeuコドンを解読できず,ミトコンドリア翻訳および呼吸鎖機能が低下する.次に,ミトコンドリアに酸化ストレスが高まり,Cdkrap1活性が低下し,mt-tRNATrp,mt-tRNAPhe,mt-tRNATyrおよびmt-tRNASer(UCN)のチオメチル化修飾が消失する.その結果,ミトコンドリアタンパク質翻訳の異常がさらに亢進し,ミトコンドリア機能が劇的に低下する.

筆者らはA3243Gを有するMELASの患者由来のRNAサンプルでミトコンドリアtRNAチオメチル化修飾を検討したところ,A3243G変異の頻度が高いほど,ミトコンドリアtRNAのチオメチル化修飾が低下していた.A3243Gが位置するtRNALeu(UUR)にはチオメチル化修飾が存在しないため,変異による二次的な効果でチオメチル化修飾が低下したと考えられた.先行研究でA3243G変異が存在すると酸化ストレスが亢進するという報告があることから20),A3243G変異の頻度が高まり酸化ストレスが亢進することで,Cdk5rap1の酵素活性が失われ,チオメチル化修飾が低下したと推察された.すなわち,A3243G変異を有するMELASは,一次的なタウリン修飾欠損および二次的なチオメチル化修飾欠損を誘発することで,ミトコンドリアタンパク質翻訳を障害し,ミトコンドリア病の発症に至ると示唆された(図5).

5. 将来への展望

生体分子の修飾に関する研究はタンパク質の翻訳後修飾やDNAエピジェネティクス修飾が中心となっている.一方,生体内で最も高頻度で修飾されているtRNAは正確かつ効率的な翻訳を制御することで,すべての生命活動にとって必要であるが,その重要性はまだ一般的に知られていなかった.近年の全ゲノムシークエンス技術の発展がこれまで未知であった疾患関連遺伝子を多く発見している.その中でCdkal1のようにtRNA修飾関連分子も多数含まれていることから,tRNA修飾が疾患のみならず普遍的な生体制御機構として注目されつつある.今後はtRNA修飾の機能,tRNA修飾酵素の同定並びに高次機能への関わりといった包括的な研究が展開されることでtRNA修飾生物学の推進に期待したい.

引用文献References

1) Machnicka, M.A., Milanowska, K., Osman Oglou, O., Purta, E., Kurkowska, M., Olchowik, A., Januszewski, W., Kalinowski, S., Dunin-Horkawicz, S., Rother, K.M., Helm, M., Bujnicki, J.M., & Grosjean, H. (2013) Nucleic Acids Res., 41(D1), D262–D267.

2) Agris, P.F. (2004) Nucleic Acids Res., 32, 223–238.

3) Arragain, S., Handelman, S.K., Forouhar, F., Wei, F.Y., Tomizawa, K., Hunt, J.F., Douki, T., Fontecave, M., Mulliez, E., & Atta, M. (2010) J. Biol. Chem., 285, 28425–28433.

4) Wei, F.Y., Suzuki, T., Watanabe, S., Kimura, S., Kaitsuka, T., Fujimura, A., Matsui, H., Atta, M., Michiue, H., Fontecave, M., Yamagata, K., Suzuki, T., & Tomizawa, K. (2011) J. Clin. Invest., 121, 3598–3608.

5) Wei, F.Y., Zhou, B., Suzuki, T., Miyata, K., Ujihara, Y., Horiguchi, H., Takahashi, N., Xie, P., Michiue, H., Fujimura, A., Kaitsuka, T., Matsui, H., Koga, Y., Mohri, S., Suzuki, T., Oike, Y., & Tomizawa, K. (2015) Cell Metab., 21, 428–442.

6) Jenner, L.B., Demeshkina, N., Yusupova, G., & Yusupov, M. (2010) Nat. Struct. Mol. Biol., 17, 555–560.

7) Wang, X., Ching, Y.P., Lam, W.H., Qi, Z., Zhang, M., & Wang, J.H. (2000) J. Biol. Chem., 275, 31763–31769.

8) Forouhar, F., Arragain, S., Atta, M., Gambarelli, S., Mouesca, J.M., Hussain, M., Xiao, R., Kieffer-Jaquinod, S., Seetharaman, J., Acton, T.B., Montelione, G.T., Mulliez, E., Hunt, J.F., & Fontecave, M. (2013) Nat. Chem. Biol., 9, 333–338.

9) Booker, S.J., Cicchillo, R.M., & Grove, T.L. (2007) Curr. Opin. Chem. Biol., 11, 543–552.

10) Beilschmidt, L.K. & Puccio, H.M. (2014) Biochimie, 100, 48–60.

11) Steinthorsdottir, V., Thorleifsson, G., Reynisdottir, I., Benediktsson, R., Jonsdottir, T., Walters, G.B., Styrkarsdottir, U., Gretarsdottir, S., Emilsson, V., Ghosh, S., Baker, A., Snorradottir, S., Bjarnason, H., Ng, M.C., Hansen, T., Bagger, Y., Wilensky, R.L., Reilly, M.P., Adeyemo, A., Chen, Y., Zhou, J., Gudnason, V., Chen, G., Huang, H., Lashley, K., Doumatey, A., So, W.Y., Ma, R.C., Andersen, G., Borch-Johnsen, K., Jorgensen, T., van Vliet-Ostaptchouk, J.V., Hofker, M.H., Wijmenga, C., Christiansen, C., Rader, D.J., Rotimi, C., Gurney, M., Chan, J.C., Pedersen, O., Sigurdsson, G., Gulcher, J.R., Thorsteinsdottir, U., Kong, A., & Stefansson, K. (2007) Nat. Genet., 39, 770–775.

12) Diabetes Genetics Initiative of Broad Institute of Harvard and MIT, Lund University, and Novartis Institutes of BioMedical Research, Saxena R. et al. (2007) Science, 316, 1331–1336.

13) Scott, L.J., Mohlke, K.L., Bonnycastle, L.L., Willer, C.J., Li, Y., Duren, W.L., Erdos, M.R., Stringham, H.M., Chines, P.S., Jackson, A.U., Prokunina-Olsson, L., Ding, C.J., Swift, A.J., Narisu, N., Hu, T., Pruim, R., Xiao, R., Li, X.Y., Conneely, K.N., Riebow, N.L., Sprau, A.G., Tong, M., White, P.P., Hetrick, K.N., Barnhart, M.W., Bark, C.W., Goldstein, J.L., Watkins, L., Xiang, F., Saramies, J., Buchanan, T.A., Watanabe, R.M., Valle, T.T., Kinnunen, L., Abecasis, G.R., Pugh, E.W., Doheny, K.F., Bergman, R.N., Tuomilehto, J., Collins, F.S., & Boehnke, M. (2007) Science, 316, 1341–1345.

14) Zeggini, E., Weedon, M.N., Lindgren, C.M., Frayling, T.M., Elliott, K.S., Lango, H., Timpson, N.J., Perry, J.R., Rayner, N.W., Freathy, R.M., Barrett, J.C., Shields, B., Morris, A.P., Ellard, S., Groves, C.J., Harries, L.W., Marchini, J.L., Owen, K.R., Knight, B., Cardon, L.R., Walker, M., Hitman, G.A., Morris, A.D., Doney, A.S., McCarthy, M.I., & Hattersley, A.T.; Wellcome Trust Case Control Consortium (WTCCC). (2007) Science, 316, 1336–1341.

15) Kirchhoff, K., Machicao, F., Haupt, A., Schäfer, S.A., Tschritter, O., Staiger, H., Stefan, N., Häring, H.U., & Fritsche, A. (2008) Diabetologia, 51, 597–601.

16) Zhou, B., Wei, F.Y., Kanai, N., Fujimura, A., Kaitsuka, T., & Tomizawa, K. (2014) Hum. Mol. Genet., 23, 4639–4650.

17) Yasukawa, T., Suzuki, T., Ueda, T., Ohta, S., & Watanabe, K. (2000) J. Biol. Chem., 275, 4251–4257.

18) Yasukawa, T., Suzuki, T., Ishii, N., Ohta, S., & Watanabe, K. (2001) EMBO J., 20, 4794–4802.

19) Suzuki, T., Suzuki, T., Wada, T., Saigo, K., & Watanabe, K. (2002) EMBO J., 21, 6581–6589.

20) Ishikawa, K., Kimura, S., Kobayashi, A., Sato, T., Matsumoto, H., Ujiie, Y., Nakazato, K., Mitsugi, M., & Maruyama, Y. (2005) Circ. J., 69, 617–620.

著者紹介Author Profile

魏 范研( )

熊本大学生命科学研究部分子生理学分野講師.医学博士.

略歴

2006年岡山大学大学院医歯薬学研究科博士課程修了後,Yale大学医学部精神科ポスドクフェローを経て,09年に熊本大学生命科学研究部分子生理学分野(富澤一仁教授)に赴任.

研究テーマと抱負

tRNA修飾の高次機能を明らかにすることで,tRNA生物学の推進に貢献したい.

This page was created on 2016-05-09T14:47:03.597+09:00
This page was last modified on 2016-06-17T14:40:54.458+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。