核内ボディによる転写制御機構Transcriptional regulation by nuclear body
自然科学研究機構岡崎統合バイオサイエンスセンター基礎生物学研究所核内ゲノム動態研究部門National Institute for Basic Biology ◇ 〒444–8787 愛知県岡崎市明大寺町東山5–1 ◇ 5–1 Higashiyama, Myodaiji, Okazaki, Aichi 444–8787, Japan
© 2016 公益社団法人日本生化学会© 2016 The Japanese Biochemical Society
遺伝子が正確な時期に適正な量だけ転写されることは,生物の生存にとって必要不可欠である.核はこうした転写反応が起こる空間であり,その内部には遺伝子情報をコードするクロマチンが組織的に折りたたまれている.近年,クロマチンどうしが相互作用することによって,さまざまなクロマチン高次構造が形成され,その構造は,転写や複製などのゲノム機能と密接に関与していることが明らかになりつつある1).さらに,核内空間には,クロマチンだけではなく,特異的な機能を有したさまざまな「核内ボディ」が存在する.現在我々は,核内ボディによる転写制御機構に注目して研究を進めている.クロマチンがダイナミックに核内で動くことによって,核内ボディとの相互作用が生じると考えられる.しかしながら,その相互作用の生物学的意義の全容は明らかになっていない.
本稿では,我々が開発した,標的クロマチン領域の核内動態をライブイメージングすることができるTGV法(TAL effector-mediated genome visualization)について紹介するとともに2),「核内ボディによる転写制御」について,これまでに報告された例を紹介する.
TALE(transcription activator-like effector)は植物の病原性細菌であるXanthomonasから単離されたDNA結合タンパク質である.TALEのDNA結合ドメインは,34アミノ酸からなる繰り返しユニットを有し,その一つのユニットが一つのDNA塩基を特異的に認識する.それぞれのDNA塩基(A, T, G, C)に結合する四つのユニットが存在するために,TALE内部のDNA結合ユニットを並び変えることで,標的のDNA配列に特異的に結合するTAL effectorを自在にデザインすることができる3).我々が開発したTGV法では,蛍光タンパク質と融合させたTALEを細胞内に発現させることにより,標的ゲノム配列の核内局在を生きた細胞内でイメージングすることが可能となる(図1)2).TALEによって可視化できる標的配列は繰り返し配列に限定されており,ゲノム上に1コピーしかないゲノム領域のイメージングは技術的に困難であった.2014年に,Bo Huangらの研究グループは,CRISPR/Cas9システムを応用することにより,1コピーのゲノム領域のイメージングを可能にする技術を報告した4).彼らは,ヌクレアーゼ活性を持たないCas9(dCas9)にGFPを融合させたコンストラクトを細胞内で発現させることによって,標的クロマチン配列を生きた細胞内でラベルすることに成功している.
ペリセントロメア繰り返し配列内の15塩基に対するTALEをデザインし,蛍光タンパク質mCloverを融合した.TALE-mCloverを細胞に発現させると,ターゲット配列が特異的にラベルされ,その細胞内局在をライブイメージングすることができる.
このようなクロマチンをライブイメージングする技術の開発により,これまで明らかにされていない,クロマチン動態の生物学的意義が明らかになると期待される.
核内では,クロマチンが動くことによって,核小体やPMLボディなどの「核内ボディ」(図2)との相互作用が生み出される5, 6).核内ボディは転写制御に関わる新たな要素として注目されている.ここでは,核小体とPMLボディによる転写制御について,例をあげて紹介する.
核は二重膜構造の核膜を持ち,内側は核ラミナで裏打ちされている.クロマチン(灰色)は規則的に折りたたまれて核に収められており,クロマチン間のスペースには核小体,PMLボディ,Cajalボディ,核スペックル,パラスペックルなどの核内ボディが局在する.
核小体はリボソームRNA(rRNA)の産生の場として知られ,rRNA遺伝子を含む染色体領域(nucleolar organizer region:NOR)を中心に局在している.rRNA遺伝子は三つのrRNA(18S, 5.8S, 28S)をコードし,これらは1本の前駆体RNAとしてRNAポリメラーゼIによって転写されている.マウスにおいてrRNA遺伝子は,12, 15, 16, 18, 19番染色体のセントロメア近傍にクラスターを形成している.rRNA遺伝子の転写は活発に行われるため,核小体は細胞内で最も転写活性が高い場所として知られている.しかし,複数あるうちのすべてのrRNA遺伝子が転写されているわけではなく,半数近いrRNA遺伝子領域がヘテロクロマチン構造をとり,その転写が抑えられている7, 8).
抑制されたrRNA遺伝子のプロモーターは,DNAのメチル化レベルが高く,抑制性のヒストン修飾(H3K9me2/3, H4K20me3)が付加されることが報告されている9, 10).こうしたrRNA遺伝子領域のヘテロクロマチン化形成の鍵となるのがクロマチン再構成複合体であるnucleolar remodeling complex(NoRC)である(図3A).NoRCはTip5とSnf2h,さらにrRNAのプロモーター配列から転写されるノンコーディングRNA(pRNA)から構成され,メチル化DNAや低アセチル化ヒストン,さらにはHP1と結合する.NoRCはNORに局在し,rRNA遺伝子の抑制とその維持に働く.NoRC構成因子のTip5はDNAメチル化酵素であるDNMT1やDNMT3,さらに脱アセチル化酵素HDAC1と結合することが知られており10, 11),TIP5を過剰発現させるとrRNAプロモーターの脱アセチル化や11),DNAメチル化レベルの上昇が起こることが報告されている7).一方,TIP5の発現を抑制するとrRNAプロモーターのDNAメチル化レベルの低下が起こり,rRNAの転写量が上昇することが示された12).これらのことから,NoRCはDNAメチル化酵素およびヒストン脱アセチル化酵素をrRNA遺伝子領域へリクルートすることで,rRNA遺伝子の転写抑制とヘテロクロマチン形成を行うと考えられている(図3A).
(A)核小体におけるrRNA遺伝子の転写抑制機構.Tip5, Snf2h, pRNAから構成されるNoRCは核小体にてDNAメチル化酵素DNMT1, DNMT3やヒストン脱アセチル化酵素HDAC1をrRNA遺伝子へリクルートすることで,rRNA遺伝子発現を抑制し,ヘテロクロマチン形成を行う.ヘテロクロマチンとなったrRNA遺伝子領域は核小体内の縁部に局在する.核小体の周りには,ヘテロクロマチン化したMinSATやMajSAT, 抑制された遺伝子領域が存在する.(B)PMLボディによるMHCI遺伝子座の転写制御機構.MHCI遺伝子(HCG4P9, HLA-A, HCG4P6, HLA-H, HLA-G, HCG4)の高次クロマチンループは,PMLボディとSATB1が相互作用することによって形成される14).
rRNA遺伝子の発現抑制は細胞内のrRNA量を調節する上で重要であるが,rRNA領域のヘテロクロマチン化はゲノムの安定性にも寄与することが示されている12).抑制されたrRNA遺伝子領域は核小体内の辺縁部に局在し,その周囲にはヘテロクロマチン構造をとるminor satellite(MinSAT),major satellite(MajSAT)などのサテライト配列が局在する.そのため,核小体とこれらのヘテロクロマチン構造には何らかの関連があると考えられている.実際に,TIP5の発現を抑制するとrRNA領域のヘテロクロマチン化が抑えられるだけでなく,凝縮したヘテロクロマチンの数が減少することが報告されている12).また,核小体と相互作用する領域(nucleolus associated chromatin domain:NAD)をゲノムワイドに調べた結果,rRNA遺伝子領域やMajSAT, MinSATを主とするサテライトDNAに加え,遺伝子密度の低い領域や転写が抑制された遺伝子領域が相互作用することが報告されている5).NADの一つである嗅覚受容体遺伝子は,マウスにおいて数百個の遺伝子からなり,一つのニューロンにつき一つの遺伝子が転写される.嗅覚受容体遺伝子の転写制御は,14番染色体上のHエンハンサーと嗅覚受容体遺伝子のプロモーターが相互作用することによってなしとげられるが,転写されない遺伝子領域はヘテロクロマチン化し,核小体の周辺に局在する5).核小体が嗅覚受容体遺伝子のヘテロクロマチン化に関わっているかどうかは明らかにされていないが,周辺遺伝子の転写に対して積極的な制御を行うかどうか解き明かすことは今後の課題である.
PMLボディはDNAダメージ応答やアポトーシス,老化,抗ウイルス応答,に関わるとされている核内ボディである.PMLボディはPMLタンパク質を中心にさまざまなタンパク質から構成され,多くの構成因子がSUMO化修飾を受けている.PMLボディ内には,多くの転写因子やエピジェネティック制御に関わる因子が含まれており,その周囲には新生のmRNA転写が起きる領域や,転写活性化された遺伝子が局在することが示されている6).そのため,PMLボディは遺伝子の転写制御の場としても働くと考えられており13),これまでにMajor Histocompatibility Complex(MHC)遺伝子座やOct4遺伝子の転写制御に寄与することが報告されている14, 15).
MHC遺伝子座は,PMLボディと共局在し,PMLボディによる転写制御機構が最も解析された遺伝子座である14).MHC遺伝子座は多くの免疫反応に必要なタンパク質をコードしているMHCI, II, III遺伝子から構成される.MHCI遺伝子座のクロマチンは,図3Bに示すような高次クロマチンループ構造をとり,その高次構造は転写活性と相関する.この高次構造の形成を制御するのがクロマチン再構成タンパク質であるSATB1とPMLボディである.PMLまたはSATB1の発現を抑制するとMHCI遺伝子座のクロマチンループ構造がダイナミックに変動し,MHCI遺伝子の発現が変化することが報告された14).PMLボディ構成因子の発現上昇を誘起するインターフェロンで処理しても同様の現象が起こることから,PMLボディとSATB1が協調して働くことでMHCI遺伝子座のクロマチンループの形成を誘導し,転写制御を行うことが示唆されている(図3B).
ES細胞を用いた解析では,PMLボディがOct4遺伝子の転写活性化に関与することが報告されている15).Oct4の転写はプロモーター配列に転写因子TR2, SF1, Sp1や未分化細胞特異的クロマチン再構成複合体であるBRGCが結合することで活性化されている.PMLの発現を抑制するとこれらの転写因子のOct4プロモーター配列への結合は減少し,分化型のクロマチン再構成複合体であるBRMCがプロモーターに結合する.その結果,HP1, G9aがOct4遺伝子座にリクルートされOct4の転写が抑制される.そのため,PMLボディはTR2, SP1, SF1やBRGCをOct4領域にリクルートすることで,未分化細胞でのOct4の転写活性化を制御していると考えられている.
上述した以外にもPMLボディは,活性型のX染色体やヒストン遺伝子とも近接して存在することが報告されているため6),他の遺伝子の転写制御にも関与している可能性が示唆されている.
これまでに,遺伝子の転写制御には,転写因子やエピジェネティックな修飾,さらにクロマチン間の相互作用が関わることが明らかにされてきた.本稿では,TGV法による核内ゲノム動態のイメージングについて説明するとともに,核小体やPMLボディによる転写制御機構について概説した.クロマチンをライブイメージングすることによって,クロマチン領域と核内ボディの相互作用をより詳細に解析することが可能となり,核内ボディによる転写制御機構の理解につながると期待される.また,核内ボディによる転写制御の研究を大きく前進させるためには,さらなる技術開発も必要であろう.
1) Pombo, A. & Dillon, N. (2015) Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 16, 245–257.
2) Miyanari, Y., Ziegler-Birling, C., & Torres-Padilla, M.E. (2013) Nat. Struct. Mol. Biol., 20, 1321–1324.
3) Miyanari, Y. (2014) Methods, 69, 198–204.
4) Chen, B., Gilbert, L.A., Cimini, B.A., Schnitzbauer, J., Zhang, W., Li, G.W., Park, J., Blackburn, E.H., Weissman, J.S., Qi, L.S., & Huang, B. (2013) Cell, 155, 1479–1491.
5) Nemeth, A., Conesa, A., Santoyo-Lopez, J., Medina, I., Montaner, D., Peterfia, B., Solovei, I., Cremer, T., Dopazo, J., & Langst, G. (2010) PLoS Genet., 6, e1000889.
6) Wang, J., Shiels, C., Sasieni, P., Wu, P.J., Islam, S.A., Freemont, P.S., & Sheer, D. (2004) J. Cell Biol., 164, 515–526.
7) Grummt, I. & Pikaard, C.S. (2003) Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 4, 641–649.
8) Santoro, R. (2005) Cell. Mol. Life Sci., 62, 2067–2079.
9) Santoro, R., Li, J., & Grummt, I. (2002) Nat. Genet., 32, 393–396.
10) Mayer, C., Schmitz, K.M., Li, J., Grummt, I., & Santoro, R. (2006) Mol. Cell, 22, 351–361.
11) Zhou, Y., Santoro, R., & Grummt, I. (2002) EMBO J., 21, 4632–4640.
12) Guetg, C., Lienemann, P., Sirri, V., Grummt, I., Hernandez-Verdun, D., Hottiger, M.O., Fussenegger, M., & Santoro, R. (2010) EMBO J., 29, 2135–2146.
13) Zhong, S., Salomoni, P., & Pandolfi, P.P. (2000) Nat. Cell Biol., 2, 85–90.
14) Kumar, P.P., Bischof, O., Purbey, P.K., Notani, D., Urlaub, H., Dejean, A., & Galande, S. (2007) Nat. Cell Biol., 9, 45–56.
15) Chuang, Y.S., Huang, W.H., Park, S.W., Persaud, S.D., Hung, C.H., Ho, P.C., & Wei, L.N. (2010) Stem Cells, 29, 660–669.
This page was created on 2016-07-04T19:29:12.131+09:00
This page was last modified on 2016-08-18T13:45:38.258+09:00
このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。