ジストログリカン糖鎖の生合成機構と大脳皮質形成における役割
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ジストログリカン(dystroglycan:DG)は,細胞膜表面に発現する糖タンパク質で,ラミニンをはじめとする細胞外基質構成分子の受容体として機能する1).DGは,細胞外でリガンドとの結合を担うα-DGと,それを細胞膜表面に係留する一回膜貫通型のβ-DGの二つのサブユニットから構成される(図1A).α-DGに修飾されるO-マンノース(O-Man)型糖鎖が,リガンド結合モチーフとしてα-DGの機能に必須の役割を果たしており,α-DGの糖鎖修飾不全は大脳皮質形成異常および眼症状を伴う筋ジストロフィーの原因となることが知られている2).これまでに17の糖鎖関連遺伝子(α-DG自身の変異も含めると18)の変異が,福山型筋ジストロフィーやWalker–Warburg症候群などの先天性筋ジストロフィー患者から見いだされており,病変部位においてα-DGの糖鎖修飾不全とリガンド結合活性の低下が実証されている3).現在,α-DGの糖鎖修飾異常に起因するこれらの疾患はジストログリカノパチーと総称されている.本稿では,α-DGのリガンド結合活性を担う特殊な糖鎖構造と,その生合成機構について概説する.また後半では,α-DG糖鎖修飾異常によって生じる大脳皮質形成異常の病態発生機構について,著者らの知見を中心に紹介する.
1997年,遠藤らによって,還元末端にManを有する糖鎖,すなわちO-Man型糖鎖(Siaα2-3Galβ1-4GlcNAcβ1-2Man)がα-DGに結合していることが見いだされた4)(図1B, Core M1).その後ジストログリカノパチー関連遺伝子であるprotein O-mannosyltransferase 1(POMT1)およびPOMT2がManの転移を,protein O-linked mannose N-acetylglucosaminyltransferase 1(POMGNT1)がN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)の転移を担うことが明らかとなり,α-DGの機能にはO-Man型糖鎖が重要であると考えられるようになった.一方でCampbellらは,上記とは異なる,リン酸基を含むO-Man型糖鎖(GalNAcβ1-3GlcNAcβ1-4Man(6P))がα-DG上に存在することを報告した5)(図1B, Core M3).
2012年,同じくCampbellらは,ジストログリカノパチー関連遺伝子の一つであるLARGEの遺伝子産物が,キシロース(Xyl)およびグルクロン酸(GlcA)転移活性を併せ持ち,GlcA-Xylの二糖繰り返し構造(-3GlcAβ1-3Xylα1-)を合成する糖転移酵素であることを示した6).さらにin vitroで調製したGlcA-Xylリピートが実際にラミニンと結合することから,α-DGのリガンド結合モチーフはGlcA-Xylリピートであることが明らかとなった.
2012年から2013年にかけて,患者検体の全エキソーム解析やハプロイド細胞を用いたスクリーニングによって,新たなジストログリカノパチー関連遺伝子glycosyltransferase-like domain containing 2(GTDC2,別名AGO61),β-1,3-N-acetylgalactosaminyltransferase 2(B3GALNT2),SGK196, TMEM5が同定された3).現在では,GTDC2/AGO61およびSGK196はその酵素活性からPOMGNT2およびprotein O-mannose kinase(POMK)と呼ばれている.著者らは,このうちPOMGNT2に着目し,そのα-DG糖鎖修飾における機能を解明するために,矢木・加藤らと共同でPomgnt2遺伝子欠損マウスを作製・解析した.Pomgnt2遺伝子欠損マウスは出生直後に死亡したが,胎仔脳の大脳皮質切片を解析したところ,ジストログリカノパチー症例と類似の,神経細胞の層構造異常と脳表基底膜の形成不全が認められた.さらに生化学的解析の結果,α-DGの糖鎖修飾異常およびラミニンとの結合の消失が明らかとなった7).Pomgnt2遺伝子欠損マウス胎仔由来の線維芽細胞を用いてレスキュー実験を行ったところ,野生型POMGNT2の導入によってα-DGの糖鎖修飾とリガンド結合活性が回復したが,患者と同型の変異を持つ変異型POMGNT2ではレスキュー効果がみられなかった.したがって,POMGNT2は生体内で確かにα-DGの糖鎖修飾に必須の分子であることが判明した.
この間,Campbellらは,α-DGの合成ペプチドを基質とした酵素学的実験によって上述のリン酸化三糖構造の合成酵素を同定し,POMGNT2, B3GALNT2, POMKがそれぞれGlcNAc, N-アセチルガラクトサミン(GalNAc),リン酸基の転移酵素であることを報告した8).
最近,和田・遠藤・戸田らのグループは,5位がリン酸化されたリビトール(リボースの還元体)がタンデムに二つ結合した構造(Rbo5P-1Rbo5P)がリコンビナントα-DGに含まれることを見いだし,このRbo5P-1Rbo5Pがリン酸化三糖とGlcA-Xylリピートを結ぶ構造であることを明らかにした9)(図1B).Rbo5Pリピートはfukutin(FKTN)およびfukutin-related protein(FKRP)による連続的なRbo5P転移によって合成され,その供与体としてはisoprenoid synthase domain-containing(ISPD)が合成するCDP-Rboが使用される.FKTN, FKRP, ISPDはいずれもジストログリカノパチー患者で変異が同定されている.またGlcA-Xylリピートの最も還元末端側の初めのGlcA-XylユニットだけがLARGEとは別の酵素により合成されること,このうちGlcAの結合様式はβ1-3ではなくβ1-4結合であり,ジストログリカノパチー関連遺伝子B4GAT1がその転移を担うことがわかっている.Xyl転移酵素は現在のところ不明である.
以上のことから,α-DGのリガンド結合を担うO-Man型糖鎖の構造は,リン酸化三糖にRbo5Pが二つ結合し,その末端にGlcA-Xylリピートが結合したきわめて特殊な糖鎖構造であることが明らかとなった(図1B).
ジストログリカノパチー合併症の一つである大脳皮質形成異常は,II型滑脳症に分類される神経細胞移動障害であり,軟膜直下の脳表基底膜の破綻と神経細胞のクモ膜下腔への遊出(over-migration)を主徴とする2).神経細胞の産生・移動が進行する発生期の大脳皮質において,α-DGは放射状グリア細胞が脳表面に向けて伸ばす放射状突起の末端に局在し,放射状突起と脳表基底膜との接着を担う10).このことから,本病変の主な原因はα-DG機能不全による脳表基底膜の脆弱化であると考えられている.しかし,基底膜が破れる時期と原因,またover-migrationに至るまでの神経細胞の動態など,病態発症の初期過程については不明な点が多い.著者らは,上述のPomgnt2遺伝子欠損マウスを疾患モデルとして用い,α-DG糖鎖修飾異常に起因するII型滑脳症の発症初期過程の解析を行った.
神経細胞は大脳深部の脳室帯で神経幹細胞より産生され,脳表面へと移動し,将来の灰白質となる皮質板を形成する(図2).まず,マウス大脳皮質において神経細胞の産生・移動が始まる胎生12.5日目(E12.5)の胎仔脳切片を作製し,抗ラミニン抗体による免疫染色で基底膜を観察したところ,Pomgnt2遺伝子欠損マウスの脳表面の基底膜はすでに破綻しており,神経細胞が脳表面に向けて移動することが基底膜破綻の直接の原因ではないと考えられた.次に,より早期の胎仔脳の基底膜を解析した結果,E10.5のPomgnt2遺伝子欠損マウスでは基底膜は野生型と遜色なく形成されていたが,E11.5で初めて破綻が認められ,破綻部位には異所性の細胞塊が形成されていた.E11.5では,大脳皮質はプレプレートと脳室帯の二つの領域に大別される.プレプレートにはカハール・レチウス細胞と後のサブプレートを形成する細胞が存在し,脳室帯には神経幹細胞が存在する.それぞれの細胞に特異的なマーカー分子であるReelin, Calretinin, Pax6を染色した結果,カハール・レチウス細胞(Reelin+/Calretinin+)およびサブプレート細胞(Reelin−/Calretinin+)が基底膜破綻部位で細胞塊を形成していた11).したがって,Pomgnt2遺伝子欠損マウスにおいて,脳表面の基底膜は,カハール・レチウス細胞とサブプレート細胞の凝集塊形成が原因で破綻する可能性が高いと考えられる(図2).
通常の大脳皮質発生過程を左に,Pomgnt2遺伝子欠損マウスの解析結果から予想されるII型滑脳症の発症機序を右に示す.通常では,新生神経細胞はプレプレートの間に割って入り,皮質板を形成する.後期に産生された神経細胞(白三角)は早期に産生された神経細胞(黒三角)を追い越し,より上層に位置する.Pomgnt2遺伝子欠損マウスでは,E11.5の時点でカハール・レチウス細胞とサブプレート細胞による凝集塊形成とともに基底膜が破綻し,その後神経細胞の無秩序な移動がover-migrationと層構造の破綻を引き起こす.
移動中の興奮性神経細胞は,脳表面に向かって伸びる先導突起と,将来の軸索となる突起を持つ双極性の形態をとることが知られている.ジストログリカノパチーにおいて,over-migrationに至るまでの,移動中の神経細胞の形態的な変化についてはほとんど知られていなかった.そこで,子宮内エレクトロポレーション法によりE12.5のPomgnt2遺伝子欠損マウスの神経幹細胞に緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子を導入し,4日後にGFP陽性神経細胞の移動中の形態を観察した.野生型と比較して,Pomgnt2遺伝子欠損マウスでは双極性の形態を示す神経細胞の割合が大きく減少しており,細胞極性の形成に異常を来していると考えられた.さらに,Pomgnt2遺伝子欠損マウスでは,皮質板の表層まで移動できずに皮質板下層に停滞する神経細胞が有意に増加していた.哺乳動物の大脳皮質は同時期に産生された神経細胞により形成される6層構造を特徴とし,誕生時期が遅い神経細胞ほど表層に位置することが知られている.上層(第II~IV層)および下層(第V層)神経細胞のマーカーであるBrn1およびCtip2を抗体で染色したところ,野生型マウスではBrn1陽性細胞とCtip2陽性細胞がそれぞれ異なる層を形成していたが,Pomgnt2遺伝子欠損マウスでは両者が入り混じった無秩序な配置を示し,皮質板下層に停滞する上層(Brn1陽性)神経細胞も多数観察された11).したがって,II型滑脳症では,over-migrationに加えて移動不全による下層停滞を起こす神経細胞も存在し,これが層構造の破綻につながると考えられる(図2).
以上のことから,α-DGの糖鎖異常によるII型滑脳症の発症初期過程では,まずカハール・レチウス細胞,サブプレート細胞による凝集塊の形成とともに基底膜が破綻し,異常な形態を示す神経細胞が無秩序に移動した結果,クモ膜下腔への遊出および神経細胞の層形成不全が生じると予想される(図2).
本稿で紹介したα-DG特異的な糖鎖修飾は,共通の糖転移酵素群により行われる一般的な糖鎖修飾とは大きく異なる点で興味深い.最近の研究で,α-DGのリガンド結合性糖鎖の構造の大部分が明らかとなり,ジストログリカノパチーにおける骨格筋,中枢神経病変の発症機序に対する理解も進んでいる.しかしながら,TMEM5などいまだ機能未知の原因遺伝子が存在することや,POMGNT1の変異とα-DGの機能消失との関連が不明であることなど課題も多く残されている.糖鎖生物学的観点からみると,α-DGのリガンド結合性糖鎖は,酸性糖(GlcA)を含む二糖繰り返し直鎖という点でグリコサミノグリカンと類似している.グリコサミノグリカンとの構造的類似性から,正常個体におけるDG機能の新たな側面がみえてくるかもしれない.
これまで臨床研究と基礎研究の融合によって進展してきたDG糖鎖の研究が今後さらに発展し,いまだ有効な治療法のないジストログリカノパチーの克服につながることを期待したい.
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