生化学 SEIKAGAKU
Journal of Japanese Biochemical Society

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Journal of Japanese Biochemical Society 88(5): 639-642 (2016)
doi:10.14952/SEIKAGAKU.2016.880639

みにれびゅうMini Review

マイクロチップが実現する膜タンパク質の高感度機能分析Microsystems allow highly sensitive analysis of membrane protein functions

東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻,科学技術振興機構・さきがけDepartment of Applied Chemistry, School of Engineering, The University of Tokyo. PREST, Japan Science and Technology Agency (JST) ◇ 〒113–8656 東京都文京区本郷7–3–1 工学部3号館6B03号室 ◇ Eng. Bld. #3 6B03, 7–3–1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113–8656, Japan

発行日:2016年10月25日Published: October 25, 2016
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1. はじめに

現在,マイクロチップを利用したバイオ分析は,従来の生化学計測の感度や効率を大幅に高めるだけでなく,digital PCR,次世代DNAシークエンサーに代表される革新的な分析技術へと発展している.従来,マイクロチップによる生化学分析は,取り扱いのしやすさから,主として水溶性生体分子を標的としてきたが,生理的および薬理的な重要性を考えると,膜タンパク質に代表される脂好性生体分子への汎用性の拡張は必要不可欠である.本稿では,膜タンパク質の高感度機能分析のため,近年開発された新しいマイクロチップを紹介するとともに,それらが実現する生化学分析の近未来像を提示したい.

2. 膜タンパク質の機能分析の現状

我々の細胞は,リン脂質を主成分とする生体膜によって覆われており,その膜上には,多種多様な膜タンパク質が存在する.膜タンパク質の機能は,細胞の内外の物質輸送,情報伝達,およびエネルギー産生など多岐にわたっていることから,実に市販薬の約70%が膜タンパク質を標的として開発されている1).そのため,膜タンパク質の機能分析による作動原理の理解は,学術だけでなく,病理学的・薬理学的観点からも近年重要性が高まっている.膜タンパク質は,機能に基づいて,主として,「受容体」,「酵素」,「膜輸送体」に分類することができる.本稿では,膜タンパク質のなかでも「膜輸送体」の機能分析に焦点を絞り,その現状を紹介する.

膜輸送体は,生体膜を介した分子の輸送を行う膜タンパク質であり,輸送と共役してさまざまな生理的機能を実現している.膜輸送体は,輸送様式に基づいて,“チャネル”と“トランスポーター”に大きく分類することができる(図1).チャネルは,細胞の内外をつなぐ穴を生体膜上に形成し,イオンや低分子化合物を透過させるための経路を提供する.チャネルが形成する穴は生体膜を貫通しているため,チャネル1個あたり毎秒1000万個以上の標的分子をすばやく輸送することができる.そのため,パッチクランプ法と呼ばれる電気化学に立脚した分析手法を用いると,チャネルの輸送を電流として検出することが可能となる.電気化学分析では,チャネルによる分子の輸送を定量的に計測することが可能であり,電気化学分析によって,チャネルの作動原理の理解は大きく進展している.一方,トランスポーターは,チャネルと同様に生体膜上に穴を形成し,分子を輸送するための経路を提供するが,それは常時開通してはおらず,細胞の内側もしくは外側の入口のどちらか一方が常に閉じられている.分子を輸送するためには,内側および外側の入口を交互に開閉させる必要があり,ゆえにトランスポーターは,毎秒1000個程度しか標的分子を輸送することができず,すなわち,その輸送速度はチャネルの10,000分の1以下と非常に遅い.ちなみに,従来の電気化学分析では,膜輸送体によって毎秒1000万個未満の分子しか輸送されないと,検出下限値以上の十分な電流が発生しないことから,輸送機能を計測することができず,輸送速度が遅いトランスポーターに関しては,1分子単位での機能分析はおろか,定量的な分析を実施するのも困難であった.そのため,遺伝学的に同定されたトランスポーターのほとんどに対して,輸送機能の定量分析を行うことはできず,従来の電気化学分析よりも感度およびスループットの高い“新しい機能分析技術”の確立が長年にわたり期待されてきた.

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図1 膜輸送体の種類

チャネルは生体膜を貫通する穴を形成する.トランスポーターも生体膜上に穴を形成するが,それは常時開通してはおらず,細胞の内側もしくは外側の入口のどちらか一方が常に閉じられている.分子を輸送するためには,入口を交互に開閉させる必要がある.

3. 生体膜を実装したマイクロチップの開発

この30年の間に,半導体製造プロセスを利用して,さまざまなマイクロチップが開発され,生化学分析の高感度化,定量化,および,ハイスループット化が実現してきた.そのなかでも特筆すべきものは,容積がフェムトリットルからピコリットル(fL–pL:10−15–10−12 L)の試験管を集積化させたマイクロチップ(マイクロリアクターチップ)の開発である2–4).マイクロリアクターチップの最大の特徴は,生体分子反応の検出感度の高さにある.たとえば,マイクロリアクターチップの試験管のなかに水溶性の酵素と基質を閉じ込め,生体分子反応を行うと,試験管のなかに反応生成物が蓄積する.マイクロリアクターチップでは,試験管の容積が小さいため,反応生成物の試験管ないでの濃度変化は劇的に大きくなる.ちなみに,fLサイズの試験管を利用すると,たった1分子の酵素であっても,100秒程度で反応生成物の濃度が1 μMを超える(一般的な酵素の活性を10 s−1としたとき).反応生成物の濃度変化に応答する蛍光指示薬をあらかじめ試験管内に閉じ込めると,その濃度変化を蛍光指示薬の蛍光強度変化として検出することが可能となり,反応生成物の濃度変化から,生体分子反応を高感度かつ定量的に分析することができる.近年,マイクロリアクターチップは,ATP合成酵素の1分子生物物理研究に代表される,生体分子反応の基礎研究に利用されるだけでなく,応用研究も盛んに行われており,従来法と比較して検出感度が100万倍程度向上した,digital PCRやdigital ELISAなどの革新的な生化学分析装置も実用化されている5–7)

従来,マイクロリアクターチップの分析対象は水溶性生体分子であったが,脂好性生体分子へ拡張することができれば,従来法をはるかに凌駕する膜タンパク質のための新しい機能分析技術が確立するのではないかと考えられ,1998年Petersらの研究を皮切りに,微小な試験管の開口部を生体膜で蓋をしたマイクロチップ(生体膜マイクロチップ)が世界中で開発されてきた2, 8)図2).ちなみに,生体膜でできた蓋は,“試験管の密閉”および“脂好性生体分子の保持”を目的として利用される.生体膜マイクロチップの要である“生体膜の蓋”を形成する方法に関しては,現在まで,2種類の方法が開発されている.一つは,生体膜でできた人工カプセル(リポソーム)を切り開くことで,平面状に展開した生体膜を作製し,それらを微小試験管の開口部に貼りつけることで蓋を作製する.もう一つは,溶媒膜法と呼ばれる手法で,有機溶媒に溶けたリン脂質を微小試験管に塗布し,開口部をふさぐかたちで“生体膜の蓋”を形成する.両手法とも容易に“生体膜の蓋”を形成することができるが,高感度な生化学分析に必要不可欠な微小試験管の密閉性,すなわち,開口部における生体膜の密着性は溶媒膜法の方が優れている.また,溶媒膜法では,集積化されたすべての微小試験管の開口部に対して,ほぼ同時に生体膜の蓋を形成することができるため,生体膜マイクロチップの生産性が高く,最も優れたものでは一度に10万個の微小試験管に生体膜で蓋をすることができる9).そのため,脂好性生体分子を標的とした生化学分析では,主として溶媒膜法で作製された生体膜マイクロチップが利用されている.

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図2 生体膜マイクロチップ

(a)生体膜マイクロチップの模式図.微小試験管の開口部は生体膜の蓋で覆われている.(b)生体膜マイクロチップの透過光画像.(c)生体膜マイクロチップの蛍光画像.微小試験管の内部には,赤色の蛍光色素(Alexa647)が封入されている.生体膜は緑色の蛍光色素(NBD)で標識されている.

しかし,近年まで,溶媒膜法で作製された生体膜マイクロチップは,膜輸送体の機能解析において万能ではなかった.具体的には,①容積がpLより小さい試験管に生体膜を形成することができず,トランスポーターなどの輸送速度の遅い膜輸送体の機能解析ができない,②生体膜の薄膜化が難しいため,ごく一部の膜タンパク質しか機能化させることができず,膜輸送体の機能解析において,生体膜マイクロチップの汎用性は限られていた.これらの問題点を解決すべく,我々の最近の研究により,フッ素樹脂を試験管の部材とする新しい生体膜マイクロチップが開発された9).新しい生体膜マイクロチップとクロロホルムに溶解したリン脂質溶液を利用すると,容積がfLの試験管はもちろんのこと,最小のもので,容積が200アトリットル(aL:10−18 L)の試験管に対しても,十分に薄膜化した生体膜を安定的に形成することが可能となった10).ちなみに,この研究成果により,現在の生体膜マイクロチップでは,従来のマイクロリアクターチップよりも小さな試験管を利用した高感度な生化学分析が可能となっている.

最近では,生体膜マイクロチップの汎用性をさらに拡張するため,細胞内の環境をチップ上に再現する試みがなされている.具体的には,細胞形質膜の特徴である内外層での脂質組成の非対称性を人工的に再現するだけでなく,細胞形質膜を直接融合させることで擬似細胞膜を実装する試みや,膜タンパク質の主要な駆動源である膜電位差を制御できる微小電極を搭載する試みなどがなされ,すでにいくつかのプロトタイプが報告されており11, 12),今後の膜輸送体の機能分析における貢献が強く期待されている.

4. 膜輸送体の高感度機能分析

膜輸送体の高感度機能分析の最たるものが,輸送機能の1分子計測である.以下に,生体膜マイクロチップを利用した膜輸送体の1分子計測を紹介する(図3).膜輸送体の輸送機能の1分子計測では,マイクロチップ上の生体膜に対して,確率的に1個以下の膜輸送体を組み込み,標的分子を微小試験管のなかへ輸送させる.また,場合によっては,標的分子をあらかじめ試験管のなかに封入し,膜輸送体によって外部へ排出させる.標的分子は膜輸送体の輸送に伴い試験管の内部で濃縮および希釈されるため,膜輸送体の働きが弱かったとしても,その濃度変化は顕著に増大する.すなわち,標的分子の濃度変化に応答する蛍光指示薬を試験管のなかに封入しておけば,その濃度変化の検出から,1分子の膜輸送体を標的として,その輸送機能を高感度かつ定量的に計測することができるようになる.現在までに,生体膜マイクロチップにより,チャネルだけでなくトランスポーターを含む多種多様な膜輸送体の輸送機能を1分子単位で検出できるほどの高感度化が実現しており,特に,我々が近年開発したチップでは,毎秒2個程度しか標的分子が輸送されなくても,その輸送機能を定量的に計測できるほどの世界最高感度を達成している9).ちなみに,我々が達成した膜輸送体の機能検出感度は,従来のパッチクランプ法と比較すると約100万倍向上しており,従来不可能であったトランスポーターなどの高感度機能分析への道筋が拓かれた.

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図3 膜輸送体の高感度機能分析(1分子機能分析)

(a)生体膜マイクロチップを利用した膜輸送体の1分子機能分析システムの模式図.膜輸送体(α-hemolysinおよびF-ATPase)を生体膜に組み込み,蛍光指示薬(蛍光pH指示薬や蛍光標的分子)の蛍光強度変化から輸送機能を検出する.(b)チャネル(α-hemolysin),および,(c)トランスポーター(F-ATPase)の1分子機能計測結果.膜輸送体による標的分子の輸送に伴い,微小試験管内の蛍光強度が変化する.また,蛍光強度の変化は,生体膜に組み込まれた膜輸送体の個数に比例して速くなる.

5. 生体膜マイクロチップの近未来像

生体膜マイクロチップの登場により,1分子の膜輸送体を標的とした高感度な生化学分析技術が確立した.今までのところ,膜輸送体を計測対象としているが,原理的には,受容体や酵素などのさまざまな膜タンパク質の機能解析へ応用することが可能であるため,近い将来,生体膜マイクロチップは,膜タンパク質の基礎研究において,高感度かつ汎用的な生化学計測システムとして活用されることであろう.また,一方,生体膜マイクロチップ上に集積化した試験管を並列に利用することで,将来的には,ハイスループットな生化学計測システムとしても活用することも可能である.たとえば,試験管を並列利用すれば,1回の実験で,さまざまな生物種由来および変異体の機能を分析できるので,わずかなアミノ酸配列の違いが機能に及ぼす影響などを網羅的に調べることができる.このように,生体膜マイクロチップは,今後の膜タンパク質の機能解析における基盤技術の一つになると期待している.

著者紹介Author Profile

渡邉 力也(わたなべ りきや)

東京大学大学院工学系研究科講師,科学技術振興機構さきがけ研究員.工学博士(大阪大学).

略歴

2004年早稲田大学理工学部機械工学科卒業.06年東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻修士課程修了.09年大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻博士課程修了(工学博士).同年大阪大学産業科学研究所博士研究員,11年東京大学大学院工学系研究科助教を経て現職.

研究テーマと抱負

膜タンパク質のための先端計測システムの開発と1分子生物物理研究.

ウェブサイト

http://researchmap.jp/wrikiya/

趣味

自転車,スポーツ観戦,神社仏閣巡り.

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