Online ISSN: 2189-0544 Print ISSN: 0037-1017
公益社団法人日本生化学会 The Japanese Biochemical Society
Journal of Japanese Biochemical Society 88(3): 380-385 (2016)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2016.880380

総説Review

人工抗体の機能的構造形態に関する研究Study on functional structures of artificial antibodies

東京農工大学大学院工学府生命工学専攻Department of Biotechnology and Life Science, Graduate School of Engineering, Tokyo University of Agriculture and Technology ◇ 〒184–8588 東京都小金井市中町2–24–16 11号館407A ◇ 2–24–16 Nakamachi, Koganei, Tokyo 184–8588, Japan

発行日:2016年6月25日Published: June 25, 2016
HTMLPDFEPUB3

抗体医薬は,がん治療薬としての期待も大きい一方で,容易には根治を達成できておらず,また限られた抗原に開発が集中しているため,先行薬に対する優位性を示すために薬効の向上などが必要とされている.抗がん剤による修飾,親和性の向上を目指した多価化などさまざまな観点から人工抗体の開発が進められているが,中でも二重特異性抗体は最も期待されている人工抗体の一つである.唯一認可されている非天然型の人工抗体の形態であるが1例のみであり,実用化を加速させるためには,機能的な人工抗体の設計に関わる技術基盤を整備する必要がある.我々は,二重特異性がん治療抗体の開発において,たとえばわずかな構造の違いが,比活性のみならず体内動態にも影響を及ぼしうることなどを見いだしており,本稿ではこれら機能的構造形態に着目した最近の研究成果を紹介する.

1. はじめに

抗体医薬は急増しているバイオ医薬品の中でも売上の多くを占めるが,2013年までの米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)での年間認可数は最大4件にとどまっており,伸び悩んでいるともいえる1).考えられる問題点として,高い薬価,薬効の限界,および限られた標的抗原があげられる.バイオ医薬品に共通であるが,低分子化合物に比べ製造プロセスの確立に開発期間を要することが多く,また特に抗体はその分子量の大きさから,高コストの動物細胞発現系を用いざるをえないことが高い薬価をもたらしている.また,難治療性の疾患に対する革新的な治療薬として期待されており,たとえば上市されている抗体医薬の約半数ががん治療を目指したものであるが,根治となると容易には達成できていない.さらに,特異的抗体が医薬品となりうる標的抗原はあまり多く見つかっておらず,加えて開発リスク回避の考えから,新規探索よりもすでに特性がよくわかっている抗原に対する抗体に開発が集中しているのが現状である.実際,同じ抗原に対する抗体医薬が複数上市されているが,新たな承認には先行薬に対して何らかの優位性を示す必要がある.製造に関わる革新的な進展はすぐには見込めないため,薬効の向上が直面している問題であり,現在は高機能な人工設計に基づく次世代型の抗体医薬の開発に期待が寄せられている.本稿では,人工抗体に関して簡単に紹介した後,二重特異性抗体を中心とする我々の医用を目指した人工抗体の開発,特にその機能的構造形態に着目した研究成果を紹介する.

2. 人工抗体

抗体の基本構造を図1に示す.重鎖(heavy chain, H鎖)と軽鎖(light chain, L鎖)が1対1で会合し,さらに線対称に会合した四量体分子である.特徴である高い特異性と親和性は,先端のVHとVLによって構成される可変領域断片(fragment of variable region:Fv)のみが担っているが,VH–VL間は非共有結合性の会合であるため,分子量は大きくなるもののCH1とCL間のジスルフィド結合により安定化されている抗原結合性断片(fragment antigen binding:Fab)が用いられることも多い.詳細は後述するが,親和性は有さないものの,結晶性断片(fragment crystallizable:Fc)もエフェクター機能の誘導など,高機能な人工抗体を創製する上では,欠かせない断片であるといえる.何らかの人為的な改変を施していることを定義とするならば,たとえばヒトでの抗原性を低下させたキメラ抗体やヒト型化抗体も人工抗体であるといえ,その他の改変も加えると上市されている抗体医薬の多くが該当する.本稿では,積極的に高機能化を目指した設計として,ある種の毒素や抗がん剤等による修飾,結合親和性の向上を目指した多価化,二重特異性抗体をはじめとする複数の特異性の付与を目指した多重特異性化などを行ったものを人工抗体として,またその中で抗体あるいは抗体断片にペプチドやタンパク質を遺伝子工学的に融合しているものを非天然型の人工抗体として扱う.図2に一例を示すが,天然型を中心にすでにいくつか医薬品として上市されてはいるものの,現状では数が限られている2–4)

Journal of Japanese Biochemical Society 88(3): 380-385 (2016)

図1 抗体の基本構造

VH–VL間は非共有性の相互作用により,CH1–CL間は点線で示すジスルフィド結合により会合している.

Journal of Japanese Biochemical Society 88(3): 380-385 (2016)

図2 人工抗体の例

Catumaxomabを除き括弧内はFDAでの認可年.慣例に従い国内で認可されているものは抗体名をカタカナで表す.

3. 二重特異性抗体

二重特異性抗体は,異なる2種の抗原に対し結合活性を示す抗体の総称であり,人工抗体の中でも研究開発の歴史は長い.たとえば2種類のハイブリドーマをさらに融合させることで,その培養上清に天然型の二重特異性抗体を分泌させることができる.2種の抗体のH鎖とL鎖が各々会合しうるため,図2右上に示すようなちょうど左右に異なる抗体が配置する確率は12.5%と低い.このため医薬品として開発するには特に効率的な精製工程の確立に困難さが伴うが,2009年に世界で初めての二重特異性抗体医薬として欧州で認可されたCatumaxomabは,このハイブリドーマどうしの融合により産生される分子である.特定のサブクラスのマウスとラット由来のH鎖とL鎖間では会合が生じず,さらにラット由来のIgG2は,抗体の初期精製に通常用いられるプロテインAにほとんど結合しないという特性を利用することで,比較的簡便な精製が可能となり,医薬品開発に成功した5).しかしながら,いずれも異種由来の抗体であるため,ヒトでの抗原性の高さから繰り返し投与することができず,その後同様の抗体は認可されていない.非天然型人工抗体の中で唯一医薬品として,かつFDAで認可例があるのも二重特異性抗体である.Blinatumomabは,VHとVL間の解離を防ぐために人工のペプチドリンカーで連結させた一本鎖Fv(single-chain Fv:scFv)を,さらに人工のペプチドリンカーで2種類縦列に連結させたtandem scFv(taFv)型の二重特異性抗体であり,構成するすべてのタンパク質ドメインが連結されているため,均一な分子の調製が可能である.このようにドメインの組換えを駆使することで二重特異性抗体に限らずさまざまな非天然型の人工抗体を創出することが可能であるが,FDAでの認可は前述の二重特異性抗体1例のみであり,実用化を加速させるためには,機能的な人工抗体の設計に関わる情報および技術基盤を整備する必要がある.

4. がん治療薬を目指した低分子二重特異性抗体の開発

二重特異性抗体が有する異分子間の架橋能は,近年では無機材料間の接合など,さまざまな分野での利用が進められているが,歴史的には医用,特に効果的ながん治療薬としての開発に大きな期待が寄せられてきた.一方にがん細胞に特異的な抗体,もう一方に抗がん剤や放射性物質,あるいは細胞傷害活性を有する毒素やウイルスなどに特異的な抗体を用いることで,いわゆる薬物送達システム試薬となりうる.がん細胞上の異なる受容体や,同一受容体上でも異なるエピトープを標的とすることで高い治療効果が得られることもあるが,中でもがん細胞とリンパ球間の架橋を狙った設計の歴史は古く,前述の両二重特異性抗体医薬とも同様の設計である.リンパ球を介したがん治療は,免疫記憶による永続的な拒絶,すなわち根治治療の可能性を秘めていることも一つの理由として考えられる.我々も新規がん治療抗体の開発を目的に,がん細胞とリンパ球を標的とした二重特異性抗体,特にその形態としてFvのみで構成され,大腸菌を用いた調製も可能なdiabody型二重特異性抗体(図3a)に着目し研究を進めてきた.微生物を用いた製造は現在では必ずしもコスト面で有利であるとはいえないが,遺伝子工学的な改変が容易である点,すなわち発現ベクターの作製から比較的短期間で機能評価が可能であることは,研究の創成期には有用である.まず,がん関連抗原であるムチンコアタンパク質の一つMUC1とTリンパ球上のCD3を標的としたdiabodyを作製した結果,濃度に依存したがん細胞の傷害活性が観察され6),さらに,Tリンパ球の強力な賦活能を有する変異型スーパー抗原を融合させたところ,期待どおりの抗腫瘍効果の増強がみられた7).一方で,並行してさまざまな抗体を組み合わせたdiabodyを作製し,評価した結果,ヒト上皮増殖因子受容体(epidermal growth factor receptor:EGFR)とCD3を標的としたEx3と名づけた分子(図3a)に最も強力な抗腫瘍効果がみられ,単独で前述の融合diabodyをしのぐ効果を示した他,担がんマウスを用いたin vivo実験においても顕著な腫瘍の縮退効果を示した8).機能性分子の融合によっても効果の上積みは可能であるが,より機能的な二重特異性抗体の創製においては,標的とする抗原や使用する抗体の選択,さらにはこれらの組合わせも重要である.

Journal of Japanese Biochemical Society 88(3): 380-385 (2016)

図3 低分子二重特異性抗体の高機能化

不等号はin vitroにおけるがん細胞傷害活性のおおよその強弱を示す.

5. 低分子二重特異性抗体の高機能化

1)ヒト型化

我々は前述のEx3をリード化合物とし,より付加価値の高い医薬品化を目指して,さまざまな観点から高機能化を進めた.生体外免疫法やファージ提示法,トランスジェニックマウスの利用など,近年では直接ヒト抗体を取得することも比較的容易になってきたが,Ex3を構成する抗EGFR抗体と抗CD3抗体は,いずれもマウスハイブリドーマ由来であるため,まずヒトでの抗原性を低下させるためのヒト型化に着手した.抗CD3抗体は,すでにヒト型化および最適化された配列が報告されていたため,独自にクローニングした抗EGFR抗体のヒト型化を進めた.抗原結合に最も寄与している相補性決定領域(complementarity determining region:CDR)のみを相同性の高いヒト由来のフレームに移植するCDR-graftingを行い,まずscFvの形態で機能評価を行った後,既報のヒト型化抗CD3抗体と組み合わせたヒト型化Ex3を調製した.結果,Chinese hamster ovary(CHO)細胞に対してはみられなかった細胞傷害活性が,EGFRを強制発現させたCHO細胞に対して観察され,またどちらか一方の親IgG抗体の添加により,細胞傷害活性が著しく阻害されたことから,ヒト型化後も特異性に変わりがないことが示された.以後,ヒト型化後のEx3も単にEx3として表記する.

2)ヒトFc領域の融合

低分子二重特異性抗体は,大腸菌を用いた研究開発が可能という利点がある一方で,医薬品となると短い体内半減期や,IgG抗体とは異なり,各々の標的に対して結合価数が一価であることに起因する親和性の低さが懸念される.ヒトFc領域の融合は,高分子量化に加えて,胎児性Fc受容体との結合による体内半減期の延長も期待できるほか,プロテインAを用いたアフィニティー精製も可能となるため,低分子抗体の調製にしばしば用いられる免疫原性が懸念される精製用のペプチドタグを付加させる必要がない.抗体医薬の主な作用機序の一つである抗体依存性細胞傷害(antibody-dependent cell-mediated cytotoxicity:ADCC)活性や補体依存性細胞傷害作用はFc領域が担っているため,これらのエフェクター機能も付加され,さらにFc領域がホモ二量体であることから融合分子も通常2分子となるため多価化による親和性や機能の向上が期待される.実際に,Ex3の両鎖が解離しないように一本鎖化させたのちFc領域を融合させ,CHO細胞を用いて調製,機能評価を行った結果,標的がん細胞および活性化リンパ球のいずれに対しても,親和性が向上することがフローサイトメトリーにより示された(図3b).一見深刻とも思われる,融合したFc領域との結合に際しての立体障害は生じず,Ex3を2分子含むことで期待どおりに多価での結合が可能となったようである.また融合させたFc領域のエフェクター機能を評価するために,末梢血リンパ球の増殖試験を行ったところ,Ex3にはみられない顕著な効果がみられ,さらに,これらが寄与したと考えられるがん細胞傷害活性の増強が観察された9)

3)多量体化

ヒトFc領域の融合はさまざまな利点を有する一方で,二重特異性がもたらす効果に加えてのエフェクター機能の誘導は,副作用を懸念する声もある.抗体の自発的な多量体化によっても,分子量の増加に伴う体内半減期の延長と,多価化による親和性の向上がもたらす機能の向上が見込まれる.体内半減期が非常に短いscFv等に比べ,IgGは数日と長いものの,分子サイズが大きいために腫瘍組織への浸透性が低く,結果として両者とも腫瘍/血中比はあまり高くない.対して,中間的なサイズであるdiabodyは至適な腫瘍/血中比を示すことが期待される10).Ex3のゲル濾過を行うと,目的のdiabody画分よりも高分子量側に少量ではあるが明確な溶出ピークが現れるが,我々はこの画分の分子種がより強力な細胞傷害活性を有していることを見いだした11).複数の多量体化分子の混合物では医薬品としての応用は困難であるが,動的光散乱法および静的光散乱法により算出した粒子径と分子量は,それぞれEx3の二量体,すなわちヘテロ四量体分子であることを示唆し,さらに等温滴定型熱量測定法(isothermal titration calorimetry:ITC)により算出した結合の化学量論比は,各々の抗原に対して1対2となり,やはり結合価数が合計四価の,また取りうる構造としてscFvが環状に四量体化した構造を有していることが予想された(図3c).表面プラズモン共鳴法(surface plasmon resonance:SPR)で速度論解析を行ったところ,Fc融合Ex3と同様に結合価数の増加に伴う,主に解離速度の低下が寄与する親和性の向上が四量体分子にみられた.四量体化Ex3は,IgGに比べて,まだ2/3程度の分子量であるためdiabody同様至適な腫瘍/血中比を示すことも期待されるが,実用化に向けてはいかに均一に調製できるかが残された課題である.

4)構造形態の最適化

ヒトFc領域の融合や多量体化により,Ex3の比活性を向上させることに成功したため,続いて,Ex3自体の構造形態の最適化による機能の向上を目指した.これまでにdiabody型以外にもさまざまな低分子二重特異性抗体の形態が報告されてはいるが,diabody型と,Blinatumomabも採用しているtaFv型が汎用されている.互いに構成ドメインは同一であるが,前者の方が構造安定性が高く大腸菌でも比較的調製しやすいとされる一方で,後者の構造的な自由度の高さが,より強い活性をもたらしうることが知られている.taFv型に改変したEx3を作製し,機能評価を行った結果,顕著に活性が向上することが明らかになった(図3d12).この活性の違いを親和性の観点から議論するために,SPRやITCを用いて評価したが,両者の親和性に大きな違いはみられなかった.次に架橋能に差が生じていると考え,EGFRを固定化したSPRのセンサーチップにEx3を添加し,さらにCD3を添加することで得られる二段階の結合曲線を比較したが,やはり同様に両者に差はみられなかった.そこで,可溶性の抗原間ではなく,標的細胞と可溶性の抗原間の架橋能をフローサイトメトリーを用いて評価した.結果,がん細胞と蛍光標識したCD3との架橋能には差がみられなかったのに対し,活性化リンパ球と蛍光標識したEGFRとの架橋においては,taFv型に優位な効果がみられた.まだ詳細は明らかになっていないが,細胞間を架橋する際には可溶性の抗原間の架橋能評価では外挿できない,細胞表面ならではの他の受容体等との立体障害が,特にTリンパ球上に存在し,これらを回避できる柔軟な構造を有するtaFv型がより強い活性を示したと考えている.さらにdiabody型に限っても,ドメインの連結順を変えることで4種類の配向性が考えられるが,残り3種すべてを大腸菌を用いて調製したところ,いずれも活性が向上することが明らかになった.特に両VLドメインをN末端に配置したLH型に顕著な活性の向上がみられ,Fc融合Ex3やtaFv型と同等の効果を示した(図3e13).taFv型と同様に可溶性の抗原に対する親和性や架橋能には違いはみられず,活性化リンパ球と蛍光標識したEGFR間の架橋能においてのみ差異がみられた.さらなる解析が必要ではあるが,配向性を改変することで構造が変化し,柔軟性の高いtaFv型がとりうる架橋に有利な構造をLH型は有していると考えている.

5)複合化

続いて,さまざまな観点から進めた高機能化戦略の複合化によるさらなる機能の向上を目指した.Ex3において,最適な低分子二重特異性抗体の形態と考えられるtaFv型Ex3,およびLH型Ex3それぞれにヒトFc領域を融合させた分子を調製し機能評価を行ったところ,いずれも期待どおりの活性の向上がみられた(図3f, g).担がんマウスを用いたin vivo実験においても,LH型Ex3,あるいはFc融合LH型Ex3は,Ex3やFc融合Ex3に比べきわめて強力な腫瘍の成長抑制効果を示した.放射性同位体標識後,体内動態を調べた結果,Fcを融合させた分子は分子量の増大が寄与したと考えられる長い血中半減期を示したが,興味深いことに,それぞれのLH型にEx3やFc融合Ex3に比して優位に長い半減期がみられた13, 14).安定性の違いなどが考えられるが,構成するドメインの連結順の違いが,抗腫瘍効果のみならず体内動態にも影響を及ぼしうることが明らかになった.一方,ヒトFc領域の融合に期待する効果の一つADCC活性は,NKリンパ球が主な担い手であるが,がん細胞とTリンパ球間の架橋に加えての,がん細胞とNKリンパ球間の架橋が実際に立体障害的に可能であるかは疑問である.そこで,ADCC活性が弱いとされるヒトIgG2由来のFc領域と置換したFc融合LH型Ex3を調製し,比較検討を行った.結果,活性化リンパ球存在下では細胞傷害活性に差がみられなかったが,Tリンパ球もNKリンパ球も含まれる末梢血リンパ球の存在下では,予想に反しIgG2型の方がやや強い効果がみられた.これは,両リンパ球が同時に作用することは困難であることを示唆しており,IgG2型が,NKリンパ球の影響を受けることなく効率的にがん細胞とTリンパ球を架橋することができたためと考えている.上述のとおり,エフェクター機能の上積みはその副作用を懸念する声もあり,また多価効果などFc領域に期待する効果は多々あるためFc融合Ex3は十分に魅力的な分子であるといえる.さらに,人為的な複合化ではないが,taFv型Ex3, LH型Ex3いずれもその調製溶液中にはやはり多量体化した分子が混在しており,多量体化Ex3に比べていっそう強い活性を示すことを確認している(図3h, i).

6)高親和性化

前述のとおり,結合特異性の観点からはヒト型化に成功したものの,親和性に関しては数十倍の低下がみられていた.構造形態の改変による高機能化においては,必ずしも細胞傷害活性と親和性には相関がみられなかったが,いったん高機能な形態が決まれば,親和性を向上させることによるさらなる高機能化は十分期待できる.ヒト型化抗EGFR Fvの結晶構造を基に,変異導入ライブラリを作製し,生細胞を用いた親和性選択を行った結果,十分に親和性が回復した変異体を複数単離することに成功した.得られた高親和性変異をEx3,次いでFc融合Ex3に導入することで,それぞれ親和性が向上することがSPRにより確認され,さらにこのことが寄与する細胞傷害活性の増強が観察された15, 16)

6. おわりに

冒頭で抗体医薬開発の伸び悩みにふれたが,近年は少し様相が変わってきており,2014年以降にFDAで認可された抗体医薬はすでに15件を超えており,明らかにこれまでのペースとは異なっている.中には非天然型の人工抗体として上述のBlinatumomabが1件含まれるが,第III相試験が進められている抗体医薬の中で,人工抗体はまだわずかである17).二重特異性抗体に限っても,少なくとも50以上の非天然型の形態が報告されており,人工抗体のデザインや狙いはきわめて多岐にわたっている一方で,本質的な機能的構造形態の理解にはなかなか至っていない.我々の例にみられるように,使用する抗体の組合わせにも大きく依存するほか,構造形態が同一でもドメインの連結順の違いが抗腫瘍効果のみならず体内動態にも影響を及ぼしており,これらを推測することは容易にはできない.Ex3に関しても,たとえばtaFv型もドメインの連結順は組合わせ上8通りあり,これらは未検討である.またEx3でみられた高機能化戦略が他の抗体の組合わせを用いた際もまったく同様であることの実証も必要である.現状ではまだまだ試行錯誤は避けられないが,一つ一つ検証していき,万能な形態を一義的に見いだすことは不可能でも,機能的な二重特異性抗体の創出を推進させることができるようなプラットフォームの確立には引き続き貢献していきたいと考えている.

謝辞Acknowledgments

以上の研究は,東北大学大学院工学研究科バイオ工学専攻生体機能化学講座タンパク質工学分野,ならびに東北大学加齢医学研究所附属医用細胞資源センターで行われたもので,直接ご指導いただきました熊谷泉,工藤俊雄,両東北大学現名誉教授をはじめ多くの先生方,研究員,補佐員,ならびに献身的な学生の皆様にご協力いただき,なしえたものです.この場を借りて深く御礼申し上げます.

本総説は2015年度奨励賞を受賞した.

引用文献References

1) Reichert, J.M. & Dhimolea, E. (2012) Drug Discov. Today, 17, 954–963.

2) Kontermann, R.E. (2012) Arch. Biochem. Biophys., 526, 194–205.

3) Cuesta, A.M., Sainz-Pastor, N., Bonet, J., Oliva, B., & Alvarez-Vallina, L. (2010) Trends Biotechnol., 28, 355–362.

4) Kontermann, R.E. (2012) MAbs, 4, 182–197.

5) Klein, C., Sustmann, C., Thomas, M., Stubenrauch, K., Croasdale, R., Schanzer, J., Brinkmann, U., Kettenberger, H., Regula, J.T., & Schaefer, W. (2012) MAbs, 4, 653–663.

6) Takemura, S., Asano, R., Tsumoto, K., Ebara, S., Sakurai, N., Katayose, Y., Kodama, H., Yoshida, H., Suzuki, M., Imai, K., Matsuno, S., Kudo, T., & Kumagai, I. (2000) Protein Eng., 13, 583–588.

7) Takemura, S., Kudo, T., Asano, R., Suzuki, M., Tsumoto, K., Sakurai, N., Katayose, Y., Kodama, H., Yoshida, H., Ebara, S., Saeki, H., Imai, K., Matsuno, S., & Kumagai, I. (2002) Cancer Immunol. Immunother., 51, 33–44.

8) Hayashi, H., Asano, R., Tsumoto, K., Katayose, Y., Suzuki, M., Unno, M., Kodama, H., Takemura, S., Yoshida, H., Makabe, K., Imai, K., Matsuno, S., Kumagai, I., & Kudo, T. (2004) Cancer Immunol. Immunother., 53, 497–509.

9) Asano, R., Kawaguchi, H., Watanabe, Y., Nakanishi, T., Umetsu, M., Hayashi, H., Katayose, Y., Unno, M., Kudo, T., & Kumagai, I. (2008) J. Immunother., 31, 752–761.

10) Holliger, P. & Hudson, P.J. (2005) Nat. Biotechnol., 23, 1126–1136.

11) Asano, R., Ikoma, K., Sone, Y., Kawaguchi, H., Taki, S., Hayashi, H., Nakanishi, T., Umetsu, M., Katayose, Y., Unno, M., Kudo, T., & Kumagai, I. (2010) J. Biol. Chem., 285, 20844–20849.

12) Asano, R., Ikoma, K., Shimomura, I., Taki, S., Nakanishi, T., Umetsu, M., & Kumagai, I. (2011) J. Biol. Chem., 286, 1812–1818.

13) Asano, R., Kumagai, T., Nagai, K., Taki, S., Shimomura, I., Arai, K., Ogata, H., Okada, M., Hayasaka, F., Sanada, H., Nakanishi, T., Karvonen, T., Hayashi, H., Katayose, Y., Unno, M., Kudo, T., Umetsu, M., & Kumagai, I. (2013) Protein Eng. Des. Sel., 26, 359–367.

14) Asano, R., Shimomura, I., Konno, S., Ito, A., Masakari, Y., Orimo, R., Taki, S., Arai, K., Ogata, H., Okada, M., Furumoto, S., Onitsuka, M., Omasa, T., Hayashi, H., Katayose, Y., Unno, M., Kudo, T., Umetsu, M., & Kumagai, I. (2014) MAbs, 6, 1243–1254.

15) Makabe, K., Nakanishi, T., Tsumoto, K., Tanaka, Y., Kondo, H., Umetsu, M., Sone, Y., Asano, R., & Kumagai, I. (2008) J. Biol. Chem., 283, 1156–1166.

16) Nakanishi, T., Maru, T., Tahara, K., Sanada, H., Umetsu, M., Asano, R., & Kumagai, I. (2013) Protein Eng. Des. Sel., 26, 113–122.

17) Reichert, J.M. (2016) MAbs, 8, 197–204.

著者紹介Author Profile

浅野 竜太郎(あさの りゅうたろう)

東京農工大学大学院工学府生命工学専攻准教授.博士(工学).

略歴

1976年愛知県に生る.99年東北大学工学部卒業.2000年同大学院工学研究科中退後,同大学加齢医学研究所附属医用細胞資源センター助手.02年同大学大学院工学研究科バイオ工学専攻助手,07年同助教を経て,11年より同准教授.15年より現職.

研究テーマと抱負

がん治療を目指した次世代型のタンパク質製剤の開発,およびバイオセンサーへの展開を目指して,抗体を中心とする免疫分子に基づく人工タンパク質のデザインと精密機能解析を進めています.

ウェブサイト

http://www.tenure-track-tuat.org/scholar/technology/post_52.html

趣味

旅行,釣り,スポーツ観戦,映画鑑賞.

This page was created on 2016-05-09T17:38:48.598+09:00
This page was last modified on 2016-06-17T14:57:42.342+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。