アポリポタンパク質によるアミロイド線維形成の分子機構
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アミロイドーシス(アミロイド病)は,原因となる前駆タンパク質が線維状の構造を持つアミロイドとして神経系や組織に沈着し,細胞・組織・臓器の機能障害を引き起こす病態の総称である.たとえば,アルツハイマー病は大脳皮質を中心に広範囲にわたって老人斑が形成されることを特徴の一つとするが,その実体はアミロイドβと呼ばれるアミノ酸約40残基からなるペプチドタンパク質の線維状凝集体である.また,透析アミロイドーシスでは,長期透析患者の骨関節組織にβ2-ミクログロブリンに由来するアミロイド線維が沈着し,骨関節障害を発症する.このようなタンパク質のアミロイド線維形成は,通常のタンパク質が構造転換することで起こりうる普遍的な現象であると考えられている1).
アポリポタンパク質とは,血中や脳内での細胞外コレステロール輸送システムであるリポタンパク質代謝を制御しているタンパク質群であり,特に,高密度リポタンパク質(high-density lipoprotein:HDL)の主要構成タンパク質であるアポA-Iは,血漿中でのHDL粒子の産生,成熟,取り込みなどの過程を調節することで強い抗動脈硬化性を有する.ところが,アポA-Iに代表されるαヘリックス構造に富むアポリポタンパク質は,その可逆的な脂質結合機能ゆえに比較的不安定で柔軟な高次構造を有しており,変異や酸化などの修飾によってアミロイド化を起こしやすいと考えられている2).実際,変異型アポA-I遺伝子は家族性アミロイドーシス(アミロイドポリニューロパチーIII型)の原因遺伝子として知られている3).また,HDL代謝制御タンパク質であるアポC群のなかで,リポタンパク質リパーゼの活性化因子であるアポC-IIが強いアミロイド線維形成性を有することは以前から知られていたが,動脈硬化促進因子として近年注目されているアポC-IIIも遺伝的変異によってアミロイドーシスを引き起こすことが最近報告されている4).さらに,アルツハイマー病発症危険因子として知られるアポE4アイソフォームは,野生型であるアポE3に比べて不安定なフォールディング構造を有し,アミロイド線維形成性が高いと考えられている.これらアポリポタンパク質アミロイドは動脈硬化巣の形成や進展にも深く関与しているとの報告もあり,アポリポタンパク質によるアミロイド線維形成の分子機序解明は脂質異常症やアミロイドーシスなどの疾患の予防・治療法開発において重要な課題である.本稿では,特に遺伝的アミロイドーシス変異アポA-Iが組織でのアミロイド線維形成・沈着や病態発症を引き起こす分子メカニズムについて,タンパク質分子構造や脂質膜相互作用などの生物物理化学的観点からの筆者らの知見を中心に紹介する.
ヒトアポA-Iはアミノ酸243残基からなるαヘリックス構造に富むタンパク質であり,N末端側ドメインがヘリックスバンドル構造を形成する一方,脂質結合能を担うC末端側ドメインがランダム構造に富むドメイン構造を有する5).ヒトアポA-Iでは40種類以上の遺伝的変異が知られており,それらの多くが低HDL血症や全身性アミロイドーシスの原因となる.アミロイドーシス変異の多くはN末端側1~100アミノ酸残基領域に集中しており,アルギニンなどの正電荷アミノ酸残基への置換が多いのが特徴である3).これらアミノ酸変異がなぜアポA-Iのアミロイド線維化を促進するのかは不明であるが,C末端欠失アポA-IのX線結晶構造に基づいた解析から,変異によるアポA-I立体構造の不安定化がN末端領域のアミロイド線維化を促進するというメカニズムが提唱されている6).アポA-IのN末端側には,β凝集(βストランド構造転移を介したタンパク質間凝集)性の高い領域が2か所存在することが予測され(図1A),実際,これらの領域を含むフラグメントペプチドが強いアミロイド線維形成性を有することが示されている(図1B)7).変異によるN末端ドメインヘリックスバンドル構造の不安定化がこれら線維形成性の高い領域の露出を引き起こし,タンパク質間の凝集の引き金になると考えられている.家族性アミロイドーシス患者の臓器には主にN末端側フラグメント(アミノ酸残基数80~100)の沈着が検出されているが8),アポA-Iがフラグメント化するメカニズムはわかっていない.また,メチオニン残基の酸化が全長アポA-Iの構造不安定化を引き起こし,フラグメント化せずにアミロイド線維化することも報告されている9).
Iowa(G26R)変異は最も古くから知られているアポA-Iタンパク質に見いだされる典型的アミロイドーシス変異であり,N末端側1~83残基フラグメントが腎臓などの組織にアミロイド線維として沈着することが報告されている.このG26R変異は,26番目アミノ酸残基付近のαヘリックス形成領域の両親媒性を阻害する(図1C)ことで,N末端ドメインヘリックスバンドル構造を大きく破壊することが示唆されている10).実際,同様な変異であるW50Rとともに,G26R変異は全長アポA-Iのタンパク質変性剤である尿素に対する耐性を著しく低下させる(図1D).
我々は,アポA-Iの組織沈着領域であるN末端1~83残基フラグメントを大腸菌発現系で作製し,中性条件でのアミロイド線維形成性を比較した.水溶液中でランダムコイル構造である1~83残基フラグメントは,37°Cでのインキュベーションによってβ構造転移・アミロイド線維化が起こり,G26R変異はこの水溶液中での線維化を著しく促進することを見いだした(図2A).この際,26番目アルギニンを同電荷のリシンや反対電荷のグルタミン酸に置換するとN末端フラグメントの線維化挙動が著しく変化したことから(図2B),26番目アミノ酸残基での正電荷の重要性とともにアルギニン残基の特異性が示された.つまりIowa(G26R)変異は,全長アポA-I中のN末端ドメインヘリックスバンドル構造の不安定化とともに,線維形成領域であるN末端フラグメントのアミロイド線維化促進という二元的な役割を有していることが初めて明らかとなった11).また,これらアポA-Iアミロイド線維はヒト培養細胞に対して強い増殖抑制・毒性作用を示したことから,組織沈着部位においても細胞傷害を引き起こすと考えられ,その際,細胞表面ヘパラン硫酸の多硫酸化ドメインが重要な働きをしていることが示唆されている12).
脂質膜環境がアミロイド形成タンパク質のフォールディングや凝集,線維化挙動に大きな影響を与えることはよく知られている.たとえば,α-シヌクレインや膵臓アミロイドポリペプチド(islet amyloid polypeptide:IAPP)は水溶液中で基本的にランダムコイル構造をとるが,脂質膜に結合すると部分的なαヘリックス構造を有する中間体へと転移し,この中間体が膜上でのタンパク質間凝集を促進することで線維を形成すると考えられている13).この際,これらアミロイド形成タンパク質は脂質膜との相互作用の強さによっては脂質膜の再構成(remodeling)やチューブ化(tubulation)を引き起こすことも知られており14),脂質–タンパク質間およびタンパク質–タンパク質間相互作用の微妙なバランスが脂質膜上での線維化挙動に影響しているようである.
先に述べたようにアポA-Iは強い脂質結合能を有するタンパク質であることから,我々は,生体内でのアポA-Iアミロイド線維形成を制御する因子として脂質膜環境に着目した15).アポA-IのN末端線維化領域を含む1~83残基フラグメントは,中性のホスファチジルコリンからなる粒子径30 nm程度のリポソーム(small unilamellar vesicle:SUV)に結合するとランダムコイル構造からαヘリックス構造へと転移する.このとき,1~83残基フラグメントのアミロイド線維化はほぼ完全に抑制されたが,面白いことにG26R変異体では線維形成能が維持されていた(図2C).この原因を探るため,1番目の線維化領域を含むアポA-I 8-33残基ペプチドを用いて脂質膜による構造変化を確認したところ,G26R変異体では脂質膜結合に伴うαヘリックス構造への転移が大きく阻害されていた(図2D).つまり,脂質膜環境ではアポA-Iの線維化領域は安定なαヘリックス構造を形成することでβ構造転移・線維化が抑制されているが,G26R変異体ではαヘリックス構造が部分的に不安定なためβ構造転移・線維化を起こしやすいと考えられた.図3には以上の結論を模式的にまとめたが,このような不安定なαヘリックス構造体による脂質膜上でのタンパク質凝集・線維化促進機構は他のアミロイド形成タンパク質にも共通するモデルと考えることができる.
アポA-Iなどのαヘリックス構造に富むアポリポタンパク質は,柔軟で不安定なフォールディング構造を有し,脂質膜への可逆的な結合と解離を繰り返すことでHDLなどのリポタンパク質粒子の産生や成熟などの代謝過程を調節している.たとえばアポA-Iでは,N末端とC末端に存在する疎水性の高い領域がその脂質結合機能を担っているが,これらの領域はアミロイド線維形成性の高い領域とオーバーラップしている2).つまり,アポリポタンパク質の高いアミロイド線維形成性は,その機能の根幹である可逆的な脂質結合能の裏返しであるといえる.血漿中や脳内でのアポリポタンパク質の多くはリポタンパク質粒子表面に結合して存在しているが,これにより分子内のアミロイド線維形成性の高い領域の露出が防がれ,通常はアミロイド化が起こらない.したがって,脂質代謝異常などによるアポリポタンパク質分布の変化は,アポリポタンパク質アミロイドーシスの危険因子ともなりうると考えられる.
AFM観察では京都薬科大学赤路健一教授および川島浩之博士,TEM観察では厳康敏氏および広瀬恵子博士[(国研)産業技術総合研究所・TIA推進センター・電顕グループ]にご協力いただきましたことを深謝いたします.
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