慢性的なかゆみの新しい神経系メカニズム
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かゆみは皮膚や粘膜を掻破したくなるような不快な感覚である.かゆみの生理的役割は依然明確ではないものの,引っかき行動により皮膚に付着した寄生虫等の外敵を除去する,あるいは皮膚の炎症等の情報を生体に知らせるといった防御機構とされている.通常,かゆみは掻痒部位への引っかきにより軽減するが,アトピー性皮膚炎などに伴うかゆみは慢性的で耐えがたく,過剰な引っかき行動を起こす.繰り返しの掻破行動は,皮膚バリアの破綻,皮膚炎の悪化,さらなるかゆみを生む(かゆみと掻破の悪循環).現在,国民の約1割がアトピー性皮膚炎を発症すると推定されているが,抗ヒスタミン薬が十分に奏功せず,有効なかゆみ治療薬もないため,慢性掻痒メカニズムの解明と治療薬開発はきわめて重要な課題である.
かゆみの神経化学的基盤はこれまで不明であったが,2007年にガストリン放出ペプチド(gastrin-releasing peptide:GRP)とその受容体(GRP receptor:GRPR)が脊髄後角でかゆみ情報を選択的に伝達することが示され1, 2),かゆみに特化した物質・神経回路の存在に世界が大きな衝撃を受けた.それ以降,かゆみ刺激を特異的に伝達する神経が次々と報告された.現在,図1のような神経回路が提唱されている.かゆみ刺激に応答して一次求心性神経の脊髄後角終末からGRP1, 2)やNppb(natriuretic polypeptide b)3)が放出される(ただ,GRPは脊髄後角神経に発現するとの報告もあり,その発現分布は現在も議論されている4)).NppbはNppb受容体Npraに作用してGRPを放出する3).放出されたGRPはGRPRに作用してかゆみ情報が伝達される.Bhlhb5(basic helix-loop-helix b5)神経は抑制性介在神経でソマトスタチン受容体Sst2Aやダイノルフィンを発現し,かゆみシグナルを抑制性に制御している5, 6)
.さらに最近,軽い機械刺激によるかゆみに重要な抑制性介在神経(neuropeptide Yプロモーター制御下でCreを発現するトランスジェニックマウスのCre発現神経)も特定されている7).
アトピー性皮膚炎(atopic dermatitis:AD)モデルマウスであるNC/Ngaマウスは,コンベンショナル環境下では顔面から上背部への引っかき行動と皮膚炎を発症する8).筆者らは最近,NC/Ngaマウスの脊髄後角においてアストロサイトが活性化することを見いだした9).アストロサイトは,グリア細胞の一つで,多くの神経伝達物質受容体を発現し,神経からのシグナルを受け,さらにシナプス活動に影響を与える物質も放出する10).ADマウスのアストロサイトは,細胞体の肥大化や突起の多分岐化など反応性アストロサイトの形態を呈していた(図2)9).アストロサイトが活性化する脊髄後角は,ADマウスの引っかき行動が多発する皮膚の神経支配領域と一致していた.また,アストロサイトの活性化と皮膚炎のタイムコースには相関があり,ADマウスの引っかきによる皮膚炎を後肢の爪を切りそろえて寛解させることでアストロサイトの活性化も抑制された.脊髄後角アストロサイトの活性化は,ADマウスだけでなく,他の慢性掻痒モデル(接触性皮膚炎,ドライスキン)でも認められる9, 11)
.
炎症皮膚からのシグナルがTRPV1陽性C線維を介して脊髄後角に入力し(Ⓐ),STAT3依存的なアストロサイトの活性化を導き(Ⓑ, 写真:正常とアトピー性皮膚炎発症NC/Ngaマウスの脊髄後角アストロサイト),同細胞より産生されたLCN2が脊髄のかゆみ物質GRPの作用を亢進してかゆみを強め(ⒸⒹ),それがさらなる引っかき行動を生み(Ⓔ),皮膚炎が悪化する(Ⓕ).
慢性掻痒におけるアストロサイトの因果性を検討すべく,筆者らはアストロサイト活性化に関与する転写因子STAT3に注目し,ADマウスの脊髄後角でアストロサイト特異的に活性化していることを見いだした9).STAT3の活性化を抑制するJAK阻害剤AG490をADマウスの脊髄腔内へ投与したところ,アストロサイトの活性化,引っかき行動がともに抑制された.また,アストロサイト選択的STAT3不活性化マウスにおいても,同様の結果が認められた.これらのことから,STAT3依存的な脊髄後角アストロサイトの活性化が慢性掻痒に因果性を有することが明らかになった.また,ドライスキンモデルの脊髄後角でToll様受容体TLR4の発現がアストロサイト選択的に増加し,TLR4の遺伝学的欠損や薬理学的阻害によってかゆみ行動が抑制されることが報告され11),アストロサイトの役割を支持している.
上述のとおり,かゆみ誘発物質のGRPは脊髄後角神経のGRPRを介しかゆみ行動を示す.GRPによるかゆみ行動はADマウスで増加しており,興味深いことに,その増加は活性化アストロサイトを抑制するAG490の処置でほぼ正常レベルにまで回復した.したがって,STAT3によって活性化したアストロサイトが脊髄後角でのGRP–GRPRかゆみ神経伝達を増強し,慢性掻痒を増悪させていることが示唆された(図2).
活性化アストロサイトによる慢性掻痒およびGRP誘発かゆみ応答増強には,同細胞から放出される因子の関与が想定された.筆者らは,ADマウスの頸部脊髄で発現増加する因子としてリポカリン2(LCN2)を特定した9).中枢神経系におけるLCN2は,炎症に関連した神経疾患モデル動物で発現が増加すること,さらに神経機能に変化を及ぼすことが報告されている12).脊髄後角でのLCN2発現増加はアストロサイト選択的で,Stat3flox/flox; Gfap-Creマウスで抑制され,また,初代培養アストロサイトの培養上清でもLCN2が検出された.したがって,LCN2が慢性掻痒時の活性化アストロサイトでSTAT3依存的に発現し,細胞外へ放出されることが示唆された.LCN2欠損マウスやLCN2 siRNAの脊髄くも膜下腔内処置でかゆみ行動が抑制され,さらに,最近筆者らが開発した低侵襲脊髄後角実質内ウイルス微量注入法13)により,ADマウスの頸部脊髄後角アストロサイト特異的にLCN2をノックダウンすることでかゆみ行動が有意に減少することも明らかになった9).また,LCN2はGRP脊髄くも膜下腔内投与によるかゆみ行動を著しく増強した.以上の結果から,STAT3依存的にアストロサイトで発現増加するLCN2が,脊髄後角GRP–GRPRシグナルを介するかゆみを増強し,慢性掻痒に重要な役割を果たしていることが明らかになった(図2).
アトピー性皮膚炎などに伴う慢性的なかゆみはこれまで主に皮膚を中心に研究がなされてきたが,その研究の視点を中枢神経系に向けたことで,アトピー性皮膚炎に伴って脊髄後角でSTAT3依存的に長期活性化するアストロサイトと,そこから産生放出されるLCN2がかゆみの慢性化に重要であるという,まったく新しいメカニズムを明らかにした(図2)9, 14).このアストロサイトによるかゆみシグナルの増強は,臨床でアトピー性皮膚炎患者のかゆみの治療に問題となっている「かゆみと掻破の悪循環」と類似しているようにも思える.しかし一方で,未解明な点も多く残っている.一つは,脊髄後角アストロサイトでSTAT3を活性化させるメカニズムである.炎症皮膚へ伸長するTRPV1陽性C線維の薬理学的除去によってSTAT3が抑制されたことを考えると9),炎症皮膚と一次求心性C線維からのシグナルの関与が想定される.また,LCN2によるGRP–GRPRかゆみシナプス伝達増強メカニズムの解明も重要な課題である.アトピー性皮膚炎の治療には,皮膚炎の抑制と皮膚の保湿,そしてかゆみそのものの抑制が重要であるが,現時点で後者に著効する治療薬は存在しない.したがって,脊髄後角のアストロサイトは慢性掻痒治療薬開発において新しい標的となることが考えられ,それが実現できれば,従来の炎症皮膚に対する治療薬との併用により,非常に効果的な治療法を確立できる可能性が期待できる.
アストロサイトSTAT3と慢性掻痒に関する研究は,科学研究費補助金(15K15203)により遂行され,また九州大学の井上和秀理事・副学長,医学研究院の古江増隆教授をはじめ多くの先生方からご支援を賜りました.心より御礼申し上げます.
1) Sun, Y.G. & Chen, Z.F. (2007) Nature, 448, 700–703.
2) Sun, Y.G., Zhao, Z.Q., Meng, X.L., Yin, J., Liu, X.Y., & Chen, Z.F. (2009) Science, 325, 1531–1534.
3) Mishra, S.K. & Hoon, M.A. (2013) Science, 340, 968–971.
4) Gutierrez-Mecinas, M., Watanabe, M., & Todd, A.J. (2014) Mol. Pain, 10, 79.
5) Ross, S.E., Mardinly, A.R., McCord, A.E., Zurawski, J., Cohen, S., Jung, C., Hu, L., Mok, S.I., Shah, A., Savner, E.M., Tolias, C., Corfas, R., Chen, S., Inquimbert, P., Xu, Y., McInnes, R.R., Rice, F.L., Corfas, G., Ma, Q., Woolf, C.J., & Greenberg, M.E. (2010) Neuron, 65, 886–898.
6) Kardon, A.P., Polgar, E., Hachisuka, J., Snyder, L.M., Cameron, D., Savage, S., Cai, X., Karnup, S., Fan, C.R., Hemenway, G.M., Bernard, C.S., Schwartz, E.S., Nagase, H., Schwarzer, C., Watanabe, M., Furuta, T., Kaneko, T., Koerber, H.R., Todd, A.J., & Ross, S.E. (2014) Neuron, 82, 573–586.
7) Bourane, S., Duan, B., Koch, S.C., Dalet, A., Britz, O., Garcia-Campmany, L., Kim, E., Cheng, L., Ghosh, A., Ma, Q., & Goulding, M. (2015) Science, 350, 550–554.
8) Matsuda, H., Watanabe, N., Geba, G.P., Sperl, J., Tsudzuki, M., Hiroi, J., Matsumoto, M., Ushio, H., Saito, S., Askenase, P.W., & Ra, C. (1997) Int. Immunol., 9, 461–466.
9) Shiratori-Hayashi, M., Koga, K., Tozaki-Saitoh, H., Kohro, Y., Toyonaga, H., Yamaguchi, C., Hasegawa, A., Nakahara, T., Hachisuka, J., Akira, S., Okano, H., Furue, M., Inoue, K., & Tsuda, M. (2015) Nat. Med., 21, 927–931.
10) Eroglu, C. & Barres, B.A. (2010) Nature, 468, 223–231.
11) Liu, T., Han, Q., Chen, G., Huang, Y., Zhao, L.X., Berta, T., Gao, Y.J., & Ji, R.R. (2016) Pain, 157, 806–817.
12) Jha, M.K., Lee, S., Park, D.H., Kook, H., Park, K.G., Lee, I.K., & Suk, K. (2015) Neurosci. Biobehav. Rev., 49, 135–156.
13) Kohro, Y., Sakaguchi, E., Tashima, R., Tozaki-Saitoh, H., Okano, H., Inoue, K., & Tsuda, M. (2015) Sci. Rep., 5, 14306.
14) Green, D. & Dong, X. (2015) Nat. Med., 21, 841–842.
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