ひとりごと
1 大阪大学免疫学フロンティア研究センター寄付研究部門教授
2 京都大学名誉教授
3 大阪大学名誉教授
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数年前,Rockefeller大学で行われた国際会議でKeynote Speechを依頼されました.数度お会いしただけの学会長が,私の講演の座長として,簡単な履歴の紹介後,“Whatever he says, it is always correct”と述べられ,とても驚きました.1972年東京大学理学部生物化学科を卒業し,修士の学生として東大医科研上代淑人教授の研究室でサイエンスを学びだしてから45年,昨年京都大学を定年退官しました.幸運な研究者人生を送らせていただいたと思っています.
修士のテーマは“Purification of Elongation Factor from Pig Liver”.上代研ではタンパク質生合成,ペプチド鎖延長反応の分子機構の解析を進めており,その過程に関与する酵素の精製です.1968年,J. Biol. Chem.誌にウサギ網状赤血球のペプチド鎖延長因子(Elongation Factor 1; EF-1)は分子量186,000,8 M尿素存在下では62,000であることから三量体と報告されていました.この論文をブタ肝臓で追試するテーマです.サイエンスがなんであるかわかっていなかった私にとってタンパク質の生合成,それだけでワクワクしました.ペプチド鎖の延長を解析するため,リボソームにmRNAとして作用するpoly(U)を加え,UUUによって規定されるphenylalanine (Phe)が重合する反応を以下の手順で解析しました.熱帯魚のエサとして使われている乾燥したArtemia salina(エビの一種)ではリボソームはモノソームとして存在します.熱帯魚屋から購入したArtemia salinaから,100,000 gの沈殿物としてリボソームを調製しショ糖密度遠心分離すると,教科書に掲載されている綺麗な80Sのピークが得られ,単純に感激しました.大腸菌からのフェニルアラニン活性化酵素を用いて14C-PheとtRNAから14C-Phe-tRNAを調製し,リボソーム,poly(U),14C-Phe-tRNAにペプチド鎖延長因子を加えて反応させました.トリクロロ酢酸で反応を止めた後,90°Cで加熱することにより14C-PheをtRNAから遊離させ,可溶画分にくるようにします.不溶画分の合成poly (14Phe)をろ紙に採取し,捕捉された放射能をシンチレーションカウンターで測定します.poly (Phe)が酸に不溶であること,アシル結合は酸性条件下,90°Cで容易に切断されることを利用した反応であり,タンパク質合成という複雑な反応の素過程(延長反応)を解析する巧妙かつ簡単なシステムです.
ペプチド鎖延長因子は2種存在します(EF-1とEF-2).EF-2は研究室で精製されており,これを反応系に十分量加えると合成されるpoly (Phe)の量はEF-1の量に比例します.そこで,このアッセイ系を用いて,ブタ肝臓からS-100を調製しEF-1の精製にとりかかりました.ところがJ. Biol. Chem.誌の論文の追試ができません.ウサギ網状赤血球とブタ肝臓の違いとは考えられません.途中で,吸光度から部分精製標品に核酸が含まれていることに気がつきました.岩崎助教授から,丁度その頃開発された水性2層分配法を用いて核酸を除くことをアドバイスされました.ポリエチレングリコールとデキストランを用いて2層を形成し,高濃度の塩によりタンパク質と核酸の分配を変更させる方法です.うまくいきました.ところが,タンパク質を硫安沈殿によって回収し,透析するとEF-1の活性が消えてしまいました.水性2層分配では活性はあったわけですから,その条件(30% 硫安を含む緩衝液)でゲルろ過しました.すると殆どのEF-1活性が低分子量(54,000)の分子種として検出されました.J. Biol. Chem.誌の論文では本来のEF-1を失活させていたのです.このような高濃度の塩を含む条件ではイオン交換カラムは使えません.硫安に代わる安定化材を探し,25%のグリセロールに辿りつきました.全てのカラム操作を25%グリセロール存在下で行いました.粘度の高い溶液,通常の数倍の時間が掛かります.しかし,1週間かけて展開したイオン交換カラムからEF-1がsingle peakとして回収された時の興奮は忘れられるものではありません.
45年の研究生活,この修士2年間が決めたのだと思います.
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